第114話 久しぶりの依頼
翌朝。
ルナの部屋へ行くと、テリーはもう起きていた。
「ワフッ!」
扉が開いた途端、白い耳がこちらを向く。
一瞬だけ身体を固くした。
でも、今日は唸らない。
「おはよう」
一歩近づくと、テリーはルナの足元へ移動した。
「まだ触らせてもらえないか」
「でも昨日よりいいんじゃない?」
フェリシアが笑う。
「唸られなかったから」
「少しは信用されたかな」
「どうだろうね」
ルナがしゃがみ込む。
「テリー、脚見せて」
「ワフッ」
昨日怪我していた左の後ろ脚を確認する。
傷は完全に塞がっていた。
歩き方にもおかしなところはない。
「もう大丈夫そう」
「よかった」
ルナが嬉しそうに頭を撫でる。
「じゃあ朝ご飯にしようか」
「うん」
三人と一匹で部屋を出た。
◇
一階の食堂へ降りる。
朝の時間だけあって、人が多かった。
旅人。
商人。
冒険者。
話し声に、椅子を引く音。
皿やカップが触れ合う音まで重なっている。
階段を下りたところでテリーが止まった。
「クゥン……」
耳がぺたりと伏せられる。
「大丈夫だよ」
ルナがすぐにしゃがんだ。
背中をゆっくり撫でる。
近くで椅子が大きな音を立てた。
テリーの身体が跳ねる。
「クゥン!」
「びっくりしたね」
ルナが抱き上げる。
胸元へ顔を埋めたテリーを、そのまま優しく抱いた。
「ここにいるから大丈夫」
何度も背中を撫でる。
少しすると、強張っていた身体から力が抜けてきた。
「まだ食堂は難しそうだね」
フェリシアが言う。
「うん」
「だったら部屋で食べよう」
宿の人に事情を話す。
食事を部屋へ持っていっても構わないと言ってくれた。
結局、俺の部屋へ三人と一匹が集まった。
◇
「こっちなら平気みたい」
床へ下ろされたテリーが部屋の匂いを嗅いでいる。
昨日買った木の器へ水を入れる。
もう一つの器には肉。
「ほら、テリー」
「ワフッ!」
さっきまで縮こまっていたのが嘘みたいだ。
すぐに食べ始めた。
「食欲はすごいね」
フェリシアが笑う。
「元気な証拠じゃない?」
ルナは食べる様子をじっと見ている。
量は多すぎないか。
ちゃんと噛んでいるか。
水も飲んでいるか。
昨日までとは見る目が違う。
俺たちも朝食を食べ始めた。
パン。
野菜。
焼いた肉。
やがて自分の分を食べ終えたテリーが、フェリシアの横へ移動した。
「ん?」
フェリシアの皿をじっと見る。
「テリー?」
「キューン……」
視線の先は肉だった。
「これが欲しいの?」
「キューン」
「本当に分かりやすいね」
フェリシアが笑う。
味のあまりついていない部分を少しだけちぎった。
「少しだけだよ」
手を差し出す。
テリーが一瞬だけフェリシアを見る。
鼻を近づけ。
ぱくっ。
「ワフッ!」
尻尾が一気に動き始めた。
「そんなに嬉しい?」
「ワフッ!」
今度はフェリシアの手へ鼻先を寄せる。
「あ」
「フェリシア、好かれたみたい」
ルナが笑う。
「本当?」
フェリシアも嬉しそうだ。
俺は自分の皿を見る。
まだ肉が残っている。
「テリー」
同じように小さくちぎる。
「これ食べる?」
白い耳が動いた。
「…………」
手を差し出す。
テリーが俺を見る。
肉を見る。
また俺を見る。
そして、ルナの方へ移動した。
「なんで?」
ルナとフェリシアが笑った。
「まだアレンからは嫌みたい」
「肉でも駄目なのか……」
先は長そうだった。
◇
朝食が終わる。
「今日はどうする?」
ルナが聞いた。
「冒険者ギルドへ行こう」
「久しぶりだね」
「うん」
黒狼団の件から国境を越え。
バレインへ来て、従魔契約を学んで、テリーと出会った。
普通の冒険者依頼を受けるのは少し久しぶりだ。
「テリーも一緒?」
「もちろん」
ルナが答える。
テリーが足元からルナを見上げる。
「でも、ギルドも人が多そうだから抱いていくね」
「その方がよさそう」
ルナが抱き上げる。
「今日は私から離れなくてもいいからね」
「キューン」
テリーが胸元へ顔を寄せた。
◇
冒険者ギルドへ着いた。
扉を開ける。
やはり朝は混んでいた。
受付へ並ぶ冒険者。
掲示板を見る人。
テーブルを囲んでいるパーティー。
中へ入った瞬間、いくつもの視線がこちらへ向いた。
「ハーフエルフか?」
「珍しいな」
「あの白いの、犬か?」
「狼じゃないか?」
「従魔みたいだぞ」
ルナ自身もセルヴァンでは珍しい。
その腕には白いテリーまでいる。
目立たない方が難しい。
「クゥン……」
