第154話 スコッティ公爵
ベルガント伯爵軍の陣へ向かう。
近づくほど、人が増えていった。
騎士。
冒険者。
荷車。
負傷兵。
食料や武器を積んだ馬車が西へ向かい、反対側からは怪我をした兵士たちが次々と運ばれてくる。
「……すごい」
ルナが周囲を見る。
「前に来た時より増えてるね」
フェリシアも言う。
「ああ」
天幕も増えていた。
騎馬の伝令が何度も行き来している。
治療を受ける兵。
荷物を運ぶ人。
武器を確認する騎士。
あちこちから怒鳴り声が聞こえる。
「戦線が広がってるからな」
クロードさんが言った。
「西だけじゃないんですよね」
「ああ。北からも帝国軍が入ってきている」
対応しなければならない場所が増えている。
「行くぞ」
クロードさんについて陣の奥へ進んだ。
◇
「伯爵閣下。《銀狼》が戻りました」
「入れ」
大きな天幕へ入る。
ベルガント伯爵がいた。
鎧を着たまま、大きな地図を見ている。
「北側の補給は?」
「予定より遅れています」
「荷車を二台回せ。西側は今ある分で持たせろ」
「はい!」
「負傷者は?」
「今朝からさらに増えています」
「治療師が足りなければベルガントから呼べ。冒険者ギルドにも頼め」
「分かりました!」
兵士が出ていく。
入れ替わるように別の伝令が入ってきた。
「グレンツ伯爵軍からです!」
「何だ」
「西側で帝国軍の動きが活発になっています」
「分かった。こちらの騎兵を二隊回す」
「はい!」
伝令が走っていく。
ベルガント伯爵がようやく俺たちを見る。
「戻ったか」
「ああ」
クロードさんが前へ出る。
「リーベ村の住民は救出した」
「そうか」
「その後、東へ向かう途中でも帝国軍と交戦した」
クロードさんが説明する。
街道沿いの集落。
逃げる住民を追っていた帝国兵。
北側から南下してきた部隊。
「数は?」
「百五十以上」
伯爵の表情が険しくなる。
「それを?」
「ほぼ壊滅させた」
「お前たちだけでか?」
「アレンが百人ほど倒した」
「……」
ベルガント伯爵が俺を見る。
「百人?」
「はい」
「一人でか」
「ほとんどは」
「……そうか」
少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに地図へ視線を戻す。
「北から来たというのは確かか?」
「ああ」
クロードさんが地図の北側を指した。
「少なくとも、俺たちが戦った連中はこっちから入ってきていた」
「やはりな」
「何か分かったのか?」
「ああ」
ベルガント伯爵が地図の北を見る。
「ドレイモンド公爵軍が壊滅した」
「……」
クロードさんの顔が変わった。
「確かな情報か?」
「生き残った騎士から報告が入った」
地図にはスコッティ領と、その北にあるドレイモンド公爵領が描かれている。
「帝国軍は北側からドレイモンド領へ侵入した」
伯爵の指が南へ動く。
「公爵軍を破り、そのまま南下している」
「スコッティ領へ?」
「ああ」
さらに指が東へ動く。
「その先はベルガントだ」
「……」
フェリシアが地図を見る。
「西からだけじゃないんだ」
「そうだ。西からスコッティ領へ入った帝国軍とは別に、北からドレイモンド領を突破してきた部隊がいる」
「スコッティ領が挟まれてる?」
ルナが聞く。
「結果的にはそうなっている」
伯爵が地図を見る。
「スコッティ軍は各地で分断された」
帝国軍。
ベルガント軍。
グレンツ軍。
そして各地に散ったスコッティ軍。
想像していたより、かなり悪い。
「だが、悪い話ばかりではない」
ベルガント伯爵が言った。
「?」
「王都からの援軍が、すでにこちらへ向かっている」
「援軍が?」
「ああ。さらに他領からも兵が来る」
伯爵が地図の東側を指す。
「王都からの部隊が先行している。他の領主たちも兵を出した」
「いつ頃着くんですか?」
「早い部隊なら二、三日だ」
「二、三日……」
「ああ。援軍が着けば、こちらも態勢を立て直せる」
