第107話 三人の戦果
石畳の上を転がっていた剣が、乾いた音を立てて止まった。
さっきまで響いていた怒号も、足音も、もう聞こえない。
中庭に残っているのは、倒れた盗賊たちと、あちこちに突き刺さったルナの矢だけだった。
「…………」
竜爪剣を見る。
戦争の時にも、人を斬った。
あの時は、剣を振るたびに相手の動きを見ていた。
次はどこから来るのか。
自分が斬られることはないか。
ずっと考えながら戦っていた。
でも今回は違う。
六十人以上いたはずなのに、危ないと思った瞬間がほとんどなかった。
気づけば終わっていた。
強くなったのは間違いない。
ただ、自分がどこまで強くなったのか。
今になって、少し分からなくなった。
「アレン」
声に振り向く。
フェリシアが、助けた三人を連れて建物から出てきていた。
「怪我は?」
「大丈夫。ひどい怪我をしてる人はいないよ」
「よかった」
少し遅れて、正門の方からルナも戻ってくる。
矢筒を見ると、残っている矢はかなり少なかった。
「結構使ったね」
「うん」
「何本くらい?」
「数えてない」
「一度も外してないよね?」
「うん」
ルナは当たり前のように答える。
「見えてたから」
それだけだった。
盗賊たちからは姿すら見えない距離。
そこから走る相手を狙い続けて、一射も外していない。
「アレンも大概だけどね」
ルナが中庭を見る。
「こっちから見てたけど、あの人数の中に一人で入っていった時は、ちょっと引いた」
「そう?」
フェリシアも頷く。
「私も途中から、アレンが何人相手にしてるのか分からなかった」
「でも二人がいたからできたんだよ」
外へ逃げる盗賊はルナが止めた。
人質のところにはフェリシアが残ってくれた。
だから俺は、中庭の敵だけを見ていればよかった。
一人だったら、同じ戦い方はできなかったと思う。
◇
「本当に……三人だけだったんですか?」
助けた男の一人が聞いた。
四十代くらいの商人だった。
「はい」
「六十人以上いたんですよ?」
「いましたね」
男が中庭を見渡す。
しばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。
「……信じられない」
隣にいた若い男も頷く。
革鎧を着ている。
冒険者らしい。
「俺、捕まった時はもう終わったと思ってました」
「いつ捕まったんですか?」
「三日前です。護衛していた商隊を街道で襲われました」
「一緒にいた人たちは?」
男の表情が曇る。
「逃げられた人もいます。でも……何人かは殺されました」
もう一人。
旅装姿の女性が両手を握る。
「私は二日前です。乗っていた馬車が襲われました」
「それからずっとここに?」
「はい」
女性が少し迷ってから続ける。
「昨日、盗賊たちが話しているのを聞きました」
「何を?」
「私たちを……売るって」
ルナの眉が動いた。
「売る?」
「奴隷商に渡すって言ってました」
「奴隷商……」
フェリシアが呟く。
「どこへ?」
「東へ連れていくって。それ以上は分かりません」
女性が俯く。
「この国では、人を奴隷として売るのは禁止されてます。でも、東の方には奴隷を認めている国があるって……」
「そこへ売るつもりだったのか」
「多分」
ルナが牢のあった建物を見る。
「捕まってたのは三人だけ?」
商人が首を横に振る。
「俺たちが来る前にも、誰かいたみたいです」
「いた?」
「牢に縄や食器が残ってました。盗賊の話じゃ、もう連れていかれたらしくて……」
「…………」
どこへ連れていかれたのか。
今どうなっているのか。
そこまでは分からない。
でも、この盗賊団が荷物を奪うだけの連中ではなかったことは分かった。
「この話もギルドに伝えよう」
「うん」
◇
砦の中を調べる。
盗賊団を倒したとはいえ、依頼は元々調査だ。
中に何があるのかも確認しておいた方がいい。
「アレン、こっち」
フェリシアの声。
建物の一つへ入る。
元は兵舎だったらしい。
その奥の部屋に、木箱が何十個も積まれていた。
「すごい量……」
ルナが中をのぞく。
布。
酒。
食料。
武器。
装飾品。
旅人の荷物らしい鞄もある。
「盗品でしょうね」
「全部持って帰る?」
「いや、場所を報告すれば騎士団が回収すると思う」
「それがいいね」
さらに奥を調べる。
「あった」
フェリシアが机の上に置かれていた紙束を持ち上げた。
「これ、帳簿じゃない?」
開いてみる。
日付。
品物。
金額。
人の名前らしきもの。
細かく記録されていた。
「持って帰った方がいいね」
「うん」
《収納》へ入れる。
「ねえ」
ルナが壁を指した。
黒い布が掛けられている。
中央には、牙を剥いた狼の頭。
「……黒狼団」
噂ではなかったらしい。
この砦を使っていたのは、間違いなく《黒狼団》だ。
旗も証拠として《収納》へ入れた。
◇
中庭へ戻る。
縛っておいた団長が目を覚ましていた。
隣では、副団長らしい男も意識を取り戻している。
「…………」
団長がゆっくりと周囲を見る。
倒れた仲間たち。
武器が散らばった中庭。
そして、俺たち。
「……何人だ」
「?」
「お前ら……何人で来た」
「三人です」
団長の目が俺たちを順番に追う。
俺。
フェリシア。
