幕間 三枝俊介の沈黙
【証拠・幕間】三枝俊介・任意聴取記録(抜粋) 聴取日:桐生修一の身柄確保前 聴取内容:Kurose Projectおよび桐生修一の言動について、事件発生前から抱いていた疑念に関する供述。
桐生修一の行方がまだ分からなかった頃、神谷は三枝俊介への聴取を、これで四度目、行っていた。
これまでの三度は、いずれも当たり障りのない受け答えに終始していた。物腰は柔らかいが、核心には決して触れない。神谷は、その慎重さの裏に、何かを隠している気配を、ずっと感じ取っていた。
だが四度目のこの日、三枝の様子は、明らかに違っていた。
「今日は、正直にお話しします」
三枝は、応接室の椅子に深く腰掛け、疲れた表情でそう切り出した。
「これまで、何かを隠していたと」
「隠していた、というより――確証がなかったんです。もし間違っていたら、無実の同僚を、疑いの目にさらすことになる。それが怖くて、言えませんでした」
「桐生さんについて、ですね」
三枝は、小さくうなずいた。
「御堂と桐生の対立は、社内では、公然の秘密でした。ですが、ここ二年ほど、様子が違っていたんです」
「どう違っていたんですか」
「以前は、二人とも、感情的にぶつかり合っていました。会議で怒鳴り合うことも、珍しくなかった。でも、二年ほど前から――桐生は、御堂の前で、急に穏やかになった」
「穏やかに」
「はい。まるで、もう議論する必要がなくなったかのように。私はそれを、桐生が折れたんだと思っていました。でも、今思えば――」
三枝は、言葉を選ぶように、一度、目を伏せた。
「桐生は、折れたんじゃなかった。もう、御堂を説得する気を、なくしていたんです」
神谷は、その言葉の重みを、静かに受け止めた。
「あなたは、Kurose Projectのことを、いつから知っていましたか」
「プロジェクト自体の存在は、二年前から、社内の噂として、耳にしていました。ただ、その具体的な内容までは、知らされていませんでした。御堂も桐生も、私には決して詳細を明かそうとしませんでした」
「なぜだと思いますか」
三枝は、自嘲するように、口の端を歪めた。
「私は、経営管理畑の人間です。技術の中身より、会社の評判やリスクを気にするタイプだと、二人からは思われていたんでしょう。実際、その通りでした。もし私が詳細を知っていたら、間違いなく、即座にプロジェクトの中止を訴えていたはずです」
「では、御堂が殺害された夜、あなたはどこに」
「自宅にいました。アリバイは、家族が証言してくれています。ですが……」
三枝の声が、初めて、明らかに震えた。
「私は、あの夜、御堂から着信を受けています。深夜十一時四十分頃です」
会議室の空気が、一気に張り詰めた。
「出なかったのですか」
「出ませんでした。もう休んでいましたし、たいした用件じゃないだろうと、思っていました。折り返そうと決めて、そのまま眠ってしまいました」
三枝の目に、涙がにじんだ。
「翌朝、御堂の訃報を聞いたとき、私は、留守番電話を確認しました。そこに、こう残されていました」
三枝は、震える手で、スマートフォンを取り出し、その録音データを再生した。
『三枝、悪い、夜分に……。桐生のことで、話がある。データが流出した。誰かが、黒瀬のデータを使って、何か良からぬことを企んでいる気がする。明日、朝一番で話そう。念のため、今夜は誰も部屋に入れないようにする』
御堂恒一の、最後の肉声だった。
神谷は、しばらく、無言でその録音を聞いていた。
「もし、私があの電話に出ていたら」
三枝の声が、かすれた。
「御堂は、死なずに済んだかもしれません。少なくとも、警戒していたはずです」
「結果論です」
神谷は、静かに、しかし、きっぱりと言った。
「あなたが電話に出ていたとしても、桐生がすでに動き出していたのなら、結果は変わらなかったかもしれない。それに――」
神谷は、三枝の目を見た。
「あなたは今、この録音データを、自分から差し出した。隠すこともできたはずだ」
三枝は、しばらく黙っていた。
「隠して、何になるんですか。御堂はもう、戻ってきません。私にできることは、せめて、真実を明らかにする手伝いをすることだけです」
その言葉に、噓の色は見えなかった。
事件の解決後、三枝は経営の一線から静かに退いた。表舞台に姿を見せることは、二度となかった。だが神谷は、後に人づてに聞いた話として、三枝が個人的に、水野由紀の遺族を訪ね、深く頭を下げたという噂を耳にすることになる。
真相にも、法にも、直接触れることのなかった、一人の男の、静かな贖罪だった。




