第165話 バスクを討て
「北へ向かうべきです」
北部からの報告が終わると、王国騎士団の一人が口を開いた。
「ドレイモンド公爵軍が壊滅したのであれば、一刻を争います」
「私も同意見です。このままでは北部がさらに崩されます」
天幕の中央には地図が広げられている。
ドレイモンド公爵は討ち取られた可能性が高い。
父上たちヴァルディス侯爵家の軍も、増援として北へ入っている。
俺だって今すぐ向かいたい。
「だが、我々がここを離れればどうなる?」
スコッティ公爵が言った。
騎士たちが黙る。
「……バスクですか」
「ああ」
スコッティ公爵がセイル川の西側を指した。
「今日、奴らを川の向こうまで押し返した。だが、バスク軍はまだ残っている」
俺たちが北へ向かったあと、再びセイル大橋を渡られたら。
今度は背後を取られる。
「難しいですね……」
「戦争とはそういうものだ」
スコッティ公爵が地図を見る。
「守るべき場所が一つとは限らん」
ベルガント伯爵が口を開いた。
「北へ行くこと自体には私も賛成です」
「では?」
「だからこそ、その前に西を片づけましょう」
ベルガント伯爵の指がセイル大橋へ置かれた。
「明朝、橋を渡る」
「バスク軍を攻撃するのですか?」
王国騎士が質問する。
「ああ」
ベルガント伯爵が頷く。
「バスク軍は今日敗れたばかりだ。兵は疲れている。部隊の立て直しも終わっていないだろう」
確かに。
俺たちだって疲れてる。
向こうも同じはずだ。
「時間を与えれば、バスクは再び軍を整える。そうなれば西を放置して北へ向かうことはできん」
ベルガント伯爵の指が橋の西側へ動いた。
「だから明日、バスクを叩く」
スコッティ公爵がベルガント伯爵を見る。
「その後に北へ向かうのか?」
「少し違います」
「違う?」
ベルガント伯爵の指が、セイル川の西側を北へ進んでいく。
「バスクを討った後、そのまま西側を北上します」
「ドラン側を?」
「ええ」
そして。
指がジェリド皇子の軍の後方で止まった。
「狙うのはここです」
「……?」
「ジェリド軍の補給路です」
天幕が静かになった。
「報告を聞く限り、ジェリド皇子本人は異常に強い。ドレイモンド公爵軍を壊滅させた相手に、今すぐ正面からぶつかる必要はありません」
「では、戦わない?」
「いえ。戦う場所をこちらで決めましょう」
ベルガント伯爵がジェリド軍を指した。
「ジェリドはサハル領内へ深く入り込んでいます」
そこからドラン側へ指を戻していく。
「どれだけジェリド本人が強くても、軍全体が食事なしで戦えるわけではない。矢も武器も必要になる」
「あ……」
「我々が北上して補給路を断つ」
スコッティ公爵が地図を見つめる。
「そうなればジェリドは……」
「侵攻を続ければ補給を失います」
ベルガント伯爵が答える。
「ならば、補給路を取り戻すために西へ戻らざるを得ない」
「こちらへ来るということか」
「はい」
その時、気づいた。
「そうなったら……」
北を見る。
「父上たちが後ろから追える」
ベルガント伯爵が俺を見る。
「そういうことだ」
俺たちが前。
父上たち北部の軍が後ろ。
「挟み撃ち……」
「ああ」
ジェリドが強いなら、無理にこちらから正面へぶつかる必要はない。
こちらを向かせる。
「ジェリドを追う必要はない」
ベルガント伯爵が言った。
「ジェリドにこちらを狙わせる」
「なるほど……」
スコッティ公爵がしばらく地図を見つめた。
「悪くない」
「ただし」
ベルガント伯爵の声が低くなる。
「この作戦を成立させるには条件がある」
「条件?」
「バスクだ」
ベルガント伯爵がセイル川西岸を指す。
「奴を残したまま北上するわけにはいかん」
「……」
「軍を散らして逃げられても困る。後方から再び集められれば、こちらがジェリドと戦っている間に背中を突かれる」
「つまり……」
「早く討つ必要がある」
ベルガント伯爵が言い切った。
「明日の戦いでバスクを討つ」
天幕の空気が変わる。
「軍を崩すのは我々がやる。スコッティ公爵もいる。王国騎士団もいる」
そして。
ベルガント伯爵が俺を見た。
「アレン」
「はい」
「お前に頼みたい」
「俺に?」
「ああ」
真っ直ぐ俺を見る。
「バスクを討ち取ってくれ」
「……」
バスクを。
「今日の戦いで、お前が敵の中央を突破したと何人もの兵から聞いた。逃げるバスクを追い、本陣まで届く可能性が最も高いのはお前だ」
バスクを倒せば西からの脅威がなくなる。
