第20話 十階の階層主
翌朝。
俺とフェリシアは、《銀麦亭》で朝食を済ませて冒険者ギルドへ向かった。
今日は十階へ行く。
Dランクで探索を許されている最深階だ。
掲示板を見ると、普段の依頼とは別に一枚の紙が貼られていた。
【緊急討伐依頼】
【アイアンゴーレム討伐】
【対象:ベルガント西部ダンジョン第十階層】
【報酬:300,000ジェニー】
「これですね」
「昨日言ってた階層主ですね」
依頼書を取って受付へ向かう。
いつもの受付嬢は、紙を見るなり眉を寄せた。
「やっぱり受けるんですね」
「はい」
「昨日は説明しませんでしたが、階層主はいつでも十階にいるわけではありません」
「そうなんですか?」
「一度倒されると姿を消します。次にいつ現れるかは分かっていません。
数日後のこともあれば、もっと長く現れないこともあります」
受付嬢が依頼書を指さした。
「昨日、十階を探索していた冒険者からアイアンゴーレム出現の報告がありました。
それで今朝、討伐依頼が出たんです」
「なるほど」
「出現していない時なら、十階の探索自体はもっと安全です。ただ、今日は確実にいます」
「難しそうなら戻ります」
「必ずそうしてください。階層主は通常の魔物とは別物ですから」
「分かりました」
依頼を受け、俺たちはダンジョンへ向かった。
◇
一階から六階までは、ほとんど立ち止まらずに抜けた。
七階でグランドリザードが現れたが、二撃で倒す。
【500P獲得】
【累計獲得P:15,200P】
【保有:5,490P】
八階では魔物と遭遇しなかった。
九階ではデスホーンが一体現れた。
「ブオオオッ!」
長い角を向けて突進してくる。
横へかわし、すれ違ったところで後脚を斬った。
体勢を崩したデスホーンへ追いつき、首へ剣を入れる。
【700P獲得】
【累計獲得P:15,900P】
【保有:6,190P】
「昨日より早かったですね」
「だいぶ慣れてきました」
目の前には十階へ続く階段がある。
フェリシアが俺を見る。
「行きます?」
「はい」
二人で階段を下りた。
◇
十階は静かだった。
九階よりも通路が広く、天井も高い。
壁には何かを強く叩きつけたような跡が残っている。
石床にも大きな亀裂が走っていた。
「これ、階層主がやったんでしょうか」
「かもしれませんね」
警戒しながら奥へ進む。
途中で魔物には遭遇しなかった。
やがて、通路の先に大きな空間が現れた。
その中央に、巨大な何かが立っている。
「……いました」
フェリシアが足を止める。
三メートル近い巨体。
鈍い灰色の身体は、全身が金属で作られているように見えた。
人間とは比べものにならないほど太い腕。
赤く光る二つの目。
アイアンゴーレム。
俺たちが広間へ入ると、その目がこちらを向いた。
「ゴオオオオ……」
低い音が響く。
「私から撃ちます」
「お願いします」
フェリシアが杖を向けた。
「《魔弾》!」
光弾が胸へ当たる。
バンッ!
アイアンゴーレムはほとんど動かなかった。
「硬い……」
「普通の魔弾だと厳しそうですね」
「なら、こっちで」
フェリシアが距離を取り、指先へ魔力を集め始める。
アイアンゴーレムが動いた。
「ゴオッ!」
大きな足音を響かせながら近づいてくる。
速くはない。
「《魔弾》!」
ドンッ!
高出力の一撃が右肩へ直撃した。
金属の表面がわずかにへこむ。
「効いてます!」
「十分です」
俺が前へ出た。
巨大な拳が振り下ろされる。
横へかわす。
ドンッ!
石床が砕けた。
攻撃は重い。
だが、動きは十分に見える。
懐へ入り、鋼鉄剣を振った。
ガキンッ!
腕に強い衝撃が返ってきた。
アイアンゴーレムの脇腹には浅い傷が入っている。
「斬れてます!」
「なら、いけます」
もう一度拳をかわし、今度は右脚を斬る。
ガキンッ!
