第135話 ベイルン騎士団
「今日は本気でやろうぜ!」
ガイルが楽しそうに笑う。
「本気って……木剣だよね?」
「ああ!」
俺の手には普通の木剣。
ガイルが持っているのは木製の大剣だった。
本物ほどではないだろうけど、それでもかなり大きい。
朝の訓練をしていた騎士たちも、少しずつこちらを見始めた。
「副団長がやるぞ」
「相手は昨日の冒険者か?」
人が集まってくる。
「始めようぜ!」
「分かった」
木剣を構える。
ガイルは大剣を肩に担ぐように持った。
「いつでも来い!」
「じゃあ――」
地面を蹴る。
一気に間合いへ入った。
「おっ!」
木剣を横から振る。
ガンッ!
ガイルの大剣が目の前にあった。
「うん。スピードはなかなかあるな!」
「……普通に止めるんだ」
「こういうのは慣れてる!」
すぐに木剣を引く。
右。
左。
肩。
脇。
脚。
間を空けずに打ち込む。
ガンッ!
ガッ!
ゴンッ!
全部止められた。
「いいな!」
ガイルが笑う。
まだ余裕がある。
もう一度踏み込み、さらに速度を上げた。
右から振ると見せて切り返す。
それも大剣で受けられる。
次は下。
また止められた。
おかしい。
俺の動きを見てから反応しているだけじゃない。
何度か打ち合って分かった。
この人は速い相手との戦いに慣れている。
「お前、やっぱり楽しいな!」
「俺は結構必死なんだけど」
「でも、速さだけなら俺の友達のリオンの方が速いぞ!」
「リオン?」
「ああ! 学院の友達だ!」
この速度より?
「そいつとは何度も戦ったからな!」
なるほど。
「じゃあ今度は俺から行くぞ!」
「え?」
ガイルの身体が沈む。
次の瞬間、大剣が振り下ろされた。
速い。
木剣を両手で構える。
ガンッ!!
「っ!」
腕が一気に沈んだ。
靴の裏が地面を滑る。
「重っ……!」
「ははは!」
何だ、この一撃。
木の剣を受けただけなのに、腕の奥まで痺れている。
「もう一発!」
今度は横。
避けきれない。
受ける。
ゴンッ!
「くっ!」
身体ごと押された。
俺も力にはかなり自信がある。
それでも、ガイルの一撃は重い。
単純な腕力だけじゃない。
踏み込みから腰、肩、腕まで、全部の力を剣へ乗せている。
力を戦いに使う技術なら、ガイルの方が上だ。
「どうした!」
「まだまだ!」
今度はこちらから踏み込む。
「そうこなくちゃな!」
ガイルが嬉しそうに大剣を構えた。
◇
「はあっ!」
木剣を振る。
「おおっ!」
ガイルの大剣とぶつかった。
ガンッ!
腕が痺れる。
すぐに踏み込み、肩を狙う。
ガイルが大剣を返す。
避ける。
次は腹。
ガイルが身体をひねった。
「惜しい!」
「まだ!」
そのまま足を狙う。
「おっと!」
ガイルが下がる。
今度は向こうから大剣が飛んできた。
肩へ当たる。
「っ!」
「アレン!」
フェリシアの声が飛ぶ。
「大丈夫!」
「全然大丈夫に見えないんですけど!」
ルナも心配そうにこちらを見ている。
「二人とも、もうやめたら?」
「まだまだ!」
ガイルが答える。
「俺もまだいける!」
「アレンまで……」
フェリシアが呆れた声を出す。
でも、止めたくなかった。
痛い。
息も上がっている。
それでも楽しい。
真正面からこれだけ打ち合える相手は、そう多くない。
「もう一回!」
「ああ!」
二人で同時に踏み込む。
俺は上から。
ガイルは横から。
木剣を振った。
その瞬間。
ガッ。
「え?」
動かない。
俺の剣も。
ガイルの大剣も。
いつの間にか、二人の間にクリスさんが立っていた。
俺の木剣を右手。
ガイルの木の大剣を左手。
片手ずつで止めている。
「……」
嘘だろ。
俺もかなり力を入れていた。
ガイルなんて、もっとだ。
「姉上?」
「ガイル」
「何だ?」
ゴンッ!
「痛っ!」
クリスさんの拳がガイルの頭へ落ちた。
「客人に怪我をさせる人がありますか」
「アレンだってやってただろ!」
「あなたが誘ったのでしょう」
「そうだけど!」
俺は思わずクリスさんの右手を見る。
赤くもなっていない。
この人、何者なんだ?
