第103話 南へ
翌朝。
朝食を終え、宿の前で荷物を確認する。
といっても、大半は俺とフェリシアの《収納》に入っている。
ルナも昨日買ったばかりの新しい防具を身につけていた。
弓を背負ったルナによく似合っている。
「動きにくくないですか?」
「全然。前より動きやすいよ」
ルナが腕を上げ、弓を引くような動きをする。
「魔力もちゃんと通るし。これなら戦う時も邪魔にならない」
「それならよかったです」
「九十八万したからね。邪魔だったら泣くよ」
かなり高かった。
でも、これからもダンジョンへ入るなら必要な買い物だと思う。
「そろそろ行きましょうか」
「はい」
フェリシアが頷いてから俺を見る。
「アレンさん、荷物は――」
そこで言葉が止まった。
「?」
フェリシアの視線が横へ動く。
ルナがじーっと見ていた。
何も言わない。
ただ見ている。
「……何?」
「別に?」
「…………」
フェリシアの頬が少し赤くなる。
「アレン、荷物は全部入ってる?」
「はい。フェリシアさんの――」
今度はフェリシアとルナの二人が俺を見た。
「……あ」
昨日の話を思い出す。
「フェリシアの分も入ってる」
「うん」
ルナが笑う。
「二人とも全然慣れてないね」
「昨日変えたばかりですから」
「そのうち慣れるよ」
「そうだといいですけど」
「そこは敬語でもいいの?」
「これはルナに話してるんです」
「私には敬語なんだ」
三人で笑いながら宿を出た。
◇
町の南門を抜ける。
空はよく晴れていた。
ちょっと前まで地下に長い時間いたせいか、朝の光がいつもより眩しく感じる。
街道の両側には畑が広がっている。
背の低い作物が規則正しく並び、その間では何人もの農民が働いていた。
北へ向かう荷馬車。
南へ進む商人。
旅人の姿も多い。
「このままずっと南?」
ルナが聞く。
フェリシアが地図を広げた。
「しばらくはこの街道でいいみたい。大きな分かれ道もないよ」
「じゃあ迷わないね」
ルナが前を見る。
少し目を細めた。
「前に荷馬車が三台。その先にも二台いる」
「もう見えるんですか?」
「見えるよ」
俺にはまだ何も見えない。
「変わったものは?」
「今のところ何もないかな」
今度は顔を上げる。
「風も弱い。南から少し吹いてるくらい」
戦う時だけじゃない。
ルナの目と《風読み》は、旅をする時にもかなり便利だ。
そのまま南へ進む。
しばらく歩いているうちに、自然と三人の位置も決まってきた。
ルナが少し前を歩き、遠くを確認する。
フェリシアは俺の隣で地図を見る。
荷物の大半は二人の《収納》にある。
誰かが役割を決めたわけではない。
気づけばそうなっていた。
三人で旅を始めてから、まだそれほど経っていない。
それでも少しずつ、これが普通になってきている。
◇
昼が近くなった頃だった。
「アレン」
先を歩いていたルナが立ち止まった。
「何?」
「前に人が集まってる」
「何人くらい?」
「十人ちょっと。荷馬車が四台」
ルナがさらに目を凝らす。
「一台だけ道から外れてる」
「行ってみよう」
三人で歩く速度を上げた。
しばらくすると、俺にも見えてくる。
街道脇で一台の荷馬車が大きく傾いていた。
左側の車輪がぬかるみに深く沈んでいる。
何人もの男が荷台を押していた。
「せーの!」
ギギッ。
少し動く。
しかし、車輪は上がらない。
「駄目だ!」
「荷物を降ろすしかないか」
「全部降ろしたら何時間かかると思ってる!」
かなり困っているらしい。
近づくと、一人の男がこちらに気づいた。
「旅の人か?」
「はい。車輪が落ちたんですか?」
「ああ。昨日の雨で道の端が緩んでたらしい」
荷台を見る。
木箱や袋が隙間なく積まれている。
「左側を持ち上げれば戻せます?」
「それができればな。人を増やしてもほとんど動かなくて――」
「やってみます」
「え?」
荷馬車の左側へ回る。
荷台の下にある太い梁へ両手を掛けた。
「アレン?」
フェリシアがこちらを見る。
「少し上げる」
足に力を入れる。
ミシッ。
荷馬車の左側がゆっくり浮いた。
「……は?」
商人たちが固まる。
さらに持ち上げる。
ぬかるみに沈んでいた車輪が姿を現した。
「これで大丈夫ですか?」
「お、おい! 板を持ってこい!」
ようやく我に返った男たちが動き始める。
