第119話 残された針
翌朝。
朝食を済ませた俺たちは、テリーを連れて冒険者ギルドへ向かった。
昨日受けた従魔連れ去り事件について、詳しい話を聞くためだ。
「お待ちしていました」
受付へ行くと、昨日の受付嬢が何枚かの紙を用意していた。
「現在確認されている失踪は六件です」
「六件も?」
「はい。最初は小型の従魔が中心でしたが、最近は戦闘に参加する従魔まで狙われています」
机の上に地図が広げられる。
印がつけられているのは、リゼルの南側が多かった。
「町の中だけじゃないんですね」
「街道沿いや、町の外にある宿でも起きています。ただ、今のところ南部に集中しています」
フェリシアが地図を覗き込む。
「犯人を見た人は?」
「いません」
「従魔が連れ去られる瞬間も?」
「確認できていません」
だから調査が進んでいないのか。
「直近の被害者に話を聞けますか?」
「はい。昨日お話ししたBランク冒険者です。今も町に滞在されています」
居場所を教えてもらう。
まずは本人に会うことにした。
◇
男はギルドから少し離れた宿にいた。
三十代後半くらいだろうか。
頑丈そうな身体つきで、背中には大きな斧を背負っている。
「従魔の件を調べてる冒険者か」
「はい」
「俺はレスバだ」
部屋へ通してもらう。
椅子へ座ったレスバは、どこか疲れた顔をしていた。
「失踪した従魔について教えてもらえますか?」
「ああ」
レスバが少し間を置く。
「ブラックハウンドのゼグだ。六年一緒にいる」
「六年……」
「俺がまだCランクだった頃からな。何度も一緒に死にかけた」
ただの従魔じゃない。
相棒に近いのだろう。
「戦闘では強かったんですか?」
「強いよ。少なくとも、そこらの盗賊数人程度ならゼグだけで追い払える」
それなら確かに不思議だ。
「いなくなった時は?」
「この宿の裏庭だ。夜だった」
「つないでいたんですか?」
「いや。そんな必要はない。呼べば来るし、勝手にどこかへ行く奴でもない」
テリーも同じだ。
従魔契約があるからといって縛る必要はない。
「何か音は聞きませんでした?」
「一度だけ」
レスバが眉を寄せる。
「短い鳴き声だ。痛がった時みたいな声だった」
「それだけ?」
「ああ。俺もすぐ外へ出た。でも、もういなかった」
「争った跡は?」
「ほとんどない」
レスバの拳が強く握られる。
「あいつが何もせず、人間についていくわけがない。それに、普通に戦えば簡単に捕まえられる奴でもない」
フェリシアが考え込む。
「戦わずに動けなくされた可能性はありそうですね」
「俺もそう思ってる」
レスバが顔を上げる。
「見つけてくれ。生きてるなら、それだけでいい」
「分かりました」
今度は現場を見せてもらうことにした。
◇
宿の裏手には、小さな庭と物置があった。
その先には細い道があり、さらに進めば街道へ出られる。
「ここにゼグがいた」
レスバが地面を指す。
失踪から数日。
人も何度か出入りしているため、足跡はほとんど残っていない。
俺は《魔力感知》を使う。
特に強い反応はない。
「何か分かる?」
ルナに聞かれ、首を振る。
「さすがに数日経ってるからな」
「私も見てみる」
フェリシアがしゃがみ込み、地面へ手を近づける。
「魔力を使った痕跡はほとんどないと思う」
「魔法で捕まえたわけじゃない?」
「少なくとも、強い魔法を使った感じはしないかな」
ルナも草の倒れ方や地面を確認している。
「こっちも分からないな……」
その時。
「クゥン……」
テリーが足を止めた。
「テリー?」
ルナが振り返る。
テリーは地面へ鼻を近づけていた。
ゆっくり匂いを嗅ぎながら、庭の端へ進む。
しかし草むらの前まで来ると、耳が下がった。
「クゥン……」
「どうしたの?」
ルナが近づく。
テリーはそこから先へ行こうとしない。
むしろ一歩下がった。
「何かあるのかな」
ルナが草をかき分ける。
「あ」
地面に小さな物が落ちていた。
「針?」
細い金属製の針だった。
長さは指ほど。
先端がわずかに黒ずんでいる。
フェリシアが手を伸ばす。
「待って」
「え?」
「何か塗ってあるかもしれない」
