第160話 殺さずに
土煙の向こうから魔物が飛び出してくる。
一体、二体。その後ろにもいる。
「グオオオオッ!」
「ギャアアアッ!」
狼型、熊のような大型種、オーガ、巨大な蜥蜴。
種類はばらばらなのに、どれも様子がおかしい。
目は赤く、口から泡を吹いている。身体に傷があっても止まらない。
「アレン!」
フェリシアが叫ぶ。
「来るよ!」
「うん!」
狼型の魔物が一直線に向かってきた。
「グルアアアッ!」
一歩ずれてかわし、竜爪剣を振るおうとして手が止まった。
「……」
この目。
セルヴァンで見た、薬を打たれて理性を失った従魔と同じだ。
「まさか……」
「アレン?」
狼型の魔物が方向を変え、もう一度飛びかかってくる。
斬ることはできる。
だけど、こいつも誰かの従魔だったとしたら?
「うわあああっ!」
「っ!」
少し離れた場所で、熊型の魔物がサハル兵を吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
兵士が地面を転がる。
「囲め!」
「仕留めろ!」
周囲の兵士たちが槍を向ける。
「待って!」
俺の声は届かない。
「突け!」
何本もの槍が一斉に突き出された。
「グオオッ!」
魔物が暴れ、前脚で兵士を薙ぎ払う。
「ぐっ!」
「こいつ!」
騎士が剣を振り下ろし、魔物が倒れた。
その向こうでも悲鳴が上がる。
「ぎゃあああっ!」
「助けろ!」
「こっちにもいるぞ!」
魔物に襲われた兵士が倒れ、別の場所では兵士の剣や槍によって魔物が倒されていく。
「アレン!」
クロードさんが駆けてきた。
向かってきたオーガの棍棒をかわし、剣を構える。
「クロードさん、待ってください!」
「何だ!?」
「そいつら、薬を使われてるかもしれません!」
「薬?」
「セルヴァンで見ました。薬を打たれて、従魔が理性を失ってたんです」
クロードさんがオーガを見る。
「こいつらも同じなのか?」
「分かりません。でも、誰かの従魔だったかもしれません」
「……」
クロードさんが周囲を見る。
また一人、兵士が魔物に襲われている。
「だが、このままにはできんぞ」
「はい」
竜爪剣を見て、その鞘へ目を移した。
「殺さずに止めます」
「どうやって?」
竜爪剣を左手に持ち替え、右手で鞘を握る。
「これで」
「……鞘で?」
「はい」
狼型の魔物が牙を剥いて飛びかかってきた。
直前で身体をずらし、すれ違いざまに鞘を振るう。
ゴッ!
「ギャッ!」
鞘が側頭部に当たり、魔物が地面を転がった。
動かない。
息はしている。
「よし」
「本当にやるのか……」
今度は熊型の魔物が来る。
「グオオオッ!」
巨大な前脚が振り下ろされた。
懐へ入り、顎へ鞘を叩き込む。
ドンッ!
「グッ!」
頭が跳ね上がる。
まだ倒れない。
もう一発。
ゴッ!
巨体が横倒しになった。
「次!」
オーガが棍棒を振り下ろす。
横へかわし、まず膝へ鞘を叩き込んだ。
「グッ!」
体勢が崩れたところで顎へ。
ゴンッ!
オーガが倒れる。
「……」
クロードさんが俺を見る。
「どうしました?」
「いや」
次の魔物が来た。
一体、二体、三体。
「グルアアッ!」
右から来た狼型をかわす。
ゴッ!
後ろから来た一体へ振り返る。
ゴンッ!
正面から来た蜥蜴型の頭上を飛び越え、着地と同時に振り返った。
ゴッ!
三体とも倒れる。
「すご……」
近くにいたサハル兵が呟いた。
「全部、鞘で倒してるぞ」
まだ来る。
それでも、この程度なら止められる。
「アレン!」
フェリシアの声。
左を見ると、兵士が魔物に追われていた。
「分かった!」
一気に距離を詰める。
「グオオッ!」
兵士へ牙が届く直前、横から鞘を叩き込んだ。
ゴッ!
