第204話 五十階層踏破
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『平民出身の転生執事、最強王女を育成する』という作品です。
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転移石の光が消えると、俺たちはミナリア西ダンジョンの入口近くに立っていた。
「わあ! 外だ!」
ルナが両手を広げた。
目の前には青い海が広がっている。
潮の香りを含んだ風が、頬を通り過ぎた。
「やっぱり外の空気は気持ちいいね!」
「うん。ずいぶん長くダンジョンにいた気がするよ」
フェリシアが笑った。
俺も大きく息を吸った。
五十階層か。
どこまで続いているのか分からなかったけど、まさか最後まで探索できるとは思わなかった。
しかも、今回の探索では《剣神》《魔神》《弓神》まで手に入った。
フェリシアの八つのオービットも、すごい威力だったな。
「ねえ、アレン!」
「何?」
「早くミナリアに帰ろうよ!おいしいものが食べたい!」
「うん!俺も」
「私も、お風呂にゆっくり入りたいな」
フェリシアも笑っている。
ミナリアまでは徒歩で約二日。
行きと同じように、途中の宿場で一泊することになるだろう。
「じゃあ、出発しようか」
「うん!」
「ワフ!」
「キュ!」
テリーとステフも元気いっぱいだ。
俺たちは海沿いの街道を歩き始めた。
◇
帰り道は、行きよりもずっと気楽だった。
ダンジョンで手に入れた素材は、すべて《収納》に入っている。
荷物が増えても重くならないのは、本当に便利だな。
「それにしても、フェリシアのオービットはすごかったね」
俺が言うと、フェリシアが嬉しそうに笑った。
「ありがとう。でも、まだ練習が必要かな」
「そうなの?」
「うん。八つを別々に動かすのはできるようになったけど、魔弾を撃ちながら動かすのは結構大変なんだ」
「なるほどね」
「それに、防御ももっと上手にできるようになりたいな」
確かに、アビスベヒーモスが放った大量の魔力弾を、八つのオービットで迎撃したのは見事だった。
あれがもっと速く、正確にできるようになったら、かなり頼もしい。
「私も《弓神》の練習がしたい!」
ルナが元気よく手を上げた。
「今までよりずっと狙いやすくなったんだよ!」
「そうだね。あの大きな魔物の関節にも、正確に当てていたもんね」
「ふふふ」
ルナが嬉しそうに笑う。
俺も《剣神》をもっと使いこなしたいな。
それから、テリーとステフの練習もしないといけない。
《共有》で二匹とも強くなったけど、まだ新しい力には慣れていないはずだ。
「ワフ!」
「キュ!」
俺たちの話を聞いていたのか、二匹が元気よく鳴いた。
「二匹も練習したいんだね」
そんな話をしながら街道を進み、夕方には宿場へ到着した。
その日は宿で温かい食事を楽しみ、翌朝、再びミナリアへ向かった。
昼過ぎには、遠くに港町の建物が見え始めた。
「あっ!ミナリアだ!」
ルナが指差した。
港に停泊する船や、海沿いに並ぶ建物が少しずつ大きくなっていく。
夕方になる前には、俺たちは街の門をくぐっていた。
「帰ってきたね!」
「うん。まずはギルドに報告しようか」
フェリシアが頷く。
「そうだね。深層調査の依頼も受けていたし」
そうだった。
二十六階層以降の調査を頼まれていたんだ。
五十階層まで探索できたから、報告することはたくさんある。
「じゃあ、ギルドへ行こう!」
「うん!」
俺たちは港の方へ続く大通りを歩いた。
◇
冒険者ギルドの扉を開けると、いつもの賑やかな声が聞こえてきた。
依頼掲示板の前には何人もの冒険者が集まり、受付にも数人が並んでいる。
「あっ、アレンさん!皆さんも、お帰りなさい!」
受付の女性が、俺たちに気づいた。
「こんにちは。無事に戻りました」
「お帰りなさい!今回もダンジョンへ行かれていたんですよね?」
「はい。深層調査の報告に来ました」
「ありがとうございます!それで、今回は何階層まで進まれたんですか?」
「五十階層まで行きました」
「五十階層ですね。かしこまりまし……」
女性の手が止まった。
羽ペンの先から落ちたインクが、書類に小さな染みを作る。
「…………」
あれ?
