第106話 黒狼団
町を出て、森へ入った。
ギルドでもらった地図では、盗賊の拠点がある可能性が高い範囲までは絞られている。
とはいえ、森は広い。
普通なら、見つけるだけでもかなり時間がかかるはずだ。
でも。
「……あった」
森へ入ってから、それほど経っていなかった。
先頭を歩いていたルナが足を止める。
「もう?」
「うん。あっち」
指さした先を見る。
木々しか見えない。
「俺には何も見えないけど」
「かなり先だからね」
ルナが目を細める。
「石の壁がある。結構大きいよ。昔の砦みたい」
「人は?」
「いる」
即答だった。
「見張り台に二人。壁の上にも何人かいる。中までは全部見えないけど、かなり多そう」
「近づいてみよう」
三人でさらに森の奥へ進む。
しばらくすると、俺にも石壁が見えてきた。
古い砦。
高い外壁の一部は崩れ、蔦が這っている。
見張り台。
大きな正門。
中にはいくつもの建物があるらしい。
かなり昔に使われなくなった砦を、そのまま盗賊たちが拠点にしているようだ。
「ここからなら?」
ルナが近くの大木へ手をかける。
「上に行けば、かなり見えると思う」
軽く地面を蹴った。
枝へ手をかけ、そのまま身体を引き上げる。
さらに上へ上へと登っていく。
「……速いね」
以前のルナなら、ここまで簡単には登れなかったかもしれない。
《共有》で身体能力も上がっている。
あっという間に高い枝まで登った。
「見える!」
小さな声が降ってくる。
「中庭に二十人くらい。建物の前にもいる。外から見えるだけで三十人以上かな」
「分かった」
目を閉じる。
《魔力感知》。
意識を広げる。
森。
木々。
動物。
そして砦。
いくつもの魔力反応が浮かび上がる。
「……多い」
「何人?」
フェリシアが聞く。
「正確には分からないけど、六十以上いる」
「六十……」
フェリシアの表情が引き締まる。
さらに探る。
砦の中。
建物。
地下らしき場所。
「待って」
「どうしたの?」
「弱い反応が三つある」
「弱い?」
「建物の奥。同じ場所からほとんど動いてない」
盗賊なら、多少は動いている。
それなのに三人だけ、一か所に固まったまま。
「人質かもしれないね」
フェリシアが言う。
「俺もそう思う」
ルナが木から降りてくる。
「どうする?」
砦を見る。
六十人以上。
数だけなら多い。
でも、《魔力感知》で確認した限り、強い反応はない。
あの十階層で戦ったミノタウロスとは比べものにならない。
戦争で戦った《剣聖》とも違う。
「三人でいけると思う」
俺が言う。
フェリシアも頷いた。
「私も」
「じゃあ倒す?」
「その前に人質を助けたい」
中で戦えば、人質を盾にされる可能性もある。
「先に俺とフェリシアで入る」
「《隠密》?」
「うん」
フェリシアにも《隠密》は付与してある。
「人質を見つけて安全な場所へ移す。そのあと攻撃を始める」
「私は?」
ルナが聞く。
「ここから砦の中を狙える?」
ルナがもう一度木へ登る。
上から砦を見る。
「……うん」
「正門の中も?」
「見える」
「見張り台は?」
「余裕」
「じゃあ、ルナはここ」
「ここから撃つの?」
「できる?」
少し距離がある。
いや、かなりある。
でもルナは笑った。
「誰に聞いてるの?」
弓を軽く叩く。
「今の私なら外さないよ」
頼もしい。
「じゃあ、外の連中をお願い」
「分かった」
「逃げる奴がいたら?」
「逃がさない」
即答だった。
「ただ、一人か二人は生け捕りだからね」
「分かってるって」
ルナが答えて作戦は決まった。
◇
「《隠密》」
気配が薄れる。
隣のフェリシアも同じように《隠密》を使った。
「行こう」
「うん」
砦の裏側へ回る。
壁の一部が崩れていた。
高さはある。
でも今の俺には問題ない。
地面を蹴る。
一気に崩れた石壁へ飛び乗った。
そのまま内側へ。
振り返る。
フェリシアも来ていた。
助走。
踏み切る。
軽い身体が石壁まで一気に上がる。
縁へ手をつき、そのまま身体を持ち上げた。
「……普通に登れるんだ」
「何?」
「いや」
魔術師とは思えない動きだ。
《共有》で筋力も敏捷も上がっている。
普段はロッドを持って魔法を使っているから忘れそうになるが、今のフェリシアの身体能力は、普通の人間とは比べものにならない。
壁から降りる。
盗賊が一人歩いてきた。
こちらには気づいていない。
避けようとした時、別方向からもう一人。
二人が近づいてくる。
「フェリシア」
「うん」
俺が一人へ近づく。
口を塞ぎ、首筋へ手刀を入れる。
「ぐっ……」
男が崩れる。
もう一人が物音に反応する。
「ん?」
振り向いた。
その時にはフェリシアが目の前にいた。
「え――」
ゴッ!
