第187話 十一階層の異変
十一階層へ下りると、目の前に広い洞窟が現れた。
天井は高く、岩壁には青白く光る鉱物がいくつも埋まっている。
足元には浅い水が広がり、ところどころに岩の道が続いていた。
「わあ! 綺麗!」
ルナが嬉しそうに声を上げる。
「本当だね。十階層とは全然違う」
フェリシアも辺りを見回している。
俺は《魔力感知》を使った。
「……あ、いるね」
「魔物?」
「うん。前の方に三体いる」
「どんな魔物かな?」
「行ってみようか」
「うん!」
俺たちは岩の道を進んだ。
しばらくすると、大きな岩の陰から何かが現れた。
大きなハサミ。
分厚い甲羅。
横向きに動く何本もの脚。
「……カニ?」
ルナが首を傾げる。
大きさは一メートル以上ありそうだ。
「《鑑定》」
【アーマークラブ】
【硬い甲羅と強力なハサミを持つ水棲魔物】
【正面からの攻撃に強い】
「アーマークラブっていう魔物みたいだね」
「すごく硬そう!」
ルナが弓を構えた。
「私がやってみる!」
「うん。お願い」
シュッ!
矢がアーマークラブの甲羅に命中した。
カンッ!
「あれっ?」
矢が弾かれた。
「本当に硬い!」
「じゃあ、私がやるね」
フェリシアが杖を向ける。
「《魔弾》!」
ドンッ!
魔弾が甲羅に直撃した。
バキッ!
硬い甲羅に亀裂が入る。
「今だよ!」
ルナが再び矢を放った。
今度は亀裂の入った部分を正確に射抜く。
アーマークラブが動かなくなった。
「やった!」
「二人とも、いい連携だったね」
俺が言うと、ルナが嬉しそうに笑った。
「フェリシアのおかげだよ!」
「ルナの狙いが正確だったからだよ」
そのとき、残る二体がこちらへ向かってきた。
「おっと」
俺は竜爪剣を抜いた。
一体が大きなハサミを振り上げる。
その横へ回り込み、脚の付け根へ剣を振る。
ザシュッ!
脚を失った魔物が大きく傾いた。
続けて甲羅の隙間へ刃を突き入れる。
【420P獲得】
残る一体には、フェリシアの《魔弾》が命中した。
甲羅が砕けたところへルナの矢が突き刺さる。
これで三体とも倒せた。
「結構簡単だったね!」
ルナが弓を下ろした。
「でも、甲羅はかなり硬かったよ」
フェリシアが答える。
「そうだね。普通の冒険者なら苦労するかもしれない」
俺は倒したアーマークラブを《収納》へ入れた。
甲羅も素材として売れるかもしれないしね。
◇
さらに奥へ進むと、洞窟の様子が変わってきた。
水の流れる音が大きくなっている。
「……あれ?」
フェリシアが足を止めた。
「どうしたの?」
「水、増えてない?」
足元を見る。
さっきまで足首ほどだった水が、今は膝の近くまで来ていた。
「本当だ」
しかも、少しずつ水位が上がっている。
「一階層の湖と似てるね」
ルナが言った。
「うん。でも、こっちは洞窟全体の水位が変わるみたいだ」
フェリシアが地図を広げた。
「次の階段は、もう少し先のはずなんだけど……」
進行方向を見る。
岩の道が水の中へ続いていた。
その先は、すでに水没している。
「これじゃ進めないね」
ルナが困った顔をする。
「泳いで行く?」
「いや、やめておこう」
俺は首を振った。
「先がどうなっているか分からないからね」
《魔力感知》で周囲を調べる。
近くに魔物はいない。
でも、水没した通路がどこまで続いているのかは分からなかった。
「少し様子を見ようか」
「うん」
俺たちは近くの高い岩場へ移動した。
テリーも軽々と岩へ跳び上がる。
「ワフ!」
ステフは俺の肩へ降りてきた。
「キュ!」
「大丈夫だよ、ステフ」
頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
◇
しばらくすると、水位の上昇が止まった。
そして、今度はゆっくりと下がり始める。
「あっ! 水が減ってる!」
ルナが嬉しそうに声を上げた。
「一階層と同じだね」
フェリシアも笑う。
やがて、水没していた岩の道が姿を現した。
「じゃあ、行ってみようか」
「うん!」
俺たちは岩場を下り、再び先へ進んだ。
水に濡れた岩の上を歩いていく。
ところが、しばらく進んだところで道が途切れていた。
「……あれ?」
ルナが足を止めた。
目の前には広い水路がある。
向こう岸までは、かなりの距離があった。
しかも、水路の向こうには高い岩壁が続いている。
「地図だと、この先に階段があるはずなんだけど……」
フェリシアが困った顔をする。
俺は周囲を見回した。
岩壁の一部に、細い亀裂が見える。
でも、人が通れるほどの幅はない。
「おかしいね」
「うん。水が下がれば行けると思ったのに」
ルナが水路を覗き込む。
ここから先へ進む道が見つからない。
俺たちなら水路を飛び越えることもできそうだけど、その先へ続く道も見えなかった。
「一度戻ろうか」
俺が言うと、フェリシアが頷いた。
「そうだね。ほかの道を探した方がよさそう」
そのときだった。
「……あれ?」
ルナが顔を上げた。
「どうしたの?」
「風が……」
「風?」
「うん。変なんだよね」
ルナが目を閉じた。
何かを確かめるように、しばらく動かない。
「こっちから来る風と、あっちへ流れていく風がある」