ルナ。
「……三人」
低い声が漏れた。
さっきまで浮かんでいた怒りが消えていた。
何が起きたのか、まだ理解しきれていないような顔だった。
それ以上、団長は何も言わなかった。
「戻ろう」
フェリシアが言う。
「うん」
団長と副団長を立たせる。
二人とも手は後ろで縛ってある。
救出した三人も一緒だ。
砦の場所は地図へ記してある。
盗品の場所も確認した。
あとは町へ戻って報告すればいい。
◇
町へ戻った頃には、空が赤みを帯び始めていた。
門へ近づく。
「あ」
昨日話した衛兵がこちらに気づいた。
「戻ったのか」
「はい」
「どうだった?」
衛兵が近づいてくる。
「拠点は見つかったか?」
「見つかりました」
「本当か! 場所は――」
「その前に、この二人をお願いします」
「二人?」
俺たちの後ろを見る。
縛られた男たち。
「こいつらは?」
「黒狼団の団長と副団長です」
「…………」
衛兵の動きが止まった。
「団長と副団長?」
「はい」
「……調査に行ったんだよな?」
「そうです」
「何で団長を連れて帰ってくるんだ?」
「生け捕りにしたので」
「いや、それは見れば分かる」
衛兵が額を押さえる。
「他の盗賊は?」
「倒しました」
「何人いた?」
「六十人以上です」
「…………」
衛兵が俺たち三人を見る。
「三人で?」
「はい」
隣にいた兵士まで黙った。
「……ちょっと待ってくれ」
衛兵が一度深く息を吐いた。
「とりあえず二人は預かる。騎士団にも連絡する」
「お願いします」
団長と副団長を衛兵へ引き渡す。
「それと、この三人が砦に捕まっていました」
「人質か?」
「はい」
助けた女性が口を開く。
「私たち、奴隷商に売られるところだったみたいです」
衛兵の表情が変わった。
「奴隷商?」
「東へ連れていくと話していたそうです」
「……分かった。この件も騎士団へ報告する」
俺たちは団長たちを任せ、そのままギルドへ向かった。
◇
ギルドへ入る。
昨日の受付の女性がこちらに気づいた。
「お帰りなさい。早かったですね」
「ただいま戻りました」
「調査はどうでした?」
「拠点は見つかりました」
「本当ですか?」
女性がすぐに紙を用意する。
「場所を教えていただければ――」
「それと、黒狼団でした」
《収納》から黒い旗を出す。
机の上へ広げる。
牙を剥いた狼。
受付の女性の目つきが変わった。
「……間違いありません」
続いて帳簿を出す。
「これも砦にありました」
女性が何ページか確認する。
「盗品の記録……それだけじゃない」
「人の名前もありますよね」
「はい」
「捕まっていた人たちの話では、奴隷商に売るつもりだったみたいです」
受付の女性が顔を上げた。
「奴隷商ですか」
「東へ連れていくって」
「……なるほど」
帳簿へもう一度視線を落とす。
「ミラディアでは人身売買は禁止されています。ただ、大陸東部には奴隷制度を合法としている国がいくつかあります」
「そこへ?」
「可能性はあります。国境を越えてしまえば、追跡は難しくなりますから」
「前にも売られた人がいるかもしれません」
「この帳簿を調べます」
受付の女性が紙束を慎重にまとめる。
「黒狼団については?」
「団長と副団長は生け捕りにして、門の衛兵へ引き渡しました」
「他の構成員は?」
「全員倒しました」
受付の女性の手が一瞬だけ止まる。
「……全員?」
「六十人以上いました」
俺たち三人を見る。
でも、何も聞き返さなかった。
「分かりました」
すぐに仕事の顔へ戻る。
「この件はギルドマスターと騎士団へ報告します。砦には盗品も残っていますか?」
「かなりあります」
「では回収隊を出します」
「お願いします」
「報酬については、討伐人数と黒狼団であることの確認、それから救出者の証言も合わせて計算します」
「分かりました」
「おそらく明日にはお伝えできます」
やるべきことは終わった。
今日助けられたのは三人。
でも、帳簿には他の名前も残っている。
すでに東へ連れていかれた人がいるのかもしれない。
それでも。
黒狼団がなくなった以上、これから同じように連れ去られる人はいなくなる。
少なくとも、この街道では。
◇
ギルドを出る。
日はもう屋根の向こうまで傾いていた。
夕日に照らされた石畳の上を、三人で宿へ向かう。
「疲れた」
ルナが肩を回す。
「ずっと弓を引いてたからね」
「アレンの方が動いてたでしょ」
「俺はそこまででも」
「絶対嘘」
フェリシアが笑う。
「でも、三人でよかったね」
「うん」
今回は素直にそう思う。
誰か一人でも欠けていたら、もっと時間がかかった。
人質を守りながら。
逃げる盗賊を止めながら。
あの人数を相手にするのは、もっと面倒だったはずだ。
石畳の上に、三人分の影が長く伸びている。
「明日は?」
ルナが聞く。
「報酬を確認したら、また南へ行こう」
「セルヴァン?」
「うん」
「じゃあ今日はいっぱい食べないとね」
「結局、食事なんですね」
「大事だって言ってるでしょ」
ルナの声に、フェリシアが笑う。
俺もつられて笑った。
そのまま三人で宿へ向かった。
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