第121話 実験施設
そのままリゼルの冒険者ギルドへ戻った。
夜も遅かったが、受付にはまだ何人か職員が残っている。
「森の中に、かなり怪しい施設がありました」
地図を広げ、ルナが場所を示す。
夜に南門を出た荷車が森へ入り、人目につかない場所にある建物へ入っていったこと。
周囲には見張りが配置されていたこと。
荷車は外で荷を下ろさず、そのまま大きな建物へ入ったこと。
一通り話すと、受付嬢は奥から年配の男性職員を呼んできた。
「今回の調査を担当している者です。詳しく聞かせてもらえますか」
もう一度、これまでに分かったことを説明する。
従魔の失踪。
鎮静薬のついた針。
南へ向かう荷車。
そして、森の施設。
「かなり可能性は高そうですね」
「ギルドから人を出しますか?」
フェリシアが聞く。
男性職員は少し考えた。
「今すぐ大人数を動かすのは避けたいですね。
もし違法な施設なら、こちらの動きに気づいた時点で証拠を処分して逃げるでしょう」
「俺もそう思います」
「まず、従魔が本当にあそこへ運び込まれているのか確認していただけますか?」
「分かりました」
「こちらもすぐ動けるよう準備しておきます。森の手前には連絡役を一人待機させましょう」
何かあれば、その人がギルドへ知らせる。
これならいい。
「お願いします」
◇
翌日の夜。
俺たちは再び南の森へ入った。
ルナが先頭を歩く。
月明かりは枝葉に遮られ、森の中まではほとんど届かない。
それでもルナは枯れ枝を避け、ほとんど音を立てずに進んでいく。
しばらくすると、木々の向こうに小さな明かりが見えた。
「あそこ」
昨日の施設だ。
少し離れた場所で立ち止まる。
大きな建物が一棟。
その周囲には、小さな建物がいくつか建っている。
改めて近くから見ると、大きな建物には窓らしいものがほとんどなかった。
石と厚い板で造られた壁。
正面には荷車ごと入れそうな大扉。
そして。
「見張りがいる」
ルナが小声で言う。
一人ではない。
建物を囲むように離れて立ち、時折ゆっくり場所を変えている。
「適当に立ってるわけじゃないな」
「うん。お互いの見えないところを補ってる感じ」
かなり慣れている。
ギルドから同行した連絡役は、ここよりずっと後方で待機させている。
テリーも一緒だ。
「クゥン……」
別れる直前まで、テリーはルナから離れたがらなかった。
「すぐ戻るからね」
ルナが何度も撫でて、ようやく預けてきた。
これなら一匹で待たせるよりずっと安心できる。
「どうする?」
フェリシアが聞く。
「まず周りを見る」
正面から近づくつもりはない。
三人で距離を取りながら、施設の周囲を確認していく。
やがて裏側に、小さな扉を見つけた。
「作業用かな」
「多分」
ただし鍵が掛かっている。
近くにも見張りがいる。
「俺とフェリシアで中へ行く」
ルナを見る。
「ルナは外を頼める?」
「うん。見張りが動いたら知らせる」
「何かあったら無理せず離れて」
「うん。アレンたちも無理しないでね」
俺とフェリシアには《隠密》がある。
こういう時のためのスキルだ。
建物から少し離れた場所へ移動し、しばらく待つ。
やがて裏の扉が開いた。
男が二人、空の木箱を抱えて出てくる。
《隠密》。
フェリシアと目を合わせる。
二人が扉から離れた瞬間。
俺たちは物陰を抜け、閉まる直前の扉から中へ滑り込んだ。
◇
中は普通の倉庫にしか見えなかった。
木箱や樽、麻袋が積まれ、道具類も雑然と置かれている。
違法な施設だと言われても、これだけ見れば分からない。
「何もないね」
フェリシアが小声で言う。
「いや」
《魔力感知》。
建物の中には何人か人間がいる。
それだけじゃない。
「下にいる」
「下?」
「魔物みたいな反応がいくつもある」
フェリシアの表情が変わった。