ルナが岩壁の方を指差した。
「二つ?」
「うん。途中で流れが変わってるの」
俺には何も分からない。
でも、ルナは風を読める。
「どこから来てるか分かる?」
「ちょっと待ってね」
ルナが岩壁に沿って歩き始めた。
俺たちも後を追う。
やがて、大きな岩がいくつも重なった場所で足を止めた。
「ここ!」
ルナが指差す。
「この奥から風が来てる!」
近づいてみると、岩と岩の間に細い隙間があった。
人が一人、横向きになれば通れそうだ。
「本当だ。こんなところに道があったんだね」
フェリシアが驚いた顔をする。
「入ってみようか」
「うん!」
◇
岩の隙間を抜けると、細い通路が続いていた。
足元は乾いている。
水も流れていない。
「こっちは水が来てないんだね」
ルナが言った。
「さっきの場所より高いところにあるみたい」
フェリシアが答える。
俺は《魔力感知》を使った。
魔物の反応はない。
「大丈夫そうだね」
通路を進んでいく。
途中には何度か曲がり角があった。
でも、ルナは迷わず進んでいる。
「ルナ、道が分かるの?」
「うん。風が流れてるから!」
「すごいね」
ルナが嬉しそうに笑う。
やがて、通路の先が明るくなってきた。
そこを抜けると、広い岩場へ出た。
「わあ!」
ルナが声を上げる。
目の前には、さっきまでいた洞窟が広がっていた。
どうやら、俺たちは岩壁の反対側へ出たらしい。
眼下には大きな水路が見える。
その向こうには、先ほど歩いていた岩の道もあった。
「あっ!」
フェリシアが奥を指差した。
「あそこ!」
岩場の先に、大きな石の門がある。
その奥には、下へ続く階段が見えた。
「階段だ!」
ルナが嬉しそうに声を上げる。
「本当にこっちが正解だったんだね」
俺も頷いた。
地図に描かれていた道は、水路のところで途切れていた。
でも、ルナが見つけた通路は、その水路を迂回するように続いていたらしい。
「ルナのおかげだよ」
「そう?」
「うん。俺たちだけだったら、あのままずっと道を探していたと思う」
フェリシアも頷く。
「本当に助かったよ」
「役に立ててよかった!」
ルナが満面の笑みを浮かべた。
「風が読めるって便利だね」
「うん! 森の中でもよく使ってたよ!」
そういえば、ルナはエルフの里で育ったんだった。
森の中で風を読めるのは、きっと大きな強みなんだろう。
俺には《魔力感知》や《鑑定》がある。
でも、それだけで何でも分かるわけじゃない。
今回のように、ルナにしか気づけないこともあるんだな。
「じゃあ、十二階層へ行こうか」
「うん!」
◇
十二階層。
階段を下りると、巨大な鍾乳洞が広がっていた。
天井からは長い鍾乳石が垂れ下がり、足元には透き通った水が流れている。
そして、洞窟の奥では青い光がいくつも揺れていた。
「……綺麗」
ルナが呟く。
「何だろう、あの光?」
フェリシアが目を細める。
俺は《魔力感知》を使った。
「……魔物だね」
「えっ?」
「あの光、一つ一つが魔物みたいだ」
「そうなの?」
少し近づくと、その正体が分かってきた。
水の中を、小さな魚のような魔物が泳いでいる。
その身体が青白く光っていた。
「わあ! 光る魚だ!」
ルナが嬉しそうに声を上げた。
「綺麗だね」
フェリシアも笑う。
「何ていう魔物なんだろう?」
「ちょっと待ってね」
俺は《鑑定》を使った。
【ルミナフィッシュ】
【発光器官を持つ小型の水棲魔物】
【群れで行動し、外敵から身を守る】
「ルミナフィッシュっていう魔物みたいだよ」
「へえ!」
ルナが水面を覗き込む。
「こんな魔物もいるんだね!」
「うん。初めて見るね」
フェリシアがギルドでもらった資料を確認した。
「あれ?」
「どうしたの?」
「この魔物、資料には載ってないみたい」
「そうなの?」
「うん。少なくとも、私が見た範囲にはなかったよ」
俺は水中を泳ぐルミナフィッシュを眺めた。
青白い光がいくつも揺れている。
綺麗だな。
そのときだった。
「……あれ?」
《魔力感知》に、別の反応が入ってきた。
「どうしたの、アレン?」
「奥の方に、大きな魔物がいるみたい」
「大きな魔物?」
「うん。かなり大きいね」
すると、ルミナフィッシュたちが一斉に動き始めた。
「あっ!」
ルナが声を上げる。
「魚が集まってる!」
青白い光が、洞窟の奥へ向かって流れていく。
まるで何かに引き寄せられているみたいだ。
「何だろう?」
フェリシアが不思議そうに呟く。
俺も水の奥を見つめた。
ルミナフィッシュの光が、一か所に集まっていく。
その下に、巨大な影が見えた。
「……あれ?」
おかしい。
普通、大きな魔物が近づいてきたら、小さな魚は逃げるんじゃないだろうか。
でも、ルミナフィッシュたちは逃げるどころか、自分から近づいている。
「アレン!」
ルナが俺の腕を引いた。
「あそこ! 何かいる!」
次の瞬間。
水の奥で、巨大な影がゆっくりと動いた。
青白い光が、その周囲を取り囲んでいる。
いったい、何がいるんだろう。
どうやら、このダンジョンにはまだ知らないことがたくさんありそうだ。
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