第205話 商人の目
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「ローデン商会ですか?」
「ああ。アルスレイン王国に本拠を置く商会なんだ」
「そうなんですね。よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、ヴィクトルさんは笑顔で頷いた。
「こちらこそ。それで、群晶石を持っているという話だったけど。」
「はい」
「よかったら、実物を見せてもらえないか?」
「もちろんです。ただ……」
俺はフェリシアを見た。
「フェリシア、大丈夫?」
「うん! 見せるくらいなら問題ないよ」
「ありがとう」
そのとき。
「ねえ、アレン……」
ルナが俺の袖を引っ張った。
「どうしたの?」
「お腹空いた……」
そうだった。
ギルドに来る前から、ずっとおいしいものを食べたいって言っていたんだ。
「ああ。ごめんね」
「もう限界だよ……」
ルナがお腹を押さえた。
その様子を見て、ヴィクトルさんが笑った。
「だったら、食事でもしながら話さないか?」
「えっ?」
「俺もちょうど腹が減っていたところなんだ。よかったら、ご馳走するよ」
「本当!?」
ルナの表情が、一瞬で明るくなった。
「いいんですか?」
「ああ。こっちから話を聞きたいんだから、気にしないでくれ」
「ありがとうございます」
「やったあ!」
ルナが両手を上げた。
こうして、俺たちはヴィクトルさんと一緒に食事をすることになった。
◇
ギルドから少し歩いたところに、港を見渡せる料理店があった。
外の席ならテリーとステフも一緒にいられるというので、そこに座ることにした。
「わあ! いい匂い!」
ルナが嬉しそうに料理を見つめた。
運ばれてきたのは、焼きたての魚料理や肉料理、それに野菜の入った温かいスープだ。
「いただきます!」
ルナがさっそく食べ始めた。
「おいしい!」
フェリシアもスープを口に運んだ。
「本当。ダンジョンから帰ってきたって感じがするね」
「そうだね」
俺も魚料理を食べた。
うん。おいしいな。
しばらく食事を楽しんだあと、ヴィクトルさんが口を開いた。
「それで、群晶石についてなんだけど」
「はい」
「まず、その石をどこで見つけたのか教えてもらえるか?」
「ミナリア西ダンジョンです」
「なるほど。ダンジョンで採れる魔石なのか」
「はい。ちょっと変わった性質があるみたいです」
「魔力に反応して光るんだろ?」
「それだけじゃないんです」
「ほう?」
「フェリシアが魔力を流すと、空中を自由に動かせるんですよ」
「……空中を?」
ヴィクトルさんの手が止まった。
「浮かぶだけじゃなくて、動くのか?」
「はい。上下左右、好きな方向へ動かせます」
「それは、石自体の能力なのか?」
「どうなんでしょう。フェリシアが魔力を流して操作しているんです」
ヴィクトルさんは腕を組んだ。
「……」
何か考え始めたみたいだ。
「ちなみに、どれくらい動かせるんだ?」
「今は八つです」
フェリシアが答えた。
「……八つ?」
「はい」
「同時に?」
「そうです」
ヴィクトルさんの目が大きくなった。
「それは面白いな!」
今まで以上に興味を持ったようだ。
「ぜひ実際に見てみたいんだけど、できるか?」
「はい。でも、ここで動かすのは危ないかもしれません」
「そうだな。だったら、明日どこか広い場所を借りよう」
「ギルドの訓練場なら、使わせてもらえるかもしれません」
俺が提案すると、ヴィクトルさんは嬉しそうに頷いた。
「それは助かる。じゃあ、明日お願いできるか?」
「はい。大丈夫です」
「ありがとう!」
そうしている間にも、ルナは次々と料理を食べていた。
「ヴィクトルさん、これも食べていい?」
「ああ。好きなだけ食べてくれ」
「やったあ!」
ヴィクトルさんは楽しそうに笑った。
商人って、もっと堅苦しい人が多いのかと思っていたけど、ずいぶん話しやすい人だな。
◇
翌朝。
俺たちは冒険者ギルドの訓練場を訪れた。
事前に事情を説明すると、訓練場の一角を使わせてもらえることになった。
広い土の地面には、木製の標的がいくつも並んでいる。
「ここなら大丈夫そうだね」
フェリシアが周囲を見回した。
「うん。でも、魔弾の威力は弱くしてね」
「分かってるよ!」
今日は、群晶石の動きを見せることが目的だ。
訓練場を壊してしまったら大変だからね。
「それじゃあ、お願いするよ」
ヴィクトルさんが少し離れた場所に立った。
「はい」
フェリシアが《収納》から群晶石を取り出した。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
そして、さらに四つ。
合計八つの群晶石だ。
ヴィクトルさんが興味深そうに眺めた。
「見た目は普通の石とそれほど変わらないな」
「そうなんです。でも、魔力を流すと変わるんですよ」
フェリシアが両手を広げた。
「いきますね」
ふわっ。
八つの群晶石が、ゆっくりと浮かび上がった。
「……おおっ!」
ヴィクトルさんが目を見開いた。
青白い光を帯びた八つの石が、フェリシアの周囲を回り始める。
「じゃあ、動かしますね!」
シュンッ!