「……ご、五十階層?」
「はい」
「ミナリア西ダンジョンの、五十階層ですか?」
「そうですよ」
女性は手元の記録を慌ててめくり始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
突然、大きな声を上げた。
近くにいた冒険者たちが、一斉にこちらを向いた。
「どうしたんだ?」
「五十階層って聞こえたぞ」
「ミナリア西ダンジョンの話か?」
ギルドの中がざわつき始めた。
「以前は二十五階層までしか到達記録がなくて、その後もアレンさんたちから深層の報告をいただいていましたが……」
女性は記録用紙から顔を上げた。
「まさか、五十階層まで続いていたんですか!?」
「はい。しかも、そこが最深部だったんです」
「……最深部?」
「五十階層が最後だったんだよ!」
ルナが嬉しそうに答えた。
「えっ!?」
「大きな魔物を倒したら、ダンジョンを踏破したって分かったんだ!」
「と、踏破!?」
女性が椅子から立ち上がった。
「ミナリア西ダンジョンを、踏破されたんですか!?」
「うん!三人で!」
「……」
女性は口を開けたまま固まってしまった。
周囲の冒険者たちも騒ぎ始める。
「おい、今、踏破って言ったか?」
「そんなに深いダンジョンだったのか!?」
「五十階層なんて、どんな魔物がいるんだよ!」
何だか、大変な騒ぎになってきたな。
女性はようやく我に返ると、慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません!これは私だけでは判断できませんので、責任者を呼んでまいります!」
「はい。お願いします」
彼女は奥の部屋へ駆け込んでいった。
「ねえ、アレン」
ルナが俺の袖を引っ張った。
「みんな、すごく驚いてるね!」
「そうだね」
「五十階層まであるって、知らなかったんだね!」
「俺たちも最初は分からなかったしね」
フェリシアが小さく笑った。
「でも、あの様子だと、私たちが思っている以上に珍しいことなのかもしれないね」
確かに。
俺たちは毎日のように探索を続けてきたけど、ほかの冒険者にとっては簡単なことじゃないんだろうな。
◇
しばらくすると、受付の女性が一人の男性を連れて戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが当ギルドの責任者です」
「初めまして。アレンです」
「フェリシアです。よろしくお願いします」
「ルナだよ!よろしく!」
男性は俺たちに軽く頭を下げた。
「報告は聞いた。まず、無事に帰還されたことを喜びたい」
「ありがとうございます」
「それで、五十階層まで到達したという話だが……」
男性は記録用紙を机に置いた。
「詳しく聞かせてもらえるだろうか?」
「はい」
俺は五十階層での出来事を説明した。
天井が非常に高く、広大で頑丈な岩に囲まれた空間だったこと。
そこにアビスベヒーモスという巨大な魔物がいたこと。
そして、その魔物を討伐したこと。
「アビスベヒーモス……」
男性が聞き慣れない名前を繰り返した。
「どのような魔物だったのかね?」
「全長十二メートルほどの四足歩行の魔物です。全身が黒い装甲で覆われていて、二本の角から魔力弾を放ってきました」
「じゅ、十二メートル!?」
受付の女性が息を呑んだ。
責任者も表情を引き締めた。
「それほど巨大な魔物が……。しかも魔法まで使うのか」
「はい。三十発近い魔力弾を一度に放ってきました」
「三十発……」
「でも、フェリシアが全部防いでくれたんだよ!」
ルナが胸を張った。
「そ、そんなことが可能なのか?」
「まだ練習中ですが、何とか防ぐことができました」
フェリシアが少し照れたように答えた。
「それで、最終的には三人で協力して討伐しました」
俺がそう説明すると、男性はしばらく考え込んだ。
「……なるほど」
そして、ゆっくりと口を開いた。
「アレン君。誤解しないでほしいのだが、君たちの話を疑っているわけではない。ただ、ギルドの正式な記録に残すには、確認が必要なんだ」
「はい。分かります」
「その魔物の討伐を証明できるものはあるだろうか?」
「それなら大丈夫です。倒した魔物を丸ごと持ってきています」
「……丸ごと?」
「はい。《収納》に入っています」
男性が目を瞬かせた。
「十二メートルの魔物を……?」
「そうです。ただ、ここでは出せないので、広い場所をお借りできますか?」
責任者は受付の女性と顔を見合わせた。
「……分かった。解体場へ案内しよう」
◇
解体場。
「それでは、お願いします」
「はい」
俺は周囲に十分な場所があることを確かめた。
「《収納》!」
シュンッ!
