第182話 次の目標
翌朝。
窓を開けると、潮風と一緒に海鳥の声が入ってきた。
港ではもう荷車が行き交っている。
「さて……」
昨日は銀鱗カジキを倒して、久しぶりにPを獲得した。
そういえば、最近は《会員》の中身をろくに確認していなかったな。
寝台に腰を下ろし、表示を開く。
【会員ランク:プラチナ】
【保有:95,700P】
【累計獲得P:552,910P】
「もうすぐ十万か」
あと四千三百P。
でも、十万Pで何が買えるんだったっけ。
《固有スキル購入》を開いた。
【100,000P】
《綻びの目》
《剣神》
《魔神》
《弓神》
《斧神》
《槍神》
《拳神》
「……凄そうなのが並んでるな」
剣神、魔神、弓神。
名前からすると、《剣聖》や《魔聖》《弓聖》より上のスキルなんだろう。
ただ、どんな能力なのかまでは表示されない。
その中で、一つだけ妙な名前があった。
「《綻びの目》……?」
何だ、これ。
剣神や魔神と同じ値段なのに、何ができるのかさっぱり分からない。
もう一度見ても、説明は出なかった。
十万Pもするものを、名前だけで買うのは怖いな。
……まあ、まだ四千三百P足りないんだけど。
◇
食堂へ下りると、ルナとフェリシアが先に朝食を食べていた。
「アレン、おはよう!」
「おはよう」
「今日はどうする?」
「その前に、ちょっと相談してもいい?」
「何?」
席に着き、さっき見たスキルの話をした。
「今、九万五千七百Pあるんだ。あと少しで十万になる」
「もうそんなにあるんだ!」
ルナが目を丸くする。
「それで、十万Pのスキルが七つあるんだけど、効果が分からなくてさ」
「七つも?」
「うん。ちょっと名前を聞いてくれる?」
「もちろん!」
ルナはパンを置いて身を乗り出した。
「まず《剣神》」
「絶対強いじゃん!」
「名前はね」
「剣を一振りしただけで、山が割れたりするのかな?」
「それは強すぎない?」
フェリシアが笑う。
「《剣聖》より剣の扱いが上手くなるのかもしれないね。あるいは、今まで使えなかった技が使えるとか」
「そうだね」
俺も《剣聖》を手に入れたときは驚いた。
その上があるなら、確かに気になる。
「でも、今のアレンは剣の腕で困ってないよね?」
「うん。少なくとも、十万Pを払ってまで必要かと言われると……」
「じゃあ《魔神》は?」
フェリシアの目が輝いた。
「それもあるよ」
「魔力を使わずに魔法を撃てるとか、魔法を自由に組み立てられるとか?」
「火の玉を百個出せるとか!」
ルナが両手を広げる。
「それ、船の上じゃ使えないね」
「確かに!」
三人で笑う。
「《弓神》もある」
「それは気になる!」
ルナが今度は真剣な顔になった。
「どんな遠くからでも当たるとか? 矢が途中で曲がるとか?」
「それなら便利そうだね」
「でも、私、《弓聖》でも結構当てられるよ?」
「そうなんだよね」
今の俺たちには、すでに十分な力がある。
上があると分かれば興味は湧くけど、急いで買う理由にはならない。
「あとは《斧神》《槍神》《拳神》かな」
「斧も槍も使わないしねえ」
ルナが指を折る。
「《拳神》なら、素手で岩を砕けるとか?」
「それができても、アレンには剣があるし」
フェリシアが言う。
「そうだね。どれも凄いんだろうけど、俺たちが今すぐ欲しいかというと微妙かな」
「あと一つは?」
「それがさ……《綻びの目》っていうんだ」
「……ほころび?」
ルナが首を傾げた。
「服が破れたときの、あれ?」
「たぶん、その綻びだと思う」
「じゃあ、服の破れたところが見えるの?」
「それは普通に見れば分かるんじゃない?」
俺が言うと、ルナが吹き出した。
「あはは! 十万Pなのに!」
フェリシアは少し考えていた。
「破れたところじゃなくて、これから破れそうなところが見えるのかも」
「これから?」
「例えば、船の帆とか綱とか。昨日だって、壊れたら危ないって話してたでしょ?」
「ああ……」
昨日の帆船を思い出す。
見ただけで傷みが分かるなら、事故を防げるかもしれない。
「剣の欠けそうな場所とか、建物の崩れそうな場所とかも分かるのかな」
「だったら便利だね!」
ルナが頷く。
「それならさ、敵の弱点も見えるんじゃない?」
「弱点?」
「鎧の隙間とか、魔物の硬くないところとか!」
「……それは強そうだね」
思わず頷いた。
とはいえ、全部俺たちの想像だ。
服の綻びしか分からない可能性だってある。
「でも、十万Pだよ?」
ルナが腕を組んだ。
「うん。もし本当に弱点が分かるなら安いのかもしれないけど……」
確かめる方法がない。