八つのオービットが、一斉に飛び出した。
一つは高く舞い上がり、別の一つは地面すれすれを滑るように移動する。
残る六つも、それぞれ異なる方向へ飛んでいった。
そして、フェリシアが軽く手を動かすと、八つの光が一斉に方向を変えた。
「……何だ、これは!」
ヴィクトルさんが驚いている。
「これを全部、一人で操作しているのか?」
「はい」
「八つとも別々に?」
「そうです」
「……すごいな」
ヴィクトルさんは空を飛び回る石から目を離さなかった。
「それに、これだけじゃないんだよ!」
ルナが得意そうに言った。
「フェリシアは、この石から魔弾も撃てるんだ!」
「魔弾!?」
「そう!」
フェリシアが頷いた。
「今日は弱い魔弾でお見せしますね」
八つのオービットが、それぞれ別の標的へ向きを変えた。
「《魔弾》!」
ポンッ! ポンッ! ポンッ!
青白い魔弾が次々と放たれる。
トンッ!
トンッ!
八つの標的に、それぞれ小さな焦げ跡が残った。
「……なるほど!」
ヴィクトルさんが感心したように頷いた。
「動かすだけでなく、狙った場所に魔法をあてることもできるのか!」
「はい。でも、八つを同時に操作するのは、まだ練習中なんです」
「い、いや、十分すごいぞ」
「フェリシアはね、もっと強い魔弾も撃てるんだよ!」
ルナが笑った。
「この前なんて、自分で撃つのも合わせて十三発だったんだから!」
「……十三発!?」
ヴィクトルさんがフェリシアを見た。
「ええ。それを一か所に集中させて、巨大な魔物の装甲を砕いたんです」
「……とんでもないことをするな」
ヴィクトルさんが小さく笑った。
でも、彼の視線は砕けていない標的よりも、フェリシアの周囲に浮かぶ群晶石へ向けられていた。
◇
「なあ、フェリシア」
「はい?」
「その石、俺にも触らせてもらっていいか?」
「もちろんです」
フェリシアが一つの群晶石を手渡した。
ヴィクトルさんは手のひらに載せ、魔力を流し始めた。
ぽうっ。
石の内部が青白く光った。
「おっ!反応したぞ!」
「はい。ちゃんと魔力が流れていますね」
「それじゃあ、浮かせてみるか……」
ヴィクトルさんが石を見つめた。
しかし。
「……ん?」
石は手のひらに載ったままだ。
もう一度試してみても、光が少し強くなるだけだった。
「なるほど。魔力を流せば誰でも動かせるわけじゃないのか」
「そうみたいですね」
フェリシアが答えた。
「私は魔力を流しながら、一つひとつを操作しているんです」
「かなり難しそうだな」
「はい。でも、練習しているうちにできるようになったんです」
「そうか……」
ヴィクトルさんは群晶石をフェリシアへ返した。
そして、少し考えてから尋ねた。
「ところで、この石は魔弾を撃たなくても動かせるんだよな?」
「はい」
「だったら、小さなものを運ぶことはできるのかな?」
「……運ぶ?」
フェリシアが首を傾げた。
「例えば、この石に何かを取り付けて、一緒に動かすんだ」
「なるほど……」
フェリシアも興味を持ったみたいだ。
「ちょっと試してみてもいいですか?」
「ああ、ぜひ!」
ヴィクトルさんは訓練場に落ちていた小さな木片を拾った。
それを細い紐で群晶石に結びつける。
「このくらいならどうだろう?」
「やってみますね」
フェリシアが魔力を流した。
ふわっ。
群晶石が浮かび上がる。
すると、紐で結ばれた木片も、ゆっくりと地面から離れた。
「……あっ!」
俺は声を上げた。
「運べたね!」
「うん!」
フェリシアが嬉しそうに頷いた。
群晶石は木片をぶら下げたまま、ゆっくりと移動していく。
そして、数メートル先で静かに着地した。
「……なるほど!」
ヴィクトルさんが笑みを浮かべた。
「小さなものなら、一緒に運べるのか!」
「はい。でも、重いものまで運べるかは分かりません」
「それに、操作する人の魔力も必要だな」
「そうですね」
ヴィクトルさんは腕を組んだ。
「どのくらいの重さまで運べるのか。どれくらい遠くまで動かせるのか。それに、魔力をどれだけ使うのか……」
次々と疑問を口にする。
「調べることが山ほどあるな!」
何だか楽しそうだ。
「ヴィクトルさんは、こういうことが好きなんですか?」
「もちろん!」
ヴィクトルさんが即答した。
「珍しいものを見つけるのも好きだけど、それが何に使えるのかを考えるのはもっと楽しいんだ」
「そうなんですね」
「新しい使い道が見つかれば、それを必要とする人がいるかもしれない。そうなれば、商売にもつながるからな」
なるほど。
俺たちは戦うために使っていたけど、ヴィクトルさんはまったく別のことを考えているんだな。
「ところで、アレン」
「はい?」
「この群晶石、ほかにも持っているのか?」
