第181話 海のごちそう
翌朝。
「アレン! あったよ!」
港へ着くなり、ルナが声を上げた。
岸壁に、小さな帆船が停まっている。そばの看板には、沿岸を巡る船だと書かれていた。
「昨日、船乗りさんが教えてくれたのって、これかな?」
「聞いてみようか」
船に近づくと、日に焼けた男が声をかけてきた。
「乗っていくかい? 岬を回って、昼前には帰ってくるよ」
「乗ります!」
「ははっ。元気だな!」
どうやら船長らしい。
「あの、従魔も一緒で大丈夫ですか?」
「ワフ!」
「キュ!」
テリーとステフが顔を上げる。
船長は二匹を見て、一瞬目を丸くした。
「ずいぶん珍しいのを連れてるな。おとなしくしていられるなら構わんよ。ただ、船の上で走り回るのはなしだ」
「分かりました」
料金を払い、俺たちは船に乗った。
ほかの客は、小さな男の子とその母親だけ。船長と船員が二人いる。
足元が、ゆっくり揺れた。
「わっ!」
ルナが手すりを掴む。
「まだ動いてないのに揺れてる!」
「船だからね」
フェリシアが笑った。
「ワフ……?」
テリーは四本の足を少し広げ、じっと甲板を見下ろしている。
「テリーも初めてだもんね」
ルナが頭を撫でた。
ステフは海鳥を追うように翼を広げかけたが、俺は声をかけた。
「ステフ、船が動いている間は近くにいてね」
「キュ!」
船員が岸壁の綱を外す。
白い帆が風を受け、船がゆっくり港を離れた。
「動いた!」
ルナが嬉しそうに笑った。
◇
港の外へ出ると、海の色が変わった。
浅瀬の緑はしだいに濃い青へ移り、朝日を受けた波が船の両側で細かく光っている。
振り返ると、ミナリアの建物が少しずつ小さくなっていた。
昨日遊んだ砂浜も、海岸線に沿って細く伸びている。
「見て! 町があんなに遠くなった!」
ルナが手すりに駆け寄る。
「乗り出しすぎないようにね」
「分かってる!」
そう言って、今度は船首の方を見ている。
フェリシアは帆を見上げた。
「こんなに大きな布一枚で進むなんて、不思議だね」
「帆の向きを変えれば、横からの風も使えるんだよ」
近くの船員が教えてくれた。
「へえ……」
フェリシアが興味深そうに帆と綱を見比べている。
テリーも揺れに慣れたのか、俺の足元に座って潮風に鼻先を向けた。
「気持ちいいね」
「ワフ!」
船の横で銀色の小魚が跳ねた。
「あっ、魚!」
ルナが指差す。
「本当にいっぱい泳いでるんだね!」
◇
「船長さん!」
ルナが舵のそばにいる男に声をかけた。
「海にも魔物っているんですか?」
「ああ、いるさ。ただ、ミナリアの沿岸じゃ滅多に出ない。船の往来も多いし、警備船も巡回しているからな」
「じゃあ、ここは安全なんだね!」
「比較的な。沖に出れば事情も違うが、この辺りで会うのは普通の魚ばかりだよ」
船長が笑った。
その時だった。
「……ん?」
《魔力感知》に反応があった。
海中に一つ。
船の右前方から、かなりの速さで近づいてきている。
「アレン?」
フェリシアが俺を見る。
「魔物がいる。海の中だ」
「えっ?」
「船長さん。右前方から魔物が近づいています」
「何だって?」
船長が顔を向けた、その直後。
ばしゃっ!
小魚の群れが一斉に海面から跳ねた。
その後ろを、銀色の大きな影が追っている。
「……銀鱗カジキだ!」
船長の顔色が変わった。
「沖にいるはずの魔物だぞ。どうしてこんなところに!」
魚を追って、沿岸まで入り込んだのかもしれない。
大きな影が進路を変える。
今度は、船首へ向かってきた。
「船尾へ下がって! 手すりから離れろ!」
船長の声で、船員たちが動き出した。
男の子が怖がって、母親の服を掴んでいる。
「テリー、二人のそばにいてあげて」
「ワフ!」
テリーは親子の前へ移動した。
ルナもそちらへ向かい、ステフを抱き上げる。
「ステフ、今は飛ばないでね」
「キュ!」
「フェリシア、船に近づけないようにできる?」
「やってみる!」
フェリシアが杖を構えた。
俺は船首へ進み、竜爪剣を抜いた。
◇
《魔力感知》の反応が急に浮き上がる。
「右から来る!」
海面を割って、銀鱗カジキが跳び出した。
全長は二メートルほど。青みを帯びた銀色の身体に、槍のように長い口先が伸びている。
その先端が船腹へ向いた。
「《魔弾》!」
フェリシアの魔弾が、魚の進路の手前で海面を叩いた。
どんっ!
水柱が上がり、銀鱗カジキの向きがわずかに変わる。
船から外れた。
でも、まだ空中だ。
俺は船べりを蹴った。
口先をかわし、鰓の後ろへ竜爪剣を振り抜く。
シュッ!
