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第1話 《会員》

新連載です!「45歳社長~」と同時連載ですが読者の皆様に楽しんで頂ける様に頑張って書きたいと思います。

よろしくお願いします!

「……会員?」


 水晶に浮かび上がった二文字を見て、俺は思わず首を傾げた。


 何度見ても同じだ。


《会員》


 今日で十五歳。


 サハル王国では十五歳になると、神殿で「授与の儀」を受ける。


 もっとも、全員がスキルを授かるわけではない。


 授かることができるのは、一部の人間だけだ。


 そして俺――アレン・ヴァルディスにとって、今日という日は特別だった。


 ヴァルディス家は、代々騎士を輩出してきた名門だ。


 その長男である俺は、いずれ家を継ぐものとして育てられてきた。


 だからこそ、どんなスキルを授かるのか。


 父も俺自身も大きな期待をしていた。


 それが――。


《会員》


 だった。


「神官様」


 後ろにいた父が尋ねる。


「どのようなスキルなのです?」


「少々お待ちください」


 神官は祭壇脇に置かれていた分厚い書物を開いた。


 何度もページをめくっていく。


 だが。


 やがて、その手が止まった。


「……ありませんね」


「ない?」


「はい。《会員》という名のスキルは、この神殿に残された記録にはありません」


 父の眉間に皺が寄る。


「会員という言葉なら、珍しくもないでしょう」


「もちろんです。商人組合や各種ギルドに所属する者を会員と呼ぶことはあります。しかし……」


 神官は水晶を見つめる。


「なぜ、それがスキルの名になっているのか分かりません」


 俺は思わず尋ねた。


「じゃあ俺は、何の会員なんです?」


「……それが分からないのです」


「…………」


ざわめきは、神殿の高い天井に薄く広がっていった。


祝福を待っていた空気が、ほんの数秒で、珍しい失敗作を見る空気に変わる。

誰かが笑ったわけではない。


けれど、笑われるよりもずっと痛い沈黙があった。


徐々に周囲の声が聞こえる。


「《会員》?」


「何の会員なんだ?」


「ギルド関係のスキルか?」


「そんなスキル、聞いたことないぞ」


 俺は水晶を見つめる。


「《会員》」


 もう一度、口にしてみた。


 何も起きない。


 身体が強くなった感覚もない。


 魔力が増えたわけでもない。


「アレン」


 父の声が聞こえた。


「はい」


「……下がれ」


 声だけで分かった。


 落胆している。


「次。カイル・ヴァルディス」


「はい」


 双子の弟、カイルが前へ出た。


 俺の方がわずかに早く生まれた。


 そのため、俺が長男としてヴァルディス家を継ぐものとされてきた。


 剣術。


 馬術。


 学問。


 礼法。


 領地経営。


 父から求められたことは、何でもやった。


 特に剣には自信がある。


 カイルとは何度も剣を合わせてきたが、一度も負けたことはない。


 すれ違いざまにカイルが小さな声で言った。


「残念だったね、兄さん」


「まだ何の能力か分かったわけじゃない」


「そうだね」


 カイルは笑った。


「すごいスキルだといいね」


 昔から見慣れた弟の笑顔。


 なのに、なぜか引っかかるものを感じた。


 カイルが水晶に手を置く。


 直後。


 水晶が眩い光を放った。


「なっ……!」


 神官が息を呑む。


 神殿中が静まり返った。


 光の中に文字が浮かび上がる。


《剣聖》


「…………」


 一瞬。


 本当に誰も声を出さなかった。


 そして。


「《剣聖》だと!?」


「まさか!」


「サハル王国では何年ぶりだ!」


 一気に神殿が騒がしくなった。


 神官まで興奮を隠せていない。


「素晴らしい……。私も長く神官をしておりますが、《剣聖》の誕生に立ち会ったのは初めてです」


 当然、俺も知っている。


《剣聖》。


 剣を扱う者なら誰もが憧れる、最高位クラスの固有スキル。


 歴代の《剣聖》は近衛騎士団長や将軍となり、その名をサハル王国の歴史に残してきた。


