第141話 二つの卵
ブランカを出る前。
ベイルン家の屋敷で、バルド様に呼び止められた。
「そうだ。これも持っていけ」
「これ?」
部屋の隅を見る。
そこには、大きな木箱が二つ置かれていた。
中には。
グリーンドラゴンから預かった二つの卵。
「持っていくんですか?」
「ああ」
バルド様が頷く。
「元々、お前たちが直接託されたものだからな。ここで預かったのは一時的なものだ」
「でも、旅で運んでも大丈夫ですか?」
「そのために箱を作らせた」
近づいて見る。
木箱の中には柔らかい布が何重にも敷かれている。
卵が動かないように固定されていた。
「温度が下がりすぎないようにもしてあります」
クリスさんが言う。
「定期的に状態を確認してください」
「分かりました」
「馬車もあるしな!」
ガイルが箱を覗き込む。
「俺たちが運べば問題ない!」
「副団長」
コディさんが横から言う。
こうして、二つの卵も一緒に王都へ向かうことになった。
◇
ブランカを出て、王都へ向かう。
今までとは違い、かなりの大所帯になった。
俺たち三人とテリー。
ガイル。
コディさん。
ハガーさん。
若手騎士十人。
馬車。
そして、二つの卵。
旅は順調だった。
朝の休憩では、ガイルに稽古へ付き合わされる。
「行くぞ、アレン!」
「朝から元気だなあ」
「朝だからだ!」
「意味分からないよ」
木剣を構える。
地面を蹴る。
ガンッ!
ガイルが受ける。
「速い!」
「ガイルもね」
横へ回る。
それでもついてくる。
やっぱり反応がいい。
「もう一回!」
「まだやるの?」
「当然だ!」
「副団長」
少し離れたところからコディさんの声。
「そろそろ出発します」
「もう少し!」
「駄目です」
「何でだ!」
「予定通り進むためです」
「……分かった!」
ガイルが木剣を下ろす。
「コディって、ガイルより強いんじゃない?」
ルナが小声で言った。
「戦ったらガイルだと思うよ」
フェリシアが答える。
「でも言うこと聞かせるのはコディさんの方が強そう」
「それはそうかも」
聞こえたのか。
「お前ら!」
ガイルがこっちを見る。
「早く行こう」
「話を逸らすな!」
◇
街道で魔物に遭遇することもあった。
森の近くを通った時。
「前にいる」
《魔力感知》。
「何体?」
「六体くらい」
少し進む。
「グオオッ!」
オーク。
「俺が行く!」
「俺も!」
ガイルと同時に前へ出る。
「左お願い!」
「任せろ!」
一体目。
首。
二体目。
胴。
横ではガイルの大剣がオークを吹き飛ばしている。
「《魔弾》!」
後ろからフェリシア。
青白い光が飛ぶ。
別の一体へ直撃。
シュッ!
ルナの矢。
「ワフッ!」
テリーも飛び込む。
若手騎士たちが武器を抜く頃には。
「……終わった?」
ハガーさんが周囲を見る。
「終わったみたいです」
コディさんが答える。
「もう終わりか!」
ガイルが不満そうに言う。
そんな日が何日か続いた。
◇
三日目の昼。
街道脇で休憩を取る。
馬に水を飲ませる。
騎士たちは食事の準備。
俺は馬車へ向かった。
「卵見るの?」
ルナがついてくる。
「うん」
毎日何度か状態を確認している。
今のところ特に変化はなかった。
馬車へ乗る。
二つの箱。
蓋を開ける。
「大丈夫そう」
ルナが卵を見る。
「うん」
触れてみる。
少し温かい。
「そろそろ生まれたりするのかな」
「どうだろう」
「ドラゴンの卵って、どれくらいで孵るんだろうね」
「分からないな」
その時だった。
コツ。
「……ん?」
「何?」
ルナが俺を見る。
コツ。
また音。
「今、鳴った?」
「うん」
二人で卵を見る。
コツ。
コツ。
「アレン!」
「これ……」
ピシッ。
殻に細い亀裂が入った。
「割れた!」
ルナが声を上げる。
「フェリシア!」
呼ぶ。
「どうしたの?」
フェリシアが馬車へ来る。
「卵!」
「え?」
見る。
ピシッ。
亀裂が広がった。
「生まれるんじゃない?」
その声を聞いたのか。