巨大な黒い魔物が、解体場に姿を現した。
ドォン!
近くで荷物を運んでいた職員たちも、一斉に振り向いた。
「な、何だ!?」
「こりゃまたでかい魔物だ…」
責任者は巨大な魔物の前で立ち止まった。
見上げるほどの体躯。
岩石のように分厚い黒い装甲。
頭から伸びる二本の太い角。
そして、左肩に残る大きな傷。
「……これが、五十階層の階層主なのか」
「はい。アビスベヒーモスです」
男性は慎重に近づき、装甲を指先で叩いた。
コン、コン。
硬い音が響く。
「……とんでもない硬さだな」
「そうなんです。俺の剣でも、最初はほとんど傷がつきませんでした」
「それを、どうやって倒したんだ?」
「フェリシアが魔法で装甲を砕いてくれたんです」
男性が大きく破損した左肩を見た。
「これを魔法で……?」
「はい。魔弾を集中させました」
フェリシアが答える。
「ただ、私一人では倒せませんでした。ルナが動きを止めてくれて、最後はアレンが剣で討伐したんです」
「そうか……」
男性は何度か頷いた。
それから、巨大な魔物をぐるりと見回した。
「正直に言って、ここまでの魔物があのダンジョンにいるとは想像もしていなかった」
「そんなに珍しい魔物なんですか?」
「ああ。少なくとも、私がこれまで扱ってきた討伐報告にはない。専門の鑑定士にも確認してもらう必要があるだろう」
男性は俺に向き直った。
「アレン君。これを素材として売却するつもりはあるかね?」
「はい。そのつもりです」
「では、正式な査定をさせてほしい。ただ、この大きさと珍しさでは、すぐに金額を出すことが難しい」
「分かりました。査定の準備が整ったら、また持ってきますね」
「助かる。日程が決まり次第、連絡しよう」
その他の討伐した魔物も全部《収納》から出した。
「……」
ギルドの職員たちは言葉を失っていた。
◇
その後、俺たちはギルドの奥にある部屋で、深層調査の正式な報告を行った。
二十六階層以降に現れた魔物や、各階層の地形。
途中で発見した珍しい素材。
四十階層のゴールドスライムや、五十階層のアビスベヒーモスについても説明した。
責任者は真剣な表情で記録を取り、ときどき詳しい質問をしてきた。
「五十階層の階層主を討伐したあと、下へ続く階段は見当たらなかったんだね?」
「はい。その代わり、ダンジョンを踏破したという表示が出ました」
「それで、帰還用の転移石で帰ってきました」
フェリシアが付け加えた。
「なるほど……」
男性は記録用紙に何かを書き込んだ。
「いずれも重要な情報だ」
「これで、五十階層が最後だったと認めてもらえるんでしょうか?」
「正式な認定には、報告内容の照合などが必要になる。ただ、これだけ具体的な情報と魔物の証拠がある以上、非常に有力だよ」
「そうなんですね」
男性は穏やかに微笑んだ。
「今回の調査結果は、今後このダンジョンへ向かう冒険者たちにとっても、貴重な資料になるだろう」
「それなら、よかったです」
俺たちが集めた情報が、ほかの冒険者の役に立つなら嬉しい。
「それから、深層調査の依頼報酬についてだが、こちらも記録の確認が済み次第、手続きを進める」
「ありがとうございます」
「素材の査定と合わせて、また改めて連絡させてもらうよ」
フェリシアが丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「ねえ、もう報告は終わり?」
ルナが尋ねた。
「ああ。今日はここまでで大丈夫だよ」
「やった!じゃあ、ご飯を食べに行こう!」