 文字通り、剣に選ばれた者だ。


「カイル!」


 父が駆け寄る。


「父上」


「よくやった!」


 父がカイルの肩を掴んだ。


「《剣聖》だぞ! これでヴァルディス家の未来は安泰だ!」


「ありがとうございます」


 カイルは嬉しそうに笑った。


 そして。


 こちらを見る。


「兄さん」


「……なんだ?」


「これからは、俺がヴァルディス家を守るよ」


「何を――」


「だって」


 カイルが笑う。


「《剣聖》だよ?」


「…………」


 その顔を見て、ようやく分かった。


 カイルは喜んでいる。


 《剣聖》を授かったことだけじゃない。


 俺より上になったことを。


 ◇


 その日の夕方。


 俺とカイルは、屋敷の訓練場で向かい合っていた。


 互いの手には、いつも稽古で使っている木剣。


 少し離れた場所には父が立っている。


 こうなったのは、神殿から戻ってすぐのことだった。


「父上」


 カイルが口を開いた。


「次期当主を決める前に、兄さんと俺を戦わせてください」


「戦わせる?」


「はい」


 カイルは俺を見る。


「どちらがヴァルディス家の次期当主に相応しいのか。剣を交えれば分かるでしょう?」


「カイル、本気か?」


「怖いの、兄さん?」


「そんなわけないだろ」


 今まで一度も負けたことはない。


 カイルが《剣聖》を授かったからといって、これまで積み上げてきた差が、たった数時間でひっくり返るとは思えなかった。


 父は少し考えた。


「……いいだろう」


「父上?」


「私も《剣聖》がどれほどの力を持つのか見ておきたい」


 父は俺たちを見る。


「どちらかが降参するか、私が勝敗を決したと判断した時点で終わりだ」


「分かりました」


 カイルが笑う。


 そして今。


 俺たちは向かい合っている。


「始め!」


 父の声が響いた。


 俺は木剣を構える。


 カイルも構えた。


 何百回と見てきた弟の構え。


 いつもと変わらない。


「行くぞ」


 俺が先に踏み込んだ。


 肩を狙って木剣を振るう。


 その瞬間。


「遅いよ」


「え?」


 カイルの姿がぶれた。


 次の瞬間。


 ドンッ!


「うぐっ!」


 脇腹に木剣がめり込んだ。


 息が止まる。


 身体が横へ弾き飛ばされた。


「ぐっ……!」


 地面を転がる。


 何が起きた?


 すぐに起き上がる。


「カイル……?」


「どうしたの、兄さん?」


 カイルは笑っていた。


 息一つ乱していない。


 俺は木剣を握り直す。


 たまたまだ。


 そう自分に言い聞かせる。


「はっ!」


 もう一度、正面から踏み込んだ。


 ガンッ!


「うっ!」


 一撃で木剣を弾かれる。


 腕が痺れた。


 重い。


 今までのカイルとは、まるで違う。


「遅い」


 木剣が迫る。


 肩。


「ぐっ!」


 続けて腹。


「ウッ……!」


 息が詰まる。


 そのまま膝をついた。


 父を見る。


 止める気配はない。


 その目は俺ではなく、《剣聖》となったカイルだけを見ていた。


 十五年間、俺の剣を見ていたはずの目だった。


 けれど今、その目に映っているのは、息子ではない。


 ヴァルディス家の未来という名の、まばゆい看板だけだった。


「くそっ!」


 無理やり剣を振る。


 空を切った。


 ドガッ!


「うぐっ!」


 今度は胸を打たれた。


 背中から地面に倒れる。


「…………」


 息ができない。


 胸が痛い。


 腕も痺れている。


 それでも木剣を支えに立ち上がった。


「まだ……」


「まだやるの?」


 カイルが呆れたように笑う。


「当たり前だ!」


 地面を蹴った。


 でも。


 俺の剣がカイルに届くことはなかった。


「ぐっ!」


 受けられない。


「うっ!」


 避けられない。


「がっ……!」


 反撃すらできない。


 前までは俺の方が強かった。


 一度だって負けたことはない。


 なのに。


 なんで。


 なんで、こんな一方的に――!


