第126話 ラグナ河を西へ
朝食を終えた俺たちは、リゼルの冒険者ギルドへ向かった。
「アレンさん、お待ちしていました」
受付へ行くと、従魔連れ去り事件を担当していた職員が出てきた。
「昨日の件ですが、こちらでも確認が取れました。依頼達成として処理させていただきます」
「ありがとうございます」
「当初お願いしていた調査だけでなく、施設の発見、従魔の救出、犯人の拘束までしていただきましたので、追加報酬も出ています」
「いくらですか?」
「当初の依頼報酬と追加報酬を合わせて、六百万ジェニーです」
「六百万……」
思っていたより多い。
「それだけのことをしていただきましたから。従魔の被害をこれ以上増やさずに済んだことも大きいです」
「ありがとうございます」
六百万ジェニーは三人で分けることにした。
一人二百万ジェニー。
今回の依頼だけで考えれば、かなり大きな収入だ。
さらわれた従魔たちは、それぞれ治療を受けているらしい。
ゼグも薬が抜ければ問題ないそうだ。
「すでに運び出された魔物については、こちらでも引き続き調べます」
「お願いします」
アルスレインやドラン帝国につながる記録についても、上部組織へ報告してくれるという。
犯人の取り調べや組織としての調査は、ここから先はギルドに任せるしかない。
【依頼達成】
【100P獲得】
【保有:10,730P】
【累計獲得P:340,440P】
これでリゼルでやることは終わった。
◇
その日のうちに、俺たちはバレインへ向けて出発した。
来た時と同じ街道を北西へ進む。
「なんだか変な感じだね」
二日目の昼。
隣を歩いていたフェリシアが言った。
「何が?」
「この道、この前通ったばかりだから」
「ああ」
リゼルへ来た時には、こんなに早く引き返すとは思っていなかった。
「もっとリゼルにいるつもりだったもんね」
ルナが言う。
「ダンジョンにも行ってないし」
「そうだったな」
到着した時には、しばらくリゼルで依頼を受けてもいいと思っていた。
ところが従魔の連れ去り事件を調べることになり、その先でドラン側で強い魔物を集めている奴がいるらしい。
「でも、こういうのも冒険者らしくていいんじゃない?」
「どういうの?」
フェリシアが聞く。
「最初から全部予定を決めないで、気になることがあったら行き先を変えるのもさ」
「確かに」
フェリシアが笑った。
「私は好きだよ。そういう旅」
「私も」
ルナも頷く。
「ずっと予定通りだったら、何が起きるか分からない楽しさもないしね」
「ワフッ!」
少し前を歩いていたテリーが振り返った。
「テリーもそうだって」
「ワフッ!」
しばらく歩いていると、今度はルナがテリーを見ながら口を開いた。
「ねえ」
「ん?」
「テリーのお父さんとかお母さんも、あの人たちに捕まってたりするのかな」
俺とフェリシアもテリーを見る。
「キュ?」
本人は何の話か分からないらしく、首を傾げた。
「どうだろうな」
テリーがあの森で一匹だった理由は、まだ分かっていない。
首には何かで繋がれていたような痕もあった。
それに、あの施設では強い魔物や珍しい魔物を狙って集めていた。
「可能性はあるかもしれないね」
フェリシアが言った。
「うん」
ルナがテリーの頭を撫でる。
「どこかで元気にしてるといいね」
「ワフッ!」
テリーは嬉しそうに尻尾を振った。
◇
数日後。
「戻ってきたな」
見覚えのある城壁が見えてきた。
交易都市バレインだ。
町へ入ると、さっそく声が飛んでくる。
「あっ、テリー!」
「戻ってきたのか!」
「ワフッ!」
テリーも嬉しそうに返事をした。
「すっかり人気者だね」
フェリシアが笑う。
「テリーだからね」
なぜかルナが得意そうだ。
アルスレイン行きの次の渡し船は翌朝だった。
宿を取った後、俺たちは従魔組合へ向かった。
バレインで一つだけ、途中になっていたことがある。
「また来ました」
「おや。戻ってきたんですね」
以前教えてもらった職員も、俺たちを覚えていた。
「従魔契約の続きを教えてもらえますか?」
「もちろんです」
前回は感応石を使い、強すぎる魔力を細く安定して流すところまで練習した。
今回はその続きだ。
職員の指示通り、感応石へ細く魔力を流す。
「ずいぶん安定しましたね」
「前より慣れました」
「この感覚を忘れなければ大丈夫です。あとは契約したい魔物が、あなたの魔力を受け入れてくれるかどうかです」
「無理やりはできないんですよね?」
「ええ。契約はお互いの同意があって初めて成立します」
俺も一通りの手順を覚えた。
「私もやってみていいですか?」
フェリシアが感応石を受け取る。
「もちろんです」
フェリシアが石へ手を添えると、すぐに淡い光が灯った。
「……できた」
「早くない?」
「非常に安定していますね」
職員も感心している。
こういう繊細な魔力の扱いなら、俺より得意だ。
「フェリシアの方が上手だね」
ルナが笑う。
「まあ、それは認める」
「そんなことないよ」
そう言いながら、フェリシアは少し嬉しそうだった。
これで俺もフェリシアも、従魔契約に必要な手順は身につけた。
あとは相手が受け入れてくれるかどうかだ。
「二人とも従魔を探すの?」
ルナが聞く。
「無理に探すつもりはないよ」
フェリシアも頷いた。
「私も。旅の途中で出会えたら、それでいいかな」
