第208話 五十階層の価値
翌朝。
俺たちは、冒険者ギルドへ向かっていた。
「今日はいよいよ査定結果が分かるんだね」
フェリシアが言った。
「うん。ずいぶんたくさん持ち込んだから、楽しみだね」
「アビスベヒーモスもあるしね」
ルナが笑った。
「あの魔物、結構大きかったでしょ? 相当な値段になるんじゃない?」
「どうだろう。珍しい魔物みたいだから、俺も想像がつかないな」
「まあ、何にしても楽しみだね」
ルナはそう言うと、先を歩き始めた。
「ワフ!」
「キュ!」
テリーとステフも元気いっぱいだ。
ギルドへ到着すると、受付の女性がすぐに俺たちに気づいた。
「あっ、アレンさん! 皆さん、お待ちしておりました!」
「おはようございます」
「おはよう!」
ルナも軽く手を上げた。
「本日は査定結果と深層調査の報酬について、責任者から直接ご説明させていただきます」
「そうなんですか?」
「はい。今回は特別な案件ですので」
女性は笑顔で続けた。
「奥の応接室へご案内しますね」
「ありがとうございます」
俺たちは受付の女性について、ギルドの奥へ向かった。
◇
応接室へ入ると、以前も話をしたギルドの責任者が待っていた。
机の上には、何枚もの書類が積まれている。
「やあ、アレン君。よく来てくれたね」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう!」
三人が挨拶すると、男性は穏やかに頷いた。
「まずは座ってくれ」
俺たちは椅子に腰を下ろした。
テリーはルナの足元に座り、ステフはフェリシアの膝の上で翼をたたんでいる。
男性は一枚の書類を手に取った。
「早速だが、最初に報告がある」
「はい」
「君たちが提出してくれたミナリア西ダンジョンの調査記録についてだ」
……あっ。
五十階層踏破の話かな?
「我々の保有している記録と照合し、専門の職員にも確認してもらった」
「そうだったんですね」
「特に第五十階層については、階層主の討伐と、その後に表示された踏破の通知が重要な証拠になった」
男性は書類を机に置いた。
そして、俺たちを見た。
「今回、当ギルドは君たち三人によるミナリア西ダンジョン第五十階層の踏破を、正式に認定することにした」
「……本当ですか!?」
「ああ。本当だよ」
「やったね!」
フェリシアが嬉しそうに笑った。
「これで、正式な記録に残るんだね!」
ルナも満足そうだ。
「はい。ありがとうございます!」
俺が頭を下げると、男性は首を横に振った。
「礼を言うのはこちらの方だよ」
「え?」
「これまで、ミナリア西ダンジョンは第二十五階層までしか到達記録がなかった。それが今回、一気に第五十階層まで明らかになったんだ」
「そうでしたね」
「しかも、最深部まで踏破してくれた。これは非常に大きな功績だ」
男性は少し笑った。
「さすがSクラスとAクラスの冒険者たちだ」
「ありがとうございます」
フェリシアが嬉しそうに答えた。
「まあ、私たちもここまで行けるとは思ってなかったけどね」
ルナが肩をすくめた。
「途中で引き返すことも考えてたし」
「それでも最後まで到達したんだ。十分誇っていいことだよ」
男性が頷いた。
「今回の報告は、セルヴァン王国の冒険者ギルド本部にも送ることになっている」
「本部にもですか?」
「ああ。今後、ほかの冒険者がこのダンジョンへ向かう際にも、君たちの調査記録は重要な資料になるだろう」
俺たちが調べたことが、ほかの冒険者の役に立つなら何よりだ。
◇
「さて。それでは、報酬の話に移ろうか」
男性が別の書類を取り出した。
「はい!」
ルナが少し身を乗り出した。
「まず、第二十六階層から第五十階層までの深層調査についてだ」
男性は書類を確認した。
