第169話 雷帝
「中央を下げろ!」
ヴァルディス侯爵の声が戦場に響いた。
「負傷者を後ろへ! 左の部隊は間を空けるな!」
「はっ!」
ドレイモンド領。
ドラン軍の侵攻を止めるため、サハル軍は必死に戦線を維持していた。
ドレイモンド公爵軍はすでに壊滅状態。
増援として到着したヴァルディス侯爵家をはじめとする各領の軍が、何とか穴を埋めている。
「はあっ!」
その前線を一人の少年が駆ける。
カイル・ヴァルディス。
《剣聖》のスキルを持つアレンの弟だ。
「ぐあっ!」
大剣がドラン兵を斬り伏せる。
すぐに次の兵士が来る。
「このっ!」
剣を弾き、踏み込む。
「がっ!」
「カイル様!」
「大丈夫!」
周囲の騎士たちも続く。
「押し返せ!」
「おおっ!」
一時的に前線が押し戻された。
だが。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
サハル兵たちの表情が変わる。
「……」
ドラン軍の中から一人の男が歩いてきた。
若い。
豪華な鎧。
周囲の兵士たちが自ら道を空けていく。
「ジェリド殿下!」
「殿下がお出になるぞ!」
ドラン帝国第十三皇子。
ジェリド。
「またか……」
ヴァルディス侯爵の表情が険しくなる。
ジェリドが片手を上げた。
バチッ。
青白い光が指先に走る。
バチバチバチッ!
「散開しろ!」
ヴァルディス侯爵が即座に叫ぶ。
「固まるな!」
ジェリドが笑った。
「もう遅い」
腕を振り下ろした。
ドオオオオオンッ!
「うわあああっ!」
巨大な雷が落ちる。
一発だけじゃない。
バリバリバリバリッ!
地面を無数の雷が走った。
「ぐあっ!」
「こっちにも来る!」
「離れろ!」
青白い雷が枝分かれしながら広がっていく。
右へ逃げた兵士たち。
その前へ。
ドオンッ!
「うわっ!」
落雷。
慌てて左へ動く。
今度は地面を雷が走った。
「駄目だ!」
「道を塞がれてる!」
右にも行けない。
左にも行けない。
兵士たちが一か所へ集められていく。
ジェリドがその様子を見る。
「そこだ」
指を向けた。
ドオオオオンッ!
「ぐああああっ!」
雷が兵士たちの真ん中へ落ちた。
「中央、後退!」
ヴァルディス侯爵が叫ぶ。
「雷の範囲から出ろ!」
「はい!」
ただ雷を落としているんじゃない。
雷を走らせ、逃げ道を塞ぎ、兵士を動かしている。
戦場そのものを支配していた。
「これが……」
一人の騎士が青ざめる。
「《雷帝》……」
ジェリドが次の雷を作る。
「つまらんな」
口元に笑みを浮かべた。
「ドレイモンドもこの程度だった」
「……!」
サハル兵たちが睨む。
「公爵だから少しくらい楽しめると思ったんだがな」
「貴様!」
カイルが大剣を握り直した。
「カイル!」
ヴァルディス侯爵が止める。
「出るな!」
「ですが!」
「奴の狙いに乗るな!」
「……っ」
ジェリドがカイルに気づく。
「何だ?」
目を細めた。
「少しは強そうなのがいるじゃないか」
「……」
「来いよ」
手招きする。
「俺を楽しませろ」
カイルが大剣を握る。
それでも前には出なかった。
自分だけなら戦えるかもしれない。
だが、後ろには大勢の兵がいる。
「……」
「来ないのか?」
ジェリドが鼻で笑った。
「臆病者か」
カイルの手に力が入る。
「挑発に乗るな!」
「……分かっています」
カイルが堪えた。
「ふん」
ジェリドが興味を失ったように前を見る。
「なら、まとめて消えろ」
再び手を上げる。
「殿下!」
側近が声を上げた。
「前には我が軍の兵もおります!」
「だから?」
「この範囲では味方まで巻き込みます!」
ジェリドが側近を見る。
「避ければいいだろ」
「……」
「俺の雷も避けられない奴が戦場にいて何の役に立つ?」
「殿下……」
「邪魔なら一緒に消えろ」
青白い光が一気に広がった。
「まずい!」
ヴァルディス侯爵が叫ぶ。
「全員、距離を取れ!」
次の瞬間。
バリバリバリバリバリッ!
何十本もの雷が地面を這った。
「うわああっ!」
「ぐっ!」
サハル兵だけじゃない。
「うわっ!」
「殿下!」
近くにいたドラン兵まで巻き込まれる。
ジェリドは見もしない。
雷が戦場を走り続ける。
「カイル!」
「はい!」
カイルが大剣を持ったまま跳ぶ。
一本目をかわす。
二本目。
「っ!」
身体を捻った。
すぐ横を雷が通り過ぎる。
着地。
その瞬間、頭上が光った。
「カイル!」
ドオオンッ!
