第19話 もう九階
翌朝。
《銀麦亭》で朝食を済ませ、俺とフェリシアは冒険者ギルドへ向かった。
昨日、七階でも問題なく戦えることは確認できた。
今日は八階へ行くつもりだった。
Dランク用の掲示板を見ていると、フェリシアが一枚の依頼書を指さした。
「これ、九階ですね」
確認する。
【ブラックオーガ 二体討伐】
【対象:ベルガント西部ダンジョン第九階層】
【報酬:180,000ジェニー】
「九階ですか」
「八階を通ってみて、大丈夫そうなら行きます?」
「そうしましょう。難しそうなら戻ればいいですし」
依頼書を取って受付へ向かった。
いつもの受付嬢が内容を見る。
動きが止まった。
「……九階ですか?」
「はい」
「昨日、初めて七階へ行かれたんですよね?」
「そうです」
「八階は?」
「まだです」
「それで九階の依頼を?」
「八階が難しそうなら引き返します」
フェリシアも頷く。
「無理をするつもりはありません」
「それならいいんですが……」
受付嬢は少し迷ってから依頼書を受理した。
「本当に気をつけてください。九階のブラックオーガは、七階の魔物とはかなり違いますから」
「分かりました」
◇
一階から七階までは、大きな問題もなく抜けた。
昨日まで慎重に進んでいた階層も、今では通過する方が早い。
そして八階。
階段を下りてしばらく歩いたところで、フェリシアが足を止めた。
「何かいました?」
「分かりません。でも……」
周囲を見回す。
岩壁。
暗い通路。
特に何も見えない。
次の瞬間だった。
「アレンさん!」
左から黒い影が飛び出した。
「っ!」
鋭い爪が顔へ迫る。
身体を後ろへ反らす。
爪先が目の前を通り抜けた。
着地した魔物を見る。
黒い大型の猫。
全身の毛が暗闇に溶け込むように黒い。
「シャドウパンサーです!」
シャドウパンサーが再び地面を蹴った。
速い。
だが、見えてしまえば問題ない。
飛びかかってきたところを横へかわす。
着地する前に追いついた。
脇腹へ剣を入れる。
「ギャッ!」
振り向く前にもう一撃。
首元へ刃が入った。
シャドウパンサーが倒れる。
【600P獲得】
【累計獲得P:12,300P】
【保有:2,590P】
「今の、最初から見えてました?」
「いえ。飛び出してくるまで気づきませんでした」
「それで避けるんですか……」
「俺も少し驚きました」
魔石と毛皮を回収する。
八階をさらに進んだ。
何度か魔物と遭遇したが、大きな問題にはならなかった。
しばらくして、九階へ続く階段が見えてくる。
「どうです?」
「私は大丈夫です」
「俺もです」
「じゃあ……」
「行ってみましょう」
二人で九階へ下りた。
◇
九階は、八階よりさらに通路が広かった。
天井も高く、大型の魔物でも十分に動けそうだ。
「オオオオオッ!」
地面を揺らすような声が響く。
通路の奥から、巨大な人型の魔物が現れた。
身長は二メートル半ほど。
黒っぽい皮膚。
手には太い棍棒を持っている。
「ブラックオーガです」
「大きいですね」
「気をつけてください」
ブラックオーガがこちらを見た。
「オオオッ!」
走ってくる。
棍棒を大きく振り上げた。
速さはある。
だが、アーマードエイプほどでもない。
棍棒が振り下ろされる。
横へかわす。
ドンッ!
岩床が砕けた。
その横を抜け、脚へ剣を入れる。
「オオッ!」
ブラックオーガが振り向こうとする。
その前に反対側へ回った。
もう一撃。
巨体が傾く。
腹へ剣を突き刺した。
「オオオオッ!」
まだ倒れない。
剣を抜き、首元へ振る。
ブラックオーガが地面へ崩れた。
【800P獲得】
【累計獲得P:13,100P】
【保有:3,390P】
フェリシアが倒れたブラックオーガを見る。
「……九階ですよね?」
「そうですね」
「いえ、確認したくなっただけです」
「俺も思ったより普通に戦えました」
「普通に、ですか……」
ブラックオーガから魔石と使えそうな素材を回収した。
依頼対象はあと一体だ。
◇
二体目は、それほど時間を置かずに現れた。
「オオオオッ!」
今度は最初からフェリシアへ向かう。
「来ます!」
「《魔弾》!」
光弾が脚へ当たる。
ブラックオーガは止まらない。
棍棒を振り上げる。
フェリシアが横へ動いた。
棍棒が地面を叩く。
「《魔弾》!」
二発目。
同じ脚。
それでもブラックオーガは距離を詰めてくる。
俺はすぐに入れるよう、一歩前へ出た。
「アレンさん、まだ大丈夫です!」
フェリシアがさらに距離を取る。
倒しきれるという意味ではない。
それでも、攻撃を見て避ける余裕はある。
「《魔弾》!」
三発目。
脚へ集中して当てる。
ブラックオーガの動きが少し鈍った。
フェリシアが大きく距離を取った。
そこで杖の先へ魔力を集める。
「オオオッ!」
ブラックオーガが追おうとする。
傷ついた脚では、先ほどまでの速さはない。
「今なら……!」
杖の先の光が大きくなる。
「《魔弾》!」
ドンッ!