「未確認だった階層の情報に加え、第五十階層の踏破まで達成している。そのため、通常の調査報酬に特別報酬を加えることになった」
「特別報酬ですか?」
「ああ。合わせて三百万ジェニーだ」
「三百万!」
フェリシアが驚いた。
「調査だけでそんなにいただけるんですか?」
「それだけの価値がある情報だからね」
男性は笑った。
「今後の探索計画を立てるうえでも、君たちの記録は役に立つ」
「ありがとうございます」
「それから、持ち込んでもらった魔物の素材についてだ」
男性が次の書類を手に取った。
「まず、以前持ち込んでもらった第二十六階層以降の魔物だが、こちらは合計千五百万ジェニーになった」
「……千五百万!?」
俺は思わず聞き返した。
「ああ。深層の魔物は、魔石も素材も価値が高い。しかも、君たちはほとんどを丸ごと持ち帰ってくれただろう?」
「はい」
「そのおかげで、通常なら回収が難しい部位まで査定できたんだ」
なるほど。
《収納》があると、やっぱり便利だな。
「それから、昨日持ち込んでもらったシャドーウルフやダークビートルなどの素材だが……」
男性はもう一枚の書類を確認した。
「こちらは合計二百万ジェニーだ」
「二百万か」
ルナが頷いた。
「テリーとステフも頑張ってくれたし、いい結果だね」
「ワフ!」
「キュ!」
二匹が嬉しそうに鳴いた。
男性も笑っている。
「君たちの従魔も、なかなかの実力らしいね」
「はい。まだ訓練中ですけど、ずいぶん強くなりました」
「そうか。それは楽しみだね」
男性は次の書類へ目を移した。
「それから、群晶石についてだ」
……あっ。
七十個売ったんだった。
「ローデン商会から、七十個すべてを買い取るという正式な申し出があった」
「はい」
「今回は、以前の研究用買取価格を基準に、一個三十万ジェニーで取引することになった」
「三十万ジェニー……」
フェリシアが小さく呟いた。
「それが七十個だから……」
ルナが少し考えた。
「二千百万ジェニーだね」
……えっ!?
そうか!
七十個もあるんだから、ものすごい金額になるんだ!
「そのとおり。合計二千百万ジェニーだ」
男性が頷いた。
「ローデン商会は、提示した条件で全数を購入するということだ」
「ありがとうございます!」
俺は頭を下げた。
ヴィクトルさん、本当に全部買ってくれるんだな。
研究用に使いたいと言っていたけど、二千百万ジェニーもかけるなんて。
群晶石に、それだけの可能性を感じているんだろう。
「……さて」
男性が最後の書類を手に取った。
「残るのは、第五十階層の階層主だね」
……アビスベヒーモスか。
俺たちは自然と身を乗り出した。
◇
「アビスベヒーモスについては、正直に言って、かなり査定に苦労したよ」
男性が苦笑した。
「そんなに珍しい魔物なんですか?」
「ああ。少なくとも、このギルドで扱った記録はない」
「そうなんですね」
「それに、あの大きさだ。素材の量だけでも相当なものになる」
男性は書類を指でなぞった。
「特に価値が高いのは、あの黒い装甲だ」
「装甲ですか?」
「ああ。非常に硬く、武具の素材として利用できる可能性がある」
確かに。
俺の竜爪剣でも、最初はほとんど傷がつかなかった。
「それから、二本の角だね」
「魔力弾を撃ってきた角ですね」
「そう。強い魔力を帯びていることが確認されている。魔法道具の素材としても期待できるだろう」
なるほど。
あの角にも価値があるんだな。
「ただ、まだ十分に性質が分かっていない部位もある。そのため、今回の査定では慎重に価格を決めた」
男性は俺たちを見た。
「その結果だが……」
少し間を置く。
「アビスベヒーモス一体の買取価格は、二千五百万ジェニーとさせてもらいたい」
「…………」
……えっ?
二千五百万?