「くっ!」
カイルが横へ飛ぶ。
雷が地面を抉った。
「……」
ジェリドが少しだけ目を見開く。
「三つとも避けたか」
「はあ……はあ……」
カイルが立ち上がる。
「へえ」
ジェリドが笑った。
「お前は少し遊べそうだな」
「……」
「だが」
ジェリドが手を上げる。
「いつまで避けられる?」
再び青白い光が集まる。
「全軍、下がれ!」
ヴァルディス侯爵が命令する。
「戦線を維持したまま後退!」
「はっ!」
ジェリド一人に前線を乱される。
そこへドラン軍が押し寄せてくる。
「進め!」
「サハルを押し潰せ!」
サハル軍がまた南へ押し下げられていった。
◇
「殿下!」
馬が駆けてきた。
「何だ?」
ジェリドは振り返りもしない。
「後方から急報です!」
「くだらない報告なら殺すぞ」
「ト、トンプソン大橋が!」
ジェリドの目が動いた。
「何?」
「トンプソン大橋がサハル軍に奪われました!」
「……」
初めてジェリドが振り返る。
「もう一度言え」
「補給部隊が襲撃を受け、大橋を奪われました!」
「誰にだ?」
「サハル軍です!」
「……サハル?」
「はい!」
ジェリドの眉が動く。
「どうして後ろにサハル軍がいる」
「分かりません!」
「数は?」
「橋を襲ったのは百騎ほど! その一部が橋に残り、残りがこちらへ南下しています!」
「百?」
ジェリドが笑った。
「たったそれだけか」
「ですが……」
「踏み潰せばいい」
「殿下」
「何だ!」
伝令が青ざめる。
「前方にもサハル軍が残っています」
「……」
「そして後方からも別のサハル軍が迫っています」
「だから何だ?」
「我々は……」
伝令が唾を飲み込んだ。
「挟み撃ちにされています」
「……」
ジェリドの笑みが消えた。
バチッ。
青白い光が身体の周囲に走る。
「殿下……」
バチバチバチッ!
近くにいた兵士たちが慌てて距離を取った。
「雑魚どもが……」
雷が地面へ落ちる。
バリバリッ!
「俺から逃げるしかできなかった雑魚どもが……」
ジェリドが拳を握った。
「調子に乗りやがって!」
ドオオオオオンッ!
巨大な雷が落ちた。
「うわっ!」
近くの兵士たちまでよろめく。
「殿下!」
「後ろの連中を潰す!」
「ですが、前方のサハル軍が――」
「黙れ!」
ジェリドが睨む。
「俺が決める」
「……はっ」
「百騎程度で、この俺を挟んだつもりか」
北を睨む。
「皆殺しにしてやる」
◇
ドオオオオオンッ!
「……!」
遠くに巨大な雷が落ちた。
ここまで地面が震える。
「何、あれ……」
フェリシアが呟く。
俺たちは高くなった場所から戦場を見ていた。
ジェリド軍。
その向こうにはサハル軍。
でも。
押されている。
また光った。
ドオンッ!
続いて何本もの雷が地面を走る。
「すごい……」
ルナも目を見開いた。
兵士たちが右へ逃げる。
そこへ落雷。
左へ動けば、今度は雷が地面を塞ぐ。
「ただ攻撃してるんじゃない」
フェリシアが言う。
「兵士を動かしてる……」
「うん」
戦場全部を使ってる。
「スコッティ公爵」
「何だ?」
「あれがジェリドですか?」
「おそらくな」
スコッティ公爵も険しい顔で戦場を見ている。
「《雷神》という極めて珍しいスキルの様だ」
「雷神?」
「ああ」
スコッティ公爵が頷いた。
「ジェリドのスキルだ」
もう一度、雷が落ちる。
「その圧倒的な力から、ドランでは《雷帝》と呼ばれている」
「雷帝……」
確かに。
そう呼ばれてもおかしくない。
「だが……」
スコッティ公爵が呟いた。
「どうしたんですか?」
「なぜだ?」
「え?」
「あれほどの力を持っているとはいえ、ジェリドは皇子だ」
スコッティ公爵がジェリド軍を見る。
「なぜ皇子自ら、こんな前線まで出てきた?」
「……」
「しかも、兵の後ろから指揮するだけではない。自分で戦っている」
確かに。
「普通じゃないんですか?」
「皇子を失えば、ただの敗戦では済まん」
スコッティ公爵が首を振る。
「ここまで危険な場所に皇族本人を出す理由が分からない」
「何かある……?」
「かもしれん」
分からない。
その時。
ドオオオンッ!
また雷。
「……」
前方のサハル兵たちが倒れる。
《魔力感知》。
敵軍の中に一つ。
他とは比べものにならない大きな魔力がある。
「……あいつだ」
「アレン?」
フェリシアが俺を見る。
あのまま好きにさせたら、また戦線が崩れる。
また大勢が死ぬ。
竜爪剣を握る。
「あいつは……」
雷に包まれたジェリドを見据えた。
「ここで止めなきゃ」
【保有:70,365P】
【累計獲得P:520,575P】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




