第100話 《弓聖》
青白い光に照らされた広間には、大量の魔物が倒れている。
「まずは回収しましょうか」
「はい」
俺とフェリシアは《収納》を開いた。
アーマーリザード。
大型の蜘蛛。
角を持った四足の魔物。
これだけの数になると、一体ずつ回収するだけでも大変だ。
「ルナはどうします?」
「私は矢を回収する」
ルナは倒れた魔物へ近づき、刺さっている矢を一本ずつ抜いていく。
「これならまだ使える」
矢を回しながら、曲がっていないか確認する。
次の一本は途中から折れていた。
「これは駄目ね」
「矢って回収して使うんですね」
「もちろん。毎回全部捨ててたらお金かかるでしょ?」
「確かに」
昨日、町で百本買ったばかりだ。
三本同時に射るようになれば、今まで以上の速さで減っていく。
「これは大丈夫。こっちも……鏃がちょっと欠けてるから駄目」
使える矢だけを選び、ルナがまとめていく。
その間にも、俺とフェリシアは死体を《収納》へ入れ続けた。
「まだありますね……」
フェリシアが広間を見る。
「かなり倒しましたからね」
「これ、全部持って帰るんですか?」
「入るなら」
「ギルドの人、驚きそうですね」
ベルガントでも何度か驚かれた。
今回はそれ以上かもしれない。
しばらくして、ようやく広間の回収が終わった。
「こっちも終わったよ」
ルナが回収した矢を見せる。
「結構残りましたね」
「全部じゃないけどね。半分くらいは使えそう」
「それなら十分でしょう」
フェリシアが《収納》を開く。
「矢、入れておきます?」
「お願い」
回収した矢も収納された。
これで一通り終わった。
「さて……」
さっき見た表示をもう一度開く。
【保有:52,890P】
五万Pを超えている。
「さっき言ってたスキル?」
ルナが聞く。
「はい」
固有スキルの一覧を表示する。
【固有スキル購入】
【《鑑定》 取得済み】
【《剣聖》 取得済み】
【《魔聖》 取得済み】
【《弓聖》 50,000P】
【《斧聖》 50,000P】
【《槍聖》 50,000P】
【《拳聖》 50,000P】
「《弓聖》……」
ルナがその名前を聞いて目を丸くする。
「それが私に合いそうなスキル?」
「はい」
「どんな効果なの?」
「買ってみないと詳しくは分かりません。でも《剣聖》や《魔聖》と同じ並びにあるスキルです」
フェリシアが自分のロッドを見る。
「私が付与してもらっている《魔聖》と同じですね」
「そうです」
「それ五万Pするんだよね?」
「します」
「ほとんど全部使っちゃうじゃない」
「また貯めればいいですから」
「……簡単に言うね」
ルナが苦笑する。
「ただ、買ったあとルナに付与しようと思っています。いいですか?」
「私に?」
「はい」
一瞬驚いた顔をしたあと、ルナが弓を見る。
「……使ってみたい」
「じゃあ決まりですね」
《弓聖》を選ぶ。
【《弓聖》を購入しますか?】
【必要P:50,000P】
決定する。
【50,000Pを使用しました】
【固有スキル《弓聖》を取得しました】
【保有:2,890P】
「減った……」
「本当にほとんど使ったね」
「また増やします」
新しく取得したスキルを確認する。
【《弓聖》】
【弓術に関する技量、射撃精度、射撃速度を大幅に高める固有スキル】
「聖がつくと凄そうですね」
「うん」
ルナの声が少し弾んでいる。
次に《付与》を開いた。
【《弓聖》をルナ・アルヴェインへ付与しますか?】
「付与します」
