第127話 ベイルン領
渡し船がゆっくりと対岸へ近づいていく。
「もうすぐ着くね」
フェリシアが船の先を見る。
広いラグナ河の向こうには、長く続く岸と街道が見えていた。
ここから先がアルスレイン王国だ。
「この辺りはベイルン領なんだって」
「ベイルン領?」
ルナが聞く。
「昨日、バレインで買い物してる時に聞いたの。アルスレインでもかなり軍事力の強い領地みたい」
「へえ」
「昔はセルヴァンとも戦ってたらしいし、ドラン帝国との戦争でも活躍したんだって」
「ドラン帝国とも?」
「あったみたい」
今回の目的にも関係する名前が、いきなり出てきた。
「領都はどこ?」
俺が聞く。
「北にあるブランカっていう町。でも、まずはここから近いバイソンに行くのがいいんじゃないかな」
「バイソン?」
「交易都市だって。ラグナ河を使った交易が盛んみたい」
ちょうど船が岸へ着いた。
船員がロープを投げ、船を固定する。
「じゃあ、まずはバイソンへ行こうか」
「うん」
「ワフッ!」
俺たちはアルスレイン王国へ足を踏み入れた。
◇
船着き場から街道を進むと、やがて高い城壁が見えてきた。
「あれかな」
ルナが指差す。
「多分」
交易都市バイソン。
城門の前には何台もの荷馬車が並んでいた。
大きな樽を積んだ荷車。
木箱を山のように積んだ荷車。
家畜を連れた商人までいる。
ラグナ河を越えてきた品物が、ここからアルスレイン各地へ運ばれていくのだろう。
「次!」
門番に呼ばれた。
「冒険者です」
俺たちは冒険者証を渡す。
門番が最初に俺のものを見る。
「……Aランク?」
「はい」
次にフェリシア。
「こっちもAランクか」
最後にルナ。
「Aが二人にBが一人。ずいぶん腕の立つパーティーだな」
「ありがとうございます」
門番の視線がルナの足元へ移った。
「そいつは?」
「私の従魔です」
「従魔?」
少し珍しそうにテリーを見る。
「白い犬型か。珍しいな」
「ワフッ!」
「元気もいい」
門番が笑う。
セルヴァンでは町を歩けば従魔を連れた人を普通に見かけた。
でも、こっちではそうでもないらしい。
ラグナ河を渡っただけなのに、もう違いがある。
「通っていいぞ」
「ありがとうございます」
冒険者証を受け取り、門を抜けた。
◇
町へ入ると、まず目についたのは兵士の多さだった。
槍を持った兵士。
剣を腰に下げた男。
鎧姿の集団まで歩いている。
それだけじゃない。
「大きい人、多くない?」
ルナが小声で言った。
「俺も思った」
背の高い男や、肩幅の広い女性が目立つ。
全員がそうというわけではないが、兵士や冒険者には体格のいい人間が多かった。
「軍事力が強い領地っていうのも、なんとなく分かるね」
フェリシアが周囲を見る。
「ああ」
その一方で商人も多い。
道の両側には店が並び、荷車が絶えず行き交っていた。
少し歩いただけで、セルヴァンとは違う町だと分かる。
俺たちも何度か視線を向けられた。
特にルナとテリーだ。
薄い金色の髪に、少し尖った耳。
ハーフエルフのルナはやっぱり目立つ。
その横には白い毛並みのテリーまでいる。
「結構見られてるぞ」
「そう?」
ルナは周りを見てから、特に気にする様子もなく歩き続ける。
「ワフッ!」
テリーも同じだ。
「テリーはたくましくなったね」
フェリシアが笑った。
◇
いつものように、まず宿を取った。
それぞれ部屋へ荷物を置いて出たところで、ルナが言う。
「ねえ、ご飯食べに行かない?」
「もう腹減ったの?」
「うん」
即答だった。
「私も少しお腹空いたかな」
フェリシアも言う。
「じゃあ行こうか」
「ワフッ!」
