第104話 街道の襲撃
昨日着いた宿場町で一泊し、翌朝。
俺たちは市場へ来ていた。
「これも買っとく?」
ルナが干した果物の袋を持ち上げる。
「日持ちはどれくらいですか?」
「一月くらいなら大丈夫だよ」
店主が答えた。
「じゃあ、それもお願いします」
干し肉。
固焼きのパン。
乾燥させた果物。
それに水。
旅の途中で食べられる物を少し多めに買っていく。
俺とフェリシアには《収納》がある。
重さを気にする必要がない以上、食料は余裕を持って用意しておいた方がいい。
「こんなに買うの?」
ルナが積み上がった袋を見る。
「次の町に必ず予定通り着けるとは限りませんから」
「宿場町はいくつもあるって昨日聞いたけど?」
「何があるか分からないでしょう?」
「アレンって、こういうところ慎重だよね」
「食べる物がなくなるよりいいかなって」
「それはそうだね」
会計を済ませ、買った物を俺とフェリシアの《収納》へ入れる。
「これでしばらく大丈夫ですね」
「うん」
「じゃあ行こうか」
フェリシアが言う。
「そうですね」
答えてから気づいた。
「……あ」
ルナがこちらを見る。
「何も言ってないよ?」
「分かってます」
昨日よりは慣れてきたと思ったが、まだ俺の方は時間がかかりそうだ。
◇
町を出て、再び南へ進む。
午前中は何事もなかった。
街道の両側には畑が続き、ときどき小さな林や村が見える。
昼を過ぎた頃には、行き交う人の数も少なくなっていた。
先頭を歩いていたルナが突然足を止める。
「待って」
「どうした?」
ルナが街道の先を見つめる。
かなり遠い。
俺にはまだ人影すら見えない。
「荷馬車が三台」
「商隊?」
「多分。でも……」
ルナの表情が変わった。
「襲われてる」
「魔物?」
「人。剣を持った男が五人いる」
弓へ手を伸ばす。
「商人が何人かと、護衛が二人。一人は倒れてる」
さらに目を凝らした。
「もう一人も――」
ルナが息を呑む。
「危ない! 剣を振り上げてる!」
「先に行く!」
地面を蹴った。
最初の一歩で、背後にいた二人の足音が遠ざかる。
一歩。
また一歩。
遠くにあった三台の荷馬車が、異常な速さで大きくなっていく。
後ろからフェリシアとルナも走ってきている。
二人も普通の人間なら目を疑うような速度だ。
でも今は振り返らない。
前だけを見る。
人影がはっきりしてくる。
荷馬車の横。
片膝をついた冒険者。
その前で男が剣を振り上げていた。
「死ね!」
間に合え!
さらに強く踏み込む。
男の剣が動き始める。
俺はもう、その間合いに入っていた。
「はっ!」
竜爪剣を抜く。
そのまま振り抜いた。
ザンッ!
「ぐっ……!?」
男の身体が崩れる。
振り下ろされるはずだった剣が、冒険者の横へ落ちた。
【人間討伐を確認しました】
【80P獲得】
戦場で何度も見た表示が視界へ浮かぶ。
「な、何だ!?」
「どこから来やがった!」
残っていた盗賊たちが一斉にこちらを見る。
「冒険者です」
「ふざけ――」
一人が俺の背後へ回った。
剣を振り上げる。
その瞬間。
ヒュンッ!
「がっ……!」
矢が男の喉へ突き刺さった。
身体が後ろへ倒れ、そのまま動かなくなる。
「なっ……」
盗賊が街道の向こうを見る。
俺も一瞬だけ視線を向けた。
まだかなり離れている。
その街道をルナが走っていた。
走りながら弓を構え、すでに次の矢をつがえている。
「この距離から……?」
盗賊が呟いた。
「くそっ!」
正面から別の男が斬りかかってくる。
遅い。
剣の軌道も、踏み込む足も全部見える。
余裕でかわし空振りした男の脇を抜け、そのまま竜爪剣を返した。
ザンッ!