【《弓聖》をルナ・アルヴェインへ付与しました】
「……っ」
ルナが急に自分の右手を見る。
「どうしました?」
「ちょっと待って」
弓を握る。
弦へ指を掛ける。
まだ矢はつがえていない。
「……何これ」
「何か変わりました?」
「変わったっていうか……」
ルナが弓を少し持ち上げる。
「今までずっと使ってた弓なのに、さっきより細かいところまで分かる感じがする」
「細かいところ?」
「どこまで引けば一番安定するかとか、どの角度ならすぐ次の矢をつがえられるかとか……」
ルナ自身も上手く説明できないらしい。
「撃ってみたい」
「ちょうどこの先も調査しますから、そのうち魔物は出るでしょう」
「早く出ないかな」
「出ない方がいいんですけどね」
フェリシアが笑った。
◇
広間の奥には、さらに道が続いていた。
今度はこれまでの天然洞窟とは少し違う。
岩壁の形が整い、道幅もほぼ一定になっている。
「またダンジョンっぽくなってきましたね」
「どこかで本来の通路につながったんでしょうか」
「多分」
ただし地図にはない。
一階でもらった地図は、とっくに役に立たなくなっていた。
道はさらに緩やかに下っている。
「今、どのくらいの深さなんだろ」
ルナが言う。
「分かりませんね」
「最初に穴をロープで下りたでしょ。そのあともかなり下ってるし」
「はい」
「それにアーマーリザードって、八階くらいから出るんだったよね?」
「記録ではそうなっていました」
「じゃあ、今いるところも八階くらいなんじゃない?」
言われてみればありそうだ。
正確な階層は分からない。
でも、一階からかなり下まで来ていることは間違いない。
「そのくらいかもしれませんね」
さらに進んだ時だった。
《魔力感知》に反応が入る。
「前にいます」
「何体?」
「七体です」
ルナの顔が変わった。
「アレン」
「はい?」
「私にやらせて」
もう弓を構えている。
「一人でですか?」
「うん。《弓聖》がどれくらい変わるのか試したい」
反応はさっきの広間にいた魔物と同程度だ。
「分かりました」
「危なかったら手伝いますからね」
フェリシアが言う。
「大丈夫」
通路の先から魔物が姿を現した。
アーマーリザードが三体。
その後ろから大型蜘蛛が四体。
ルナが一本の矢を取り出した。
つがえる。
引く。
放つ。
ヒュンッ!
「速っ……」
思わず声が出た。
矢が先頭のアーマーリザードの目へ突き刺さる。
でも驚いたのはそこじゃない。
一射目が当たる前に、ルナはすでに二本目を放っていた。
ヒュンッ!
別の一体の口へ。
三本目。
ほとんど間がない。
ヒュンッ!
三体目の目へ突き刺さった。
「ギャアッ!」
三体が次々と倒れる。
「……すごい」
フェリシアが呟いた。
俺も同じことを思った。
速いだけじゃない。
無駄がない。
矢を取る。
つがえる。
弦を引く。
狙う。
放つ。
今までなら一つずつに見えていた動きが、全部つながっている。
「まだ四体!」
ルナが矢筒へ手を伸ばした。
今度は三本。
三本を同時につがえる。
昨日初めて試した時とは違う。
迷いがない。
「いくよ」
弦を引き絞る。
ヒュンッ!
三本の矢が広がった。
左右へ動いていた三体の蜘蛛へ、それぞれ正確に突き刺さる。
一体目は目。
二体目は頭。
三体目は口の中。
三体がほぼ同時に倒れた。
「あと一体」
最後の大型蜘蛛が走ってくる。
ルナは慌てない。
一本だけ取った。
ほんの一瞬、弓を構える。
ヒュンッ!