俺は思わずフェリシアを見た。
フェリシアも目を丸くしている。
「……二千五百万ですか?」
「そうだよ」
「一体で?」
ルナが確認した。
「ああ。一体でだ」
「……ずいぶん高く評価してくれたんだね」
ルナが驚いたように笑った。
「はい。ありがとうございます!」
俺が頭を下げると、男性は微笑んだ。
「こちらこそ、これほど貴重な魔物を持ち込んでくれて感謝しているよ」
それにしても。
アビスベヒーモス一体で二千五百万ジェニーか。
あれだけ苦労して倒した魔物だけど、こんなに高く売れるとは思わなかったな。
「では、今回の報酬をまとめよう」
男性が一枚の紙を差し出した。
【深層調査報酬 3,000,000ジェニー】
【深層の魔物素材 15,000,000ジェニー】
【今回の魔物素材 2,000,000ジェニー】
【群晶石70個 21,000,000ジェニー】
【アビスベヒーモス 25,000,000ジェニー】
【合計 66,000,000ジェニー】
「……六千六百万!?」
俺は思わず声を上げた。
「すごい金額だね……」
フェリシアが呟いた。
ルナは書類を見つめ、それからゆっくり頷いた。
「これだけ稼げたら、当分の間はお金の心配をしなくて済みそうだね」
「そうだね!」
「でも、気を緩めすぎるのはよくないよ。次の冒険で何があるか分からないし」
ルナはそう言って笑った。
「うん!」
確かに、ルナの言うとおりだ。
男性は満足そうに頷いた。
「若いのに、しっかりしているね」
「そう? 普通だと思うけど」
ルナが少し照れたように笑った。
◇
「それでは、買取と支払いの手続きを進めよう」
「はい。お願いします」
「アビスベヒーモスについては、最後にもう一度確認してから、こちらで引き取らせてもらいたい」
「分かりました」
「それと、報酬はどのように受け取る?」
俺はフェリシアとルナを見た。
「今回も三人で均等に分ける形でいいかな?」
「私はそれでいいよ」
フェリシアが頷いた。
「私も異論なし」
ルナも笑った。
「じゃあ、三人で分けよう」
六千六百万ジェニー。
三人で分けると、一人二千二百万ジェニーだ。
……すごいな。
これだけの金額を、自分たちで稼いだんだ。
「一人二千二百万ジェニーですね。お支払いはどうされますか?」
「ギルド銀行へ預けていただけますか?」
「いえ、そのまま現金で下さい」
「私もお願いします」
フェリシアが答えた。
「私も現金でいいよ。《収納》に入れてもらうし」
ルナも頷いた。
男性は書類に記入し、俺たちへ確認を求めた。
「では、この内容で進めよう」
「よろしくお願いします」
そのあと現金を渡されて《収納》にしまった。
こうして、今回のダンジョン探索で手に入れた素材と群晶石の売却が完了した。
◇
ギルドでの手続きが終わると、俺たちは受付のある広間へ戻った。
すると、見覚えのある青年がこちらへ歩いてきた。
「おっ、アレン!」
「ヴィクトルさん!」
ヴィクトルさんが笑顔で手を上げた。
「査定は終わったのか?」
「はい。今、手続きが終わったところです」
「そうか。それはよかった!」
「群晶石も、全部買い取っていただけるそうで。ありがとうございました」
「いやいや。礼を言うのは俺の方だよ」
ヴィクトルさんは嬉しそうに笑った。
「七十個も手に入るとは思っていなかったからな。これで、いろいろ試せそうだ」
「そうですね!」
「それで、ヴィクトルさんはこれからどうするの?」
ルナが尋ねた。
「俺か?」
「うん。まだミナリアにいる予定?」
「いや。そろそろアルスレイン王国へ戻ろうと思ってる」
「そうなんですね」
ヴィクトルさんは頷いた。
「それに、群晶石も手に入ったことだしな」
そして、楽しそうに笑った。
「まずは親友に見せに行くつもりだ」
「親友って、リオンさんですか?」
俺が尋ねると、ヴィクトルさんが頷いた。
「ああ。あいつなら、この石を見て何を考えるか分からないからな」
「そんなにすごい人なんですか?」
「ああ!会えば分かるよ」
ヴィクトルさんは嬉しそうだ。
「普通の人間が思いつかないようなことを、平気で考えるやつなんだ」
「へえ……」
やっぱり、ちょっと変わった人みたいだな。
「まあ、まずは無事に持ち帰らないとな」
ヴィクトルさんはそう言って笑った。
