第177話 旅の途中
翌朝。
結局、昨夜もほとんど眠れなかった。
「……はあ」
寝台から身体を起こす。
頭が重い。
目を閉じれば、また戦場の光景が浮かんでくる。
「《全回復》」
【500P消費しました】
身体が温かくなる。
頭の重さが消え、疲れもなくなった。
「……よし」
立ち上がる。
今日からセルヴァン王国へ向かう。
急ぐ必要はない。
しばらくは戦争から離れて、ゆっくり過ごすつもりだ。
それで眠れるようになるのかは分からないけど。
◇
朝食を終えた俺たちは、ベルガントの町を出発した。
「ワフ!」
「キュ!」
テリーとステフは朝から元気だ。
特にテリーは、街道のあちこちを走り回っている。
「テリー! あんまり遠くに行かないでよ!」
「ワフ!」
ルナが呼ぶと、すぐに戻ってきた。
「元気だね」
フェリシアが笑う。
「うん」
「アレンは大丈夫?」
「身体は元気だよ」
「そっか」
フェリシアはそれ以上聞かなかった。
しばらく街道を南へ進む。
以前も通った道だ。
あの時はフェリシアと二人だった。
今はルナとテリー、ステフもいる。
「あ、そうだ!」
ルナが突然振り返った。
「ねえ、二人とも!」
「何?」
「せっかくミラディアを通るんだから、私の村に寄ってもいい?」
「ルナの故郷?」
「うん! 久しぶりに母さんにも会いたいし」
「いいね!」
フェリシアが頷く。
「アレンは?」
「もちろん。俺もまた行きたいと思ってた」
「本当?」
「うん。泉がどうなったかも気になるしね」
「あれから何もなければいいんだけど」
「きっと大丈夫だよ」
ルナが嬉しそうに笑った。
「じゃあ決まり!」
「ワフ!」
「キュ!」
「テリーとステフも母さんに紹介しなきゃ!」
「驚くだろうね」
「絶対驚くと思う!」
ルナは楽しそうだった。
そういえば、ルナと出会ったのもミラディアだったな。
あの頃は、まだ戦争なんて考えてもいなかった。
◇
三日目。
俺たちは街道から東へ入り、森の中を進んでいた。
「こっちだよ!」
先頭を歩くのはルナだ。
慣れた様子で木々の間を進んでいく。
周囲には背の高い木々が並び、頭上を覆う枝の間から陽光が差し込んでいる。
道の脇には小さな水路があった。
「あ、この道覚えてる」
フェリシアが言った。
「俺も」
以前、ルナに案内してもらった道だ。
丸太と板で作られた橋を渡る。
「あ、見えてきた!」
ルナが指差した。
木々の向こうに、いくつもの建物が見える。
エルフの里だ。
大きな木の幹にも家が建てられ、その間を吊り橋が結んでいる。
以前と変わらない景色だった。
「ただいまー!」
ルナが大きな声を上げる。
近くにいた村人たちが振り返った。
「あれ? ルナ?」
「ルナじゃないか!」
「帰ってきたのかい?」
「うん!」
次々と人が集まってくる。
その中の一人が俺たちを見た。
「あっ! あの時の冒険者さん!」
「お久しぶりです」
「アレンさんとフェリシアさんじゃないか!」
覚えていてくれたらしい。
「泉の時は本当にありがとうね」
「いえ。皆さん元気そうでよかったです」
以前、この里では泉の水に毒が混じり、大勢の村人が倒れていた。
原因は上流にいたポイズンワームだった。
俺たちは魔物を倒し、毒ゴケによる汚染を解決した。
「あれから泉は大丈夫ですか?」
「ああ。何も問題ないよ」
「よかった」
少し歩くと、泉が見えてきた。
澄んだ水が流れている。
近くでは子供たちが木の桶に水を汲んでいた。
そのうちの一人が、俺たちに気づいて手を振る。
「……」
あの時、倒れていた人たちも元気になったんだな。
少なくとも、ここでは。
「ルナ!」
声がした。
「母さん!」
ルナが駆け出した。
向こうからも一人の女性が歩いてくる。
マリエルさんだ。
「久しぶり!」
「もう。帰ってくるなら連絡くらいしなさい」
「急に決まったんだもん」
「そうなの?」
「うん!」
マリエルさんがこちらを見る。
「あら! アレンさん、フェリシアさんも!」
「お久しぶりです」
「また来てくださったのね」
「はい」
「本当に嬉しいわ」
マリエルさんが笑う。
すると、足元でテリーが鳴いた。
「ワフ!」
「あら?」
「キュ!」
