第四章 死者の投稿
【証拠04】御堂恒一・SNS投稿履歴(オルタナ・テクノロジーズ公式広報経由で提供) アカウント名:@Modo_Alterna(認証済み・フォロワー218万人) 最終投稿日時:8月28日 午前2時14分 投稿内容:「黒瀬恒一は、私を殺していない。」 特記事項:投稿者の死亡推定時刻(8月28日午前0時前後)より約2時間後の投稿。投稿元IPアドレスは事件現場と一致。
事件発生から三日目の深夜、そのニュースは捜査本部を震撼させた。
「係長、大変です!」
橋本が血相を変えて駆け込んできた。手にしたスマートフォンを、これでもかというほど神谷の顔に近づける。
「御堂恒一のXアカウントが――更新されてます!」
神谷はすぐさま自分のスマートフォンでアカウントを確認した。青いチェックマークのついた御堂恒一の公式アカウント。そこに、死亡から二時間以上が経過した午前二時十四分、新たな投稿が表示されていた。
《黒瀬恒一は、私を殺していない。》
たった一行。それだけの文章が、すでに数万件のリツイートと、十万を超える「いいね」を集めていた。コメント欄は阿鼻叫喚だった。
《は? 死人が投稿してる件》 《アカウント乗っ取りでしょ》 《これガチだったら日本中ひっくり返るぞ》 《黒瀬恒一無罪説、急浮上》 《ホラーすぎん?》
「アカウントの乗っ取りだろう。パスワードが漏れたか、誰かが遠隔で――」
神谷が言いかけたところで、真帆が資料を手に会議室に入ってきた。彼女の表情は、いつになく硬かった。感情を表に出さない彼女にしては、珍しいことだった。
「投稿元のIPアドレスを特定しました」
「どこからだ」
「御堂恒一の自宅マンション――事件現場です」
誰も、すぐには言葉を継げなかった。
「事件現場からの投稿だと? 現場は今も規制線で封鎖されているはずだろう」
「はい。しかも」
真帆は淡々と続けた。まるで自分自身にも言い聞かせるように、一語一語を区切りながら。
「投稿時刻、午前二時十四分。その時間帯、現場に立ち入った人間は誰もいません。防犯カメラにも、規制線の入退室記録にも、出入りした人物は一切映っていません」
「無人の部屋から投稿された、ということか」
「投稿に使われた端末は、御堂恒一本人のスマートフォンです。指紋認証がかかっている機種で、パスコードによる強制解除の履歴もありません」
橋本が呆然とつぶやいた。
「じゃあ……本当に、死んだ本人が……?」
「馬鹿な話はよせ」
神谷は語気を強めた。だが、その声には、いつもの確信が明らかに欠けていた。
「遠隔操作の可能性は」
「調べています。ただ、御堂恒一のスマートフォンは、独自開発のセキュリティOSを搭載していました。オルタナ・テクノロジーズ製の、まだ市販されていない試作機です。外部からの遠隔操作は、少なくとも私たちの知る技術では、極めて困難です」
「極めて困難、であって不可能ではない」
「はい。ですが」
真帆は一枚の紙を差し出した。投稿文の解析結果だった。
「文体解析をかけました。過去の御堂恒一の投稿、約三千件と比較した結果――文体の一致率は九十八パーセントです」
「本人が書いたと言いたいのか」
「本人が書いた、もしくは」
真帆はそこで一度言葉を切った。その一瞬の沈黙が、神谷の背筋を冷たくした。
「本人の文章パターンを、極めて精密に学習した何かが、書いた、ということです」
その夜、SNSの潮目が変わった。
《死んだはずの御堂社長が、黒瀬は無実だと言っている》 《これ、本当に本物のアカウントなのか誰か検証して》 《黒瀬さん、実は冤罪なんじゃ……》 《いや待って、それより「死者が投稿した」ことの方がヤバくない?》 《日本、終わったろこれ》
黒瀬恒一への疑惑と同じ速度で、もう一つの疑惑が、静かに、しかし確実に育ち始めていた。
――死んだ人間が、まだ何かを語っている。
神谷はその夜、自宅に戻らなかった。捜査本部の隅で、御堂恒一の最後の投稿を、何度も何度も読み返していた。
「黒瀬恒一は、私を殺していない」
短い一文。だが、その裏に隠された意味は、あまりにも重い。
殺していない、ということは――殺したのは、別の誰かだということだ。
そしてもし、黒瀬恒一という人間が、本当にこの世に存在しないのだとしたら――
御堂恒一は、いったい誰に向けて、この最後の言葉を、書き残したのか。
蛍光灯だけが灯る深夜の捜査本部で、神谷は一人、その答えの見えない問いを、何度も反芻し続けていた。
翌日、オルタナ・テクノロジーズは、緊急の記者会見を開いた。神谷は、捜査本部のモニターで、その様子を注視していた。
壇上に立ったのは、広報責任者と、法務担当役員だった。三枝俊介の姿は、そこにはなかった。
「弊社アカウントの不正アクセスの可能性について、現在、社内調査を進めております」
広報責任者は、原稿を読み上げるような、抑揚のない口調で説明した。
「創業者・御堂恒一の逝去に際し、深く哀悼の意を表します。当該投稿につきましては、第三者による不正アクセスの可能性が高いと見て、警察と連携し、原因究明にあたっております」
記者席から、次々に手が挙がった。
「独自のセキュリティOSを搭載した端末だったと聞いていますが、それでも不正アクセスは可能なんですか」
「現時点では、あらゆる可能性を排除せず、調査中です」
「黒瀬恒一という人物と、御社の関係については」
広報責任者の表情が、一瞬、強張った。
「弊社と、その人物との関係は、一切確認されておりません」
その回答に、神谷は椅子の背もたれに寄りかかりながら、小さく息をついた。
「一切確認されていない、か」
橋本が、隣で苦笑した。
「まあ、Kurose Projectの存在を、この段階で認めるわけにはいかないでしょうね」
「認めないだけならまだいい。問題は、本当に知らないのか、隠しているのか、区別がつかないことだ」
記者会見の翌日、神谷たちは正式に、オルタナ・テクノロジーズに対する資料提出要請を送った。会社側の対応は、驚くほど遅かった。弁護士を通じた、慎重な言い回しの回答が続き、実質的な進展は、ほとんど見られなかった。
「これは、時間稼ぎだな」
神谷は、届いた回答書を、机に叩きつけるように置いた。
「誰かが、何かを隠すために、時間を稼いでいる」
真帆が、資料の束をまとめながら言った。
「三枝という取締役、記者会見に出てきませんでしたね」
「気になるか」
「はい。御堂の右腕とされる人物が、こういう局面で表に出てこないというのは、不自然です」
神谷は、三枝俊介の顔写真を、もう一度確認した。柔和な微笑みを浮かべた、人当たりの良さそうな顔。
「近いうちに、あの男とも、正式に話す必要がありそうだな」
その予感は、遠くない未来に、現実のものとなる。だがこのときはまだ、神谷も真帆も、三枝という人物が、事件の真相にどう関わってくるのか、正確には測りかねていた。
窓の外では、まだ誰も知らない次の異変が、静かに動き出そうとしていた。