蜘蛛の眉間へ矢が突き刺さった。
そのまま前へ転がるように倒れる。
「……終わり」
七体。
俺もフェリシアも一度も攻撃していない。
「すごいですね……」
フェリシアが素直に驚いている。
「自分でもびっくりしてる」
ルナが弓を見る。
「今までだって狙って射ってたんだけど、今は狙うまでがすごく速い」
「《風読み》も使ってたんですか?」
「使ってる。でも、それだけじゃない」
矢を一本取り出す。
「身体がどう動けばいいか、前よりずっと分かる感じ」
五万P。
やっぱりそれだけの価値はあるらしい。
「これなら三本同時ももっと使えそう」
「まずは三本なんですよね?」
「うん。まずは三本」
ルナが笑った。
◇
倒した魔物を回収し、さらに奥へ進んだ。
道はまた下っている。
途中で広い通路へ出た。
「またいます」
今度は九体。
アーマーリザード。
大型蜘蛛。
角を持つ四足の魔物。
「さっきより多いですね」
「でも、さっきの広間と比べたら少ないよ」
ルナが言う。
「それはそうですけど」
「来ます!」
今度は三人で動いた。
アーマーリザードが俺へ向かってくる。
一体目の首へ竜爪剣を入れる。
【900P獲得】
二体目。
噛みつきをかわし、腹へ斬り込む。
【900P獲得】
横から大型蜘蛛。
身体を回して脚を斬り、そのまま頭へ剣を振る。
【600P獲得】
ほぼ同時に、フェリシアの《魔弾》が二体を吹き飛ばした。
「《魔弾》!」
さらに一体。
反対側ではルナの矢が飛び続けている。
一本。
一本。
そして三本同時。
さっきよりさらに速い。
「終わり!」
ルナの最後の矢が角を持つ魔物の目へ突き刺さった。
ほんの短い戦闘だった。
「……九体いましたよね?」
フェリシアが周囲を見る。
「いましたね」
「前だったら、もう少し時間かかってたよね」
ルナが言う。
「でしょうね」
俺たちは確実に強くなっている。
俺だけではない。
フェリシアも。
ルナも。
【保有:5,290P】
【累計獲得P:333,500P】
「また少し増えましたね」
表示を閉じる。
「進みましょう」
さらに奥へ向かった。
◇
そこからしばらく、魔物とは遭遇しなかった。
代わりに道の傾斜が少しずつ強くなる。
「また下ってるね」
「はい」
「さっきが八階くらいなら、この辺は九階くらいかな」
ルナが言う。
「可能性はありますね」
ただ、確かめる方法はない。
本来の階段を使って下りているわけではないからだ。
やがて長い下り坂が終わった。
その先に、大きな空間がある。
「また広間?」
ルナが前を見る。
でも、さっきの空間とは雰囲気が違った。
魔物の反応は一つだけ。
ただし――。
「……強いですね」
「一体なのに?」
フェリシアが聞く。
「はい」
三人で慎重に進む。
通路を抜けた。
その先に、円形に近い巨大な広間があった。
中央に一体の魔物が立っている。
「……大きい」
ルナが呟いた。
三メートルを超える巨体。
人間のように二本の脚で立っているが、頭は巨大な牛だ。
太い腕。
盛り上がった肩。
手には、人間なら持ち上げることすら難しそうな巨大な戦斧を握っている。
《鑑定》を使う。
【ミノタウロス】
【強大な筋力と耐久力を持つ牛頭の大型魔物】
【巨大な戦斧を用いた近接戦闘を得意とする】
「ミノタウロス……」
名前を口にした時、フェリシアが広間を見回した。
「アレンさん」
「はい?」
「これ……もしかして階層主じゃありませんか?」
俺も同じことを考えていた。
広い空間に、一体だけ。
しかも、それまでの魔物より明らかに強い。
「階層主?」
ルナが聞く。
「ベルガントのダンジョンでは、十階ごとに強い魔物がいたんです」
「十階ごと?」
「はい。十階にはアイアンゴーレム。二十階にはミスリルゴーレム。三十階にはゴールデンゴーレムがいました」
ルナが目の前のミノタウロスを見る。
「じゃあ……」
ここまでかなり下ってきた。
アーマーリザードが出てきた辺りを八階前後だと考えれば、その後もさらに二度大きく下っている。
「ここが十階……?」
「多分」
その時。
ミノタウロスがゆっくり顔を上げた。
こちらを見る。
「気づかれました」
巨大な戦斧を持ち上げる。
そして――。
ドンッ!
石床へ戦斧を叩きつけた。
広間全体が揺れる。
刃が当たった場所には、大きな亀裂が走っていた。
「……さっきまでの魔物とは違うね」
ルナが弓を構える。
「はい」
俺も竜爪剣を抜いた。
おそらく、ここが十階。
そして目の前にいるのは、この階層の主だ。
【保有:5,290P】
【累計獲得P:333,500P】
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