第117話 次の町へ
翌朝。
いつものように冒険者ギルドへ入る。
「テリー!」
「今日も来たな!」
「ワフッ!」
テリーが嬉しそうに尻尾を振る。
もうこの町では、すっかり顔を覚えられていた。
少し前まで、人が近づくだけでルナの後ろへ隠れていた姿からは想像できない。
「今日も人気者だね」
フェリシアが笑う。
「ワフッ!」
テリーもまんざらではなさそうだ。
俺たちが依頼掲示板へ向かおうとした、その時。
「また従魔が消えたらしいぞ」
近くのテーブルから聞こえた声に、ルナが足を止めた。
「従魔?」
何人かの冒険者が話をしている。
「オルディス伯爵領だろ?」
「ああ。南部のリゼル周辺だ」
「今月に入って何件目だよ」
俺たちは顔を見合わせた。
バレインがあるのはセレド公爵領。
オルディス伯爵領は、その東隣だ。
「すみません」
声をかける。
「その話、詳しく聞いてもいいですか?」
「ん?」
男がこちらを見る。
「ああ。俺も人から聞いただけだけどな」
「従魔がいなくなってるんですか?」
「そうらしい。最初は逃げただけだと思われてたみたいなんだが、何件も続いてる。
それも、契約してる従魔までな」
ルナの表情が変わった。
「契約してるのに?」
「ああ。宿から消えたとか、家の庭からいなくなったとか。連れ去られたんじゃないかって話だ」
「誰がそんなことを?」
「そこまでは分からん。ただ、珍しい従魔が狙われてるって噂もある」
「珍しい従魔……」
ルナがゆっくりテリーを見る。
「ワフ?」
テリーは何も知らずに首を傾げている。
でも、俺たちは同じことを考えていた。
テリーの首に残っていた傷。
何かで拘束されていたような跡。
人間をひどく怖がっていたこと。
偶然かもしれない。
場所だって違う。
それでも。
「アレン」
「うん」
「テリーを捕まえた人たちと関係あるかもしれない」
「俺もそう思った」
ルナがしゃがみ、テリーの頭を撫でる。
「私、行きたい」
いつもの柔らかい声だった。
でも、その言葉には迷いがなかった。
「もし同じ人たちなら捕まえたい。この子みたいな目に遭ってる従魔がいるなら、放っておきたくない」
「俺は賛成」
フェリシアもすぐに頷いた。
「私も。関係があるかは分からないけど、調べてみよう」
「ありがとう」
ルナが少しだけ笑う。
「ワフッ!」
テリーもルナを見上げ、尻尾を振った。
次の目的地は決まった。
オルディス伯爵領南部。
リゼル。
「だったら、そろそろバレインを出ようか」
「うん」
「そうだね」
従魔契約について学び。
テリーと出会い。
一緒に戦い方を覚えた。
バレインでやりたかったことは、十分できた。
そろそろ次へ進む頃だ。
◇
ギルドを出たあと。
そのまま旅の準備をすることにした。
「まず装備を見ておこう」
「まだ買うの?」
ルナが笑う。
「見るだけだって」
まずは武具屋へ入った。
壁には剣や槍。
奥には弓。
反対側には杖や防具が並んでいる。
一通り見て回った。
でも。
「……ないな」
「何が?」
「今使ってる剣より欲しいと思うもの」
フェリシアも杖を何本か手に取っている。
「私も今の杖の方がいいかな」
「私も」
ルナも弓を見ながら首を振った。
俺の剣。
フェリシアの杖。
ルナの弓。
今の俺たちが使っている物より、明らかに優れた装備は見当たらない。
「普通のお店だと、そろそろ難しくなってきたのかもね」
フェリシアが言う。
「贅沢な悩みだな」
「テリーは?」
ルナが足元を見る。
三人でテリーを見た。
「ワフ?」
淡い青色のスカーフを巻いたテリーが首を傾げる。
「防具とか必要かな?」
「今はいいんじゃない?」
フェリシアが答える。
「速く動くんだし、重い物を着せたら邪魔になりそう」
「俺もそう思う」
「じゃあ、このままでいいね」
ルナがテリーのスカーフを軽く整える。
「似合ってるし」
「ワフッ!」
テリーは嬉しそうだった。
結局、武具屋では何も買わなかった。
◇
次に向かったのは道具屋。
「保存食は追加しておこう」
棚から取る。
「水も多めに」
さらに取る。
「薬と包帯も」
取る。
「ロープと雨具も予備があった方がいいな」
また取る。
「テリーの肉も」
「それは必要だね」
「器も予備を――」
「アレン」
「何?」
フェリシアがじっと俺を見る。
「もう十分あるよね?」
「え? そうかな?」
「どれも《収納》に入ってるでしょ?」
「うん。入ってる」
「じゃあ、なんでまだ買ってるの?」
「旅に備えは必要だから」
ルナまで笑っている。
「今回はテリーもいるから」
「テリーを理由に増やしてない?」
「そんなことはないよ」
「ワフッ!」
テリーが棚に並んだ干し肉を見上げている。
「ほら。テリーも必要だって」
「絶対そういう意味じゃないよ」
「キューン」
「ほら」
「それは食べたいって言ってるんだと思う」
フェリシアまで笑い出した。
「でも、旅の途中で足りなくなるよりいいだろ?」
「《収納》の中に何日分あるの?」
「…………」
「アレン?」
「かなり」
「やっぱり十分あるじゃない」
それでも。
結局、予定よりかなり多く買った。
全部《収納》へ入れる。
「よし」
「何がよしなの?」
「これなら何かあっても大丈夫」
「何もないといいけどね」
「何もないのが一番だよ」
でも、何かあった時に困るのは嫌だ。
旅の準備なんて、多いくらいでちょうどいい。
たぶん。
◇
翌朝。
宿を出る。
荷物は全部《収納》の中。
俺たちはバレインの門へ向かった。
街道沿いの店が開き始めている。
荷車を押す商人。
店先を掃く人。
朝の町を歩いていると。
「テリー!」
後ろから声が飛んできた。
振り向く。
何度かギルドで会った冒険者だった。
「もう行くのか?」
「はい」
「そうか」
男がしゃがみかけて。
少し考え、そのまま立った。
テリーが、知らない相手に急に触られるのを嫌がることを覚えているらしい。
「元気でな、テリー」
「ワフッ!」
尻尾が大きく動く。
「おお、返事したぞ」
「毎日してるじゃん」
別の冒険者が笑う。
少し先では、店の女性からも声が飛んできた。
「テリー、またね!」
「ワフッ!」
「本当に人気者になったね」
フェリシアが言う。
「最初は震えてたのに」
ルナも嬉しそうだ。
一週間前。
この町へ入った頃のテリーは、人の多さに怯え、ルナの胸元へ顔を隠していた。
今では、自分から町の人へ尻尾を振っている。
完全に人間を怖がらなくなったわけじゃない。
それでも、この町で少しずつ覚えた。
人間にも、怖くない相手がいることを。
門を抜ける。
街道へ出たところで、テリーが立ち止まった。
「どうしたの?」
ルナが聞く。
テリーが振り返る。
バレインの町を見つめる。
「ワフッ!」
小さく吠えた。
「また来ようね」
「ワフッ!」
ルナに頭を撫でられ、今度は前を向いた。
目指すのはオルディス伯爵領南部、リゼル。
従魔が連れ去られているという町。
テリーと関係があるのか。
今はまだ分からない。
でも、行けば何か分かるかもしれない。
「よし、行こう」
「うん」
「行こう」
「ワフッ!」
俺たちはバレインをあとにした。
次の町へ向かって。
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