布を取り出し、それ越しに拾う。
その瞬間。
「キャインッ!」
テリーが大きく後ろへ跳んだ。
「テリー!」
尻尾が下がっている。
耳も完全に伏せられた。
「キューン……」
ルナの後ろへ回り込み、脚へ身体を押しつける。
「大丈夫だよ」
ルナがすぐにしゃがみ込む。
「もう何もされないからね」
テリーを抱き寄せる。
「キューン……」
最近はかなり人間にも慣れてきていた。
それなのに、ここまで怯えるのは久しぶりだ。
俺は手の中の針を見る。
「……これ、知ってるのかな」
ルナも針を見る。
「テリーも、これを使われた?」
「分からない。でも、この反応は普通じゃない」
テリーの首。
淡い青色のスカーフの下には、拘束されていたらしい傷が残っている。
偶然とは思いにくくなってきた。
「一度ギルドへ持っていこう」
「うん」
ルナはしばらくテリーを抱いたままだった。
◇
ギルドへ戻り、針を調べてもらった。
しばらく待つ。
やがて受付嬢が奥から戻ってきた。
「薬師にも確認してもらいました」
「何か分かりました?」
「強い鎮静作用のある薬が付着していました。
主に大型動物や魔物を眠らせる時に使われるものです」
「魔物にも?」
「はい。ただし、この濃度はかなり高いそうです」
フェリシアが腕を組む。
「ゼグにこれを撃ち込んだ?」
「可能性は高そうだな」
正面から戦えば強い。
でも、気づかれないうちに薬を入れれば話は違う。
「普通に手に入る薬なんですか?」
「薬自体は存在します。
ただ、この量と濃度を継続して用意するなら、誰でも簡単にできるというものではありません」
つまり、少なくとも思いつきで従魔を盗んでいる奴ではなさそうだ。
「もう一度現場を見よう」
俺が言うと、二人も頷いた。
◇
今度は宿の裏庭だけではなく、周辺まで範囲を広げた。
テリーも一緒だ。
さっきの針を見せたりはしない。
「無理しなくていいからね」
ルナが言う。
「ワフ……」
まだ少し元気がない。
それでもルナの横を歩く。
宿から細い道を抜け、街道側へ進む。
しばらくして。
「アレン」
ルナがしゃがんだ。
「これ、車輪の跡じゃない?」
地面に薄く二本の跡が残っている。
時間が経ち、他の足跡や轍に混ざっているが、確かに荷車が通ったように見えた。
「大型のブラックハウンドを眠らせたとしても、人が抱えて運ぶのは難しい」
「荷車を使ったなら運べるね」
フェリシアが言う。
その時。
テリーが鼻を動かした。
「クゥン……」
「テリー?」
轍の近くを嗅ぎながら歩いていく。
数歩先。
テリーがまた止まった。
今度は逃げない。
地面をじっと見ている。
草の間を探す。
「またあった」
同じ形の針だった。
俺とフェリシアが顔を見合わせる。
「間違いなさそうだな」
薬で眠らせて荷車へ載せ、どこかへ運んでいる。
犯人の手口が少し見えてきた。
問題は……。
「……どこへ運んでるんだろう」
ルナが言う。
「それと」
フェリシアが続ける。
「何のために従魔ばかり集めてるのか」
そう。
盗んで終わりじゃない。
何匹もいなくなっている。
それも、強い従魔まで狙っている。
テリーが再び轍へ鼻を近づけた。
「無理しなくていいよ」
ルナが優しく言う。
テリーはルナを見る。
少しだけ迷うように耳を動かした。
それから。
「ワフッ」
もう一度地面の匂いを嗅ぎ始める。
「テリー……」
怖いはずだ。
もしかすると、自分が捕まった時の記憶につながっているのかもしれない。
それでも逃げなかった。
轍は街道へ続いている。
その先は南。
ただ、街道へ出ると他の荷車の跡と重なり、追えなくなった。
「今日はここまでかな」
「うん」
でも、何も分からなかったわけじゃない。
強い従魔まで連れ去れる理由は分かった。
薬で眠らせ、荷車で運んでいる。
そしてテリーも、同じ手口で捕まった可能性がある。
まだ分からないのは、どこへ運んでいるのか。
そして、何のために集めているのか。
事件は思っていたより深そうだった。
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