硬い。
同じ場所へもう一撃。
さらにもう一撃。
少しずつ傷が深くなっていく。
「フェリシアさん、右脚を狙えます?」
「はい!」
フェリシアが魔力を集める。
「《魔弾》!」
高出力の魔弾が、俺の斬っていた場所へ直撃した。
「ゴオオッ!」
右脚が大きく揺れる。
俺はすぐに踏み込んだ。
同じ傷へ全力で剣を振る。
ガキィンッ!
刃が深く食い込んだ。
右脚が折れ曲がり、アイアンゴーレムが片膝をつく。
「今です!」
胸へ回り込む。
中央に、周囲とは色の違う部分がある。
剣を突き立てた。
硬い。
アイアンゴーレムが腕を振る。
一度下がる。
「ゴオオオオッ!」
立ち上がろうとしたところへ、フェリシアの《魔弾》が顔へ当たった。
動きが止まる。
もう一度踏み込んだ。
狙う場所は同じだ。
胸の傷へ剣を突き立てる。
全身の力を込めた。
剣から嫌な手応えが伝わってくる。
それでも力は緩めない。
「おおおっ!」
刃がさらに奥へ入る。
バキンッ!
胸の奥で何かが砕けた。
アイアンゴーレムの赤い目から光が消える。
巨体がゆっくりと傾いた。
ドォン!
広間の床が揺れた。
【階層主討伐を確認しました】
【2,000P獲得】
【累計獲得P:17,900P】
【保有:8,190P】
「……倒した」
フェリシアがゆっくり息を吐いた。
「十階の階層主ですよ?」
「倒せましたね」
俺自身にはまだ余力がある。
問題は別のところにあった。
「アレンさん。剣……」
手元を見る。
「これは……」
鋼鉄剣の刃がひどく欠けていた。
刀身もわずかに曲がり、根元には細い亀裂が入っている。
「もう使わない方がいいですよね」
「そうですね」
十万ジェニー近くした剣だった。
買った時には十分いい武器だと思っていたが、俺の力と十階の魔物には耐えきれなかったらしい。
「最後までは持ってくれましたね」
「途中で折れなくて本当によかったですよ」
「それは俺も思います」
鋼鉄剣を布で包む。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
「アレンさん」
フェリシアが広間の奥を見る。
アイアンゴーレムが立っていた場所のさらに向こう。
何もなかった石壁がゆっくりと左右へ動いていた。
壁の奥に、小さな部屋が現れる。
中央には青白く光る大きな石が置かれていた。
「何でしょう?」
近づいてみる。
フェリシアが石を見て首を傾げた。
「これ……転移石じゃないですか?」
「転移石?」
「私も実物を見るのは初めてです」
台座には短い文字が刻まれていた。
――十階層を踏破した者に、道を開く。
「触ってみます?」
「そうですね」
俺が転移石へ手を触れる。
青白い光が強くなった。
少しして、元の明るさへ戻る。
フェリシアも同じように触れる。
転移石が再び光った。
「何か起きたんでしょうか」
「ギルドで聞いてみましょう」
俺たちはアイアンゴーレムから大きな魔石と、持ち帰れそうな金属片を回収した。
◇
九階まで戻ったところで、ブラックオーガが現れた。
「オオオオッ!」
「俺が引きつけます」
「お願いします!」
壊れかけた剣は使わない。
俺は素手のまま前へ出た。
ブラックオーガが棍棒を振り下ろす。
かわす。
追ってきたところで少し横へ動き、向きを変えさせる。
「《魔弾》!」
フェリシアの光弾が脚へ入った。
「オオッ!」
ブラックオーガがフェリシアを見る。
すぐに俺が近づいた。
「こっちです!」
再び俺へ棍棒が振られる。
かわす。
フェリシアが安全な距離を取る時間は十分にある。
「《魔弾》!」
二発。
三発。
脚へ集中して撃ち込む。
動きが鈍った。
「今です!」
フェリシアが杖の先へ魔力を集めた。
「《魔弾》!」
高出力の一撃が胸へ直撃する。
巨体が大きく揺れた。
そこからさらに通常の魔弾を撃ち込む。
やがてブラックオーガが地面へ倒れた。
「倒せました!」
