第118話 リゼル
バレインを出て、街道を南東へ進む。
本当なら乗合馬車を使うつもりだった。
でも、リゼルまで直接向かう便はちょうど出たばかり。
次は数日後らしい。
「歩こうか」
「そうだね」
「四日くらいなら平気だよ」
「ワフッ!」
一番嬉しそうなのはテリーだった。
◇
バレイン周辺には、まだ荷馬車や旅人の姿が多かった。
でも半日も歩けば、それも少なくなっていく。
街道の両側には緩やかな丘。
その向こうには、淡い緑の草原が広がっていた。
風が通るたび、草の穂が波のように揺れていく。
遠くでは白い鳥が何羽か空を横切っていた。
「綺麗だね」
フェリシアが言う。
「うん」
馬車なら、もっと早く着く。
でも、こんな景色を眺めながら歩く旅も悪くない。
「ワフッ!」
テリーが突然走り出した。
「テリー?」
黄色い蝶を追いかけている。
蝶が右へ飛べば右へ。
左へ飛べば左へ。
何度か跳びつくが、まったく届かない。
「何してるんだ、テリー」
「楽しそうだからいいんじゃない?」
やがて蝶が高く舞い上がった。
テリーが立ち止まり、見上げる。
「クゥン……」
「残念だったね」
ルナが頭を撫でた。
すると、別の虫が目の前を横切った。
「ワフッ!」
「あ、また行った」
ルナが慌てて追いかける。
それを見て、フェリシアと笑った。
◇
一日目の夜。
街道から少し離れた場所で野営する。
焚き火を起こし、簡単な食事を済ませた。
「見張りはどうする?」
フェリシアが聞く。
「俺がやるよ」
「一人で?」
「朝になったら《全回復》すればいいから」
ルナが眉を寄せる。
「でも、Pを使うんでしょ?」
「五百P」
「結構使うじゃん」
「まあね」
今の保有Pは一万二千十。
三晩なら千五百P。
安くはない。
でも二人がしっかり眠れるなら、その方がいい。
「俺は回復できるけど、二人はできないから」
「……じゃあお願いするけど、何かあったら起こしてね」
「もちろん」
二人が眠ったあと、焚き火の前へ座る。
薪の弾ける音が、静かな夜に小さく響く。
昼間は遠くまで続いていた草原も、今は闇の中。
代わりに頭上には、町では見えなかった星が広がっている。
少し離れたところでは、テリーがルナの毛布にくっついて眠っていた。
ずいぶん旅らしくなったな。
そんなことを考えながら夜が明けるまで火の番を続けた。
◇
翌朝。
さすがに眠い。
肩にも重さが残っている。
《会員》を開く。
【保有:12,010P】
【全回復 500P】
使用する。
【500Pを消費しました】
【全回復しました】
【保有:11,510P】
「……やっぱり便利だな」
眠気が消えた。
身体の重さもない。
「本当に元気になってる」
起きてきたルナが不思議そうに俺を見る。
「五百Pするだけはあるよ」
「毎日使うには高いね」
「それは思う。気持ち的にはベッドで寝たいし」
だから普段はちゃんと寝る。
宿がない時だけは仕方ない。
◇
二日目の昼。
街道脇の林から魔物が飛び出した。
三体。
「来るよ!」
ルナが弓を構える。
「ワフッ!」
テリーもすぐに反応したが、勝手には飛び出さない。
俺が剣を抜くと、横へ離れる。
フェリシアが杖を向ければ、その先も空ける。
一頭がルナへ走った。
テリーが素早く横へ回り込む。
「ガウッ!」
吠えられた魔物がテリーへ向きを変えた。
そこへルナの矢。
一撃で倒れる。
もう一頭はフェリシアの《魔弾》。
最後の一頭へ俺が踏み込み、剣を振る。
倒した。
【40P獲得】
「ワフッ!」
「テリー、上手だったよ!」
ルナに褒められ、テリーが嬉しそうに尻尾を振る。
少し前まで俺の剣の前を走り回っていたのが嘘みたいだ。
その日のうちに、さらに二度魔物に襲われた。
どれも大した相手ではなく俺自身も三体を仕留めた。
【合計120P獲得】
もちろん、使える素材は《収納》へ入れておく。
◇
三日目。
昼過ぎ。
「待って」
先を歩いていたルナが足を止めた。
「どうした?」
耳を林の方へ向けている。
「水の音がする」
「川?」
「多分」
街道から外れ、木々の間へ入った。
葉の隙間から落ちる光を追うように進んでいくと。
小さな川が流れていた。
水は澄み、底に転がる白い石まで見える。
頭上では枝葉が重なり、街道からこちらの姿は見えそうにない。
「ちょうどいいね」