テリーが一番元気よく反応した。
◇
宿の主人に店を教えてもらい、通りへ出る。
少し歩くと、香ばしい匂いが漂ってきた。
「いい匂い」
ルナが周囲を見る。
肉屋の軒先には大きな塊肉が吊るされている。
別の店では腸詰め。
露店では串に刺した肉が炭火の上で焼かれ、脂が落ちるたびにジュッと音を立てていた。
「肉ばっかりだな」
「ベイルン領は肉料理が盛んなんだって」
フェリシアが言う。
「それも昨日聞いたの?」
「うん。酪農も盛んで牛や羊をたくさん育ててるみたい」
よく見ると、チーズやバターを売る店も多い。
「なるほど」
教えてもらった店へ入る。
「いらっしゃい!」
空いているテーブルへ座り、メニューを見る。
「何にする?」
「私はこれ」
ルナがすぐに指差した。
厚切りの肉を焼いた料理だ。
「じゃあ、私もそれにしようかな」
フェリシアも同じものを選ぶ。
「俺もそれで」
「ワフッ! ワフッ!」
足元では、テリーがずっと尻尾を振っている。
「テリーはまだ選んでないよ」
「ワフッ!」
「絶対お肉って言ってる」
テリーには味付けをしていない肉を頼んだ。
しばらくすると料理が運ばれてくる。
皿の上には、表面を香ばしく焼いた厚い肉。
焼いた野菜と、大きめに切られたチーズも添えられている。
肉の上で溶けたバターが、まだ小さく音を立てていた。
「おいしそう」
ルナが肉を切る。
一口食べて、少し目を見開いた。
「おいしい」
「本当?」
フェリシアも一口食べる。
「柔らかいね」
「チーズもおいしいよ」
「ほんとだ」
二人とも気に入ったようだ。
俺も食べてみる。
表面はしっかり焼かれているのに、中は柔らかい。
バターの香りもよく合っている。
「ワフッ! ワフッ!」
「テリー、待って」
ルナが慌てて止める。
テリーの皿に置かれた肉からは、まだ湯気が上がっていた。
「クゥン……」
「今冷ますから」
ルナが肉を食べやすい大きさに切り、少し冷ます。
「はい」
「ワフッ!」
テリーが勢いよく食べ始めた。
「ゆっくり食べなよ」
「ワフッ!」
返事はするけど、速度は変わらない。
「今までで一番、食いつきいいんじゃない?」
「かもね」
ルナが笑う。
皿はあっという間に空になった。
「もう一皿食べる?」
「ワフッ!」
「即答だな」
結局、テリーには肉をもう一皿頼むことになった。
「私も少し追加しようかな」
ルナがメニューを見る。
「私も」
フェリシアも続く。
「二人とも、また食べるの?」
「だっておいしいよ」
「せっかくアルスレインに来たんだし」
「まあ、それもそうか」
三人と一匹で、ベイルン領最初の食事をゆっくり楽しんだ。
◇
食事を終えた後、冒険者ギルドへ向かった。
「ここだね」
石造りの大きな建物。
中へ入ると、依頼掲示板や受付が並んでいる。
作り自体はセルヴァンのギルドとそれほど変わらない。
「まずは顔を出しておこう」
「うん」
受付へ向かう。
「すみません」
「はい」
受付の女性が顔を上げた。
「今日アルスレインに入ったばかりなんですけど」
「冒険者の方ですね。冒険者証を確認してもよろしいですか?」
「はい」
三人分を渡す。
受付の女性が順番に確認する。
俺。
フェリシア。
そこで手が止まった。
「……Aランク?」
「はい」
俺の冒険者証とフェリシアのものをもう一度見比べる。
「Aランクの方が二人……」
「何かありました?」
受付の女性が顔を上げた。
「ちょうどよかったです」
「?」
「Aランクの冒険者にお願いしたい緊急依頼が入っています」
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