「まあ。この子たちは?」
「私たちの仲間だよ!」
ルナが得意そうに答える。
「こっちがテリーで、こっちがステフ!」
「可愛いわね」
「テリーはフェンリルなんだよ!」
「……フェンリル?」
マリエルさんの表情が固まった。
「ルナ。フェンリルって、あのフェンリル?」
「そうだよ!」
「……本当に?」
「ワフ!」
テリーが元気よく鳴く。
マリエルさんはしばらくテリーを見つめていた。
「……驚いたわ。フェンリルを連れて旅をしているなんて」
「それだけじゃないよ!」
「え?」
「ステフはグリーンドラゴンの子供なんだ!」
「……え?」
「キュ!」
ステフが小さな翼を広げる。
「……ドラゴン?」
「うん!」
「ちょ、ちょっと待って、ルナ」
マリエルさんが額に手を当てた。
「フェンリルに、グリーンドラゴン?」
「そうだよ!」
「……」
マリエルさんが俺を見る。
「アレンさん。本当なの?」
「はい」
「……まあ」
言葉を失ってしまった。
そこへ近くにいた村人がやって来る。
「どうしたんだい?」
「この子たち、フェンリルとグリーンドラゴンなんですって」
「……は?」
村人が二匹を見る。
「ワフ!」
「キュ!」
「……」
しばらく沈黙が続いた。
「ルナ」
「何?」
「あなたたち、一体どんな旅をしてきたの?」
「いろいろあったよ!」
ルナが嬉しそうに笑う。
「まだあるよ! アレン、Sランクになったんだから!」
「……え?」
マリエルさんが再び俺を見る。
「Sランク?」
「はい。一応」
「一応じゃないでしょ!」
ルナが笑う。
「私もAランクになったの!」
マリエルさんは大きく息を吐いた。
「……もう、何から驚けばいいのか分からないわ」
フェリシアが笑った。
「私たちも、いろいろありましたから」
「そうみたいね」
マリエルさんが苦笑する。
「でも、みんな無事でよかったわ」
◇
その日の夕方。
俺たちはマリエルさんの家で夕食をご馳走になっていた。
室内には以前と同じように乾燥させた薬草が吊るされ、木と香草の匂いが漂っている。
食卓には野菜やキノコの煮込み、焼いた肉、パンが並んでいた。
「母さん、これ美味しい!」
「よかったわ」
「久しぶりに食べた!」
ルナは嬉しそうに食べている。
フェリシアも料理を褒めていた。
村長のエルマーさんも顔を出してくれた。
「アレン殿。またお会いできて嬉しいです」
「こちらこそ」
「泉のことでは本当にお世話になりました」
「いえ。皆さん元気そうで安心しました」
「あれから一度も問題は起きておりません。おかげさまで、以前と変わらない暮らしが戻りました」
「それはよかったです」
エルマーさんが笑う。
俺もスプーンを手に取った。
「……」
一口食べる。
でも、あまり味が分からなかった。
「アレンさん?」
マリエルさんが俺を見る。
「はい?」
「あまり食べていないわね」
「あ……すみません」
「謝らなくていいのよ」
マリエルさんが優しく笑う。
「食欲がないの?」
「……少し」
「そう。無理して食べなくても大丈夫よ」
「ありがとうございます」
スプーンを置く。
マリエルさんはそれ以上聞かなかった。
ただ、ルナが少し心配そうに俺を見る。
「母さん」
「何?」
「アレン、最近あんまり眠れてないんだ」
「眠れていない?」
「うん。戦争から帰ってきてから、ずっと」
マリエルさんの表情が変わった。
「戦争に行っていたの?」
「……はい」
「そうだったの」
「はい」
「大変だったわね」
「……」
何と答えればいいのか分からなかった。
「今日はゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
マリエルさんはそう言って、食事を続けた。
◇
その夜。
「……」
やっぱり眠れなかった。
寝台に横になって目を閉じる。
すると、またあの光景が浮かんでくる。
ジェリド。
バスク。
名前も知らない兵士たち。
剣を振った時の感触。
倒れた人の顔。
それに、あの数字。
人を倒すたびに表示されていたP。
「……っ」
目を開ける。
静かな部屋。
ここは戦場じゃない。
分かっている。
それでも、もう一度目を閉じる気にはなれなかった。
