第134話 ベイルン家
「私はクリス・ベイルン。ガイルの姉です」
女性が名乗る。
「アレンです」
「フェリシアです」
「ルナです」
「ワフッ!」
テリーまで返事をする。
クリスさんの視線が、そのテリーで止まった。
「その子は?」
「テリーです」
ルナが答える。
「ああ、この白い犬な」
ガイルが言う。
「ワフ?」
「昨日のドラゴンが言うには、フェンリルらしいぞ」
「……フェンリル?」
クリスさんの顔が変わった。
「ガイル」
「何だ?」
「どうして、それを昨夜の連絡に書かなかったの?」
「ドラゴンと卵のことでいっぱいだったんだ!」
「フェンリルも十分大事でしょう」
「今伝えたんだからいいだろ?」
クリスさんが小さく息を吐く。
「とにかく中へ入りましょう。父上も母上も待っています」
「ああ」
俺たちはクリスさんに案内され、屋敷へ入った。
◇
ベイルン家の屋敷は広かった。
ただ、これまで見た貴族の屋敷とは少し雰囲気が違う。
壁には剣や盾。
廊下には甲冑。
飾られている肖像画にも、騎士らしい人物が多い。
軍事力で知られる家らしい。
「こっちだ」
ガイルについて広い部屋へ入る。
中には男女が一人ずつ待っていた。
男性は大柄だった。
ガイルほどではないけど、かなり大きい。
日に焼けた顔。
短く切られた髪。
座っているだけなのに迫力がある。
その隣の女性は姿勢がよく、クリスさんによく似た落ち着いた雰囲気だった。
「戻ったか、ガイル!」
男性が大きな声を出す。
「ああ、父上!」
「無事なら何よりだ!」
「あなた。声が大きいです」
「おお、すまん!」
全然小さくなっていない。
ガイルのお父さんだ。
すぐ分かった。
「そちらが?」
女性が俺たちを見る。
「昨日、一緒に地下へ入った冒険者だ」
ガイルが答える。
俺とフェリシアは一歩前へ出た。
「お初にお目にかかります。アレンと申します。このたびは突然お邪魔することになり、申し訳ございません」
「フェリシアと申します。お招きいただき、ありがとうございます」
「ルナと申します。お招きいただき、ありがとうございます」
三人で頭を下げる。
一瞬、部屋が静かになった。
「……お前ら」
ガイルが目を丸くする。
「そんな話し方できたのか?」
「できるよ」
「私もできます」
「そうなのか?」
「ガイル」
クリスさんが呆れたように見る。
大柄な男性が笑い出した。
「はははは! ガイルから聞いていたから、もっと荒っぽい連中を想像していたぞ!」
「あなた」
「おっと、失礼した!」
女性がこちらを見る。
「私はマリア・ベイルンです」
「バルド・ベイルンだ!」
やっぱり声が大きい。
ベイルン辺境公。
この領地を治める人物だ。
「どうぞ楽にしてください」
「ありがとうございます」
フェリシアが丁寧に答える。
マリア様だけでなく、クリスさんも俺たちを少し意外そうに見ていた。
「冒険者だと聞いていたけれど、随分きちんとしているのね」
「一応、そういう教育は受けていますので」
「私もです」
フェリシアも続ける。
「俺も一応貴族だぞ!」
ガイルが言った。
「あなたは今、関係ないでしょう」
「なんでだよ!」
やっぱり姉には弱いらしい。
バルド様が俺たちを見る。
「昨日の件は聞いている。領民を助けてくれたそうだな」
「いえ。騎士団の皆さんもいらっしゃいましたので」
「九人全員が無事に戻れた」
さっきまで笑っていた表情が少しだけ変わる。
「領主として礼を言う。ありがとう」
「お力になれて何よりです」
俺はもう一度頭を下げた。
「ドラゴンの卵についても聞いている」
「はい」
「その話は食事をしながら聞こう! 腹も減っているだろう!」
「父上は少し前に食べていたでしょう」
「あれはおやつだ!」
ガイルが笑う。
似ている。
◇
食堂へ移動して、俺は目を丸くした。
「……肉だ」
大きなテーブルに料理が並んでいる。
厚く切られた牛肉。
羊肉。
骨付き肉。
ソーセージ。
肉の煮込み。
大きな塊肉まである。
一応、野菜もある。
でも明らかに肉の方が多い。
「すごいね」
ルナが言う。
「ワフッ!」
テリーは嬉しそうだ。
昨日の店も肉ばかりだった。
