第133話 ブランカへ
バイソンへ戻ると、グリーンドラゴンから預かった二つの卵を騎士団の詰所へ運んだ。
厚い布を敷いた箱に入れ、ガイルが見張りまで付けてくれた。
「これなら大丈夫だろ」
「ありがとう」
「こっちも預かった側だからな」
卵のことは騎士団に任せ、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
「お帰りなさい!」
中へ入ると、受付の女性がすぐに立ち上がった。
「騎士団の方から連絡を受けています。救助された九名は全員無事だそうです」
「よかった」
分かってはいたけど、改めて聞くと安心する。
「今回の緊急依頼は達成となります。こちらが報酬です」
受付の女性が袋を置いた。
「金貨十二枚です」
「十二枚?」
アルスレインへ来る前に両替したから、もう金貨にも慣れてきた。
一枚で十万ジェニー。
十二枚なら百二十万ジェニー相当だ。
「三人で四枚ずつだね」
ルナが言う。
「ああ」
金貨を分ける。
その時。
【依頼を達成しました】
【100P獲得】
「アレンさん!」
後ろから声をかけられた。
振り返る。
「あ」
ギルドの入口に、さっき救助した人たちがいた。
腕に包帯を巻いた男性が前へ出てくる。
「本当にありがとうございました」
深く頭を下げた。
他の人たちも続く。
「いや、俺たちだけじゃないですよ。騎士団の人たちもいましたし」
「それでも、皆さんが来てくれなかったら、どうなっていたか……」
「助かって本当によかったです」
フェリシアが笑う。
「怪我は大丈夫?」
ルナが聞いた。
「ああ。医者にも診てもらった。しばらくすれば治るそうだ」
「よかった」
「ワフッ!」
テリーも横から顔を出す。
「この子にも世話になったな」
「ワフッ!」
褒められたのが分かったのか、テリーが嬉しそうに尻尾を振った。
依頼を受けた時には、地下要塞が出てきて、その奥でドラゴンと戦うなんて想像もしていなかった。
でも、全員生きて帰れた。
それが一番だ。
◇
ギルドを出た途端、ガイルが大きく伸びをした。
「腹減った!」
「そうね、私も少し減ってきたわ」
ルナも同意する。
「バイソンにいるんだ。肉食うぞ!」
「既に食べたんけど」
「だからって、今から食わない理由にはならないだろ」
ガイルは迷いがない。
「俺のおすすめの店がある。行こうぜ」
ガイルが歩き出す。
俺たちは顔を見合わせた。
「行く?」
「私は行きたい」
「私も」
「ワフッ!」
「じゃあ行こうか」
◇
ガイルに連れてこられたのは、大通りから一本入ったところにある肉料理の店だった。
扉を開けた瞬間、焼いた肉の匂いが鼻に届く。
「いらっしゃ――お、ガイル様じゃねえか!」
店の奥から、大柄な店主が顔を出した。
「久しぶりだな!」
「今日戻ってきた」
「いつものか?」
「ああ。多めで頼む!」
「ガイル様の多めは、多すぎるんだよ!」
店主が笑いながら厨房へ戻っていく。
「領主さまの嫡男なのに口調が普通……」
フェリシアが聞いた。
「俺は細かいことは気にしないんだ!」
いや、貴族の嫡男として良くないんじゃないか?