十万Pあれば、ほかにも色々な能力を買える。
「今は見送ろうかな」
「そうだね。アレンには、もう色々なスキルがあるし」
フェリシアが頷く。
「もし必要になったら、そのとき考えればいいよ」
「うん。それがよさそうだ」
七つとも、値段に見合わない能力だと決まったわけじゃない。
ただ、今の俺には十万Pを使う理由が見つからなかった。
◇
朝食を終え、三人と二匹で港へ出た。
魚を積んだ荷車が通り過ぎ、船員たちの掛け声が潮風に乗って聞こえてくる。
テリーは俺たちの横を歩き、ステフはルナの肩で海鳥を追っていた。
「じゃあ、Pは貯めておくの?」
フェリシアが聞いた。
「当分はね」
「十万まで、あと四千三百Pでしょ?」
ルナが言う。
「魔物を倒せばすぐだよ!」
「うん。でも、Pのためだけに無理な戦いはしたくないな」
「そうだね」
俺はしばらく歩いてから、二人に言った。
「それに……もう、人は斬りたくないんだ」
ルナが顔を上げた。
フェリシアも黙って俺を見る。
「戦争では、たくさんのPが入った。でも、ああいう形ではもう増やしたくない」
戦場のことを忘れたわけじゃない。
きっと、これからも忘れないだろう。
「もちろん、誰かを守るために戦わなきゃいけないときはあると思う。でも、できる限り、人を斬らずに済む道を選びたい」
「うん」
フェリシアが静かに頷いた。
「それでいいと思う」
「そうだよ!」
ルナも俺を見て笑った。
「魔物の討伐依頼だってあるし、困ってる人を助ける依頼だってあるもん!」
「そうだね」
昨日の銀鱗カジキを思い出す。
船を守ってPを獲得し、そのうえみんなで美味しいものを食べた。
あんな一日なら、またあってもいい。
「それでさ、もう一つ考えていることがあるんだ」
「まだあるの?」
「次の会員ランクのこと」
俺は《会員》を開いた。
【次回ランク:オリハルコン】
【ランク上昇条件】
【累計獲得P:1,000,000P】
「次は、累計百万Pなんだ」
「百万!?」
ルナが足を止めた。
「桁が一つ増えたね……」
フェリシアも驚いている。
「今は五十五万二千九百十P。残り四十四万七千九十Pだよ」
「そんなに?」
「うん。昨日の銀鱗カジキと同じ六百Pなら、あと七百四十六匹分」
「七百四十六匹!?」
ルナが口を開けた。
「……さすがに食べきれないね」
「食べる必要はないよ」
フェリシアが笑った。
「それに、もっと強い魔物なら獲得Pも増えるんでしょ?」
「うん。ダンジョンの奥で、何千Pももらえる魔物を倒したこともある」
簡単には届かない。
でも、絶対に無理な数字でもない。
「それに、累計獲得Pは使っても減らないからね。必要なスキルが見つかったら、途中で買っても大丈夫なんだ」
「じゃあ、貯めるだけじゃなくて強くもなれるんだね!」
「そういうこと」
「オリハルコン会員になったら、どうなるの?」
フェリシアが尋ねた。
「分からない。でも、プラチナになったときは《共有》も《固有スキル購入》も広がったんだ」
次のランクなら、もっと新しい能力が出てくるかもしれない。
そう考えると、少しわくわくする。
「……見てみたいな。オリハルコン会員」
「だったら、目指そうよ!」
ルナが笑った。
「私も見てみたい!」
「うん。私も」
フェリシアが頷く。
俺は二人と二匹を見た。
強くなるためにPを貯めてきた。
でも、今は強さだけが欲しいわけじゃない。
この先もみんなで旅をして、初めて見るものに出会いたい。
そのために、できることを増やしていきたい。
「よし。累計百万Pを目指そう」
「やった!」
「ワフ!」
「キュ!」
テリーが尻尾を振り、ステフも翼を広げた。
「じゃあ、まずは何をする?」
フェリシアが聞く。
「冒険者ギルドで依頼を見てみようか。ミナリアにはどんな魔物がいるのかも知りたいし」
「いいね!」
ルナが嬉しそうに歩き出す。
「でも、すぐに町を出るわけじゃないよね?」
「もちろん。まだ見たいところもあるからね」
「よかった! 食べたいものもいっぱいあるんだ!」
「また食べ物?」
フェリシアが笑う。
港から少し離れた通りに、冒険者ギルドの看板が見えた。
すぐに百万Pを稼げるわけじゃない。
それでも、行きたい場所へ行き、困っている人を助けながら、少しずつ進んでいけばいい。
「さあ、行こうか」
「うん!」
俺たちはギルドの扉を開いた。
新しい目標ができると、次の冒険まで楽しみになるものなんだな。
【保有:95,700P】
【累計獲得P:552,910P】
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