「アレンたちには、本当に世話になった。また会う機会があったら、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「元気でね、ヴィクトルさん!」
ルナも手を振った。
「ああ。君たちもな!」
ヴィクトルさんは最後にもう一度笑うと、ギルドの出口へ向かっていった。
◇
ギルドを出たあと、俺たちはミナリアの大通りを歩いていた。
「それにしても、すごい報酬だったね」
フェリシアが言った。
「うん。まさか六千六百万ジェニーになるとは思わなかったよ」
「これだけあれば、しばらくは装備や旅の費用を心配しなくて済みそうだね」
ルナが言った。
「そうだね」
「それで、アレン。次はどこへ行くつもり?」
「うーん……」
俺は少し考えた。
ミナリア西ダンジョンは踏破した。
この町にもずいぶんお世話になったけど、そろそろ別の場所へ行ってみたいな。
すると、フェリシアが口を開いた。
「ねえ、今度は王都に行ってみない?」
「王都?」
「うん。セルヴァン王国の王都。ここから北東にあるんだよ」
「あっ、そういえば、まだ行ったことがなかったね」
ルナも頷いた。
「王都なら大きな冒険者ギルドもあるだろうし、珍しい依頼も見つかるかもしれないね」
「それは面白そうだね!」
俺も興味が湧いてきた。
王都か。
そういえば、セルヴァン王国に来てから、まだ王都には行っていなかったな。
「ちなみに、ここから王都まではどれくらいかかるの?」
「乗合馬車で五日くらいだって」
フェリシアが答えた。
「五日かあ……」
少し遠いな。
でも、そういえば。
「……あっ!」
「どうしたの?」
ルナが尋ねた。
「《転移》があるじゃないか!」
「……ああ!」
フェリシアが嬉しそうに頷いた。
「王都に魔力印を残せば、次からは一瞬で行けるんだね!」
「そういうこと!」
「それなら、最初の五日だけ頑張ればいいわけだね」
ルナが笑った。
「うん。王都に着いたら、安全な場所を探して魔力印を残そう」
「いいね!」
フェリシアも楽しそうだ。
「それに王都なら、ミナリアでは売っていないものもたくさんありそう!」
「そうだね。大きな武具店もありそうだし、一度見てみたいな」
ルナが言った。
確かに。
俺たちの装備も、そろそろ見直していい頃かもしれない。
今回の報酬で、お金にもかなり余裕ができたしね。
「それに、王都のギルドなら、ほかの地域のダンジョンについても詳しい情報が集まっていそうだね」
俺が言うと、ルナが頷いた。
「そうだね。王都には腕の立つ冒険者も多いだろうし、話を聞くだけでも勉強になりそう」
「それは楽しみだなあ」
フェリシアが笑った。
「王都って、きっとミナリアよりずっと大きな町なんだろうね」
「そうだろうね」
俺もまだ行ったことがないから、どんな場所なのか気になるな。
それに、王都へ行けば新しい冒険者との出会いもあるかもしれない。
「ワフ!」
「キュ!」
テリーとステフも元気よく鳴いた。
「二匹も行ってみたいの?」
「ワフ!」
「キュ!」
どうやら賛成みたいだ。
「じゃあ、決まりだね!」
ルナが笑った。
「うん。次は王都へ行こう!」
俺も頷いた。
「でも、その前に乗合馬車を調べないとね」
「あっ、そうだった!」
フェリシアが笑った。
「五日もかかるなら、途中の宿場や休憩場所も確認しておいた方がいいね」
「そうだね。それに、テリーとステフも一緒に乗れるか聞いてみないと」
ルナが二匹を見た。
「ワフ?」
「キュ?」
テリーとステフが首を傾げる。
「二匹とも大切な仲間だからね。乗れないって言われたら困るなあ」
「ふふふ。そうだね」
フェリシアが笑った。
「じゃあ、まずは乗合馬車の乗り場に行ってみようか」
「うん!」
俺たちは大通りを歩き始めた。
セルヴァン王国の王都か。
いったい、どんな街なんだろう?
新しい冒険者との出会いもあるかもしれないし、まだ知らない魔物やダンジョンの情報も手に入るかもしれない。
それに、王都で魔力印を残せれば、これからの冒険の範囲も大きく広がるだろう。
よし。
次の目的地は、セルヴァン王国の王都だ。
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