「何!?」
ガイルまで走ってきた。
「ドラゴンが生まれるのか!?」
「副団長、走らないでください!」
後ろからコディさん。
ハガーさんと騎士たちまで集まってきた。
「近いよ」
「見えないだろ!」
「ガイルの身体が大きいから、後ろの人が見えないんだよ」
「あ」
「副団長」
「下がる!」
少しだけ後ろへ移動する。
ピシッ。
ピシピシッ。
卵の殻が内側から押される。
小さな穴が開いた。
「キュ……」
「鳴いた!」
ルナが目を大きくする。
穴から小さな鼻先が出てきた。
薄い緑色。
「本当にドラゴンだ」
フェリシアが呟く。
さらに殻が割れる。
小さな頭。
前脚。
翼。
身体。
最後に尻尾。
ころん。
「キュ……」
出てきた。
「小さい……」
ルナがしゃがみ込む。
あの巨大なグリーンドラゴンからは想像できない。
テリーよりも小さい。
身体は俺の腕に乗せられるくらい。
鱗はまだ柔らかそうな薄緑色。
翼は身体に比べると少し大きい。
立とうとして。
ふらっ。
「危ない」
手を出す。
幼竜が俺の手にぶつかった。
「キュ?」
俺を見る。
「大丈夫?」
「キュ」
そのまま俺の手へ前脚を乗せる。
「アレンのところに来た」
ルナが笑う。
「たまたまだよ」
「そうかな?」
幼竜が俺の腕をよじ登ろうとする。
「キュ! キュ!」
「ちょっと待って」
「気に入られたみたいだね」
フェリシアも笑う。
その時。
コツ。
「え?」
もう一つの箱。
コツ。
「こっちも!」
今度は全員がそちらを見る。
ピシッ。
二つ目の卵にも亀裂。
「おお!」
ガイルがまた前へ出る。
「近いって!」
「今度は見たい!」
「さっきも見ただろ!」
ピシピシッ。
殻が割れる。
「キュウ……」
最初の子より少し低い声。
「出てくるぞ!」
ガイルが身を乗り出す。
「副団長、顔を近づけすぎです」
「大丈夫だ!」
「何がですか」
殻が大きく割れた。
もう一頭。
同じ薄緑色の身体。
少しだけ大きい。
殻から出ようとして。
ふらっ。
「あっ」
箱の縁から落ちそうになる。
「おっと!」
ガイルが両手で受け止めた。
「危ないだろ!」
「キュ?」
幼竜がガイルを見る。
「大丈夫か?」
「キュウ」
そのままガイルの服を前脚で掴んだ。
「おお!」
「……」
「見たか!?」
ガイルが嬉しそうに俺たちを見る。
「俺を選んだぞ!」
「落ちそうになったところを助けてもらっただけじゃない?」
ルナが言う。
「違う! 絶対俺だ!」
コディさんが幼竜へ手を伸ばす。
「一度こちらへ」
「キュウ!」
幼竜がガイルの胸へしがみついた。
「ほら!」
ガイルがさらに得意そうになる。
「俺だ!」
「……確かに離れませんね」
「だろ!」
ガイルが大笑いした。
「俺についてくるか?」
「キュ!」
「よし!」
勝手に話が決まっている。
「アレン」
ルナが俺の腕を見る。
最初に生まれた幼竜も、まだ俺にしがみついていた。
「こっちも離れないね」
「本当だ」
「キュ」
「二頭とも男の子みたいだね」
フェリシアが言う。
「そっか」
ガイルが腕の中の幼竜を見る。
「じゃあ名前つけないとな!」
「もう?」
「必要だろ!」
「まあ、呼び方はあった方がいいね」
「決めた!」
「早っ」
ガイルが幼竜を持ち上げる。
「お前はナッシュだ!」
「キュ!」
「おお! 気に入った!」
「返事しただけじゃない?」
「ナッシュ!」
「キュ!」
「ほら!」
「……まあいいか」
俺の腕の幼竜を見る。
「お前も名前いるよな」
「キュ?」
じっと俺を見る。
少し考える。
「ステフ」
「ステフ?」
ルナが聞く。
「うん」
「キュ!」
幼竜が俺の腕へしがみつく。
「ステフ」
「キュ!」
「こっちも気に入ったみたい」
フェリシアが笑った。
ナッシュ。
ステフ。
二頭のグリーンドラゴン。
どちらも男の子。
「よろしくな、ナッシュ!」
「キュウ!」
「よろしく、ステフ」
「キュ!」
「ワフ?」
テリーが近づいてきた。