「やりましたね」
視界には何も表示されない。
八階でも魔物が一体現れたが、同じように俺が引きつけ、フェリシアが仕留めた。
その後は大きな問題もなく地上まで戻った。
◇
夕方。
ギルドへ入る。
いつもの受付嬢がすぐに俺たちへ気づいた。
「お帰りなさい! 十階はどうでした?」
「階層主を倒しました」
「……はい?」
「アイアンゴーレムです」
大きな魔石を受付台へ置く。
受付嬢の目が見開かれた。
「これ……」
何度か確認する。
「間違いありません。アイアンゴーレムの魔石です」
近くにいた職員までこちらを見る。
「十階の階層主だって?」
「今朝依頼が出たばかりだぞ」
受付嬢が改めて俺たちを見る。
「本当に怪我は?」
「ありません」
「私も大丈夫です」
「……すごいですね」
依頼の処理が進む。
視界に表示が現れた。
【依頼達成を確認しました】
【100P獲得】
【本日の獲得P:3,300P】
【累計獲得P:18,000P】
【保有:8,290P】
《付与》まで、あと1,710P。
「討伐依頼の報酬は三十万ジェニーです」
続いて素材も査定してもらう。
アイアンゴーレムの魔石と金属片。
往路で倒したグランドリザードとデスホーン。
帰路でフェリシアが倒した魔物の素材。
買取額は八十八万ジェニーになった。
「依頼報酬と合わせて、百十八万ジェニーです」
「百十八万……」
フェリシアが目を丸くする。
二人で分ければ、一人五十九万ジェニー。
十階まで来ると、稼げる金額もかなり大きい。
「そういえば、アイアンゴーレムを倒したあとに転移石が出てきました」
俺が言うと、受付嬢が頷いた。
「触れましたか?」
「二人とも」
「でしたら登録されています」
「登録?」
「次から一階の転移石を使って、直接十階へ移動できます。十階から一階へ戻ることもできますよ」
フェリシアが俺を見る。
「使えばよかったですね」
「本当ですね」
「初めてなら、分からなくても仕方ありません」
受付嬢が笑った。
「次からは一階から九階まで歩かなくて済みます」
「それは助かります」
「あとは……その剣ですね」
俺は布に包んでいた鋼鉄剣を受付台へ置いた。
布を開く。
「……すごいことになってますね」
「アイアンゴーレムを倒したらこうなりました」
「これは買い替えた方がいいです」
「そのつもりです」
「明日は武器屋ですね」
「はい」
これで今日の手続きは終わりかと思った。
だが、受付嬢は手元の記録をもう一度確認すると、急に表情を変えた。
「……少々お待ちください」
「はい?」
「すぐ戻ります」
受付嬢が立ち上がり、そのまま奥へ消えていった。
「何でしょう?」
「さあ……」
フェリシアと顔を見合わせる。
しばらくして、受付嬢が一人の男性を連れて戻ってきた。
四十代くらいの男だ。
胸元には銀色の徽章がついている。
「ベルガント支部の副ギルド長です」
受付嬢が紹介する。
副ギルド長が俺たちの前へ立った。
「アレン・ヴァルディスさん。フェリシア・ロートさんですね」
「はい」
「お二人のこれまでの実績を確認しました」
副ギルド長が手元の書類を見る。
「Dランク昇格後の依頼達成数。七階から九階までの攻略。九階での他の冒険者の救助。そして、本日の十階階層主アイアンゴーレム討伐」
そこで書類を閉じた。
「これ以上、Dランクに留めておく理由はありません」
受付嬢が二枚の冒険者証を差し出す。
「本日付で、お二人をCランクへ昇格させることが決まりました」
「……Cランク?」
フェリシアが目を丸くする。
「もうですか?」
俺が聞く。
受付嬢が苦笑した。
「こちらが言いたいです」
新しい冒険者証を受け取る。
そこには、確かに刻まれていた。
【Cランク】
累計獲得P=18,000P
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