そのあと北へ向かえる。
父上たちのところへ。
「分かりました」
「引き受けてくれるか?」
「はい」
迷う必要はない。
「俺がバスクを倒します」
ベルガント伯爵が頷いた。
「頼んだぞ」
「はい!」
◇
軍議が終わる頃には、すっかり夜も更けていた。
用意してもらった天幕へ向かう前に、テリーたちのところへ寄る。
「テリー」
「ワフ」
母親のフェンリルは、まだ横になったままだった。
目は開いている。
もう赤くはない。
でも、起き上がろうとはしなかった。
長く拘束された上に、薬で無理やり暴れさせられたんだ。
まだ身体が回復していないんだろう。
「大丈夫そう?」
「ワフ」
テリーは母親の顔のすぐそばにいる。
ステフもその隣に座っていた。
「キュ」
「二人とも、テリーのお母さんのそばにいてあげて」
「ワフ!」
「キュ!」
フェンリルがゆっくり顔を動かす。
テリーの頭を一度だけ舐めた。
「……よかった」
明日はまた戦いだ。
でも、テリーとステフまで連れていく必要はない。
「じゃあ、また明日」
「ワフ!」
「キュ!」
二人を残し、天幕へ戻った。
◇
「……」
暗い。
何も見えない。
少し先に誰かが立っていた。
「……」
男。
知っている。
今日、俺が斬った。
【55P獲得】
「……っ」
その後ろから、もう一人現れる。
【60P獲得】
さらに一人。
【80P獲得】
全員、何も言わない。
ただ俺を見ていた。
「……」
一人。
また一人。
どんどん増える。
【65P獲得】
【50P獲得】
【75P獲得】
「やめろ……」
誰も止まらない。
今日殺した人、それより前に殺した人が俺を囲む。
「何人……」
何人殺した?
分からない。
「俺が……」
殺した人間の数。
「……っ!」
目が覚めた。
「はあ……はあ……」
暗い天幕。
身体中に汗をかいていた。
「夢……」
息を整える。
外はまだ暗い。
横になって目を閉じた。
でも、眠れない。
さっきの顔が浮かぶ。
「……」
しばらくして少し眠った。
また目が覚めた。
そんなことを何度か繰り返した。
◇
外が明るくなり始めた。
「……眠い」
ほとんど眠れなかった。
身体も重い。
今日はバスクを討たなきゃいけない。
このままじゃ駄目だ。
「《全回復》」
500Pを使う。
身体が一気に軽くなった。
「おお……」
眠気もなくなる。
昨日受けた傷も消えた。
腕を動かす。
問題ない。
「……」
でも、夢で見た顔は覚えている。
身体は治った。
さっきまでの疲れもない。
それでも、人を殺したことまで消えるわけじゃない。
「……当然か」
少しだけ息を吐く。
今日はまた戦う。
正直、怖い。
それでもバスクを止めなきゃいけない。
そうしなければ北へ行けない。
父上たちのところへも。
「よし」
立ち上がった。
◇
朝。
セイル川。
昨日とは立場が逆だった。
大橋の東側にはサハル軍。
西側にはドラン軍。
橋の向こうには盾を持った兵士たちが並んでいる。
その後ろには弓兵。
魔法士の姿もあった。
「簡単には渡らせてくれないみたいですね」
「ああ」
クロードさんが答える。
フェリシアも杖を握っている。
ルナは弓を背負っていた。
テリーとステフはいない。
二人とも母親のそばに残っている。
「アレン」
振り返る。
ベルガント伯爵だ。
「昨日の話は覚えているな?」
「はい」
「まず我々が橋を突破する」
ベルガント伯爵が西岸を見る。
「その後はバスクを狙え」
「分かりました」
「この作戦は、奴をここで討てるかどうかにかかっている」
「はい」
ベルガント伯爵と目を合わせる。
「必ず討ちます」
「頼んだ」
スコッティ公爵が馬を前へ出した。
「全軍!」
兵士たちが静かになる。
「今日の目的はドランの領土を奪うことではない!」
剣を抜く。
「バスク軍を撃破し、西からの脅威を取り除く!」
「おおおおおおっ!」
「そして北へ向かう!」
「おおおおおおおおっ!」
俺も竜爪剣を抜いた。
橋の向こうを見る。
バスク。
昨日は逃がしたが今日は逃がさない。
「アレン」
クロードさんが隣に立つ。
「行くぞ」
「はい!」
スコッティ公爵が剣を振り下ろした。
「進め!」
「おおおおおおおおっ!」
サハル軍が動き出す。
俺もセイル大橋へ向かって走った。
【保有:44,000P】
【累計獲得P:494,210P】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