ステフを見る。
「キュ?」
ステフもテリーを見る。
鼻先同士が近づく。
「ワフ」
「キュ」
ステフが前脚を伸ばし、テリーの鼻へ触れた。
「ワフッ!」
「仲良くできそうだね」
ルナが笑う。
「ナッシュも来い!」
ガイルがナッシュを近づける。
「キュウ!」
「ワフ?」
「キュ!」
今度は三頭で顔を見合わせている。
「なんか増えたな」
ハガーさんが笑った。
「旅がさらに賑やかになりましたね」
コディさんが言う。
確かに。
◇
その日の夕方。
食事の時間。
俺たちが肉を食べていると。
「キュ」
ステフが俺の膝の上からテーブルを見ていた。
「何?」
「キュ」
視線。
肉。
「これ?」
「キュ!」
「食べるのかな」
小さく切る。
「熱いから待って」
少し冷ましてから渡す。
ぱくっ。
「……」
もぐもぐ。
「キュ!」
「食べた」
ルナが笑う。
「もっと欲しそう」
「キュ! キュ!」
「分かったって」
もう一切れ。
その向こう。
「ナッシュ! 食うか!」
「キュウ!」
ガイルが肉を渡す。
ぱくっ。
「おお! 食った!」
「副団長」
コディさんが見る。
「小さく切ってください」
「これくらい大丈夫だろ!」
「生まれたばかりです」
「分かった!」
小さく切る。
「ほら!」
「キュウ!」
「よく食うな!」
「そもそも赤子に肉をあげても良いのでしょうか?」
「わからないけど、食べてるんだから良いんじゃないのか?」
「それを管理するのも飼う側の役目ですな」
「ああ!」
ナッシュはもう次の肉を見ている。
ステフも同じ。
「二頭とも肉好きみたいだね」
フェリシアが言う。
「ドラゴンだからかな」
「ワフッ!」
「テリーも肉好きだよね」
「ワフ!」
肉好きが三頭になった。
◇
それから数日。
ナッシュとステフは、少しずつ旅に慣れていった。
ステフは俺の近くにいることが多い。
歩く時は足元。
馬車では俺の隣。
テリーの後ろをついていくこともある。
ナッシュはガイルからあまり離れない。
ガイルの肩へよじ登ったり。
荷物を覗いたり。
騎士たちの間を歩き回ったり。
「ナッシュ! 勝手に行くな!」
「キュウ!」
「そっちは馬だ!」
「キュ!」
「副団長に似ましたね」
コディさんが言う。
「どこがだ!」
「落ち着きがないところです」
「俺は落ち着いてる!」
ハガーさんが笑った。
そして、ある日の昼。
「あれ?」
ルナが声を上げた。
「アレン、見て」
「何?」
「ステフ……浮いてる?」
地面から少しだけ離れている。
十センチくらい。
翼を小さく動かしながら。
ふよ。
ふよ。
「キュ!」
「飛んでる?」
フェリシアが見る。
「飛んでるっていうより、浮いてるね」
ステフが少し前へ進む。
ふよふよ。
そして。
ぽてっ。
地面へ降りた。
「キュ……」
「疲れた?」
抱き上げる。
「キュ!」
「でも浮いたよ」
「すごいね」
ルナが頭を撫でる。
その時。
「おおおおおっ!」
少し離れたところからガイルの声。
「ナッシュも浮いたぞ!」
見る。
ナッシュも。
ガイルの目の前で、地面から少し浮いている。
「飛べ、ナッシュ!」
「キュウ!」
「もっと高く!」
「副団長」
コディさんが止める。
「まだ生まれて数日です」
「でも浮いてるぞ!」
「だからといって無理をさせないでください」
「ナッシュならいける!」
「キュウ!」
「本人もやる気だ!」
「人ではありません」
みんなが笑った。
ナッシュ。
ステフ。
まだ本当に小さい。
飛ぶこともできない。
ふよふよと少し浮けるだけ。
でも、確実に成長している。
「ステフ」
「キュ?」
「そのうち空飛べるようになるのかな」
「キュ!」
返事をするように鳴いた。
「楽しみだね」
ルナが言う。
「うん」
王都までは、もう少し。
俺たちの旅は、二頭の幼竜が加わって、前よりずっと賑やかになっていた。
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