「アレンさんも」
「はい」
「次から止めると言ったら止めてください」
「……はい」
反射的に返事をしてしまった。
「それからガイル」
「今度は何だよ」
「訓練の時間です」
「あ」
ガイルが空を見る。
「忘れてた!」
「でしょうね」
クリスさんが小さく息を吐いた。
「今日は仮設住宅の設営訓練でしょう」
「仮設住宅?」
思わず聞き返した。
「ああ!」
ガイルが木の大剣を置く。
「せっかくだ。お前たちも見ていくか?」
「騎士団が家を建てるの?」
「建てるぞ!」
今度は何が始まるんだろう。
◇
騎士たちが斧、鋸、縄、木槌などを持って集まった。
荷車には板材や縄、屋根に使う布まで載せられている。
全部を森で作るわけではないらしい。
「移動するぞ!」
「はい!」
ガイルを先頭に、騎士たちが歩き始める。
俺たちも後についていった。
向かったのはブランカ郊外の森。
開けた土地でガイルが立ち止まる。
「今日はここだ!」
その声だけで騎士たちが動き始めた。
「第一班、伐採!」
「はい!」
「第二班は運搬!」
「はい!」
「第三班は整地!」
「はい!」
「第四班は柱と壁の準備!」
次々と散っていく。
「本当に家を建てるんだ」
ルナが感心している。
「騎士団って、こういうこともするんですね」
フェリシアがクリスさんに聞いた。
「ベイルンではします」
「どうしてですか?」
森の中から斧の音が聞こえてくる。
「騎士の仕事は、敵を倒すことだけではありません」
クリスさんが騎士たちを見る。
「戦争になれば、家を失う人が出ます。大雨や地震でも同じです」
「はい」
「道が塞がれれば開く。橋が壊れれば応急修理をする。家を失った人がいれば、雨風をしのげる場所を作る」
淡々とした口調だった。
でも、その言葉には迷いがない。
「領民を守る。それが騎士の仕事です」
なるほど。
俺の故郷では、騎士といえば戦う人だった。
警備。
魔物の討伐。
治安維持。
少なくとも、こんな訓練をしているところは見たことがない。
「第一班! そっちの木からいけ!」
「はい!」
ガイルの声が響く。
太い木の周囲に騎士が何人か集まり、斧を振り始めた。
ガイルがしばらく見ている。
「それじゃ時間がかかるな」
「副団長?」
「貸せ!」
斧を一本受け取った。
太い幹の前に立つ。
「まさか」
フェリシアが呟く。
ガイルが斧を振りかぶった。
「ふんっ!」
ブンッ!
ドンッ!!
幹へ斧が深く食い込む。
直後。
ミシッ。
大木がゆっくりと傾いた。
「え?」
「倒れるぞ!」
ミシミシミシッ!
ドォン!!
地面が揺れ、葉が一斉に震えた。
一振り。
「……怪物だね」
ルナが呟く。
「そうだね」
フェリシアも頷いた。
「よし! 枝を払って運べ!」
「はい!」
ガイルが斧を肩へ担ぐ。
そして俺を見た。
「アレン!」
「何?」
「お前もやってみるか?」
「俺が?」
ガイルが隣の大木を指す。
「さっき戦ってて分かった。お前も力あるだろ?」
「まあ……」
「その剣ならいけるんじゃないか?」
腰を見る。
竜爪剣。
「木を斬る剣じゃないんだけど」
「斬れる?」
「多分」
「ならやろうぜ!」
「軽いなあ……」
剣を抜く。
銀色の刀身が太陽の光を反射した。
クリスさんの目が少し細くなる。
「その剣は?」
「はい。サハル王国のドレイクさんという鍛冶師に作ってもらったものです。
ミスリルとレッドドラゴンの爪が使われています」
「レッドドラゴン?」
「はい」
「……なるほど」
大木の前へ立つ。
剣を両手で構えた。
魔力を通す。
刀身を淡い光が走る。
「おお」
ガイルが身を乗り出した。
息を吐く。
一歩。
そのまま振り抜いた。
ザンッ。
ほとんど手応えがない。
大木は立ったまま。
「失敗?」
ルナが首を傾げる。
「いや」
幹に細い線が走る。
上側が少しずつずれた。
ミシッ。
ミシミシミシッ。
「おお!」
ドォン!!
