第120話 夜の荷車
翌朝。
俺たちは、残る失踪現場を調べることにした。
一件目はリゼル南部の宿。
二件目は南門に近い住宅。
三件目は町の外、南へ延びる街道沿い。
どの場所でも大きな争いが起きた形跡はなく、夜のうちに従魔だけが消えていた。
「やっぱり似てるね」
ルナが地図を見る。
「うん」
昨日見つけた針。
強力な鎮静薬。
荷車の轍。
さらに他の現場を調べると、もう一つ共通点が見えてきた。
「この裏道って、どこにつながってます?」
宿の主人に聞く。
「南側だよ。荷車でも通れる」
二件目も同じだった。
三件目は最初から南へ延びる街道沿い。
ギルドへ戻り、六件の発生場所を地図で確認する。
「全部、南へ運びやすい場所だね」
フェリシアが言った。
「ああ」
犯人は従魔を眠らせ、荷車に載せて南へ運んでいる。
まだ推測だが、可能性はかなり高くなってきた。
「でも、何度も運んでるなら誰か見てないのかな?」
ルナが言う。
「見るからに怪しい荷車なんて使わないんじゃない?」
フェリシアの言う通りだ。
何件も成功させている連中だ。
何かあるはずだ。
「南門の周りで聞いてみよう」
◇
南門近くの宿や酒場を回った。
夜にも荷車が出入りするため、それ自体は珍しくないらしい。
「夜の荷車なんていくらでもいるぞ」
酒場の主人が言う。
「商売によっちゃ、暗くなってから出る奴もいるからな」
「最近、何度も見かける荷車とかありません?」
「そこまでは覚えてねえな」
他でも似た答えだった。
それでも何人か聞いて回ると、宿で働く男が少し考えた。
「同じ荷車かは分からないけど、遅い時間に南へ出ていくのは何度か見たな」
「どんな荷車です?」
「普通だよ。荷台を厚い布で覆ってる、どこにでもあるやつ」
「御者は?」
「商人みたいな格好だったと思う」
「荷物は?」
「知らないよ。わざわざ他人の荷物を覗かないだろ」
「ですよね」
だからこそ怪しまれない。
「だいたい何時頃です?」
「夜だな。人通りが減ってからだったと思う」
宿を出る。
「今夜、見てみよう」
「うん」
二人も頷いた。
◇
夜。
南門から少し離れた場所で待つ。
昼より往来は減ったが、完全になくなるわけではない。
一台。
また一台。
荷車が南へ出ていく。
どれも普通に見える。
テリーはルナの隣で伏せていた。
「眠い?」
「ワフ……」
「もう少しだけね」
ルナが頭を撫でる。
さらに時間が過ぎた。
「今日は来ないかな」
フェリシアが小声で言う。
「その可能性もあるな」
毎晩従魔をさらっているわけじゃない。
そろそろ切り上げようかと思った時。
テリーが顔を上げた。
「……ウゥ」
「テリー?」
耳が立っている。
視線の先から、一台の荷車が近づいてきた。
御者が一人。
その隣に男が一人。
荷台は厚い布ですっぽり覆われている。
護衛もいない。
商人が商品を運んでいるようにしか見えなかった。
「クゥン……」
テリーがルナの脚へ身体を寄せる。
「どうしたの?」
荷車が近づくほど耳が伏せられていく。
俺には何も分からない。
音もしない。
外から見ても不自然なところはない。
「昨日の薬と同じ匂いなのかな」
フェリシアが小声で言う。
「それとも人の匂いか……」
どちらなのかは分からない。
ただ、テリーがあの荷車を明らかに警戒していることだけは確かだった。
荷車は俺たちの前をそのまま通り過ぎる。
御者たちはこちらへ興味すら示さなかった。
「追う?」
ルナが聞く。
「ああ。ただ全員で近づくのは危ない」
「私が行くよ」
「一人で?」
「森に入るなら、その方がいいと思う」
ルナが荷車の消えた方を見る。
「森ではずっと暮らしてたから、枝を踏まないように歩いたり、気配を抑えたりするのは慣れてる。
それに遠くからでも見えるから、かなり距離を取れるよ」