倉庫の奥へ進む。
人が来れば荷物の陰へ隠れ、通り過ぎるのを待つ。
しばらくして、一人の男が奥の扉から出てきた。
鍵を掛け、そのまま反対側へ歩いていく。
扉の向こうには階段が見えた。
「地下だ」
男が十分離れるまで待つ。
次に誰かが出入りするまで、さらに時間をかけた。
焦る必要はない。
やがて別の男が階段から上がってくる。
扉が開く。
俺たちは《隠密》のまま、男と入れ替わるように中へ入った。
◇
階段を下りるほど、空気が変わった。
薬品のような刺激のある匂い。
湿った石の匂い。
その中に獣の臭いが混じっている。
地下へ着く。
石造りの通路。
その先を見て、足が止まった。
鉄格子の檻が並んでいた。
狼型。
鳥型。
俺の知らない小型の魔物までいる。
眠っている個体もいれば、ぼんやり目を開けているものもいた。
どれも首や脚に拘束具がつけられている。
「……ここだね」
フェリシアの声が低くなる。
間違いない。
従魔をさらっていた連中の施設だ。
さらに奥へ進む。
大型の黒い狼型魔物が見えた。
「ブラックハウンド」
レスバから聞いていた。
ずっと一緒に戦ってきた相棒、ゼグだ。
檻には【個体番号 17】とだけ書かれていた。
「ゼグかな」
「特徴は一致してる」
横になっているが、胸は動いている。
生きている。
それだけは確認できた。
本来なら、これで戻ってもいい。
誘拐された従魔を確認した。
十分な証拠だ。
でも。
「アレン」
フェリシアが奥を見る。
棚には薬品の瓶が並んでいる。
前に見つけたものと似た細い針。
別の色をした液体。
机の上には、数字や魔物の状態が細かく書かれた紙が何枚も置かれていた。
「ただ閉じ込めてるだけじゃないな」
「うん」
記録用紙を見る限り、一度や二度ではない。
何度も何かを試している。
その時、奥から足音が聞こえた。
物陰へ隠れる。
二人の男が通路を歩いてきた。
「今日の分は十八番だ」
「量は?」
「前より増やす。前回じゃ反応が弱かった」
「死なせるなよ。まだ使うんだから」
フェリシアが俺を見る。
何を試している?
二人が一つの檻の前で止まった。
中には茶色い大型の魔物が横たわっている。
一人が鍵を開け、もう一人が小さな瓶を取り出した。
赤黒い液体。
それを細い針へ移す。
フェリシアがほんの少し動いた。
俺は手で制する。
もう少しだけ何をしているのか確認したい。
男が針を魔物の脚へ刺した。
しばらくは何も起きなかった。
男たちは机へ移動し、紙を見ながら待っている。
やがて。
「グ……」
低い声が聞こえた。
魔物の脚が震えている。
呼吸が荒くなり、閉じていた目が開いた。
赤く血走っている。
「来たな」
男たちが檻から距離を取った。
魔物が立ち上がる。
「グルルルル……!」
次の瞬間、鉄格子へ身体ごと突っ込んだ。
ガンッ!
地下に大きな音が響く。
もう一度。
ガンッ!
「反応、強くなってるな」
「記録しろ」
驚いていない。
男たちは暴れる魔物を見ながら、紙へ何かを書いている。
「……何してるの」
フェリシアの声に怒りが混じった。
俺も同じ気持ちだった。
こいつらは従魔を盗んで売っているんじゃない。
少なくとも、それだけじゃない。
魔物を使って何かを試している。
ガンッ!
また鉄格子が揺れた。
一本が大きく曲がる。
「おい」
「効きすぎてないか?」
今度は男たちも慌て始める。
隣の檻の魔物たちまで騒ぎ出した。
さらに一撃。
鉄格子が大きく歪む。
このまま放っておけば、他の従魔まで危ない。
「フェリシア」
「うん」
証拠は十分見た。
何をしているかも分かった。
「助けよう」
潜入調査は、ここまでだ。
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