「……」
起き上がる。
少し外の空気を吸おう。
家を出ると、夜の森は静かだった。
遠くから虫の声が聞こえる。
少し歩くと、泉が見えてきた。
「……」
水の流れる音を聞きながら、近くの石に腰を下ろす。
昼間は子供たちが水を汲んでいた場所だ。
今は誰もいない。
しばらく泉を眺めていると、後ろから声がした。
「アレンさん?」
振り返る。
「マリエルさん」
「あら、やっぱりここにいたのね」
「……すみません。勝手に外へ出て」
「いいのよ。眠れなかった?」
「……はい」
「そう」
マリエルさんは俺の隣に腰を下ろした。
「ここ、静かでしょう?」
「はい」
「私も時々来るのよ」
「そうなんですか」
「ええ。水の音を聞いていると落ち着くの」
しばらく二人で泉を眺めた。
「ルナから少し聞いたわ」
「……はい」
「戦争で、たくさんの人と戦ったんですってね」
「はい」
「そう……」
俺は自分の手を見る。
「……俺、人をたくさん殺したんです」
マリエルさんは黙って聞いていた。
「魔物は何度も倒してきました。でも、人間は違いました」
「……」
「剣を振った時の感触が、まだ残ってるんです」
「そうなのね」
「夜になると、思い出してしまって」
マリエルさんは何も言わなかった。
「何人斬ったのかも覚えていません」
言葉にすると、胸が苦しくなった。
「敵だったんです。倒さないと、こっちが殺される。仲間も危なかった」
「ええ」
「だから、戦いました」
「……」
「でも、あの人たちにも家族がいたんだろうなって」
泉を見る。
「俺が殺した人にも、帰りを待ってる人がいたのかもしれない」
「……そうね」
「それを考えると、どうしていいのか分からなくなるんです」
マリエルさんはすぐには答えなかった。
水の流れる音だけが聞こえる。
「アレンさん」
「はい」
「私は戦争に行ったことがないから、あなたの気持ちが全部分かるとは言えないわ」
「……はい」
「でも、つらかったのね」
「……はい」
それだけ答えるのが精一杯だった。
「今も、思い出すの?」
「はい。目を閉じると」
「そう……」
マリエルさんが泉を見た。
「あの泉を覚えているでしょう?」
「はい」
「あなたたちが助けてくれた泉よ」
「……」
「今も毎日、村のみんなが水を汲んでいるわ」
昼間の子供たちを思い出す。
「あなたたちのおかげで、みんな元気に暮らしているの」
「でも……」
「うん?」
「それと、人を殺したことは別だと思うんです」
マリエルさんが俺を見た。
「……そうね」
少しだけ驚いた。
「私もそう思うわ」
「……」
「誰かを助けたから、ほかのことを忘れていいなんて言えないもの」
マリエルさんが微笑む。
「ただね、あなたが助けてくれた人たちも、ここで暮らしているの。それは覚えていてほしいわ」
「……はい」
「それに、アレンさん」
「はい?」
「ここでは何もしなくていいのよ」
「……何も?」
「ええ。誰かを助けようとしなくてもいいし、強い冒険者でいる必要もないわ」
「……」
「疲れたら休んで、お腹が空いたらご飯を食べて。それでいいの」
そんなことを言われたのは、いつ以来だろう。
冒険者になってから、ずっと何かをしてきた。
依頼を受けて。
魔物を倒して。
誰かを助けて。
そして戦争にも行った。
「以前は私たちが助けてもらったんだから、今度はあなたが私たちを頼ってもいいのよ」
「……」
何も言えなかった。
マリエルさんはそれ以上何も言わず、俺と一緒に泉を眺めていた。
◇
「アレン!」
しばらくすると、聞き慣れた声がした。
「ルナ?」
「こんなところにいた!」
ルナが走ってくる。
後ろにはフェリシアもいた。
「部屋にいなかったから心配したよ」
「ごめん」
「また眠れないの?」
「……うん」
「そっか」
ルナが隣に座る。
フェリシアも反対側に腰を下ろした。
「ワフ!」
「キュ!」
テリーとステフもやって来る。
テリーは俺の足元で丸くなった。
「みんな来ちゃったわね」
マリエルさんが笑う。
「母さんもいたんだ」
「ええ。アレンさんとお話ししていたの」
「そっか」
ルナが泉を見る。
「懐かしいなあ。小さい頃、よくここに来たんだよね」
「そうね」