大木が地面へ倒れた。
舞い上がった葉が、俺たちの周囲へぱらぱらと落ちる。
「すげえ!」
ガイルが切り株へ走っていく。
「綺麗に切れてるぞ!」
「この剣ならね」
クリスさんも断面を見る。
少しだけ眉が上がった。
「……」
どうやら初めて驚かせられたらしい。
ルナが俺とガイルを交互に見た。
「やっぱり二人とも怪物だよ」
「同感」
フェリシアも頷く。
「聞こえてるよ」
「俺は怪物か!」
ガイルは嬉しそうだった。
「そこを喜ぶんだ……」
◇
そこからはさらに速かった。
切った木の枝を払い、長さを揃える。
騎士たちが数人がかりで運ぶ。
事前に持ってきた板材と組み合わせ、柱を立てる。
「第二班! 運搬は四人でいい!」
「はい!」
「二人、整地へ回れ!」
「はい!」
「第四班! そっちの柱を先に立てろ!」
「了解です!」
ガイルの声が森に響く。
さっきまで木剣を振り回していた時とは、まるで違う。
「副団長! 屋根が遅れてます!」
「第三班から三人回せ!」
「はい!」
次々と指示を出していく。
「ガイル」
クリスさんが呼んだ。
「何だ?」
「運搬へ人を回しすぎです」
「え?」
「あそこ」
切った木材が積み上がっている。
「運ぶ方が加工より速くても意味がないでしょう」
「あっ」
「二人戻しなさい」
「分かった!」
すぐに振り返る。
「第二班! 二人、木材加工へ!」
「はい!」
指摘されても不機嫌にならない。
すぐ直す。
昨日の勉強の話と同じだ。
「ちゃんと指揮できるんですね」
フェリシアが呟いた。
「聞こえてるぞ!」
ガイルの耳の良さはルナに負けないかもしれない。
それにしても、ガイルの指揮は本当に上手い。
全体を見ながら、人を動かす。
必要なら自分も木を運ぶ。
作業が遅れれば、そこへ入る。
誰よりも大きな身体を動かし、誰よりも汗をかいていた。
だからなのか、騎士たちもよく動く。
指示されたからではなく、自分たちから次の仕事を探しているように見えた。
◇
太陽が高くなった頃。
「よし!」
ガイルが声を上げた。
「完成だ!」
「おおー!」
騎士たちから歓声が上がる。
「……もう?」
俺は目の前の建物を見る。
大きくはない。
数人が横になれる程度。
壁も屋根も簡素だ。
でも、雨風は十分しのげる。
床も地面から少し浮かせてある。
「どれくらいかかった?」
「三時間弱ですね」
クリスさんが答えた。
「三時間……」
一部の資材は用意されていたとはいえ、木を切るところからやった。
十分おかしい。
「今日はちょっと遅かったな!」
ガイルが言う。
「これで?」
「実戦ならもっと急がないと駄目だからな!」
「十分速いと思うけど……」
「災害は待ってくれないぞ!」
ガイルが笑った。
周囲を見る。
騎士たちは全員汗だくだ。
服には土や木くずが付き、腕も顔も汚れている。
それでも達成感があるのか、みんな笑っていた。
「こういう訓練をいつも?」
俺がクリスさんに聞く。
「定期的に行っています」
「家だけですか?」
「いいえ」
クリスさんが首を振る。
「橋の応急修理。倒木の除去。負傷者の搬送。炊き出し。給水。それ以外にもあります」
「そこまで……」
「戦争になれば、剣を振っていない時間の方が長いこともあります」
その言葉に、さっきまでの光景を思い返す。
木を切る騎士。
土をならす騎士。
柱を運ぶ騎士。
全体を見ながら指示を出すガイル。
「俺の故郷では、こんなことをしている騎士団は見たことがありませんでした」
「珍しいとは思います」
クリスさんが完成した仮設住宅を見る。
「でも、父は昔から言っています」
「何をですか?」
「強い騎士が百人いるだけでは、強い騎士団にはならない、と」
少し離れたところで、ガイルが騎士たちと一緒に屋根を確認している。
さっき大木を一振りで倒した男が、今は傾いている柱を見つけて騎士と直していた。
強い騎士団。
今までは、強い人がたくさんいる集団だと思っていた。
でも、どうやらそれだけではない。
戦える。
動ける。
助けられる。
そして、それを一つの集団として動かせる。
ベイルン家が軍事力で知られている理由を、少しだけ分かった気がした。
【保有:10,830P】
【累計獲得P:340,540P】
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