第173話 英雄
数日後。
北部の戦後処理がある程度進み、俺たちはドレイモンド領を離れることになった。
「では、ここで別れる」
スコッティ公爵が言った。
「はい」
まだ北部には、やることがたくさん残っている。
捕虜の管理。
負傷者の治療。
ドレイモンド領の治安維持。
それに、トンプソン大橋の警戒も必要だ。
「アレン」
「はい」
「今回、本当に助かった」
「いえ」
「バスクを討ち、ジェリドまで倒した。お前がいなければ、どうなっていたか分からん」
「……ありがとうございます」
スコッティ公爵が俺を見る。
「だが、ここから先は我々の仕事だ」
「……」
「もう戦わなくていい」
少し間を置く。
「休め」
「……はい」
それ以上は何も言われなかった。
「ではな」
「はい」
俺たちは馬を進めた。
◇
街道の様子も、行きとは違っていた。
「道を開けてください!」
負傷兵を運ぶ馬車。
食料を積んだ荷車。
王国軍の伝令。
大きな荷物を抱えた家族も歩いている。
「……」
少しずつ元に戻ろうとしてる。
完全に元通りになるには、まだ時間がかかる。
それでも。
「アレン?」
「何?」
フェリシアがこっちを見ていた。
「今、ちょっと笑った」
「え?」
「ね?」
ルナを見る。
「うん」
「そう?」
「うん」
自分では分からなかった。
◇
スコッティ公爵領にあるベルガント伯爵の陣が見えてきた。
「戻ってきたぞ!」
見張りの兵士が叫ぶ。
「北へ行った部隊だ!」
「おい!」
兵士たちがこちらを見る。
「あれ……」
「アレンだ!」
「アレン・ヴァルディスだ!」
「雷帝を討った!」
「……」
次々と兵士が集まってくる。
「本当に戻ってきたぞ!」
「ジェリドを倒したんだろ!」
「雷帝を討った英雄だ!」
「うおおおおおっ!」
歓声が上がった。
「……」
どうすればいいんだろう。
「すごいね」
ルナが言う。
「うん」
「嬉しくない?」
「……分からない」
まだ実感がなかった。
「アレン!」
人の間から聞き慣れた声がする。
「クロードさん」
クロードさんが歩いてきた。
「お前、本当にやったのか!」
「何をですか?」
「ジェリドだよ!」
「ああ」
「『ああ』じゃねえ!」
肩を叩かれる。
「いてっ」
「バスクだけでも大戦果なのに、その後に雷帝まで討ちやがって」
「……はい」
「聞いた時は耳を疑ったぞ」
クロードさんが笑った。
「やったな!」
「ありがとうございます」
「……」
クロードさんの笑顔が少し消えた。
「どうした?」
「え?」
「何か変だぞ」
「……」
何て言えばいいのか分からない。
「自分でも、よく分からなくて」
「そうか」
クロードさんは俺の顔を少し見た。
でも、それ以上は聞かなかった。
「ワフ!」
「あ」
「ワフッ!」
「テリー!」
ものすごい勢いで走ってくる。
「うわっ!」
受け止めた。
「元気だった?」
「ワフ!」
「キュ!」
「ステフも」
ステフも飛んでくる。
「キュッ!」
「ただいま」
二匹の頭を撫でる。
「ワフ!」
テリーが俺から離れた。
その向こう。
「……」
大きなフェンリルが立っていた。
母親だ。
「もう立てるんだ」
「グル……」
ゆっくりこちらを見る。
赤かった目は、完全に元へ戻っていた。
「よかった」
自然に言葉が出た。
「もう大丈夫そうだね」
フェンリルが静かに頭を下げる。
「……」
「アレン」
フェリシアが俺を見る。
「何?」
「今はちゃんと笑ってた」
「……そう?」
「うん」
少しだけ。
胸の奥が軽くなった気がした。
◇
「よく戻った」
ベルガント伯爵の天幕へ入る。
「はい」
「北部の報告はすでに届いている」
ベルガント伯爵が俺を見る。
「ジェリド皇子を討ったそうだな」
「はい」
「まさか本当に討ち取るとは思わなかった」
「……」
「いや」
ベルガント伯爵が少し笑う。
「お前ならやるか」
「どっちですか?」
「私にも分からん」
少しだけ笑いが起きた。
「だが、今回の戦功は大きい」
「はい」
「今頃、王都までお前の名が届いているだろう」
「俺の?」
「当然だ」
「……」
「バスク将軍を討ち、雷帝まで倒した男だぞ」
外からも声が聞こえてくる。
「アレン!」
「英雄!」
また、その言葉。
英雄。
俺にはまだ自分のことを言われている気がしなかった。
◇
「ベルガント伯爵!」
外から声がした。
「何だ?」
「王都から使者です!」
「通せ」
「はっ!」
すぐに一人の男が入ってきた。
「ベルガント伯爵」
「ご苦労」
「国王陛下より書状を預かっております」
封書が渡される。
ベルガント伯爵が開いた。
「……」
しばらく目を通す。
「なるほど」
「何と?」
「今回の戦いについて、正式な報告を求めている」
そして俺を見る。
「それと」
「?」
使者がこちらへ向き直った。
「アレン・ヴァルディス殿」
「はい」
「国王陛下より、王都へお越しいただきたいとのお召しです」
「俺が?」
「はい」
「どうしてですか?」
「今回の戦いにおける功績について、陛下自らお話をお聞きになりたいとのことです」
「……」
「また、褒賞についても直接お伝えしたいと」
「褒賞……」
「当然だ」
ベルガント伯爵が言う。
「でも、俺一人で勝ったわけじゃありません」
「それを決めるのはお前ではない」
「……」
「行ってこい」
「はい」
王命なら、断る理由はない。
「私も行く」
フェリシアが言った。
「私も」
ルナも続く。
「二人とも?」
「当然でしょ」
「うん」
「……ありがとう」
二人が一緒だと聞いて、少し安心した。
「王都か」
クロードさんが腕を組む。
「なら俺も――」
「お前は残れ」
ベルガント伯爵が即答した。
「え?」
「誰がここを守る」
「俺は騎士じゃないぞ?」
「他に誰がいる。正式に指名依頼も出そう」
「……ひどいな」
少しだけ笑いが起きる。
その時だった。
「それと」
使者が口を開いた。
「もう一件ございます」
ベルガント伯爵の表情が変わる。
「何だ?」
「ドラン軍から使者が参りました」
「ドラン軍から?」
「はい。国境付近に残る帝国軍の指揮官からです」
「目的は?」
「一時停戦を求めています」
「……」
「さらに」
使者が一度言葉を止める。
「第十三皇子ジェリドの遺体の返還を求めています」
誰もすぐには口を開かなかった。
戦場での戦いは終わった。
でも今度は別の戦いが始まろうとしていた。
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