どうやら店の問題ではなかったらしい。
「遠慮せず食え!」
バルド様が言う。
「ありがとうございます」
俺たちは席についた。
テリーの前にも大きな皿が置かれる。
「ワフッ!」
「大きい」
ルナが覗き込む。
人間用より大きそうな骨付き肉だった。
「そいつの分だ!」
「ありがとうございます」
「ワフッ!」
テリーが勢いよく尻尾を振る。
バルド様がじっと見る。
「しかし、本当にこの子がフェンリルなのか?」
「ええ」
ルナが答えた。
肉を食べながらガイルが疑問を口にする。
「どう見ても犬じゃないか?」
ゴン。
「痛っ!」
クリスさんの拳が頭に落ちた。
「何するんだよ!」
「フェンリルを犬扱いしないの」
「白くて四本足だろ!」
「それだけで犬にしないで」
「似たような――」
クリスさんがもう一度拳を上げる。
「分かった! もう言わない!」
バルド様が大声で笑った。
「はははは!」
「あなたも笑わないでください」
「すまん!」
クリスさんがテリーを見る。
「アルスレインにもフェンリルの記録は残っています」
「そうなんですか?」
ルナが聞く。
「ええ。滅多に人前に姿を見せない魔物よ。知性が高く、成長した個体は非常に強いと言われているわ」
「強いの?」
「昔、北部に現れたフェンリルを騎士団が討伐しようとして、近づくことすらできなかったという記録もあります」
「え?」
ルナがテリーを見る。
「ワフ?」
本人は骨付き肉を食べるのに夢中だった。
「人に従うことも珍しいと聞いています」
マリア様が言う。
「どうやって従魔にしたのですか?」
「従魔契約はしましたけど……」
ルナがテリーを見る。
「ずっと一緒なんです」
「ずっと?」
「はい。だから、従魔っていうより、ずっと一緒にいる感じです」
「ワフッ!」
テリーが顔を上げる。
ルナがその頭を撫でた。
「そうなのですね」
マリア様が微笑んだ。
「俺にも懐いてるぞ!」
ガイルが言う。
「ワフ?」
「ほら」
「今のは違うと思う」
フェリシアが言った。
「なんでだよ!」
◇
食事をしながら、昨日のことを説明した。
街道の崩落。
地下要塞。
取り残された人たち。
そしてグリーンドラゴン。
二つの卵。
「なるほどな」
バルド様が腕を組む。
「卵は当家で責任を持って預かろう」
「ありがとうございます」
「勝手に売ったり、研究に使わせたりはせん」
「お願いします」
あのドラゴンは俺たちを信じて卵を預けた。
だからこそ、勝手なことはしたくない。
「それで」
バルド様が俺を見る。
「お前たちは、このあとドラン帝国へ向かうそうだな」
「はい」
食卓の空気が少し変わる。
「目的は?」
「セルヴァンで起きた事件を追っています」
「事件?」
「魔物が大量に連れ去られていました」
実験施設で見たことを説明する。
捕らえられた魔物。
薬を使った実験。
凶暴化。
そして一部の魔物が、別の場所へ運び出されていた可能性。
「その行き先がドランか」
「その可能性があります」
バルド様が黙る。
「だから確かめに行くと」
「はい」
「だが、お前は……」
俺を見る。
「サハルでドラン帝国軍と戦っているな?」
「ご存じなのですか?」
「ああ」
バルド様が頷く。
「アレン・ヴァルディス。帝国軍と交戦し、向こうの剣士も倒した冒険者だろう」
「はい」
「なら、普通の冒険者と同じようには考えない方がいい」
「どういうことでしょうか」
「ドラン側がお前の名前を把握している可能性がある」
「……」
そこまでは考えていなかった。
「今は国境の警備も以前より厳しい。身元を調べられれば、簡単には通れんだろう」
「戦争になるのでしょうか?」
フェリシアが聞く。
「そこまでは分からん」
バルド様が首を振った。
「ただ、以前より張り詰めているのは確かだ」
俺は手を止めた。
ドラン。
魔物。
薬。
そして昨日のグリーンドラゴン。
頭の中で、それぞれ別だったものが少しずつつながっていく。
「……もしかすると」
「どうした?」
ガイルが聞く。
「あのグリーンドラゴンも関係しているのかもしれない」
「昨日の?」
「ああ」
セルヴァンで魔物が連れ去られていた。
その一部はドラン方面へ運ばれた可能性がある。