「はい。いくつかあります」
「よかったら、少し譲ってもらえないか?」
「群晶石をですか?」
「ああ。余っているものがあれば研究用に買わせてもらいたいんだ」
「研究用ですか?」
「うん。まだ分からないことが多すぎるから、もう少し詳しく調べてみたい」
なるほど。
それなら、売ってもいいかもしれないな。
俺はフェリシアを見た。
「フェリシア、どう思う?」
「私はいいと思うよ。でも、予備は残しておきたいな」
「そうだね」
せっかく八つまで扱えるようになったんだ。
予備の群晶石も必要だろう。
「ヴィクトルさん。予備を残したうえで、余った分をお譲りする形でもいいですか?」
「もちろん。それで十分だよ」
「ありがとうございます」
「値段については、ギルドの買取価格も参考にして、納得してもらえる金額を提示したい」
「はい。お願いします」
すると、ヴィクトルさんが少し考え込んだ。
「……でも、研究するなら、もう少し数が欲しいな」
「そうなんですか?」
「ああ。同じ種類の石でも、一つひとつ性質が違うかもしれないだろう?」
「なるほど」
「それに、いろいろな実験をするなら、数が多い方がいい」
ヴィクトルさんが俺たちを見た。
「アレンたちは、また群晶石を採りに行く予定はあるのか?」
「今のところはありません。まだ、ダンジョンから帰ってきたばかりなので」
「そうか。だったら、無理にお願いするのも悪いな」
ヴィクトルさんは笑った。
「そうだ。ギルドに採取依頼を出してみようかな」
「採取依頼ですか?」
「ああ。群晶石を集めてきてくれる冒険者を募集するんだ」
……なるほど!
そうすれば、俺たちが採りに行かなくても、群晶石を集められるかもしれない。
「もし継続的に集められるなら、研究も進めやすくなるだろう?」
「そうですね!」
「それに、冒険者にとっても新しい仕事になる」
確かに。
群晶石は、今のところ用途が限られている。
でも、ヴィクトルさんが買い取ってくれるなら、採取する価値が生まれるのだろう。
「このあと、ギルドで相談してみる」
「分かりました。採取場所については、俺たちも分かる範囲でお伝えしますね」
「ありがとう! 助かる」
ヴィクトルさんは満足そうに頷いた。
◇
訓練場を出たあと、俺たちはヴィクトルさんと一緒にギルドの受付へ向かった。
「すみません。少し相談したいことがあるんですが」
ヴィクトルさんが職員に声をかけた。
「はい。どのようなご用件でしょうか?」
「群晶石の採取依頼を出したいんです」
「群晶石ですか?」
「ええ。必要な数量を集めたいので、冒険者の方々に採取をお願いできないかと思いまして」
職員は頷いた。
「採取依頼でしたら、お受けできます。ただ、採取場所や危険度によって依頼の条件が変わりますので、詳しくお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
ヴィクトルさんは群晶石について説明を始めた。
「それでしたら、深層へ進める冒険者向けの依頼になると思います。詳しい条件を確認してから、募集を開始する形でいかがでしょうか?」
「ぜひ、それでお願いします」
ヴィクトルさんが笑顔で答えた。
「報酬についても、相応の金額を用意します」
「承知しました。それでは、依頼内容がまとまり次第、ご連絡いたします」
「よろしくお願いします」
こうして、群晶石を集めるための採取依頼を、ギルドに相談することになった。
……すごいな。
俺たちが偶然見つけた石が、商人の目に留まって、新しい仕事につながろうとしている。
こんなこともあるんだな。
ギルドを出ると、ルナが大きく伸びをした。
「ふう! 今日は面白かったね!」
「うん」
フェリシアも嬉しそうだ。
隣を歩いていたヴィクトルさんが、ふと思い出したように口を開いた。
「それにしても、群晶石か……」
「どうかしましたか?」
俺が尋ねると、ヴィクトルさんは楽しそうに笑った。
「いや、あいつに見せたら、何て言うかなと思ってね」
「……あいつ?」
「ああ。俺の親友。ちょっと変わったやつなんだ」
「変わった人なんですか?」
「ははは。そうだな。普通の人間が見向きもしないようなものから、とんでもないものを作り出すんだ」
「へえ……」
それは、すごい人だな。
「俺も何度驚かされたか分からないよ」
ヴィクトルさんは楽しそうに続けた。
「この石を見せたら、きっとまた何か思いつくんじゃないかな」
「その方は、何というお名前なんですか?」
ヴィクトルさんが答えた。
「リオン・ハル。俺の親友で、アルスレイン王国の男爵だ」
【保有:353,220P】
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