第168話 補給路を断て
「全軍で北へ向かうわけにはいかない」
バスクを討ったあと、ベルガント伯爵が地図を見ながら言った。
「なぜですか?」
俺が聞く。
「ここを空にすれば、今度はこちらが危ない」
ベルガント伯爵の指がセイル大橋へ置かれる。
「バスクは討った。だが、ドラン帝国の軍がすべてなくなったわけではない」
「別の軍が来る可能性があるということか」
スコッティ公爵が言った。
「ええ。我々が全軍で北へ向かい、ジェリドと戦っている間にセイル川を渡られたら、今度はこちらが背後を取られます」
「……確かに」
せっかくバスクを倒したのに西を空にして、また攻め込まれたら意味がない。
「では、どうする?」
スコッティ公爵が聞く。
「少数で行きましょう」
「少数?」
「速さを優先します」
ベルガント伯爵が地図の西側を北へ指でなぞる。
「ジェリド軍はサハル領内へ深く入り込んでいる。補給路もかなり伸びているはずです」
そして北にある橋を指した。
「ここ」
「トンプソン大橋か」
「ええ」
スコッティ公爵が俺を見る。
「ドラン側とドレイモンド領を結ぶ大きな橋だ」
「そこを押さえるんですね」
「そういうことだ」
ベルガント伯爵が頷く。
「トンプソン大橋を押さえれば、ジェリド軍への補給を止められる」
「何人連れていく?」
「百騎程度で十分でしょう」
「百騎?」
「多すぎれば動きが遅くなる。少なすぎれば橋を押さえられない」
ベルガント伯爵が周囲を見る。
「スコッティ公爵直属の精鋭。それに王国騎士団の精鋭を合わせて百騎」
そして俺たちを見る。
「アレン、フェリシア、ルナも同行してもらいたい」
「はい」
「分かりました」
「うん」
「私は残ろう」
ベルガント伯爵が言った。
「ここに?」
「ああ。ドランからの反撃もあるだろう。セイル側を空にするわけにはいかん」
クロードさんも腕を組む。
「なら、俺も残る」
「クロードさんも?」
「ああ」
少し笑う。
「向こうに強い奴が来た時、ベルガント伯爵だけじゃ困るだろ」
「それはそうですね」
「おい」
ベルガント伯爵が少しだけ眉を動かす。
クロードさんが笑った。
「冗談だ」
「まったく……」
スコッティ公爵が立ち上がる。
「決まりだな」
「ああ」
「百騎を選べ。準備ができ次第、北へ向かう」
「はい!」
◇
「テリー」
「ワフ!」
出発前にテリーたちのところへ寄った。
母親のフェンリルはまだ動くのがやっとといった感じだ。
「まだ休んでてね」
「グル……」
テリーは母親の顔のすぐそば。
ステフもその隣にいる。
「キュ!」
「二人とも、お願いね」
「ワフ!」
「キュ!」
今回は連れていかない。
母親のそばにいた方がいい。
「じゃあ、行ってくる」
「ワフ!」
テリーが一度鳴いた。
◇
百騎が北へ向かった。
先頭にはスコッティ公爵。
その近くを俺たちが走る。
後ろには精鋭の騎士たち。
大軍じゃない。
だから速い。
休憩も最低限。
馬を休ませながら、とにかく北へ進む。
「この速度なら、かなり早く着けそうですね」
「ああ」
スコッティ公爵が答える。
道を進む。
周囲に大きな軍はいない。
ジェリド軍が東へ進んだことで、西側はかなり薄くなっているみたいだ。
「本当に入り込んでるんですね」
「ジェリドは勝ち続けているらしい」
「だから前へ?」
「ああ」
スコッティ公爵が前を見る。
「勝てば勝つほど進みたくなる。だが、軍は本人だけで動いているわけではない」
「補給……」
「そうだ」
食べ物。
矢。
武器。
薬。
全部、西から運ばないといけない。
ジェリドが東へ行けば行くほど、その距離は伸びる。
「見えてきたぞ」
誰かが声を上げた。
前方。
大きな川。
そして。
「あれが……」
「トンプソン大橋だ」
かなり大きい。
川の西と東を一本の橋が繋いでいる。
「止まれ」
スコッティ公爵が手を上げた。
少し高くなった場所から橋を見る。
「……いた」
思わず声が出た。
橋の周辺に人がいる。
かなり多い。
でも軍隊という感じじゃない。
「荷馬車……」
何台も並んでいる。
その後ろにも。
さらにその後ろにも。
食料らしい袋。
木箱。
武器。
矢。
「やはりな」
スコッティ公爵が呟く。
「補給部隊ですか」
「ああ」
ジェリド軍へ送る物資だ。
橋を渡った先。
東側の街道にも荷馬車が続いている。
「長いですね……」
「それだけジェリドが前へ出ているということだ」
スコッティ公爵が笑う。
「ベルガントの読み通りだな」
「どうします?」
「当然」
剣を抜く。
「橋を奪う」
「はい!」
百騎が一斉に動き出した。
◇
「ん?」
橋の近くにいたドラン兵がこちらを見る。
「何だ?」
こちらへ向かってくる騎馬隊。
「……サハル?」
兵士の顔色が変わった。
「サハル軍だ!」
「何!?」
「どうしてこっちから来る!」
一気に騒ぎになる。
「護衛兵! 前へ!」
「荷馬車を止めろ!」
「敵だ!」
でも。
もう遅い。
「行きます!」
馬を走らせる。
「アレン!」
「はい!」
先頭へ出る。
正面に兵士。
「止めろ!」
槍を構える。
馬から飛び降りた。
「なっ!?」
着地と同時に踏み込む。
「はっ!」
竜爪剣を振るう。
「ぐあっ!」
【人間討伐を確認しました】
【70P獲得】
次。
【65P獲得】
「こいつ、アレン・ヴァルディスだ!」
「何でここに!」
「囲め!」
兵士が集まってくる。
でも、数は多くない。
前線の兵とは違う。
補給部隊を守る兵だ。
「橋を押さえます!」
「行け!」
スコッティ公爵の声。
さらに前へ。
【75P獲得】
【60P獲得】
一人。
また一人。
道を開ける。
「魔法士!」
奥で杖が上がった。
「撃て!」
「フェリシア!」
「うん!」
「《魔弾》!」
光が飛ぶ。
向こうの火球とぶつかった。
ドンッ!
