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第2話 冒険者になる

 翌朝。


 俺は町の大通りにある冒険者ギルドの前に立っていた。


「ここか」


 三階建ての大きな石造りの建物。


 入口の上には、剣と盾を組み合わせた看板が掲げられている。


 昨夜はなんとか町まで辿り着き、安宿に泊まった。


 持っている金は多くない。


 数日は暮らせるだろうが、このままでは確実に尽きる。


「……稼がないとな」


 昨日まで、俺はヴァルディス侯爵家の跡取りとして育てられていた。


 それが今日からは、自分で食べていくために金を稼がなければならない。


 幸い、剣は使える。


 なら、冒険者になるのが一番手っ取り早い。


 俺は扉を開けた。


 扉を開けた瞬間、革と鉄、それに酒の匂いが混じった空気が流れ込んできた。


 朝だというのに、中は多くの人で賑わっている。


 剣を腰に差した男。

 大きな斧を背負った女。

 ローブを着た魔術師らしき老人。


 壁には何枚もの依頼書が貼られている。


 少し眺めてから、俺は受付へ向かった。


「すみません」


「はい。ご依頼でしょうか?」


 受付にいた茶色い髪の女性が笑顔を向けてくる。


「冒険者になりたいんですが」


「新規登録ですね。では、こちらへどうぞ」


 差し出された紙に名前や年齢を書いていく。


 受付嬢が紙を受け取った。


「アレン・ヴァルディスさん。十五歳……」


 そこで手が止まる。


「ヴァルディス?」


「はい」


「もしかして、あのヴァルディス侯爵家の……?」


「そうです」


「…………」


 受付嬢が俺の顔を見る。


 やはり家名くらいは知られているらしい。


「どうして冒険者に?」


「昨日、家を出ました」


「昨日?」


「いろいろありまして」


 正確には追い出されたのだが、わざわざ説明する必要もないだろう。


「そ、そうですか……」


 気になっている様子だったが、それ以上は聞いてこなかった。


「得意な武器は?」


「剣です」


「スキルはお持ちですか?」


「《会員》です」


「……会員?」


 やっぱりそうなるよな。


「スキルの名前が《会員》なんです」


「ああ……そういうことですか」


 受付嬢は登録用紙へ書き込もうとして、また手を止めた。


「すみません。私、そのスキルは初めて聞きました」


「俺も昨日初めて知りました」


「昨日?」


「授与の儀で授かったので」


「なるほど……」


 受付嬢は少し考えたあと、再びペンを動かした。


「まあ、問題ありません」


「いいんですか?」


「冒険者はスキルだけで仕事をするわけではありませんから」


「…………」


 思わず受付嬢を見る。


「どうしました?」


「いえ」


 昨日とはずいぶん違う。


 父は《会員》を評価しなかった。


 カイルには笑われた。


 でも、ここでは聞いたことのないスキルでも、それだけで何かを決められるわけではないらしい。


「それでは登録前に、簡単な実力確認を受けていただきます」


「実力確認?」


「どの程度戦えるのか分からないまま、危険な依頼を受けられても困りますから」


「分かりました」


「では、訓練場へどうぞ」


 ◇


 ギルドの裏には広い訓練場があった。


 俺の前に立っているのは、大柄な男だ。


 年齢は四十歳くらい。


 短く刈った黒髪。


 左頬には古い傷がある。


 手には木剣を持っていた。


「ガレスだ。よろしくな」


「アレンです。よろしくお願いします」


 頭を下げる。


 すると、後ろにいた受付嬢が言った。


「ガレスさんは現役のBランク冒険者です」


「Bランク……」


 冒険者のランクは、下からF、E、D、C、B、A、S。


 新人は基本的にFランクから始まり、Bランクともなれば一流と呼ばれる実力者だ。


「そんな顔するな」


 ガレスが笑った。


「俺に勝てって試験じゃねえ。どのくらい動けるのか見るだけだ」


「分かりました」


「当然、俺も本気ではやらねえよ。新人の試験で怪我させたら意味ねえからな」


「はい」


 俺も木剣を受け取る。


 ガレスが俺を見た。


「名前、アレン・ヴァルディスだったよな?」


「はい」


「……やっぱりか」


「?」


「お前、ヴァルディス侯爵家の長男じゃねえか」