ルナが勢いよく立ち上がった。
「ずっと楽しみにしてたもんね」
「うん!お腹ぺこぺこ!」
責任者が笑った。
「長時間、引き止めてしまってすまなかったね」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
俺たちは部屋を出た。
◇
受付のある広間へ戻ると、さっきより冒険者の数が増えていた。
五十階層踏破の話が、もう広まっているみたいだ。
「あの三人らしいぞ」
「本当に五十階層まで行ったのか?」
「さっき裏に、とんでもなく大きな魔物が出てきたってよ!」
「十メートル以上あったらしいぞ!」
何人もの冒険者が、俺たちの方を見ている。
……ちょっと恥ずかしいな。
「アレン、早く行こうよ!」
ルナが俺の腕を引っ張った。
「うん。そうしようか」
「今日は何を食べようかな!」
フェリシアも楽しそうに笑った。
俺たちがギルドの出口へ向かおうとした、そのときだった。
「すみません。少しお伺いしたいことがあるのですが」
受付の方から、若い男性の声が聞こえてきた。
振り向くと、明るい茶色の髪をした青年が立っていた。
背はあまり高くないけど、仕立てのよさそうな服を着ている。
冒険者というより、商人のようだ。
「群晶石という魔石を、こちらのギルドで扱っていると聞いたんですが」
……群晶石?
俺は足を止めた。
青年は受付の女性に向かって続けた。
「別の商談でセルヴァン王国に来ていたんですが、少し変わった魔石の噂を耳にしましてね」
「群晶石ですか?」
「ええ。魔力に反応して光る石だそうですね。こちらのギルドが研究用に買い取ったと聞きました」
「はい。確かに買い取りました」
「やはり、そうでしたか!」
青年の表情が明るくなった。
「実物を見せていただくことはできますか?」
「申し訳ありません。買い取ったものは、すでに研究用として引き渡しておりますので……」
「そうですか。それは残念だな」
青年は少し考え込んだ。
「ほかに、あの石を持ち込んだ冒険者の情報などはありませんか?」
「申し訳ありませんが、そういう情報はお伝えできません」
「ああ、そうですね。失礼しました」
青年は素直に頭を下げた。
……群晶石か。
フェリシアがオービットとして使っている石だ。
あの石なら、俺たちも持っている。
「すみません」
俺は思わず声をかけた。
青年がこちらを振り向いた。
「ん?」
「群晶石を探しているんですか?」
「ああ。君は?」
「アレンといいます。実は、俺たちもその石を持っているんです」
「……本当か?」
青年の目が輝いた。
「はい。ミナリア西ダンジョンで見つけました」
「ほう……!」
青年は俺たち三人を見渡した。
「もしかして、君たちが今、噂になっている五十階層を踏破した冒険者か?」
「はい。そうです」
「なるほど。だったら、珍しい魔石を持っていてもおかしくないな」
青年が興味深そうに笑った。
「ぜひ、群晶石について話を聞かせてもらいたい。もちろん、商談になるなら相応の対価も払うつもりだ」
……商談?
どうやら、この人は商人みたいだな。
「あっ、そうだ。まだ名乗っていなかったな」
青年は軽く右手を上げた。
「俺はヴィクトル・ローデン。ローデン商会の者だ」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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