「何っ!?」
そのまま別の魔弾が兵士たちの足元へ飛ぶ。
「うわっ!」
「散れ!」
陣形が崩れた。
「今です!」
騎士たちが突っ込む。
「おおおおおっ!」
スコッティ公爵直属の騎士たちが一気に敵を押していく。
「伝令!」
一人のドラン兵が馬へ向かって走った。
「ジェリド殿下に知らせろ!」
「あ」
ルナが気づく。
「逃げる」
弓を構える。
矢をつがえる。
放す。
ヒュッ!
「ぐっ!」
伝令が倒れた。
「もう一人!」
別の兵士が馬へ乗ろうとする。
ヒュッ!
「がっ!」
また倒れる。
「伝令を出すな!」
ドラン兵が叫ぶ。
「報告しろ!」
今度は徒歩で走ろうとする。
「そこ」
ヒュッ!
ルナの矢。
倒れる。
「すごい……」
「感心してる場合じゃないぞ!」
「はい!」
さらに進む。
橋の前。
護衛兵が最後の列を作っていた。
「絶対に通すな!」
「ここを抜かれたら補給が止まるぞ!」
「だから抜きます!」
地面を蹴る。
「はあっ!」
一人。
【95P獲得】
もう一人。
【80P獲得】
左右から騎士たちも入る。
「押せ!」
「橋を取れ!」
敵が崩れた。
「下がれ!」
「逃げろ!」
ドラン兵たちが次々と橋から離れていく。
「追うな!」
スコッティ公爵が叫ぶ。
「目的は橋だ!」
「はい!」
騎士たちが止まる。
「荷馬車も燃やすな!」
「え?」
「全部使える物資だ。確保しろ!」
「はっ!」
なるほど。
食料も。
武器も。
矢も。
燃やす必要はない。
「橋の両側を押さえろ!」
「はい!」
騎士たちが動く。
少しして。
「確保しました!」
声が上がった。
「トンプソン大橋、確保!」
「おおおおおっ!」
騎士たちが声を上げる。
「これで……」
橋を見る。
「ジェリドへの補給が止まる」
「ああ」
スコッティ公爵が頷いた。
「まず一つ目は成功だ」
◇
トンプソン大橋を渡る。
ドラン側からドレイモンド領へ。
「ここからはサハル側ですね」
「ああ」
橋を渡り切る。
スコッティ公爵が南を見る。
「ジェリド軍はこの先だ」
「近いんですか?」
「報告が正しければ、それほど遠くない」
「行きましょう」
「待て」
スコッティ公爵が周囲を見る。
「橋には兵を残す」
「そうですね」
奪ったのに全員で離れたら意味がない。
「三十騎残れ!」
「はっ!」
「荷馬車と橋を守れ。西から来る敵にも備えろ」
「承知しました!」
残る兵を決める。
俺たちは残りの騎士と南へ向かった。
◇
しばらく進む。
ドレイモンド領。
ところどころに戦った跡が残っている。
壊れた荷車。
踏み荒らされた道。
捨てられた武器。
「……ひどいな」
誰かが呟いた。
さらに南へ。
「止まれ」
スコッティ公爵が手を上げた。
前方。
少し高い場所。
馬をゆっくり進める。
「……」
丘の向こうを見る。
「いた」
俺も見えた。
大量の兵士。
旗。
いくつもの天幕。
「ドラン軍……」
「ああ」
スコッティ公爵の表情が険しくなる。
「あれがジェリドの軍だ」
「……」
かなり多い。
俺たちは七十騎ほど。
向こうとは比べものにならない。
その時。
「……?」
《魔力感知》。
何かいる。
「どうしたの?」
フェリシアが聞く。
「すごい魔力が……」
「魔力?」
「うん」
敵軍の中。
一つだけ。
明らかに違う。
「多分……」
目を凝らす。
「あそこにいます」
「誰が?」
スコッティ公爵を見る。
「ジェリド皇子です」
誰も声を出さなかった。
俺は遠くのドラン軍を見つめた。
【保有:70,365P】
【累計獲得P:520,575P】
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