ロッドの柄が男の腹へ入る。
「ぐえっ!」
身体が折れた。
さらに首筋へ一撃。
そのまま倒れる。
「……フェリシア」
「何?」
「結構強いね」
「アレンからもらってる力でしょ」
「そうだけど」
普通の魔術師の動きじゃない。
「行こう」
「うん」
二人を物陰へ移す。
《魔力感知》を使いながら、三つの弱い反応へ向かう。
建物の奥。
階段を下りる。
地下。
古い牢屋のような場所だった。
鉄格子の向こうに三人いる。
男が二人。
女が一人。
手を縛られていた。
俺達は《隠密》を解除する。
「……誰?」
女がこちらを見る。
「冒険者です」
「え?」
「助けに来ました」
三人の目が大きくなる。
「静かにしてください」
牢の鍵を見る。
見張りはいない。
鍵を壊して中へ入った。
縄を切る。
「歩けますか?」
「は、はい」
「俺たちが盗賊を倒します。その間、ここから出ないでください」
「すごい数いるぞ!」
男が小さな声で言う。
「分かってます」
「分かってるって……」
「大丈夫です」
フェリシアを見る。
「ここをお願い」
「うん」
「何か来たら?」
フェリシアがロッドを握る。
「守る」
「頼んだ」
階段へ戻る。
ここからはこっちの番だ。
◇
決めていた合図を送る。
建物の窓から小さな魔力の光が上がった。
次の瞬間。
ヒュンッ!
砦の見張り台。
一人の盗賊が倒れた。
「え?」
近くにいた男が振り向く。
ヒュンッ!
額に矢が刺さる。
「敵襲!」
声が上がった。
「弓だ!」
「どこからだ!」
中庭が騒がしくなる。
盗賊たちが周囲を見回す。
だがルナの姿は誰にも見えていない。
ヒュンッ!
また一人。
ヒュンッ!
さらに一人。
「森だ!」
「どこだよ!」
「見えねえ!」
当然だ。
俺たちですら、あの距離からルナを見つけるのは難しい。
盗賊たちには、矢だけが飛んでくる。
しかも一発も外れない。
矢が飛ぶ。
一人倒れる。
もう一本。
また一人。
「くそっ! 隠れろ!」
盗賊たちが建物の陰へ逃げ始める。
そこへ。
「いたぞ!」
一人が俺を見つけた。
「中にもいる!」
十人ほどがこちらを見る。
「一人だ!」
「殺せ!」
剣を抜く。
一人目が来る。
振り下ろされた剣をかわし斬る。
【人間討伐を確認しました】
【90P獲得】
二人目。
横から。
遅い!
ザシュッ!
【人間討伐を確認しました】
【75P獲得】
「なっ――」
三人目。
剣を受ける。
力を入れた。
ガンッ!
「うわっ!」
男の剣が大きく弾かれる。
胴が空く。
一閃。
【人間討伐を確認しました】
【120P獲得】
「何だこいつ!」
四人。
同時に来る。
剣。
短剣。
槍。
斧。
全部見える。
身体を沈める。
槍が頭の上を通る。
斧の男の懐へ入る。
一撃。
振り返る。
剣を受け流す。
斬る。
短剣の男が背後から来る。
その胸に。
ヒュンッ!
矢が突き刺さった。
「……助かる」
遠くのルナには聞こえない。
それでも言っておく。
【人間討伐を確認しました】
【人間討伐を確認しました】
表示が次々に浮かぶ。
もう数字を見る暇もない。
「囲め!」
「一人だぞ!」
盗賊たちが集まってくる。
十人。
十五人。
それでも怖くない。
これまで戦ってきた魔物たちの方が速い。
戦争で戦った兵士たちの方が統率されていた。
目の前の盗賊たちは遅く軽い。
動きも分かりやすい。
踏み込む。
一人。
二人。
三人。
剣を振るたびに、盗賊が倒れる。
「何なんだよ!」
「こいつ、人間か!?」
「化け物だ!」
誰かが叫んだ。
「無理だ!」
「逃げろ!」
盗賊たちが正門へ走り始める。
でも、そこはルナが見ている。
正門を飛び出した一人。
ヒュンッ!