「そうだな」
テリーだって、探して見つけたわけじゃない。
いつか相性のいい魔物と出会うことがあれば、その時に考えればいい。
◇
翌朝。
今日の渡し船でアルスレインへ渡ることにした俺たちは、朝から買い出しへ出た。
「時間もあまりないし、手分けしようか」
フェリシアの提案で、フェリシアは魔道具店へ。
俺とルナは市場へ向かう。
「なんで私がアレンと一緒なの?」
「ルナの金、俺の《収納》に預けてあるだろ」
「あ、そっか」
旅で稼いだ金の一部は、盗まれないよう俺の《収納》に入れてある。
「じゃあ、まず食料だな」
パン。
干し肉。
保存の利く野菜。
水。
テリーの肉も忘れない。
「あとロープも少し追加しておくか」
「まだあるよね?」
「あるけど予備があった方がいいだろ。それから布と油と、薬ももう少し――」
「アレン」
「何?」
「買いすぎ注意」
「《収納》に入るから大丈夫だぞ」
「入るかどうかじゃなくて、必要かどうかの話」
「使うかもしれないだろ」
「この前もそう言ってなかった?」
言った気がする。
「今回は水と食べ物を多めにして、それ以外は必要になったら向こうで買えばいいでしょ」
「でも国が変わるし――」
「買・い・す・ぎ・注・意」
「……分かったよ」
ロープを戻した。
「アレンって、こういうところ心配性だよね」
「準備して困ることはないからな」
「買いすぎてるから止めてるんだけど」
「あっ」
ルナが突然足を止めた。
「どうした?」
視線の先には、小さな露店があった。
色とりどりのアクセサリーが並んでいる。
「ちょっと見ていい?」
「いいよ」
ルナが一つのイヤリングを手に取った。
淡い青色の小さな石がついている。
光が当たると、透明な石の中で色が柔らかく揺れた。
「綺麗」
ルナが髪を耳にかけ、イヤリングを耳元へ当てる。
「アレン、どう?」
笑顔でこっちを見るルナはなんか色っぽかった。
「に、似合うよ」
「本当?」
「ああ」
薄い金色の髪にもよく合っている。
ルナはもう一度イヤリングを眺めた。
「じゃあ、買おうかな」
「五万ジェニーだよ」
店主が言う。
「結構するな」
「でも、気に入ったから」
今の俺たちなら、五万ジェニーで困ることはない。
それにルナ自身が稼いだ金だ。
「じゃあ、これください」
「毎度あり」
《収納》からルナの金を取り出して渡す。
ルナは買ったばかりのイヤリングを、その場で耳につけた。
「どう?」
「だから似合ってるって」
「そっか」
嬉しそうに笑う。
「じゃあ買い物の続きね」
「薬屋くらいは――」
「買いすぎ注意」
「まだ何も言ってないだろ」
「言うと思ったから」
先に止められた。
◇
待ち合わせ場所へ戻ると、フェリシアもすぐにやってきた。
「お待たせ」
「何買った?」
「魔力回復薬と、いくつか予備の薬。アルスレインでも同じものが買えるか分からないから」
「さすがフェリシア」
「必要な分だけね」
ルナが俺を見る。
「聞いた?」
「聞いたよ」
「何?」
「アレンがまたいろいろ買おうとしてたの」
「ああ……」
フェリシアがすぐ納得した。
「なんでその反応なんだよ」
「あれ?」
フェリシアの視線がルナの耳で止まる。
「それ、買ったの?」
「うん。どう?」
ルナが少し髪を上げた。
「似合ってる。綺麗だね」
「でしょ?」
「結構いいやつ?」
「五万ジェニー」
「いいの買ったね」
「アレンも似合うって言ってくれたから、買っちゃった」
「へえ」
フェリシアが俺を見る。
「何?」
「別に」
二人が笑う。
何がおかしいのか分からなかった。
◇
買い物を終えた俺たちは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
「アルスレインへ行くんですけど、ジェニーの両替ってどこでできますか?」
「ええ。バレインはアルスレインとの交易が多いですからね」
それなら助かる。
「交換比率は?」
「十万ジェニーで金貨一枚、千ジェニーで銀貨一枚、十ジェニーで銅貨一枚です」
金貨一枚が銀貨百枚。
銀貨一枚が銅貨百枚ということになる。
「全部替える?」
ルナが聞く。
「いや。ジェニーも残しておいた方がいいだろ」
またセルヴァンやミラディアへ戻ることもある。
俺たちはそれぞれ、手持ちのジェニーの半分ほどをアルスレインの貨幣へ替えた。
金貨。
銀貨。
銅貨。
同じ金でも、見慣れたジェニーとはまったく違う。
「こういうの見ると、本当に別の国へ行く感じがするね」
フェリシアが金貨を眺める。
「楽しみ?」
「うん」
「私も」
ルナも笑った。
◇
その日の昼過ぎ。
俺たちはバレインを西へ抜け、ラグナ河の船着き場へ来ていた。
目の前には、対岸が霞んで見えるほど大きな河が広がっている。
少し前は、向こうからこちらへ渡ってきた。
今度は逆だ。
「アルスレイン行き、もうすぐ出るぞ!」
船員の声が響く。
「行こうか」
「うん」
「ワフッ!」
三人と一匹で渡し船へ乗り込む。
やがて綱が外され、船がゆっくり岸を離れた。
バレインの町が少しずつ遠ざかっていく。
俺たちはラグナ河を渡り、アルスレイン王国へ向かった。
【保有:10,730P】
【累計獲得P:340,440P】
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