「ぐあっ!」
男が倒れる。
【人間討伐を確認しました】
【110P獲得】
「何なんだ、こいつら!」
残る二人の顔色が変わった。
俺を見る。
街道を走ってくるフェリシアとルナを見る。
「逃げろ!」
「ああ!」
二人が街道を飛び出し、横の林へ駆け込んだ。
木々の間へ姿が消える。
「追う?」
ルナが到着し、弓を向けたまま聞く。
そのすぐ後ろでフェリシアも足を止めた。
二人とも多少呼吸は速くなっているが、それだけだ。
「ぐっ……」
近くから声がした。
さっき助けた冒険者が腕を押さえている。
服が血で濡れていた。
もう一人は荷馬車の横に倒れている。
商人らしい男も額から血を流していた。
「追わない」
竜爪剣を鞘へ戻す。
「こっちが先だ」
「うん」
ルナもすぐに弓を下ろした。
「フェリシア、そっちの人をお願い」
「分かった」
◇
倒れている冒険者へ駆け寄る。
「聞こえますか?」
「……ああ」
意識はある。
脇腹を斬られていた。
ルナが隣へしゃがむ。
「傷を見せて」
服をずらし、傷口を確認する。
「深いけど、大丈夫。まだ間に合う」
両手をかざす。
淡い光が傷を包んだ。
「回復魔法……?」
「喋らなくていいよ。じっとしてて」
光が少しずつ強くなる。
流れていた血が止まり、開いていた傷口もゆっくり塞がっていった。
もう一人の冒険者を見る。
こちらは腕と脚を斬られている。
《収納》からポーションを取り出した。
「フェリシア」
「うん」
渡す。
フェリシアが男の身体を支えた。
「これ、飲めますか?」
「あ、ああ……」
「ゆっくりでいいですから」
少しずつポーションを飲ませる。
商人の額の傷も確認したが、こちらは浅かった。
念のため傷を洗ってから、残ったポーションを使う。
しばらくして、全員の状態が落ち着いた。
「本当に……ありがとう」
商人が頭を下げた。
「君たちが来てくれなかったら、二人とも殺されていた」
「盗賊はいつから?」
「少し前だ。この林から突然出てきた」
男が森を見る。
「最初は金と荷物を置けば命までは取らないと言っていた。だが護衛が抵抗したら……」
倒れた盗賊たちへ視線を向ける。
三人。
残り二人は森へ逃げた。
「追わなくていいのか?」
「森の中に仲間がいる可能性もあります」
「それは……」
「それに今は怪我人を安全な場所まで運ぶ方が先です」
商人が負傷した冒険者たちを見る。
「……そうだな」
「次の町は?」
「このまま南だ。ここからなら半日もかからない」
俺たちが向かっている方向と同じだ。
「じゃあ、そこまで一緒に行きます」
「いいのか?」
「はい」
「助かる。本当に助かるよ」
三人の盗賊が持っていた武器を回収する。
遺体についても、次の町で衛兵へ引き渡すことになった。
逃げた二人についても、そこで報告すればいい。
◇
商隊と一緒に南へ進む。
荷馬車は三台。
商人が四人。
護衛の冒険者が二人。
重傷だった一人は荷台で休んでいる。
もう一人も歩ける程度には回復したが、まだ戦える状態ではない。
俺たちは三台の荷馬車を囲むように歩いた。
「三人はセルヴァンへ向かってるんだったな」
先頭の荷馬車を操る商人が聞いてくる。
「はい」
「俺たちも途中までは同じだ」
「途中まで?」
「この街道をもう少し南へ行ったら、今度は東へ向かう」
商人が地図を広げる。
指が街道から東へ動いた。
「最終的にはアルスレイン王国へ行くつもりだ」
「アルスレイン?」
フェリシアが反応した。
「知ってるの?」
ルナが聞く。
「うん。大陸でも有数の大国だよ」
俺もその名前はよく知っている。
「サハル王国のセリカ王女殿下が向かった国だよね」
「そう」
フェリシアが頷いた。
サハル王国第一王女、セリカ殿下。
アルスレイン王国の第一王子との婚姻のために、あの国へ向かった。
父上とカイルも護衛として同行していた。
「でも、どうしてアルスレインへ?」
フェリシアが聞く。
商人が笑った。
「商売だ」
「商売?」
「ああ。最近のアルスレインは面白いって噂なんだ」
「何が?」
ルナが聞く。
「聞いたこともないような物が、次々に出てきてるらしい」
「物?」
「俺の聞いた話だと、今までとは違う灯りや、便利な道具。それに、見たこともない料理まで増えてるって話だ」
「料理?」
真っ先に反応したのはルナだった。
フェリシアが笑う。
「そこなんだ」
「ご飯は大事でしょ」
商人も笑った。
「俺だってどこまで本当かは知らん。商人の噂なんて話が大きくなることもあるからな」
「じゃあ、確かめに行くんですか?」
「ああ」
男が頷く。
「もし本当に新しい物が次々に生まれてるなら、そこには商売の機会もある」
「まだあまり知られてないうちに?」
「そういうことだ。誰でも知ってから行ったんじゃ遅い」
なるほど。
まだ知られていない物を早く見つければ、それだけ商売につながる。
「各地から商人が集まり始めてるって話もある。だから一度、この目で見てみたいんだ」
アルスレイン王国。
今まで俺にとっては、セリカ王女殿下が向かった大国というくらいの認識だった。
でも、少し興味が湧いてきた。
「いつか行ってみたいね」
フェリシアが言った。
「俺も」
「行けばいいじゃん」
ルナがあっさり言う。
「え?」
俺とフェリシアの声が重なった。
「何で二人とも驚くの?」
「今はセルヴァンへ向かってる途中でしょう」
「今すぐ行けなんて言ってないよ」
ルナが笑う。
「セルヴァンを見たあとでもいいし、もっと先でもいい。旅してるんでしょ?」
「そうだけど……」
「だったら、行きたい場所が増えてもいいじゃん」
言われてみれば、その通りだ。
俺たちは誰かに命令されて旅をしているわけじゃない。
どこへ行くのか。
どこで立ち止まるのか。
全部、自分たちで決めていい。
「じゃあ、いつか行こうか」
フェリシアを見る。
「うん」
フェリシアが笑った。
「私も行きたい」
「ルナは料理目当てでしょう?」
「それだけじゃないって!」
三人で笑う。
セルヴァンのさらに先。
アルスレイン王国。
今すぐ向かうわけじゃない。
でも、いつか行ってみたい場所が一つ増えた。
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