完全な《隠密》じゃない。
でも尾行なら俺たちより向いている。
「テリーは?」
ルナが少し迷ってから首を振った。
「連れていかない」
「ワフ?」
「ごめんね。今日はアレンたちと待ってて」
「クゥン……」
不満そうだ。
でも、テリーを見つけられたら何が起きるか分からない。
あの連中がテリーを知っている可能性だってある。
「俺とフェリシアがいるから」
「ワフ……」
ルナがしゃがんで抱きしめる。
「場所を確かめたらすぐ戻るからね」
「クゥン」
頭を何度か撫でてから立ち上がった。
「絶対に近づきすぎないで。見つかりそうならすぐ戻ってきて」
「うん。分かってる」
荷車が十分遠ざかってから、ルナも暗がりへ消えていった。
◇
待っている時間は長く感じた。
テリーは何度も、ルナが消えた方向を見る。
「大丈夫だよ」
フェリシアが背中を撫でる。
「ルナなら戻ってくるから」
「クゥン……」
「俺まで落ち着かなくなってきた」
「アレンも?」
「一人で行かせたからな」
「ルナなら大丈夫だと思うよ」
「そうだけど。心配は心配だよ」
しばらくして、暗い街道の向こうに人影が現れた。
テリーが立ち上がる。
「ワフッ!」
「テリー、静かに」
戻ってきたのはルナだった。
「ただいま」
「どうだった?」
ルナが一度息を整える。
「かなり怪しい」
「どこへ行った?」
「ずっと南へ進んだあと、街道を外れて森に入った」
フェリシアと顔を見合わせる。
「荷車が通れる道があるの?」
「最初はあった。でも途中から木に隠れて、街道からはほとんど見えなくなってた」
「その先は?」
「建物があったよ。古い倉庫みたいな大きいのが一つと、小さい建物が何棟か」
「人は?」
「私が見えた範囲で五人くらい。でも、たぶんもっといる」
「荷車の中身は?」
「見えなかった」
ルナが首を振る。
「外では布を外さなかった。荷車ごと大きな建物の中へ入っていったから」
「徹底してるな」
「うん」
荷物を外で下ろしもしない。
中身を誰かに見られる可能性を減らしている。
「それと、周りに見張りがいた」
「何人?」
「確認できたのは三人。普通の服だったけど、立つ場所が離れてて、ずっと周囲を見てた」
どう考えても、ただの倉庫じゃない。
「そこから先には行ってないよね?」
「うん。一人で入るのは危ないと思ったから」
「よかった」
場所が分かっただけでも十分だ。
「ワフッ!」
テリーがルナへ飛びついた。
「わっ!」
「ワフッ! ワフッ!」
「ただいま。ごめんね」
ルナが抱きしめる。
「キューン」
「寂しかった?」
胸元へ顔を押しつけるテリーを撫でながら、ルナが笑った。
◇
「一度ギルドへ戻ろう」
俺が言う。
「今から?」
「ああ。場所だけでも伝えておいた方がいい」
調査依頼を受けている以上、情報を抱え込む意味はない。
「でも、大勢で動いたら相手に気づかれそうだね」
フェリシアが言う。
「それも相談しよう。あの連中、かなり警戒してる」
普通の荷車。
夜の移動。
街道から見えない森の道。
荷車ごと建物へ入れ。
周囲には見張りまで置く。
何件も従魔をさらいながら捕まっていないのは、偶然じゃない。
「相手は慣れてるね」
ルナが言う。
「ああ」
ここまで調べても、まだあの場所が従魔誘拐の拠点だという証拠はない。
でも、テリーが反応した荷車。
これまでの失踪地点。
南へ続く痕跡。
その全部が、あの森へつながり始めている。
テリーがルナの腕の中から、南の暗い街道を見る。
耳はまだ少し伏せられていた。
あの森の奥に何があるのか。
次は、それを確かめる。
【保有:10,630P】
【累計獲得P:340,340P】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