倒れる。
「こっちだ!」
壁沿いへ逃げる。
ヒュンッ!
また倒れる。
「どこから撃ってやがる!」
「見えねえ!」
「森のどこかだ!」
別の男が崩れた壁へ向かう。
矢。
倒れる。
別方向。
矢。
また一人。
ルナの射線から逃げようとしても。
逃げられない。
風。
距離。
走る速度。
全部読んでいる。
一射。
一人。
次。
一人。
外れない。
まるで砦全体が、ルナの射程の中に入っているみたいだった。
◇
「こっちにも来た!」
地下。
フェリシアの前へ盗賊が二人現れた。
「何だお前!」
「そいつらを連れて逃げる気か!」
フェリシアは人質たちの前に立つ。
「下がっててください」
「でも――」
「大丈夫です」
ロッドを構える。
「女一人だ!」
盗賊が走る。
フェリシアは動かなかった。
直前。
横へずれる。
「なっ!?」
盗賊の剣が空を切る。
フェリシアが踏み込んだ。
速い。
ロッドの先端が男の腹へ入る。
「ぐっ!」
身体が浮いた。
壁へ叩きつけられる。
もう一人が背後から剣を振る。
フェリシアが振り向く。
「《魔弾》」
ドンッ!
「ぐあっ!」
男が吹き飛ぶ。
人質たちが呆然と見ている。
「……魔術師?」
「はい」
フェリシアが答える。
「でたらめだ……」
◇
中庭へ戻る。
立っている盗賊はもうほとんどいなかった。
そこへ。
「貴様らぁ!」
大きな声が響いた。
奥の建物から男が出てくる。
大柄。
傷だらけの顔。
大きな剣を持っている。
その後ろにも一人。
「団長!」
倒れていた盗賊の一人が叫ぶ。
こいつが《黒狼団》の団長か。
男が周囲を見る。
倒れている仲間たち。
そして俺。
「……一人でやったのか?」
「一人じゃないです」
「ふざけるな!」
大剣を構える。
「俺が殺してやる!」
走ってくる。
速い。
今までの連中よりは。
でも、俺には遅い。
振り下ろされた大剣を横へ避ける。
「なっ!」
懐へ入る。
剣を返そうとする。
その前に竜爪剣を持ったまま、柄頭を男の腹へ叩き込んだ。
ゴッ!
「がっ……!」
男の身体が折れる。
もう一度。
今度は顎。
男の目から力が抜けた。
そのまま地面へ倒れる。
「……団長は生け捕りだったな」
「て、てめえ!」
後ろにいた男が剣を抜く。
副団長かもしれない。
殺さない方がいい。
踏み込む。
「消え――」
男の声が途中で止まった。
俺はもう目の前にいる。
手首を掴む。
ひねる。
「ぐっ!」
剣が落ちる。
腹へ膝。
「がっ!」
首筋へ手刀を入れる。
男も倒れた。
「二人」
これで十分だ。
周囲を見る。
もう動いている盗賊はいない。
少しして、正門の向こうからルナが走ってきた。
「終わった?」
「うん」
矢筒を見る。
かなり減っている。
「何人倒した?」
「途中から数えてない」
「一本も外してないですよね?」
「うん」
普通に答えた。
「見えてたから」
それだけらしい。
建物の中からフェリシアも出てくる。
後ろに三人の人質がいる。
「みんな無事?」
「うん」
「こっちも終わった」
フェリシアが周囲を見回す。
「……本当に三人でやっちゃったね」
古い砦。
六十人以上いた盗賊団。
もう戦える者は一人もいない。
逃げた者もいない。
俺が倒した盗賊の分だけ、視界の端には何度も表示が出ていた。
最後にまとめて確認する。
【獲得P:2,730P】
【保有:10,310P】
【累計獲得P:338,520P】
「一万……」
また超えた。
表示を閉じる。
今はそれより地面で気を失っている団長と、もう一人を見る。
「この二人を連れて帰らないとな」
「それと人質の三人もね」
ルナが言う。
「あと盗品も確認しないと」
フェリシアが奥の建物を見る。
調査に来たはずだった。
でも、《黒狼団》の拠点はもうなくなった。
【保有:10,310P】
【累計獲得P:338,520P】
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