◇
席で待っていると、大きな皿が運ばれてきた。
「おお……」
厚く切られた牛肉。
焼いた羊肉。
太いソーセージ。
その横にはジャガイモと溶かしたチーズまで載っている。
「すごい量だね」
ルナが皿を見る。
「これ、みんなで食べるんだよね?」
「これは俺のだ」
「え?」
三人の声が重なった。
「お前らのは今来る」
その言葉通り、少し小さな皿が三つ運ばれてきた。
テリー用の肉もある。
「本当にそれ全部食べるの?」
「当たり前だろ」
ガイルが肉を口へ運ぶ。
そこからが速かった。
牛肉。
羊肉。
ソーセージ。
パン。
ジャガイモ。
どんどん皿から消えていく。
「……すごいね」
フェリシアの手まで止まっていた。
「ルナやフェリシアより食べるんじゃない?」
「ワフ?」
そんな話をしているうちに、ガイルの皿がほとんど空になる。
「追加頼む!」
「もうかよ!」
厨房から店主の声が返ってきた。
「まだ食べるの?」
「ああ」
「さっきドラゴンと戦ったばっかりだよ?」
「だから腹減ってるんだろ!」
「そういうものなのかな……」
二皿目が運ばれてくる。
ガイルは当然のように食べ始めた。
この身体は、こうやって作られているのかもしれない。
「王都にいた時は、これが困ったんだよな」
ガイルが肉を食べながら言った。
「王都?」
「少し前まで王立学院に通ってた」
「ガイルが?」
「何だ、その反応」
「騎士団の副団長だから、ずっとこっちにいたのかと思ってた」
「俺はいずれ領主になるから勉強もちゃんとしなきゃいけないんだ」
学校か……。
「王立学院って、どんなところ?」
ルナが聞く。
「面白いぞ。いろんな奴がいる」
ガイルが笑う。
「飯もうまかった」
「やっぱり食べ物なんだ」
「ただ、肉が少ない」
「そこ?」
「あと量も少ない」
「ガイルには、でしょ?」
フェリシアが言う。
「俺には足りなかった」
それはそうだろう。
「でも王都そのものは面白い。冒険者の仕事も多いし、お前たちも一度行ってみるといい」
「アルスレインの王都か……」
今までは、ドラン帝国へ行くための通り道くらいに考えていた。
でもバイソンへ来ただけでも、セルヴァンとは随分違う。
王都なら、もっと違うんだろう。
「行ってみたいね」
フェリシアが言う。
「うん」
ルナも頷いた。
「いつか行ってみようか」
「ワフッ!」
テリーも賛成らしい。
「そういや」
ガイルが肉を置いた。
「お前たちは、何でアルスレインに来たんだ?」
「ドラン帝国へ行くため」
ガイルの手が止まった。
「……ドラン?」
「ああ」
「これから?」
「そのつもりだけど」
さっきまで笑っていたガイルの表情が変わった。
「それ、簡単じゃないぞ」
「どうして?」
「最近、アルスレインとドランの間がかなり張り詰めてる」
「張り詰めてる?」
「ああ。国境の警備も増えてる。人の出入りもかなり厳しくなった」
フェリシアが眉を寄せる。
「戦争になるの?」
「そこまでは俺にも分からない」
ガイルが首を振った。
「ただ、セルヴァンからアルスレインへ入った時みたいにはいかない。
特にドラン側は今、簡単に人を通す状況じゃない」
「冒険者でも?」
「冒険者だからって国境を自由に越えられるわけじゃないからな」
知らなかった。
アルスレインを北へ進めば、そのままドランへ行けると思っていた。
「困ったね」
ルナが言う。
「ああ」
「他に方法はないの?」
「詳しいことは父上に聞いた方がいい」
「ベイルン家の当主?」
「ああ」
ガイルが頷く。
「国境の今の状況なら、俺よりずっと詳しい。通る方法があるかどうかも聞いてみる」
「助かるよ」
「明日、一緒にブランカへ行くんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、そこで話せばいい」
思っていたより、アルスレインには長く滞在することになるかもしれない。
◇
食事が終わる頃には、外はもう暗くなっていた。
「食った!」
ガイルが満足そうに腹を叩く。
結局、何皿食べたんだろう。
途中から数えるのをやめた。
「じゃあ俺は騎士団の詰所へ戻る」
「卵は?」
「今夜は俺たちで預かる。見張りも付けてある」
「分かった」