「うぐっ!」


 腹に最後の一撃が入った。


 木剣が手から落ちる。


 俺はその場に膝をついた。


「……そこまでだ」


 父の声が聞こえた。


 顔を上げる。


 カイルは息すら乱していない。


「これで分かりましたよね、父上」


「ああ」


「次期当主に相応しいのが、どちらなのか」


 父は俺を見る。


「アレン」


「…………」


「今日をもって、ヴァルディス家の次期当主はカイルとする」


「……はい」


 それしか言えなかった。


 十五年間。


 俺は剣を振ってきた。


 家を継ぐために勉強もしてきた。


 努力してきた。


 なのに、たった一つのスキルで全てをひっくり返された。


「父上」


 カイルが言った。


「なんだ?」


「もう一つ、お願いがあります」


 嫌な予感がした。


 カイルが俺を見る。


「兄さんには、この家を出ていってもらいたいです」


「……何?」


「俺が次期当主になる以上、兄さんが残るのは邪魔です」


「カイル!」


「兄さんは十五年間、次期当主として育てられてきた。兄さんを慕ってる騎士や使用人だっている」


「俺は家督を争うつもりなんてない!」


「兄さんがどう思ってるかなんて関係ないよ」


 カイルが笑う。


「兄さんを担ぎ出す人間が現れるかもしれない」


 そして、自分の胸に手を当てた。


「俺は《剣聖》」


 俺を見る。


「兄さんは《会員》だ」


「…………」


「もう、俺の方が上なんだよ」


 俺は父を見る。


「父上」


 父はしばらく黙っていた。


 やがて。


「……カイルの言うことにも理はある」


「父上!」


「お前に争う意思がなくとも、お前を担ぎ出してカイルに対抗しようとする者が現れれば、家は割れる」


「だから、俺を追い出すんですか?」


「そうだ」


 迷いのない答えだった。


「今日中に屋敷を出ろ」


「…………」


 決闘で打たれた場所が痛む。


 けれど。


 父のその一言の方が、ずっと痛かった。


「……分かりました」


 俺は木剣を支えに立ち上がった。


 ◇


 荷物は少なかった。


 着替え。


 数日分の金。


 そして、自分で初めて買った古い剣。


 身体中が痛む。


 それでも荷物を背負い、剣を杖代わりにして屋敷を出た。


 門の前にはカイルがいた。


「兄さん」


「……なんだ」


「もう戻ってこないでね」


「…………」


 答えず、その横を通り過ぎた。


 背後で大きな門が閉まった。


 十五年間暮らした家だった。


 もう。


 俺の帰る場所ではない。


 ◇


「はぁ……はぁ……」


 どれくらい歩いただろう。


 一歩進むたびに全身に痛みが走る。


 剣を杖代わりにしながら、どうにか街道を進んでいた。


「ぐっ……」


 足がもつれる。


 膝をついた。


 立ち上がろうとする。


「うっ……!」


 脇腹に激痛が走った。


 力が入らない。


 そのまま地面へ倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 頬に冷たい土が触れる。


夕暮れの街道は、思っていたよりも冷たかった。


貴族の屋敷で磨かれた靴も、訓練場で握り続けた剣も、ここでは何の役にも立たない。


土はただ土で、石はただ石で、倒れた人間が長男だろうが何だろうが、少しも優しくしてはくれなかった。


「くそ……」


 土を掴む。


 朝までは、自分がこんな場所に倒れているなんて思ってもいなかった。


 俺はヴァルディス家の次期当主だった。


 剣では、カイルに一度も負けたことがなかった。


 帰る家もあった。


 家族もいた。


 それが一日で全部なくなった。


「こんな……ところで……」


 起き上がろうとする。


 腕が震える。


 身体が持ち上がらない。


「終わっちゃうのかよ……!」


 悔しい。


 《剣聖》を授かった途端、カイルには手も足も出なくなった。


 父には家から追い出された。


 そして今、俺は道端で立ち上がることすらできない。


「くそっ……!」


 拳を地面へ叩きつけた。


 そのとき。


 頭に浮かんだ。


《会員》


 俺が今日、授かったスキル。


「……なんなんだよ」


 声が漏れる。


「なんなんだよ! 《会員》って!」


 何の会員なのかも分からない。


 何ができるのかも分からない。


 神から授かったスキルなんだろ。


 だったら。


「何か……できないのかよ!」


 俺は叫んだ。


「《会員》!」


 その瞬間。


 目の前に文字が浮かび上がった。


「……え?」


【会員登録が完了しました】


「登録……?」


 何のことだ?


 さらに文字が現れる。


【会員ランク:ブロンズ】


【初回登録特典:100P】


【保有ポイント:100P】


「……百?」


 数字の後ろに、見覚えのない記号がついている。


「この……Pってなんだ?」


 意味が分からない。


 それでも表示は続いた。


【ブロンズ会員特典を利用できます】


【筋力強化 30P】


【耐久強化 30P】


【敏捷強化 30P】


【回復 50P】


「…………」


 また同じ記号だ。


 筋力強化。


 耐久強化。


 敏捷強化。


 そして。


「回復……」


 俺はその文字を見つめた。


【回復を利用しますか?】


【必要:50P】


【保有:100P】


 Pが何なのかは分からない。


 ただ。


 百あるうちの五十を使うらしい。


 それくらいは分かる。


 今の俺に選べるものなんて、一つしかなかった。


「使え……」


 息を吐く。


「《回復》……使え!」


【50Pを使用しました】


【保有:50P】


 直後。


「――っ!?」


 身体が熱くなった。


 全身を温かい何かが駆け巡る。


「な、なんだ……?」


 痛みが消えていく。


 脇腹も。


 肩も。


 腫れていた腕も。


 身体を苦しめていた痛みが、全部消えていく。


「…………」


 俺はゆっくり身体を起こした。


 立てる。


 深く息を吸っても、胸が痛くない。


「全部……治ってる」


 呆然と自分の身体を見る。


 目の前には、まだ文字が浮かんでいた。


【会員ランク:ブロンズ】


【保有:50P】


【筋力強化 30P】


【耐久強化 30P】


【敏捷強化 30P】


【回復 50P】


「…………」


 父は《会員》を評価しなかった。


 カイルも笑った。


 俺自身だって、何の役に立つのか分からなかった。


 でも、この意味の分からないPというものを五十使っただけで。


 立つことすらできなかった身体が、完全に治った。


「これが……《会員》?」


 まだ五十残っている。


 そして。


 筋力強化。


 耐久強化。


 敏捷強化。


 まだ試していない力もある。


 俺は地面に落ちていた剣を拾った。


 さっきまで。


 本当に、ここで終わると思っていた。


 でも。


「……終わってない」


 剣の柄を強く握る。


「俺は、まだ終わってない」


 俺はもう一度。


 自分の足で、街道を歩き始めた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

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