そして、傷ついた状態で現れたグリーンドラゴン。
「もちろん偶然かもしれない」
俺は続ける。
「でも、あのドラゴンがどこで傷ついたのかは分かっていません」
「ドランで何かあった可能性がある?」
フェリシアが言う。
「分からない。でも、調べる価値はあると思う」
「なるほどな」
バルド様がゆっくり頷く。
「考えすぎとは言い切れん」
「あなた。危険なことを勧めないでください」
マリア様が言う。
「分かっている!」
「声」
「おっと」
バルド様が咳払いする。
「ただ、すぐ国境へ行くのは勧めん」
「では、どうすれば?」
俺が聞く。
「まず王都へ行け」
「王都ですか?」
「ああ。国境の状況は外交の問題でもある。王都の方が詳しい」
バルド様が言う。
「通行に許可や身元の保証が必要なら、そこで確認する方がいいだろう」
「分かりました」
「それに、セルヴァンで起きた件も王都へ伝えておいた方がいい」
「はい」
アルスレインの王都。
もともと興味はあった。
でも今度は、行かなければならない理由ができた。
◇
食事を終える頃には、すっかり夜になっていた。
「今日はうちに泊まっていけ!」
ガイルが言った。
「え?」
「もう遅いだろ」
「部屋ならいくらでもあるぞ!」
バルド様も続ける。
「もう今夜は遅いですし、そうなさってください」
マリア様も頷いた。
「ありがとうございます」
俺とフェリシアとルナが頭を下げる。
「また急に礼儀正しくなったな」
ガイルが言う。
「だから普通にできるんだって」
ガイルが立ち上がり、背を向ける。
「じゃあ俺、勉強してくる!」
「え?」
思わず聞き返す。
「今から?」
「ああ」
「昨日は地下要塞に行って、ドラゴンとも戦ったよね?」
「だからって、勉強しなくていい理由にはならないだろ」
少し意外だった。
「学院にいた頃は、姉上とかナディアって友達に散々やらされたけどな」
「散々とは何よ」
クリスさんが言う。
「あなたが自分からやらなかったからでしょう」
「今は違うんだ!」
ガイルが胸を張る。
「でも、これから領主になるんだ。剣だけ強くても駄目だろ」
ガイルがそんなことを考えているとは思わなかった。
「だから今は、自分でやる」
クリスさんが俺を見る。
「最近ようやく、自分の意思で勉強するようになりました」
「姉上、それ言う必要あるか?」
「本当のことでしょう」
「そうだけど!」
俺は笑った。
「でも、すごいと思うよ」
「何が?」
「ちゃんと領主になる先のことまで考えてるんだろ」
「……まあな」
「ああ。立派だと思う」
ガイルの顔が少し嬉しそうになる。
「そうか!」
「ああ」
「じゃあアレン!」
「何?」
「明日の朝、稽古しようぜ!」
「なんでそうなるの?」
「なんか身体を動かしたくなった!」
「意味が分からないよ」
「いいだろ!」
「まあ……いいけど」
「よし!」
ガイルが大きく拳を握った。
「朝飯の前な!」
「早いな」
「騎士は朝が早いんだ!」
そう言って、ガイルは部屋を出ていく。
「本当に勉強するのかな」
ルナが言った。
「しますよ」
クリスさんが即答する。
少し間を置いて、
「最近は」
「そこ強調するんですね」
フェリシアが笑った。
◇
翌朝。
「眠い……」
フェリシアが小さくあくびをした。
「朝早すぎ」
ルナも眠そうだ。
「ワフ……」
テリーまで同じ顔をしている。
「おーい!」
前から声が飛んでくる。
ガイルが大きく手を振っていた。
昨日あれだけ動いていたのに、もう元気だ。
俺たちはベイルン家の屋敷を出て、近くにある騎士団の訓練場へ向かう。
「早く来い!」
「元気だね」
「昨日、本当に勉強したのかな」
「したぞ!」
「聞こえてたんだ」
訓練場へ入る。
朝だというのに、すでに何人もの騎士が剣を振っていた。
「副団長!」
「おはようございます!」
「おう!」
ガイルが片手を上げる。
そして俺を振り返った。
「アレン!」
「何?」
楽しそうに笑う。
「今日は本気でやろうぜ!」
どうしてこうなったんだろう。
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