「それと、ブランカへ早馬を出してある。俺達が行く頃には父上にも大体の事情は伝わってるはずだ」
「もう?」
「ドラゴンが領内にいるんだ。後回しにはできないだろ」
確かに。
「明日の朝、宿まで迎えに行くから待っててくれ!」
「ありがとう」
「じゃあ、また明日な!」
「また明日」
ガイルと別れ、俺たちは宿へ戻った。
◇
宿について俺の部屋に集まり、三人でテーブルを囲む。
テリーはルナの足元で丸くなっていた。
「ドランに入れないかもしれないんだね」
フェリシアが言う。
「ああ」
完全に予想外だった。
「もし本当に駄目だったら、どうする?」
ルナが聞く。
「別の道を考えるしかないな」
「ミラディアとか?」
「回り道はできるかもしれない。でも、ドラン側そのものが厳しくなってるなら、どこから行っても同じかもしれない」
「そっか……」
それに。
「今は卵もあるしね」
ルナが言った。
「ああ」
グリーンドラゴンから預かった二つの卵。
勝手に遠くへ持っていくわけにもいかない。
「まず明日、ガイルの父上に話を聞こう」
「うん」
「それから考えればいいよね」
フェリシアも頷いた。
焦って国境へ向かっても仕方がない。
まずはブランカだ。
◇
翌朝。
宿の前に、騎士団の馬車が止まった。
「おはよう!」
ガイルが手を上げる。
「おはよう」
「ワフッ!」
「乗れ。ブランカまで行くぞ」
馬車の中には、昨日預かった二つの卵もあった。
藁と厚い布を敷いた箱に一つずつ収められている。
「これなら揺れても大丈夫そうだね」
ルナが覗き込む。
「御者にはなるべく注意してもらうぞ」
俺たちは馬車へ乗り込んだ。
バイソンを出て、北へ向かう。
街を離れると、景色が大きく開けた。
広い牧草地には、牛や羊の群れ。
その向こうには低い丘が続いている。
「本当に牧畜が盛んなんだね」
フェリシアが窓の外を見る。
「ああ。肉もうまいぞ」
ガイルが笑った。
北へ進むほど、街道は広く整備されていく。
途中では騎士たちが馬上訓練をしている姿も見えた。
昨日から思っていたけど、この領地は本当に兵士が多い。
軍事力が強いと言われるのも納得できる。
何度か休憩を挟みながら、さらに北へ進む。
しばらくしてガイルが前を指した。
「あれがブランカだ」
「おお……」
遠くに大きな城壁が見える。
バイソンより明らかに大きい。
城壁の上には兵士がいる。
門の前には、何台もの馬車が並んでいた。
「ここが領都……」
門を抜ける。
中へ入ると、広い通りがまっすぐ伸びていた。
石造りの建物。
行き交う商人。
騎士や兵士の姿も多い。
バイソンとはまた違った賑わいだ。
「屋敷はもうすぐだ」
馬車が街の奥へ進んでいく。
しばらくすると、大きな門が見えてきた。
その向こうには広い敷地と、大きな屋敷。
「あれ?」
ルナが前を見る。
「誰かいる」
門の前に一人の女性が立っていた。
女性としてはかなり背が高い。
姿勢よく立ち、こちらの馬車をまっすぐ見ている。
馬車が近づくにつれ、ガイルの表情が少しだけ変わった。
「……姉上」
「お姉さん?」
「ああ」
馬車が門の前で止まる。
ガイルが先に降りた。
俺たちも続く。
女性はまずガイルを見て、次に俺たちを見る。
そして最後に、馬車の中に置かれた二つの卵へ視線を移した。
「おかえりなさい、ガイル」
「ああ、姉上」
「昨夜の連絡は聞いているわ」
落ち着いた声だった。
でも、ガイルが少しだけ姿勢を正した気がする。
「それで?」
「それで?」
「地下要塞にグリーンドラゴン。しかも、あなたはその卵を二つ持って帰ってくるそうね」
「まあ……そうなる」
女性が馬車の中をもう一度見る。
「ずいぶん簡単にまとめたわね」
「説明すると長いんだ」
「そのようですね」
そして俺たちへ視線を向けた。
「あなたたちが、ガイルと一緒にいた冒険者?」
「はい」
思わず姿勢を正す。
女性が小さく頷いた。
「私はクリス・ベイルン。ガイルの姉です」
ガイルがグリーンドラゴンを相手にしていた時より、少しだけやりにくそうな顔をしている。
どうやら姉上というのは特別らしい。
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