魔物が地面を転がる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ!」
「下がって!」
「分かった!」
さらに次の魔物へ向かう。
狼型。
オーガ。
熊型。
何体来ても攻撃は見える。《魔力感知》もある。
鞘を振るうたび、魔物が次々と倒れていった。
「うわあああっ!」
遠くから悲鳴が聞こえた。
北側では兵士が魔物に押し倒されている。
「仕留めろ!」
王国騎士団の槍が魔物を貫いた。
さらに向こうでは大型の魔物が兵士へ体当たりする。
「ぐあっ!」
兵士が吹き飛ばされる。
「このっ!」
騎士の剣が振られ、魔物が倒れた。
俺の近くなら止められる。それでも広い戦場のすべてには手が届かない。
「アレン!」
「はい!」
また悲鳴が聞こえた。
すぐに走る。
◇
「将軍!」
騎馬が駆けてくる。
バスク将軍が振り返った。
「どうした?」
「魔物が次々と倒されています!」
「何?」
「サハル側にも損害は出ています。しかし戦線を崩すまでには至っておりません!」
バスク将軍の表情が変わる。
「百体放ったんだぞ」
「はい」
「中央は?」
「アレンとクロードがいます。王国騎士団も魔物への対応を始めています」
「……」
「このままでは、魔物も全て倒されます」
バスク将軍は東を見た。
しばらく黙ったあと、口を開く。
「やつを出せ!」
「え?」
男が顔を上げる。
「将軍、まさか……」
「あいつを出せと言ってるんだ!」
「しかし、あれは――」
「命令だ!」
「……はっ!」
◇
前線よりさらに後方。
先ほど百体の魔物が置かれていた場所よりも奥に、一つだけ巨大な檻があった。
他の檻とは大きさがまるで違う。
太い鉄格子。
何重にも巻かれた鎖。
檻全体は厚い布で覆われている。
「命令だ!」
一人の兵士が走ってきた。
「こいつを出す!」
「本当に?」
「将軍の命令だ!」
周囲の兵士たちが動き出す。
「薬を用意しろ!」
「はい!」
檻の中へ薬が打たれる。
しばらく何も起こらない。
「……効いてるのか?」
ギシッ。
「ん?」
鉄格子が鳴った。
中で何かが動く。
ガンッ!
巨大な檻が揺れた。
「おお……」
もう一度。
ガァンッ!
地面まで震える。
「鎖を外せ!」
「はい!」
兵士たちが次々と鎖を外していく。
一本。
二本。
三本。
その時。
「グオオオオオオオオオッ!!」
凄まじい咆哮が響き、周囲の空気まで震えた。
◇
「……!」
身体が止まった。
「アレン?」
クロードさんが俺を見る。
《魔力感知》。
西に何かいる。
「何だ、これ……」
一つしかいない。
それなのに、今までの魔物とは感じる魔力が全然違う。
「アレン?」
「クロードさん」
「何だ?」
西を見る。
「ヤバいのが来ます」
「……どのくらいだ?」
「分かりません。でも、ものすごく強いです」
しかも、こっちへ近づいてくる。
◇
「……ワフ?」
後方の森。
高い木の上でルナが弓を構えていた。
同じ木の太い枝にはテリー。
その少し上にはステフがいる。
「キュ」
突然、テリーの耳が立った。
「ワフ?」
「どうしたの?」
ルナが見る。
テリーは西を向いたまま動かない。
「テリー?」
「……クゥン」
「え?」
テリーが立ち上がり、枝の先へ進む。
「危ないよ」
返事はない。
下の枝へ飛び移った。
「テリー!」
さらに下へ。
また下へ。
どんどん木を降りていく。
「待って!」
ルナが弓を背負い、急いで後を追う。
地面へ降りたテリーは、そのまま西へ走り出した。
「テリー!」
ルナも木を降りて追いかける。
「キュッ!」
ステフもその後ろを追いかけた。
◇
「下がれ!」
帝国兵の声が響いた。
「左右へ!」
「道を空けろ!」
「……?」
目の前の帝国兵たちが突然動き始めた。
右へ。
左へ。
俺たちから距離を取っていく。
「何だ?」
クロードさんが剣を構える。
さっきまで帝国兵がいた中央に、大きな隙間ができた。
その奥に土煙が見える。
ドン。
ドン。
一歩ごとに地面が響く。
「来る」
土煙の中に白いものが見えた。
「何だ、あれ……」
最初に現れたのは、大きな前脚。
白い毛。
地面へ食い込む巨大な爪。
続いて巨大な頭が姿を現す。
狼。
でも、大きさが異常だ。
「でかい……」
今まで見た狼型の魔物とは比べものにならない。
巨大な白い狼が土煙の中からゆっくり姿を現した。
赤く染まった目。
荒い息。
全身から感じる異常な魔力。
「グオオオオオオオッ!!」
咆哮が戦場に響く。
クロードさんが目を見開いた。
「……まさか」
「クロードさん?」
巨大な白い狼から目を離さないまま、クロードさんが呟いた。
「あれは……フェンリルか?」
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