第183話 小さな一歩
冒険者ギルドの中は、思っていた以上に賑わっていた。
受付には何人もの冒険者が並び、奥のテーブルでは地図を広げて話し合っている者たちもいる。
「わあ、結構人がいるね!」
ルナが辺りを見回した。
「港町だから、護衛の仕事とかも多いのかもね」
フェリシアが言う。
「そうかもしれないね」
俺たちは依頼書が貼られた掲示板へ向かった。
そこには、さまざまな依頼が並んでいた。
薬草の採取。
商隊の護衛。
街道に出没する魔物の討伐。
行方不明者の捜索。
中には、ダンジョン探索の依頼もあった。
「あっ、アレン! ダンジョンだって!」
ルナが一枚の依頼書を指差した。
「本当だ」
依頼書を読むと、ミナリアから数日離れた場所にダンジョンがあるらしい。
浅い階層での魔物討伐や、深い階層の探索など、いくつかの依頼が出ている。
「この辺りにもダンジョンがあるんだね」
「久しぶりに行ってみる?」
フェリシアが聞いてきた。
「うん。気になるけど、今日はほかの依頼も見てみようか」
「そうだね!」
さらに掲示板を見て回る。
Aランクの魔物討伐もあれば、Eランクの荷運びもある。
こうして見ると、冒険者の仕事は本当に幅広いな。
その中で、一枚の依頼書が目に留まった。
【Dランク依頼】
【塩田を荒らす魔物の討伐】
【討伐対象:ソルトボア一体】
【場所:ミナリア近郊の塩田】
【報酬:36,000ジェニー】
「……塩田?」
そういえば、シリング公爵領では海水から塩を作っているんだったな。
「ねえ、これなんてどう?」
俺が指差すと、ルナが覗き込んだ。
「ソルトボア?」
「Dランクの依頼だね」
フェリシアが言った。
「うん。塩田で働いている人たちが困っているみたいだし、これにしようかなって」
「いいと思う!」
ルナが頷いた。
「じゃあ、受付に行こうか」
俺たちは依頼書を持って受付へ向かった。
◇
「塩田の魔物討伐ですね」
受付の女性が依頼書を確認した。
「はい。まだ受けられますか?」
「ええ。ギルドカードをお願いします」
俺たちはカードを差し出した。
女性はカードを確認すると、少し驚いた様子を見せた。
「……Sランクの方でしたか」
「はい」
「こちらはDランクの依頼ですが、よろしいんですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。実は、依頼主の方もかなり困っていらっしゃるんです」
女性は地図を広げた。
「ソルトボアは丘陵地帯に生息する魔物です。普段は森にいるのですが、塩分を求めて塩田に下りてくることがあります」
「塩を食べるんですか?」
ルナが不思議そうに聞いた。
「ええ。畦を掘り返したり、水路を壊したりするんですよ。今回は追い払おうとした作業員が怪我をしてしまったそうです」
「それは大変ですね」
「作業を中断している場所もあるようです」
女性が地図の一点を指差した。
「塩田はここから歩いて一時間ほどです。現地の責任者に声をかけてください」
「分かりました」
「討伐が終わりましたら、責任者の確認書をお持ちください。魔物の素材はこちらで買い取ることもできますよ」
「ありがとうございます」
手続きを終え、俺たちはギルドを出た。
「久しぶりの依頼だね!」
ルナが嬉しそうに言う。
「そうだね」
「何だかダンジョンに通っていた頃を思い出すね」
フェリシアも笑った。
こうして依頼を受けて出かけるのは、確かに久しぶりだ。
テリーとステフを連れ、俺たちは塩田へ向かった。
◇
一時間ほど歩くと、海沿いの平地に出た。
「……わあ!」
ルナが声を上げる。
目の前には、浅い池がいくつも並んでいた。
低い畦が池を区切り、水面が陽光を受けてきらきらと輝いている。
ところどころには、白く結晶になった塩も見えた。
「あれ、塩かな?」
ルナが指差した。
「そうみたいだね」
池の周りでは、何人かの作業員が道具を持って働いている。
俺たちが近づくと、一人の男性が声をかけてきた。
「何か御用ですか?」
「冒険者ギルドから来ました。ソルトボアの討伐依頼を受けた者です」
「おお! 来てくださったんですか!」
男性の顔が明るくなった。
「私はここの責任者です。いやあ、助かりますよ」
「被害が出ていると聞きました」
「ええ。こちらです」
男性に案内され、塩田の端へ向かった。
そこでは池を囲む畦が大きく崩れ、作業員たちが土を運んで修復していた。
「これは……」
「ソルトボアが壊したんです。おかげで池の水が流れ出してしまってね」
「何度も来るんですか?」
「ここ数日、毎日のように。昨日も修理したんですが、今朝になったらまた壊されていました」
男性は崩れた畦を見つめた。
「このままでは塩が作れません。作業員たちにも仕事を休んでもらうしかなくて……」
少し離れた場所には、腕に布を巻いた若い男性が座っていた。