テリーが身体を固くする。
「大丈夫」
ルナがすぐに抱きしめた。
「みんな見てるだけだよ」
耳の後ろをゆっくり撫でる。
「誰にも連れていかせないからね」
「キューン……」
「うん。大丈夫、大丈夫」
ルナの声を聞いているうちに、テリーの耳が少しずつ元へ戻る。
見ていると本当に母親が子供をあやしているみたいだった。
「少し落ち着いた?」
「うん。多分」
受付へ向かう。
◇
「おはようございます。本日は?」
「依頼を受けたいんですが、その前に」
ルナがテリーを抱き直した。
「従魔が増えました」
「従魔ですか?」
「昨日、従魔師組合で登録してもらいました」
「では登録証をお願いします」
書類を渡す。
受付嬢が内容を確認していく。
途中で手が止まった。
「……フェンリル?」
「はい」
書類を見る。
テリーを見る。
もう一度書類を見る。
「この子が?」
「そうです」
「私、初めて見ました」
「やっぱり珍しいんですね」
「かなり珍しいと思います」
驚いてはいる。
でも、周りへ大声で知らせたりはしなかった。
「ではパーティー情報へ従魔を追記します」
「お願いします」
受付嬢が記入していく。
「契約者、ルナ・アルヴェインさん。従魔名テリー。種族フェンリル」
最後に確認する。
「これで大丈夫です」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドでも、テリーがルナの従魔として登録された。
◇
依頼掲示板へ向かう。
「さて」
久しぶりの依頼だ。
討伐。
護衛。
採取。
調査。
いくつもの依頼書が並んでいる。
Aランク。
Bランク。
俺たちなら受けられるものも多い。
でも、ルナの腕の中を見る。
「今日は軽い依頼にしよう」
「私たちは普通ので大丈夫だよ?」
「俺たちはね」
ルナがテリーを見る。
「ああ」
「昨日まで怪我してたし、どれくらい歩けるのかも分からない。
戦いになった時にどんな反応するのかも知らないし」
「最初から無理させる必要はないね」
フェリシアが頷いた。
「私もそう思う」
低ランクの依頼へ目を移す。
一枚の紙が目に留まった。
【西街道周辺・ウッドボア討伐】
【推奨ランク:D以上】
【バレイン西部の街道沿いの森でウッドボアが増加】
【街道へ接近する個体を討伐すること】
【討伐数に応じて報酬加算】
【状態の良い個体は食肉・素材としてギルドで買い取り】
「……食肉?」
もう一度見る。
「ウッドボアって食べるんだ」
ルナも依頼書を覗き込む。
「セルヴァンでは食べるんだね」
フェリシアが言う。
「ミラディアでは?」
「少なくとも私は聞いたことないかな」
昨日は怪我をした魔物を助けた。
そして、今日は別の魔物を討伐して食べる。
「なんか不思議だな」
「魔物を従魔にしたり、食べたりすること?」
「うん」
フェリシアも依頼書へ目を落とす。
「国が違えば、魔物との付き合い方も違うんだね」
「そうみたい」
「こういうことは、本で勉強しただけじゃ分からないな」
フェリシアが少し楽しそうに笑った。
「実際に来てみると勉強になるね」
確かに。
セルヴァンへ来てから、知らないことばかりだ。
「これにしようか」
「うん」
「私もいいよ」
「ワフ?」
テリーだけは、何の話か分かっていない顔をしていた。
◇
依頼を受注する。
バレインの西門から町を出た。
人通りが減ったところで、ルナがテリーを地面へ下ろす。
「もう大丈夫だよ」
テリーが周囲を見る。
街道。
草原。
遠くの森。
鼻を動かす。
次の瞬間。
「ワフッ!」
走り出した。
「あっ、テリー!」
ルナの周りを一周。
道の端の草を嗅ぐ。
少し先まで走って、また戻ってくる。
「すごく元気」
フェリシアが笑う。
「やっぱり外の方が好きなんだね」
「人が少ないから安心するのかも」
ルナも笑っている。
「ワフッ!」
テリーがその隣へ並んだ。
朝の食堂やギルドで縮こまっていた姿とはまるで違う。
俺は街道の先を見る。
遠くに目的の森が見えてきた。
剣。
フェリシアの杖。
ルナの弓。
そして、ルナの隣にはテリー。
三人と一匹になってから。
初めて受ける冒険者ギルドの依頼だ。
「じゃあ行こうか」
「うん」
「久しぶりだね」
「ワフッ!」
久しぶりの依頼。
少し楽しみになってきた。
【保有:10,410P】
【累計獲得P:338,620P】
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