ルナとフェリシアが顔を見合わせた。
「水浴び?」
「うん」
「じゃあ俺は向こうにいるよ」
少し離れた林の入口へ戻る。
念のため《魔力感知》で周囲も確認しておく。
しばらくして。
「アレン、もういいよ!」
声が聞こえた。
川へ戻ると。
「キューン……」
びしょ濡れのテリーがいた。
「テリーも洗ったの?」
「ちょっと汚れてたから」
ルナが濡れた毛を撫でている。
「綺麗になったね」
「キューン……」
本人はあまり嬉しそうじゃない。
「水、嫌だった?」
「入るまでは平気だったんだけど――」
その時。
テリーが身体を大きく震わせた。
ぶるぶるぶるっ。
「きゃっ!」
「テリー!」
水滴が二人へ飛ぶ。
「ワフッ!」
本人だけはすっきりした顔だ。
「もう!」
そう言いながら、ルナも笑っている。
木漏れ日が川面で細かく揺れる。
先を急ぐだけが旅じゃない。
こんな寄り道も悪くなかった。
◇
二日目と三日目の夜も、俺が見張りを引き受けた。
そして翌朝。
それぞれ《全回復》を使用する。
三泊で。
【《全回復》使用:3回】
【消費P:1,500P】
さすがに大きい。
道中で獲得したポイントより、はるかに多い。
便利だからといって、気軽に使うものじゃないな。
◇
四日目。
昼過ぎにセレド公爵領を抜けた。
街道脇に立つ境界石を越える。
ここから先はオルディス伯爵領。
「入ったね」
「うん」
境界を越えたからといって、景色が急に変わるわけじゃない。
同じ空。
同じ街道。
畑の向こうには林が続いている。
知らない土地へ入ったと思うだけで、不思議と周囲が新しく見えた。
さらに数時間。
夕日が畑を赤く照らし始めた頃、前方に石壁が見えた。
「あれかな?」
フェリシアが指を差す。
「多分」
リゼル。
バレインほど大きくはない。
でも、この町が普通の地方都市とは少し違うことに気づいた。
剣を背負った冒険者。
泥のついた鎧。
魔物の素材を積んだ荷車。
通りには武具屋や薬屋が並んでいる。
「冒険者が多いね」
ルナが周囲を見る。
「バレインとは全然違うな」
向こうは商人と荷馬車が目についた。
ここは武器を持つ人間の方が多い。
何か理由がありそうだ。
まずは従魔も泊まれる宿を探し、部屋を取る。
そのあと、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
◇
リゼルの冒険者ギルドも賑わっていた。
依頼掲示板を見る。
「……何これ」
ルナが呟く。
【地下第二階層・魔石採取】
【地下第四階層・アイアンリザード討伐】
【地下第五階層・護衛依頼】
【未探索区画調査】
ダンジョン。
ダンジョン。
またダンジョン。
「この町、ダンジョンがあるの?」
「みたいだね」
フェリシアも興味深そうに依頼書を見ている。
俺も気になる。
でも、ここへ来た目的は別だ。
「あった」
ルナが一枚の依頼書を指す。
【従魔連れ去り事件・調査】
【推奨ランク:B以上】
「Bランク?」
聞いていたより高い。
依頼書を持って受付へ向かう。
「すみません。この依頼について聞きたいんですが」
受付嬢が紙を見る。
「従魔の連れ去り事件ですね」
「どうしてBランクなんですか?」
「最初はもっと低いランクの調査依頼でした」
「最初は?」
「はい。ですが数日前、Bランク冒険者が連れていた従魔まで行方不明になったんです」
「強い従魔だったんですか?」
「戦闘にも参加していたそうです。少なくとも、簡単に連れ去れるような従魔ではありません」
フェリシアと顔を見合わせる。
「盗賊などの集団が関わっている可能性もあります。
従魔を捕らえる手段を持っているとすれば、相手にかなり腕の立つ者がいることも考えられます」
「それでBランクに」
「はい」
ルナが依頼書を見る。
そして、隣にいるテリーへ視線を落とした。
「アレン」
「うん」
「これ、受けよう」
迷う理由はなかった。
「そのつもり」
「私も賛成」
フェリシアも頷く。
依頼書を受付へ差し出す。
「この依頼を受けます」
「分かりました」
四日かけてたどり着いたリゼル。
ここでテリーの過去につながるかもしれない調査が始まる。
【保有:10,630P】
【累計獲得P:340,340P】
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