「車輪の下だ!」
「もっと右!」
「アレン、少しだけそっち」
ルナが指さす。
「ここ?」
「もう少し」
身体の向きを変え、荷馬車の左側を少しずらした。
「今だ!」
車輪の下へ板が差し込まれる。
「下ろしてくれ!」
ゆっくり力を抜いた。
ドンッ。
車輪が板の上へ乗った。
男たちが後ろから押す。
馬も前へ進み、荷馬車がぬかるみから抜け出した。
「出た!」
「助かった!」
歓声が上がる。
手についた泥を払う。
「これで大丈夫ですね」
「……あんた」
商人らしい男が俺を見る。
「今、一人で持ち上げたよな?」
「片側だけですけど」
「片側だけでも普通は無理だ!」
「アレンだからね」
ルナが平然と言う。
「それで説明になるのか?」
「私たちにはなるよ」
フェリシアまで頷いた。
「ならねえよ……」
◇
「本当に助かった。昼飯くらい食っていってくれ」
そう言われ、商隊と一緒に街道脇で休憩することになった。
木陰に座り、分けてもらったパンや干し肉を食べる。
「三人はどこまで行くんだ?」
商人が聞いた。
「セルヴァンまで行く予定です」
俺が答える。
「セルヴァンか。ならこの街道をそのまま南だ」
「国境までどのくらい?」
ルナが聞く。
「歩きならあと数日は見ておいた方がいい。途中に宿場町がいくつかあるから、泊まる場所には困らん」
フェリシアが地図を広げる。
「今日中に着ける町もありますか?」
「ああ。この先に一つある。ここからなら夕方までには着けるはずだ」
商人が地図の一か所を指した。
「南へ向かう商人は、大体そこで一泊する。そこを出たら、だんだん国境に近くなる」
「じゃあ今日はそこですね」
「うん」
ルナが頷く。
「セルヴァンから来た人も通ります?」
「もちろんだ。向こうから来る商人も多い。この辺まで来ると、扱ってる品も少しずつ変わるぞ」
「品?」
「布や香辛料なんかだな。南でしか採れない物もある」
ルナが少し興味を示した。
「へえ」
「町に着いたら市場を見てみればいい。北の町とは品揃えが違う」
こうして旅をしていると、ダンジョンだけでは分からないことも多い。
国が変われば、売っている物まで変わる。
セルヴァンへ近づけば、もっと違いが出てくるのかもしれない。
食事を終える。
「本当に助かったよ」
「いえ。大したことはしてません」
「俺たちにとっては大したことなんだ」
商人が笑った。
「道中、気をつけてな」
「そちらも」
商隊と別れ、また南へ歩き出した。
◇
「アレンさん、さっきの荷馬車――」
隣を歩いていたフェリシアが止まる。
一瞬だけ、ルナを見る。
ルナは何も言わない。
ただ、少しだけ笑っていた。
「……アレン。さっきの荷馬車、重くなかった?」
「全然。思っていたより軽かった」
「やっぱり……」
「何?」
「普通の人は、あれを軽いとは言わないと思う」
「うん。少し前の自分じゃ考えられないよ」
「だよね」
そのまま話しながら歩く。
少しして、フェリシアが前を指した。
「アレン、あそこ見て」
「どこ?」
「あの丘の向こう。屋根みたいなのが見えない?」
目を凝らす。
「俺にはまだ分からない」
「私は少しだけ見える」
「私は全部見えるよ」
先頭のルナが振り返った。
「結構大きな町。城壁もある」
「今日泊まる町でしょうね」
「多分」
そのまま歩き続ける。
しばらくしてから気づいた。
今の会話。
フェリシアは普通に俺をアレンと呼んだ。
俺も何も考えずに返していた。
フェリシアも気づいていないらしい。
前を歩くルナだけが、なぜか少し楽しそうにしている。
「どうしたの?」
フェリシアが聞く。
「何でもない」
「その顔、絶対何かあるでしょ」
「ないって」
ルナが笑いながら前を向く。
丘を越える。
遠くに町が見えた。
その向こうには、さらに南へ街道が続いている。
セルヴァンまではまだ数日。
三人で旅を始めてから、それほど長くはない。
でも、誰が前を歩くのか。
誰が地図を見るのか。
どんな呼び方をするのか。
そんなことまで、少しずつ考えなくても決まるようになってきた。
この三人で旅をすることが、だんだん楽しくなってきている。
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