「あちらの方も、ソルトボアに?」
「ええ。追い払おうとして怪我をしたんです。幸い、命に別状はありませんでしたが」
怪我をした男性も、悔しそうに壊れた畦を見つめていた。
せっかく働こうとしているのに、魔物のせいで仕事ができないのか。
「分かりました。すぐに探してみます」
「ありがとうございます!」
責任者が深く頭を下げた。
「あの、ところで……」
ルナが白くなった池を指差す。
「あれって、本当に塩なんですか?」
「ええ。海水を少しずつ蒸発させて、塩を取り出しているんですよ」
「へえ! こんなにたくさんできるんだ!」
「天候にも左右されますけどね。雨が続くと、なかなか作れないんです」
「じゃあ、晴れの日は大事なんだね!」
「そうなんですよ」
フェリシアも池を眺めていた。
「水を蒸発させるなら、魔法でもできそうだね」
「確かに。でも、これだけの量を毎日となると大変そうだな」
「うん。太陽の力を使った方が効率がよさそう」
なるほど。
普段何気なく使っている塩にも、いろいろな工夫があるんだな。
「魔物を倒したら、もう少し見学させてもらおうか」
「うん!」
◇
まずは作業員たちに、安全な場所へ下がってもらった。
俺は塩田の端から、背後に広がる丘陵地帯を見渡す。
《魔力感知》を使う。
「……あ」
反応があった。
一つだけ。
丘の斜面にある茂みの中だ。
「いた?」
フェリシアが聞く。
「うん。あっちに一体いる」
俺が指差す。
しばらくすると、茂みが大きく揺れた。
現れたのは、灰色の毛皮を持つイノシシ型の魔物だった。
太い牙が二本、口元から突き出している。
「あれがソルトボアかな?」
「たぶんね」
魔物は鼻先を地面に近づけながら、塩田へ向かって歩いてきた。
「また畦を壊されちゃうよ!」
ルナが言う。
「うん。塩田から離れたところで倒そう」
俺は周囲を見渡した。
丘の斜面には、畦や水路のない広い草地がある。
「あそこで戦おう。塩田まで下りてこられると困るからね」
「分かった!」
俺たちは塩田の脇を回り、丘側の草地へ移動した。
「テリー、ステフ。ちょっと待っててね」
「ワフ!」
「キュ!」
二匹には作業員たちと一緒に、安全な場所で待っていてもらう。
俺は竜爪剣を抜いた。
◇
ソルトボアが俺たちに気づいた。
「ブモオッ!」
低い声を上げ、地面を蹴る。
こちらへ突進してきた。
「ルナ! 塩田の方へ行かせないで!」
「うん!」
ルナが弓を構えた。
放たれた矢が、ソルトボアの進もうとしていた方向の地面に突き刺さる。
「ブモッ!?」
魔物が驚き、進路を変えた。
塩田から離れ、草地の中央へ向かってくる。
「フェリシア!」
「《魔弾》!」
フェリシアの魔弾がソルトボアの肩に命中した。
「ブモオッ!」
魔物の足が止まる。
今だ。
俺は一気に距離を詰め、竜爪剣を振り抜いた。
シュッ!
【180P獲得】
「……よし」
ソルトボアが地面に倒れた。
それきり動かなくなる。
「終わったね!」
ルナが駆け寄ってきた。
「うん。二人ともありがとう」
「どういたしまして!」
フェリシアも杖を下ろした。
「塩田を壊さずに済んでよかったね」
「そうだね」
俺は倒したソルトボアを見下ろした。
さて、どうするかな。
この大きさなら、魔石や牙だけでもそれなりの値段になりそうだ。
俺はソルトボアに手を触れた。
「《収納》」
魔物の身体が消えた。
「《収納》、懐かしいね!」
「そうだね」
以前はこうして魔物を持ち帰って、ギルドで買い取ってもらっていた。
ダンジョンで稼いでいた頃を思い出す。
「ワフ!」
「キュ!」
テリーとステフも駆け寄ってきた。
「二匹とも、お待たせ」
テリーの頭を撫でると、嬉しそうに尻尾を振った。
ステフも翼をぱたぱたと動かしている。
「じゃあ、報告に行こうか」
「うん!」
◇
「もう倒してくださったんですか!?」
塩田の責任者は驚いていた。
「はい。丘の近くにいました」
「おお……ありがとうございます!」
男性が深く頭を下げた。
「これで安心して作業ができますよ」
「よかったです」
「畦の修理も進められます。本当に助かりました」
周りの作業員たちも、ほっとした表情を浮かべている。
そのとき、腕に布を巻いた若い男性が近づいてきた。
「あの、ありがとうございました」
「怪我は大丈夫ですか?」
「はい。たいしたことはありません」
男性は壊れた畦を振り返った。
「これでまた安心して仕事ができます。今度こそ、ちゃんと修理しておきますよ」
そう言って、嬉しそうに笑った。
「よかったです」
俺も笑って答えた。
責任者は依頼の確認書を用意してくれた。
「こちらをギルドへお持ちください」
「ありがとうございます」
「あの!」
ルナが手を上げた。
「少しだけ塩田を見学してもいいですか?」
「もちろんですよ」
「やった!」
その後、俺たちは塩が作られる様子を見せてもらった。