「知ってるんですか?」


「そりゃ名前くらいは知ってる。騎士の名門だからな」


 ガレスが眉を寄せる。


「それに、長男は跡取りだったはずだろ。なんで冒険者になりに来てんだ?」


「昨日、家を出ました」


「昨日?」


「はい」


「…………」


 ガレスはしばらく俺を見る。


 だが。


「まあ、いろいろあるんだろうな」


 それだけ言って木剣を肩に担いだ。


「俺には関係ねえ。ここじゃ家柄より、ちゃんと仕事ができるかどうかだ」


「……はい」


「それより構えてみろ」


 腰を落とす。


 木剣を正面に構えた。


 ガレスの表情が少し変わる。


「ほう」


「何か?」


「いや。ちゃんと習ってるみたいだな」


「子供の頃からやっています」


「なら話が早い」


 ガレスも木剣を構えた。


 だが、構えからして力が抜けている。


 本気でこちらを倒そうとしているわけではないのは、俺にも分かった。


「いつでも来い」


「はい」


 俺は地面を蹴った。


 一気に間合いを詰める。


 胴へ木剣を振るう。


 ガッ!


「っ!」


 止められた。


 そのまま木剣を滑らせ、肩を狙う。


 これも受けられる。


「悪くない」


 ガレスが言った。


 直後。


 空気を切る音がした。


「――っ!」


 木剣を上げる。


 ガンッ!


 腕の骨まで響くような衝撃が走った。


「重っ……!」


 これで手加減しているのか。


 そのまま二撃。


 三撃。


「くっ!」


 受けるだけで精いっぱいだ。


 速い。


 それ以上に、動きに無駄がない。


 次にどこを狙われるのか。


 分かっても、身体が追いつかない。


「どうした?」


「まだです!」


 踏み込む。


 横薙ぎ。


 簡単に受けられた。


 続けて突く。


 ガレスが半歩ずれるだけでかわす。


 その直後。


 肩へ木剣が迫った。


「っ!」


 身体を捻る。


 かわしきれない。


 木剣が肩を掠めた。


 俺は数歩下がった。


「はぁ……」


 強い。


 しかも、ガレスは本気じゃない。


 カイルほどじゃない。


 《剣聖》を授かったカイルの動きは、本当に別物だった。


 それでも。


 今の俺では、手加減しているガレスにも届かない。


「…………」


 そこで思い出した。


 昨夜のことを。


 俺は心の中で念じる。


《会員》


 目の前に文字が浮かんだ。


【会員ランク:ブロンズ】


【保有:50P】


【筋力強化 30P】


【耐久強化 30P】


【敏捷強化 30P】


【回復 50P】


 やっぱり出た。


 昨日。


 《回復》に五十Pを使った。


 Pが何なのかは、今も分からない。


 でも。


 使えば、本当に効果がある。


 俺が見るのは一つ。


【敏捷強化 30P】


 ガレスの攻撃は見えている。


 ただ、身体が追いつかない。


 なら――。


【敏捷強化を購入しますか?】


【必要:30P】


【保有:50P】


 購入?


 《回復》のときとは表示が違う。


 五十のうち三十。


 かなり減る。


 それでも。


 この《会員》が何なのかを知るには、試すしかない。


「買う」


【30Pを使用しました】


【保有:20P】


 次の瞬間。


 身体の奥を、何かが一気に駆け抜けた。


「……っ?」


 試しに右手を握る。


 速い。


 指を開く。


 自分の手なのに、昨日までより一拍先に動いているような感覚だった。


 いつもより素早く動く。


「どうした?」


 ガレスの声。


「いえ」


 俺は木剣を構え直す。


「続けてください」


「そうか」


 ガレスが踏み込んだ。


 速い。


 でも。


「……間に合う!」


 さっきも剣は見えていた。


 ただ、身体が追いつかなかった。


 今は違う。


 木剣が横から迫る。


 一歩下がる。


 避けられた。


「お?」


 ガレスの表情が変わる。


 追撃。


 今度は上から。


 身体をずらす。


 また避ける。


 思った通りに身体が動く。


 俺自身の剣の腕が急に上がったわけじゃない。


 でも。


 今まで鍛えてきた剣術に、この速さが加われば――。


「はっ!」


 俺から踏み込む。


 ガレスが木剣を合わせてくる。


 ガンッ!