マリエルさんが頷く。
「特に怖い夢を見た夜は、よくここに来ていたわ」
「……母さん?」
「私が探しに来ると、いつも泣いていたのよ」
「ちょっと!」
ルナが慌てる。
「そんな話しなくていいから!」
「あら、本当のことでしょう?」
「そうだけど!」
フェリシアが笑った。
「ルナにもそんな頃があったんだ」
「フェリシアまで!」
「可愛いね」
「もう!」
思わず笑ってしまった。
「アレンまで笑わないでよ!」
「ごめん」
ルナが頬を膨らませる。
「そういえば、森で迷子になったこともあったわね」
「母さん!?」
「あの時も大変だったのよ。村のみんなで探して」
「もういいってば!」
マリエルさんが笑う。
フェリシアも笑っていた。
俺も、また笑ってしまった。
それからしばらく、昔のルナの話が続いた。
初めて弓を持った時のこと。
母親に叱られて、泉のそばに隠れたこと。
村の外へ行きたいと言い出した時のこと。
「母さん! もうやめて!」
ルナが何度も抗議する。
そのたびにフェリシアが笑う。
俺も笑った。
久しぶりに、何も考えずに笑った気がした。
◇
夜も更けた頃。
俺たちはマリエルさんの家へ戻った。
「おやすみ、アレン」
「おやすみ」
ルナたちと別れ、部屋へ入る。
寝台に横になる。
「……」
目を閉じる。
また、戦場の光景が浮かんだ。
倒れた兵士。
血のついた剣。
「……」
やっぱり駄目か。
そう思った。
でも、少しすると別のことを思い出した。
昼間の泉。
水を汲んでいた子供たち。
嬉しそうに母親へ駆け寄るルナ。
昔の話で笑ったフェリシア。
足元で眠っていたテリー。
「……」
ここは戦場じゃない。
エルフの里だ。
窓の外からは、水の流れる音が聞こえていた。
マリエルさんの言葉を思い出す。
ここでは何もしなくていい。
「……そうか」
もう今日は、何もしなくていいんだ。
水の音を聞いているうちに、少しずつ身体の力が抜けていった。
◇
「……ん?」
目を開ける。
窓から光が差し込んでいた。
「……朝?」
身体を起こす。
外を見る。
もう日が昇っている。
「……あれ?」
いつものように、夜が明けるまで起きていた記憶がない。
昨日は寝台に横になって、それから……。
「……眠れた?」
しばらく考える。
いつの間にか眠っていたらしい。
身体には少し疲れが残っていた。
でも、いつもの朝とは違う。
頭が重くない。
「……はは」
思わず笑ってしまった。
久しぶりに、まとまって眠れた。
《全回復》を使わなくても起きられる。
「……よかった」
小さく呟く。
ただ眠れただけなのに、何だか嬉しかった。
◇
食堂へ行くと、ルナとフェリシアが朝食を食べていた。
「あ、アレン!」
「おはよう」
「おはよう!」
ルナが俺を見る。
「……あれ?」
「何?」
「何か、今日ちょっと違わない?」
「そう?」
「うん。顔色がいい」
フェリシアも顔を上げた。
「本当だね」
「……実は」
「うん?」
「昨日、眠れたんだ」
「……え?」
ルナが目を丸くする。
「本当に!?」
「うん。いつの間にか寝てた」
「よかった!」
ルナが笑顔になる。
フェリシアも嬉しそうだった。
「よかったね、アレン」
「うん」
「《全回復》は?」
「今日は使ってない」
「本当に?」
「うん」
「そっか……」
ルナがほっとしたように笑った。
ずっと心配をかけていたんだな。
「おはよう、みんな」
そこへマリエルさんが入ってきた。
「母さん!」
「何?」
「アレン、昨日眠れたんだって!」
「あら!」
マリエルさんが俺を見る。
「それはよかったわね」
「はい」
「今日は朝ご飯、食べられそう?」
「……はい」
席に座る。
パンを手に取って、一口食べた。
「……あ」
「どうしたの?」
ルナが聞く。
「美味しい」
「え?」
「パン、美味しいよ」
ルナが少し驚いた顔をしたあと、笑った。
「そりゃそうだよ!」
「……うん」
俺も笑う。
マリエルさんが煮込みを運んでくる。
「こっちも食べてみて」
「はい」
一口食べる。
野菜の甘みと香草の香りが口に広がった。
「美味しいです」
「よかったわ」
マリエルさんが微笑む。
俺はもう一口食べた。