池に引き込んだ海水を蒸発させ、残った塩を集める。
作業員たちは慣れた手つきで道具を動かしていた。
「こうやって作るんだね!」
ルナが感心している。
「塩って、結構手間がかかるんだなあ」
俺が言うと、責任者が笑った。
「ええ。でも、私たちにとっては大切な仕事ですから」
なるほど。
町で売られている塩も、こういう人たちが作っているんだな。
「ありがとうございました!」
ルナが嬉しそうに頭を下げた。
「いえいえ。こちらこそ助かりました」
別れを告げて歩き出す。
振り返ると、作業員たちはさっそく畦の修理を再開していた。
◇
午後。
冒険者ギルドへ戻ると、先ほどの受付の女性が声をかけてきた。
「お帰りなさい。依頼はいかがでしたか?」
「無事に討伐できました」
「まあ、もうですか!」
俺は確認書を渡した。
女性は内容を確かめ、手続きを進める。
「確かに討伐を確認しました。依頼達成です」
【100P獲得】
「依頼報酬は三万六千ジェニーになります」
「ありがとうございます」
差し出された報酬の入った袋を受け取り、《収納》へしまった。
「あ、それから魔物の買取もお願いできますか?」
「はい。素材をお持ちなんですね」
「ええ。丸ごと一体あります」
「……丸ごとですか?」
「《収納》に入れてあります」
「ああ、なるほど。それでしたら買取場へご案内しますね」
女性に案内され、建物の奥へ向かった。
◇
買取場には、大きな作業台がいくつも並んでいた。
職員に声をかけると、空いている台を指差してくれた。
「こちらへお願いします」
「はい」
俺は作業台の上へ手を向けた。
「《収納》」
どさっ。
ソルトボアの身体が現れた。
「おお、丸ごとですか!」
職員が感心したように声を上げる。
「はい。買い取ってもらえますか?」
「もちろんです。少々お待ちください」
職員は手袋をはめ、ソルトボアの状態を確認していく。
「牙もきれいですね。毛皮の傷も少ない」
「よかったです」
「魔石も問題なく取り出せそうですし、肉も傷んでいません。これはいい状態ですね」
職員が頷く。
「普通なら、持ち帰るのが大変で諦める部位もあるんですが、丸ごとなら無駄なく買い取れますよ」
「それはよかったです」
《収納》があると、やっぱり便利だな。
職員はしばらく査定を続け、紙に金額を書き込んだ。
「こちら、全部で二万四千ジェニーになります」
「ありがとうございます」
俺は代金を受け取った。
依頼報酬が三万六千ジェニー。
素材買取が二万四千ジェニー。
合わせて六万ジェニーだ。
「三人で二万ジェニーずつだね」
フェリシアが言った。
「うん」
「やった!」
ルナが嬉しそうに両手を上げる。
「何に使おうかなあ!」
「ルナは美味しいものを買いそうだね」
「もちろん!」
即答だった。
俺とフェリシアは顔を見合わせて笑った。
報酬を三人で分け、それぞれの分をしまう。
こうして依頼を受け、魔物を倒し、素材を売る。
何だか、以前の冒険者生活に戻ったみたいだ。
◇
ギルドを出ると、空は少しずつ夕方の色に変わり始めていた。
港の方から潮風が吹いてくる。
「ねえ、アレン!」
「何?」
「明日も何か依頼を受けようよ!」
ルナが楽しそうに言った。
「もう次の依頼?」
「うん! まだ知らない場所もいっぱいあるし!」
「それはそうだね」
「でも、毎日依頼ばっかりじゃなくて、観光もしたいな」
フェリシアが言った。
「じゃあ、依頼を受けたり、観光したり、ダンジョンに行ったり!」
「忙しくなりそうだなあ」
「いいじゃん! せっかくの旅なんだから!」
ルナは本当に楽しそうだ。
「それにしても、今日の塩田は面白かったね」
フェリシアが言った。
「うん。塩って、あんなふうに作るんだね!」
「知らないことって、まだまだたくさんあるんだな」
俺が言うと、二人が頷いた。
今日の依頼はDランク。
戦闘もあっという間に終わった。
でも、塩田の人たちは本当に喜んでくれた。
Pも増えたし、ジェニーも稼げた。
それに、知らなかったことも一つ増えた。
「ワフ!」
テリーが俺の隣で尻尾を振った。
「キュ!」
ステフもルナの肩で小さく鳴く。
「さて、そろそろ宿へ戻ろうか」
「うん! お腹も空いたし!」
「ルナはいつもそれだね」
フェリシアが笑った。
「だって、今日は働いたんだもん!」
「そうだね。じゃあ、何か美味しいものでも食べようか」
「やった!」
ルナが嬉しそうに笑う。
俺たちも笑いながら、港町の通りを歩き始めた。
明日は、どんな依頼を受けようか。
そう考えるだけで、少し楽しみだった。
【保有:95,980P】
【累計獲得P:553,190P】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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