 受けられる。


 それでも、すぐに次へ動ける。


 もう一撃。


 また受けられる。


「いいぞ!」


 ガレスが笑った。


 反撃が来る。


 かわす。


 その瞬間。


 ガレスの左肩が空いた。


「そこだ!」


 踏み込む。


 パシッ。


「…………」


 木剣の先が、ガレスの左肩に触れた。


「ほう」


 ガレスが自分の肩を見る。


 悔しそうな様子はない。


 むしろ楽しそうに笑っている。


「そこまででいいでしょう」


 少し離れた場所で見ていた受付嬢の声が飛んだ。


 俺は木剣を下ろした。


「ありがとうございました」


「……アレン」


「はい?」


「途中から何した?」


「俺もまだ確認しているところです」


「なんだそりゃ」


 ガレスが笑った。


「もしかして、それが《会員》ってやつか?」


「たぶん」


「たぶん?」


「俺も昨日授かったばかりなので」


「ははっ!」


 ガレスが大きく笑う。


「面白いスキルじゃねえか」


「…………」


 面白い。


 そんなふうに言われたのは初めてだった。


「ただし」


 ガレスが木剣を肩に担ぐ。


「勘違いするなよ。俺は新人相手だから、かなり抑えてた」


「分かっています」


「それでも、途中から俺の動きについてきたのは大したもんだ」


「ありがとうございます」


「十五歳でそれだけ動けりゃ十分だ」


 勝ったわけじゃない。


 ガレスが本気だったら、結果はまったく違っただろう。


 それでも。


 《会員》を使えば、今までできなかったことができる。


 それは間違いなかった。


 ◇


「アレンさんはFランクからの開始となります」


 受付へ戻ると、木製の冒険者証を渡された。


「Fランクですか」


「実力だけなら、もっと上でも問題ないと思います。ただ、冒険者としての経験はありませんから」


「分かりました」


 当然だ。


 昨日まで俺は冒険者ですらなかった。


 それより。


「…………」


 手を軽く握る。


 まだ速い。


 訓練場を出てから、しばらく経っている。


 それなのに、身体は《敏捷強化》を使った直後と変わっていない。


「もしかして……」


 俺はもう一度《会員》を呼び出した。


【会員ランク:ブロンズ】


【保有:20P】


【筋力強化 30P】


【耐久強化 30P】


【敏捷強化 30P】


【回復 50P】


「……まだある」


 《敏捷強化》の表示は消えていない。


 何回でも使えるのか。


 試しに意識を向ける。


【敏捷強化を購入しますか?】


【必要:30P】


【保有:20P】


【Pが不足しています】


「不足……?」


 今はPが足りない。


 だが。


 もし三十あれば、もう一度《敏捷強化》を買えるらしい。


 そう考えた瞬間。


 新しい表示が現れた。


【能力情報を確認しますか?】


「能力情報?」


「確認する」


【能力情報】


【名前:アレン・ヴァルディス】


【筋力:20】


【耐久:20】


【敏捷:30】


【魔力:18】


【※一般成人基準:10】


「…………」


 何度か見直した。


「これが……俺の能力?」


 一般成人の基準が十。


 筋力と耐久は二十。


 魔力は十八。


 そして。


【敏捷:30】


 明らかに敏捷だけが高い。


 さらに意識を向ける。


【敏捷強化】


【強化回数:1】


【上昇値:+10】


「……なるほど」


 なら、元々の敏捷は二十。


 《敏捷強化》を一度買って三十になった。


 そして、さっきの表示を見る限り。


 三十Pあれば、もう一度買える。


「何度でも強くできるのか……?」


 もしそうなら、かなりすごいぞ。


「アレンさん?」


「あっ、すみません」


 受付嬢の声で我に返る。


「初めてでしたら、まずはFランク向けの依頼がいいですね」


 受付嬢が何枚か依頼書を出した。


 俺はその中から一枚取る。


「薬草採取」


「はい。町の北側にある森の手前で採れます。十株持ち帰れば達成です」


「これにします」


「分かりました。日没までには戻ってきてくださいね」


「はい」


 冒険者証と依頼書を受け取る。


 これが。


 俺が自分で選んだ、最初の仕事だ。


 ◇


 町を出て一時間ほど歩いた。


 目的地は、森の手前に広がる草原。


 歩いているだけでも分かる。


 やっぱり身体が軽い。


 歩幅も。


 足を動かす速さも。


 以前とは明らかに違う。


「本当に続いてる……」


 《敏捷強化》。


 やはり、一度買えば効果はなくならないらしい。


 そんなことを考えながら、足元の草を見る。


「これだな」


 細長い葉。