昨日はほとんど食べられなかったのに、今日は食べられそうだ。
全部食べ終える頃には、少し物足りなくなっていた。
「……あの」
「何?」
「もう少し、いただいてもいいですか?」
マリエルさんが嬉しそうに笑った。
「もちろんよ」
◇
その日の昼前。
俺たちはエルフの里を出ることになった。
村の入口にはマリエルさんとエルマーさん、それから何人もの村人が集まっていた。
「またいつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます」
「ルナも、たまには帰ってくるのよ」
「うん!」
「ちゃんと食べること。それから、危ないことはしないこと」
「母さん!」
ルナが笑う。
「もう子供じゃないんだから!」
「親からすれば、いつまでも子供なのよ」
「もう……」
以前、ルナがこの里を旅立った時も、こんなやり取りをしていたな。
フェリシアが小さく笑う。
「また来ようね、ルナ」
「うん!」
マリエルさんが俺を見る。
「アレンさん」
「はい」
「無理はしないでね」
「……はい」
「また眠れなくなったら、いつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます」
「何も特別なことはできないけれど、お話くらいは聞けるから」
「……はい」
頭を下げる。
「本当に、お世話になりました」
「こちらこそ」
マリエルさんが微笑んだ。
「元気でね」
「はい」
俺たちは村人たちに見送られ、森の中を歩き始めた。
「ワフ!」
「キュ!」
二匹も元気に鳴く。
途中で一度振り返る。
マリエルさんたちが、まだ手を振っていた。
「……」
また来よう。
そう思った。
◇
それから、俺たちはミラディアを南へ進んだ。
途中の町に泊まりながら、急がずに旅を続ける。
ダンジョンにも寄らず、依頼も受けなかった。
今は急いで向かわなければならない場所もない。
夜になると、まだ戦場の光景を思い出すことはあった。
眠れない夜もあった。
そのたびに翌朝、《全回復》を使った。
エルフの里を出てから、使ったのは四回。
でも、使わずに済んだ朝もあった。
少しずつだが、眠れるようになってきた。
もちろん、人を斬った記憶が消えたわけじゃない。
あの時の感触も、まだ覚えている。
それでも、以前とは少し違う。
眠れる夜がある。
それだけで、随分と気持ちが楽になった。
ルナとフェリシアも、無理に何かを聞いてくることはなかった。
ただ、いつも一緒にいてくれた。
◇
ベルガントを出発してから十五日目。
俺たちは大きな河の前に立っていた。
「着いたね!」
フェリシアが言った。
ラグナ河だ。
この河を渡れば、セルヴァン王国。
以前もここを通った。
「懐かしいね」
ルナが笑う。
「うん」
「ワフ!」
「キュ!」
テリーとステフも元気だ。
渡し船に乗り、河を渡る。
対岸にはセルヴァン王国の町が見えていた。
「アレン」
フェリシアが隣に来る。
「何?」
「これからどうする?」
「……そうだね」
少し考える。
前に来た時は、冒険者として依頼を受けることばかり考えていた。
でも、今は違う。
「とりあえず、ゆっくりしようか」
「うん!」
フェリシアが笑う。
「私も賛成!」
ルナも頷いた。
「テリーとステフも、いろんなところに連れて行きたいしね」
「ワフ!」
「キュ!」
船が対岸へ近づいていく。
しばらくして、セルヴァン王国へ入国した。
「……」
空を見上げる。
青い空。
穏やかな風。
遠くには緑の山々が見える。
戦争から離れるために来た国。
ここで何をするかは、まだ決めていない。
それでいいと思った。
今は、ただゆっくり過ごしたい。
「行こう、アレン!」
ルナが呼ぶ。
「うん!」
俺は二人と二匹の後を追って歩き始めた。
今夜も眠れるかどうかは分からない。
でも、少しだけ楽しみだった。
明日の朝、どんな気分で目を覚ますのか。
そんなことを考えられるようになったのは、久しぶりだった。
【保有:96,600P】
【累計獲得P:552,310P】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