【600P獲得】
「……よし!」
魚体が海へ落ちる前に、左手で尾を掴んだ。
ずしりと重さが腕にかかる。
身体をひねって勢いを殺し、船べりを越えて甲板へ引き上げた。
どさっ!
「……お、おい!」
船長が魚と俺を交互に見る。
「今のを、船の上から仕留めたのか?」
「はい。何とか」
「何とかって……!」
船員たちまで口を開けていた。
「アレンはSランクなんだよ!」
ルナが得意そうに言った。
「Sランク!?」
船長がもう一度魚を見る。
「それなら納得……いや、やっぱりすげえな!」
俺は剣をしまった。
親子も無事だったらしい。
男の子はテリーの背中を撫でている。
「ワフ!」
「助かったよ。ありがとう!」
船長が頭を下げた。
「船腹にあの口先を突き立てられていたら、危なかった」
「皆さんが無事でよかったです」
それにしても、久しぶりにPを獲得したな。
六百P。
見慣れた表示が、今日は素直に嬉しかった。
「……それにしても」
船長が甲板の銀鱗カジキにしゃがみ込む。
「立派なやつだ。これだけ傷が少なけりゃ、いい値がつくぞ」
「売れるんですか?」
「売れるどころじゃない。滅多に獲れない高級魚だ。肉がとびきり美味いんだよ」
「……美味しい?」
ルナがすぐに反応した。
「食べられるの!?」
「もちろん!」
「アレン!」
「……分かったよ」
フェリシアが笑った。
◇
安全を確かめるため、船は予定を切り上げて港へ戻ることになった。
船長は俺たちに礼を言い、知り合いの料理屋を紹介してくれた。
「銀鱗カジキは港でもそうそう入らない。ちゃんと料理できる店を知ってるんだ」
「それなら、お願いしたいです」
「いいのか? 売ればかなりの金になるぞ」
「みんなで食べましょう。船長さんたちの分もありますよ」
「おお、ありがたい!」
店へ魚を運ぶと、料理人が目を丸くした。
「銀鱗カジキじゃないか! どこで手に入れたんだ?」
「船を襲ってきたんだよ。この子たちが仕留めてくれた」
「……こいつを?」
料理人は俺たちを見てから、魚を確かめた。
「鰓の後ろに傷が一つか。これなら身をほとんど無駄にせずに済むな」
「調理できますか?」
「任せてくれ。何度か扱ったことがある。しっかり火を通して、いちばん美味いところを食わせてやるよ」
「やった!」
ルナが両手を上げた。
料理ができるまで、俺たちは店の席で待った。
「どんな味なのかな?」
「もう少ししたら分かるよ」
「待ちきれない!」
ほどなくして、炭火で焼いた厚切りの身が運ばれてきた。
表面にはきれいな焼き色がつき、香草と魚の香ばしい匂いが漂う。
「いただきます!」
ルナが真っ先に口へ運ぶ。
「……!」
「どう?」
「……すっごく美味しい!」
俺も一口食べる。
「……あ、本当だ」
身はふっくらとしていて、噛むほど脂の旨みが広がった。普通の魚より味が濃い気がする。
「昨日食べた魚も美味しかったけど、これは別格だね」
フェリシアも嬉しそうだ。
「アレン、もう一切れ食べてもいい?」
「もちろん」
「やった!」
「ワフ!」
「キュ!」
二匹からも催促の声が上がった。
料理人に頼んで、骨を除いて火を通した味付けなしの身を分けてもらう。
テリーはあっという間に平らげ、ステフも満足そうに鳴いた。
「ステフまでおかわり?」
「キュ!」
ルナが笑う。
少し離れた席では船長と船員たちも魚を食べている。
さっきの親子にも、持ち帰れる分を包んでもらった。
「まさか遊覧船に乗って、こんなご馳走を食べることになるなんてな!」
船長の声に、店のみんなが笑った。
◇
夕方。
宿の食堂で夕食を取っていると、ルナがまた銀鱗カジキの話を始めた。
「また食べたいなあ」
「滅多に出ないんでしょ?」
フェリシアが笑う。
「そうだけど!」
「毎回船を襲われたら困るよ」
俺が言うと、ルナも頷いた。
「それはそうだね。でも、次に見つけたらまた食べたい!」
「……食べることばっかりだな」
「美味しかったんだもん!」
俺も笑った。
今日の六百Pで、保有Pは九万五千七百になった。
あれだけの魔物を倒しても、今の俺には小さな増加だ。
それでも、嬉しい。
誰も怪我をしなかったし、珍しい料理も食べられた。
「ねえ、アレン」
フェリシアが聞いた。
「明日はどうする?」
「そうだな……」
まだ港町には見ていないものがある。
それに、久しぶりに《会員》の能力一覧も見返したい。
「明日は、ちょっと《会員》を確認してみようかな」
「何か使うの?」
ルナが身を乗り出す。
「まだ決めてない。せっかくPも増えたし、今の自分に何が必要か考えようと思って」
「いいね!」
テリーが足元で尻尾を振り、ステフも翼をぱたぱたと動かした。
旅はまだ始まったばかりだ。
次は何をしてみようか。
そう考えるのが、また楽しみになっていた。
【保有:95,700P】
【累計獲得P:552,910P】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