 中心には小さな白い花。


 受付で見せてもらった薬草と同じだ。


 剣だけではない。


 ヴァルディス家の跡継ぎとして、領地で栽培される植物や薬草についても多少は教わってきた。


 よく似た毒草も近くに生えている。


「こっちは違う」


 葉の形を確認しながら採取していく。


 一株。


 二株。


 三株。


 順調だ。


「七株か」


 あと三株。


 しゃがみ込み、次の薬草へ手を伸ばす。


 そのとき。


 ガサッ。


「……?」


 茂みが揺れた。


 俺は立ち上がる。


 右手を剣の柄へ伸ばした。


 ガサガサッ。


 何かいる。


 次の瞬間。


「ギギッ!」


 茂みから飛び出してきた。


 緑色の肌。


 尖った耳。


 子供ほどの背丈。


 手には粗末な棍棒。


「ゴブリン……」


 実物を見るのは初めてだ。


 知識はある。


 魔物の中では弱い部類。


 とはいえ、人を襲う危険な存在だ。


「ギャッ!」


 ゴブリンが棍棒を振り上げて駆けてくる。


 俺は剣を抜いた。


 ゴブリンが棍棒を振り下ろす。


「遅い」


 いや。


 こいつが遅いんじゃない。


 俺の身体が速くなったんだ。


 一歩横へ。


 かわす。


 そのまま剣を振った。


「ギッ――!」


 剣が胴を捉えた。


「ギッ――!」


 ゴブリンが草の上へ倒れる。


 急に静かになった。


 草原を渡る風が、倒れたゴブリンのそばの草を揺らしている。


「…………」


 動かない。


 倒した。


 初めて、魔物を。


 その静けさを割るように、目の前へ文字が浮かんだ。


【魔物討伐を確認しました】


「……え?」


 突然、目の前に文字が現れた。


【ゴブリンを討伐しました】


【10P獲得】


「P……?」


 さらに。


【初回魔物討伐ボーナス】


【100P獲得】


【保有:130P】


「…………」


 俺は表示を見つめた。


「百三十?」


 さっきまで二十だった。


 《敏捷強化》を買って。


 五十から二十になった。


 それが。


 ゴブリンを倒したら。


「増えた……?」


 もう一度見る。


【保有:130P】


 間違いない。


 増えている。


「魔物を倒すと……Pが増えるのか?」


 Pが何なのかは、まだ分からない。


 でも。


 少しずつ分かってきた。


 Pを使えば傷を治せる。


 能力を何度でも強化できる。


 その強さは、時間が経っても消えない。


 そして。


 魔物を倒せば、Pが増える。


「…………」


 そのとき。


 また新しい表示が現れた。


【累計獲得Pが増加しました】


【会員ランクは累計獲得Pに応じて上昇します】


「会員ランク……」


 昨日見た。


 今の俺はブロンズ。


 意識を向けると、表示が切り替わった。


【会員ランク】


【ブロンズ】


【シルバー】


【ゴールド】


【プラチナ】


【オリハルコン】


「オリハルコン……?」


 聞いたことはある。


 伝説級の金属だ。


 なぜ会員のランクにそんな名前が使われているのかは分からない。


 さらに表示が続く。


【会員ランク上昇により特典が拡張されます】


【既存強化特典の拡張】


【新規特典の追加】


【ゴールド会員以上】


【固有能力購入】


「…………」


 俺は最後の文字を見つめた。


「固有能力……購入?」


 固有能力といえば、授与の儀で神から授かるものだ。


 カイルの《剣聖》。


 俺の《会員》。


 普通なら、自分で選んで手に入れるものじゃない。


 それを。


「買えるっていうのか……?」


 まだゴールド会員ではない。


 詳しい内容も見えない。


 でも。


 もし、本当に好きな固有能力まで買えるのだとしたら。


「…………」


 俺は自分の手を見る。


 昨日。


 父は《会員》を評価しなかった。


 カイルには笑われた。


 俺自身だって、何ができるのか分からなかった。


 でも。


【会員ランク:ブロンズ】


【保有:130P】


 今なら筋力強化を何度も買える。


 耐久強化も。


 敏捷強化も。


 そしてPを獲得し続ければ、会員ランクまで上がっていく。


「……もしかして」


 自然と口元が緩んだ。


「《会員》って、ものすごく使えるスキルなんじゃないか?」


 昨日まで何の役に立つのかさえ分からなかった力。


 その正体が。


 少しずつ、見え始めていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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