高出力の光弾がブラックオーガの肩へ直撃した。
「オオオオッ!」
黒い皮膚が裂ける。
大きく体勢を崩した。
「効いてる!」
「はい!」
それでも倒れない。
ブラックオーガが棍棒を持ち直そうとする。
「行きます!」
踏み込む。
フェリシアが作った傷へ剣を入れた。
「オオッ!」
もう一撃。
ブラックオーガが崩れ落ちる。
【800P獲得】
【累計獲得P:13,900P】
【保有:4,190P】
フェリシアが息を吐いた。
「九階でも通じました」
「高出力の方ですか?」
「はい。倒しきれませんでしたけど」
「十分じゃないですか」
「私一人だとまだ厳しいですけど、九階でも動けることは分かりました」
「それなら、かなり違いますね」
「はい」
依頼は達成できる。
それでも二人ともまだ余力があった。
「戻ります?」
「もう少しだけ行ってみたいです」
「俺もです」
そのまま九階を進んだ。
◇
「誰か! 来てくれ!」
しばらくして、前方から声が聞こえた。
俺とフェリシアは顔を見合わせる。
「行きましょう!」
「はい!」
声の方へ走った。
通路を曲がった先に、四人の冒険者がいた。
そのうち一人が地面に座り込み、脚を押さえている。
大きな盾を持った男が、その前に立っていた。
向かいにいるのは大型の獣型魔物。
牛に似ているが、額から長く鋭い角が一本伸びている。
「デスホーンです!」
「ブオオオオッ!」
デスホーンが地面を蹴った。
狙いは負傷した冒険者だ。
「まずい!」
盾の男が前へ出る。
その前に、フェリシアが指を向けた。
「《魔弾》!」
光弾がデスホーンの顔へ当たった。
「ブオッ!」
デスホーンが顔を振る。
向きが変わった。
今度はこちらを見る。
「こっちへ来ます!」
フェリシアが横へ走る。
「ブオオオッ!」
デスホーンがフェリシアへ突進した。
フェリシアは十分引きつけてから横へかわす。
長い角が空を切った。
「アレンさん!」
「はい!」
追いかける。
デスホーンの後脚へ剣を入れた。
「ブオッ!」
体勢が崩れる。
脇腹へ二撃目。
首元へもう一撃。
デスホーンが地面へ倒れた。
【700P獲得】
【累計獲得P:14,600P】
【保有:4,890P】
静かになった。
助けた冒険者たちがこちらを見ている。
「……倒した?」
盾を持った男が呟く。
「怪我、大丈夫ですか?」
フェリシアが負傷者のところへ向かう。
「た、たぶん骨は大丈夫だ。足をひねっただけだと思う」
「それならよかったです」
盾の男が俺を見る。
「助かった。ありがとう」
「間に合ってよかったです」
「お前たち……何ランクだ?」
「Dです」
「D?」
男の目が大きくなる。
後ろにいた仲間もこちらを見る。
「俺たちもDだぞ……」
「そうなんですか?」
「デスホーンを三人がかりで止められなかったんだが」
男が倒れたデスホーンを見る。
何とも言えない顔をしていた。
「本当に助かった。礼は必ず――」
「大丈夫ですよ」
「でも」
「同じ冒険者ですから」
フェリシアが戻ってくる。
「歩けそうです。支えてあげれば戻れると思います」
「ならよかったです」
デスホーンから魔石と角を回収する。
依頼も終わっている。
今日はここまでにした。
◇
夕方。
冒険者ギルドへ戻り、受付へ向かった。
「戻りました」
「お帰りなさい。九階は――」
受付嬢の言葉が途中で止まった。
俺たちが出した素材を見ている。
「……ブラックオーガ?」
「はい」
ブラックオーガ二体分の討伐証明を受付へ出す。
「二体?」
「依頼の分です」
「こちらはシャドウパンサー……それにデスホーンですよね?」
「そうです」
受付嬢が俺たちを見る。
「今日、初めて八階へ行かれたんですよね?」
「はい」
「そのまま九階まで?」
「八階が大丈夫そうだったので」
「……」
受付嬢が黙った。
近くにいた冒険者がこちらを見る。
「九階?」
「ブラックオーガって言ってなかったか?」
「二人ともDランクだろ?」
小さな声が聞こえてくる。
受付嬢は手元の記録を確認した。
「昨日、初めて七階へ行かれて……今日は八階を抜けて九階……」
「そうですね」
「……Dランクに昇格されてから、まだ一週間も経ってませんよね?」
「そうですね」
「普通はそんな速度で進みません」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
受付嬢が強く言った。
少しして、ため息をつく。
「……でも、怪我はないんですよね?」
「ありません」
「私も大丈夫です」
「本当にすごいですね……」
依頼の確認が終わる。
「ブラックオーガ二体、討伐確認しました。報酬は十八万ジェニーです」
続いて素材を査定してもらった。
シャドウパンサー。
ブラックオーガ二体。
デスホーン。
魔石や毛皮、角などを合わせた買取額は五十八万ジェニーになった。
「依頼報酬と合わせて、七十六万ジェニーです」
二人で分ければ、一人三十八万ジェニー。
「また増えましたね」
「九階の素材ですから」
受付嬢が答える。
そのとき、視界に表示が現れた。
【依頼達成を確認しました】
【100P獲得】
【本日の獲得P:3,000P】
【累計獲得P:14,700P】
【保有:4,990P】
五千Pまであと10P。
だが、狙っている《付与》にはまだ半分にも届かない。
「今日はもう宿で休まれますよね?」
受付嬢が聞く。
「はい。今日は」
「よかったです」
受付嬢が少し安心した顔をする。
「明日は十階へ行ってみようと思います」
「……え?」
「九階でも大丈夫そうでしたから」
フェリシアも頷く。
「私も行けそうです」
受付嬢がしばらく黙った。
「十階だけは、今までと同じだと思わないでください」
「何かあるんですか?」
受付嬢の表情が変わった。
「十階には、階層主がいます」
累計獲得P=14,700P
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