ベルガント伯爵の指が今度は西へ動く。
「問題は、それまでだ」
「……」
「帝国軍も援軍が来ることは分かっているだろう」
フェリシアが地図を見る。
「だから、その前にベルガントまで進もうとしてる?」
「その可能性は高い」
あと二、三日。
それまで、ここを守らなければならない。
地図を見ていて、一つ気になった。
「スコッティ公爵は?」
ベルガント伯爵の指が止まった。
「……」
クロードさんも伯爵を見る。
「そういえば、公爵は今どこにいるんですか?」
「分からん」
「分からない?」
「ああ」
「最後に確認されたのは?」
「ここだ」
ベルガント伯爵が地図の西側を指した。
スコッティ領西部、セイル大橋。
帝国軍がサハルへ侵攻するなら大軍を送り込めるここから来る。
「帝国軍が一気に攻勢を強める前までは、ここにいた」
「その後は?」
「連絡が途絶えた」
「伝令は?」
「送った」
「戻ってない?」
「一人もな」
「……」
スコッティ公爵軍は壊滅状態。
さらに公爵本人も消息不明。
「生きている可能性は?」
「十分ある」
伯爵が答える。
「軍は崩れたが、兵が全滅したわけではない」
地図の各所を指す。
「生き残った兵は、いくつもの小さな集団になっている」
「スコッティ公爵が生きていたら」
「まとめられる」
伯爵がすぐに答える。
「公爵自身が生きていると分かれば、それだけでも残存兵の士気は変わる」
「……」
「逆に、消息不明のままではこちらも作戦を立てにくい」
だから安否確認が必要。
その時、ベルガント伯爵が俺を見た。
「アレン」
「はい」
「お前に頼みたいことがある」
「俺に?」
「ああ」
地図にある、スコッティ公爵が最後に確認された場所を指す。
「スコッティ公爵を探してくれ」
「……」
「安否を確認する。生きていれば、できる限りこちらへ連れてきてほしい」
「分かりました」
「できるか?」
「やります」
迷う必要はない。
「俺たちも行く」
クロードさんが言った。
しかし、ベルガント伯爵は首を振る。
「いや」
「なぜだ?」
「《銀狼》には、引き続き避難民の護衛を頼みたい」
「……」
「北から入った部隊が、さっきの一隊だけとは限らん」
確かに。
ドレイモンド公爵軍を壊滅させたほどの帝国軍が、一部隊だけのはずがない。
「東への避難路を守る人間が必要だ」
クロードさんがしばらく地図を見る。
「分かった」
そして俺を見る。
「頼んだぞ」
「はい」
ベルガント伯爵が別の地図を取り出した。
「これを持っていけ」
「いいんですか?」
「ああ」
受け取る。
帝国軍が入り込んでいる地域が書かれている。
「騎士団を送れば目立つ。それに、今はこちらも兵を大きく割けない」
「だから俺たちなんですね」
「ああ」
俺。
フェリシア。
ルナ。
三人。
「少人数で動ける。そして百人規模の帝国兵と遭遇しても突破できる」
「……」
「今は、それだけの力が必要だ」
「分かりました」
地図を握る。
「援軍は、本当に二、三日で?」
「ああ。早い部隊ならな。それまで何としても持たせる」
即答だった。
「そのためにも、一人でも多く残さなければならん」
兵。
騎士。
冒険者。
そして領民も。
「はい」
頷く。
「すぐ出ます」
「ああ」
◇
天幕を出て地図を開く。
西。
スコッティ公爵が最後に確認された場所。
ここから先は、今まで以上に帝国軍が多いはずだ。
「かなり奥だね」
フェリシアが言う。
「うん」
「危なそう」
ルナも地図を見る。
「多分ね」
「ワフッ!」
「キュ!」
テリーとステフもいる。
地図を閉じる。
スコッティ公爵が生きているのか、どこにいるのかはまだ分からない。
探すしかない。
「行こう」
「うん」
「うん」
俺たちはスコッティ公爵を探すため、さらに西へ向かった。
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