第5話 子爵家の高額美術品を鑑定したら、魔法騎士団の補給資金を横流ししていました
「これは間違いなく正当な美術品ですわ。しかも、かなり価値が高い」
「そうだろうそうだろう。かなり値が張ったからなあ」
依頼人の子爵は、私の美術品鑑定の結果に、すっかり気を良くしたようだった。
私は冷静に口を開いた。
「ええ。本物です。だからこそ、よくわかりましたわ」
「・・・・何がだ?」
「この美術品を買うだけのお金を、あなたがどこから捻出したのか、です」
そう言って私は扉のほうへ視線を向けた。
「入ってきてちょうだい」
合図とともに扉が開き、魔法騎士団が部屋へ踏み込んできた。
あっという間に子爵は取り押さえられる。
「何をする!!」
「何って、犯罪者を捕まえたのよ」
「ふざけるな!私は何も――」
「補給資金の横流し。帳簿の偽装。子息の婚約者への不当な搾取。十分すぎるほど罪はありますわ」
子爵の顔がひきつった。
私は、その隣にいたこの家の婚約者である令嬢へ視線を向けた。
やつれた顔。
けれど、目だけはまだ死んでいない。
「そちらにいる婚約者さんは、どうするの?」
魔法騎士団の隊長が、彼女に向かって一礼した。
「ご安心ください。事情を確認したうえで、保護いたします」
「だが、こいつらは許さない」
隊長が怒気をこめて子爵のほうを振り向く。
魔法騎士団の空気がぴんと張りつめる。
彼らが怒っているのも当然だった。
自分たちの命をつなぐはずの補給資金が、こんな高額美術品に化けていたのだから。
なぜこんなことになったのか。
話をさかのぼって、順に話をするわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
三日前。
「ここが依頼の街ね。大きい街だわ」
私は、美術品管理課の職員として依頼を受け、この街へ来ていた。
今回の仕事は、ある貴族家が保有する美術品の鑑定。
屋敷へ向かう前に少し街を見て回っていると、古道具屋と修復工房を兼ねた店が目に入った。
私はこの手の店に目がない。
視界に入れば、必ず寄ってしまう。
店先には、古い額縁、取っ手の欠けた小箱、金具の外れた燭台、修復途中らしい装飾品が並んでいる。
心地よい空気を堪能しながら、しばらく品物を眺めていると、帳場にいた若い女性がおずおずと声をかけてきた。
「な、何かお探しでしょうか?」
顔を上げると、驚くほど若い女性だった。
仕草が綺麗で、言葉遣いも柔らかい。
少しやつれている気もしたが、貴族の令嬢だと言われても違和感はない。
ただ、接客にはどう見ても慣れていない。
「いえ、そういうわけじゃないの。少し見ていただけよ」
そう答えると、彼女はどこかほっとしたように息をついた。
「ねえ。これって欠けてるのよね」
私がそう言うと、彼女は慌てたように首を振った。
「い、いえ、欠けたというより、補修の跡です」
「補修の跡?」
「はい。本来の金具じゃないんです。この時代の額縁なら、もっと細い留め具を使うはずなので・・・・後の持ち主が、見栄えをよくしようとして付け替えたんだと思います」
帳場の奥にいた店主が、感心したように口を挟んだ。
「お前さん、よくわかるねえ。その通りだよ。そいつは一度、変な修繕をされててな」
なるほど。
接客はぎこちないのに、品物の知識はある。
しかもかなり詳しい。
私はそのとき、わずかな違和感を覚えた。
けれど、まだ気のせいだと思っていた。
軽く会釈して、私は店を離れた。
そのまま目的の屋敷へ向かう。
依頼主は、この街の子爵家。
ここが保有している美術品を鑑定する。
それが今回の私の任務だった。
ところが、その途中で声をかけられた。
「お待ちください。ミント嬢。私は魔法騎士団第4軍の者です」
振り向くと、魔法騎士団の正装をした騎士が一礼していた。
魔法騎士団。
言わずと知れた、魔法国家プラチナ帝国の正規軍だ。
「かの魔法騎士団の方が、私に何のご用ですか?」
訝しく思って尋ねると、騎士は少し声を潜めた。
「実は、この近辺で魔物が大量発生しております。現在、広域の防御結界を張り、魔物を逃がさぬようにしながら討伐を進めているところです」
それだけなら、私に関わる話ではない。
けれど、騎士の表情は重いままだった。
「問題は補給です。帝都プラチナムからの補給資金が、どういうわけか十分に届かないのです」
「届かない?」
「はい。補給を担当しているのは、この街の子爵家です。品行方正で、帳簿の正確さでも評判の家でした」
「ですから、帝都からの補給資金が十分でないので増額を申請した、という報告を受けたときも、我々は疑いませんでした」
「だが、それでも足りないと言うのです」
そのたびに帝都へ報告し、増額してもらっている。
それでもなお、子爵家は「足りない」と言い続けるらしい。
「それでは我々の食糧が乏しくなってしまうので、この町の人々も協力して、食料をこちらへ回してくれています。ですが、それも限界があります」
騎士の声には、焦りがにじんでいた。
もし魔法騎士団の補給が完全に尽きれば、討伐は崩れる。
そうなれば魔物が周辺の町を襲い、被害は甚大になる。
「つまり」
私は小さく息をついた。
「私にその調査を手伝え、ということかしら?」
「申し訳ありません。本来の任務でも、管轄でもありません。ですが、万が一にも騎士団に何かあれば、多くの民が犠牲になります」
「・・・・そう言われたら、断れないじゃない」
そう答えると、騎士は深々と頭を下げた。
すると、そこで明るい声が割って入った。
「で、助っ人として私が来ました!」
ぴょこん、とでも音がつきそうな勢いで前に出てきたのは、少し派手な顔立ちの令嬢だった。
「ミント、久しぶり!リナリアよ!」
リナリア。
私の親友エリカの妹分で、血はつながっていないけれど姉妹同然の仲らしい。
彼女もエリカと同じく、皇太子宮で文官をしている。
「たまたま出張でこの地に来ていたの。そしたら魔法騎士団が大変そうで。これはもう、放っておけないなって」
「私からもお願いよ、ミント。あの子爵家のお屋敷に入れれば、何かわかると思う」
まあ、ここまで言われたら仕方ない。
「いいわ。やりましょう」
こうして私は、リナリアを連れて子爵家の屋敷へ向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
子爵当主自らが、にこやかに出迎えた。
「はじめまして。美術品管理課のミントと申します。こちらは助手です」
リナリアとはあらかじめ打ち合わせをしていて、今回は助手という名目で紹介した。
「では、さっそく美術品を見せてくださいませ」
「もちろんですとも」
「それと、助手には美術品購入時の領収書、ならびに財務管理簿を確認させていただきます」
子爵の笑みがほんの少しだけ固まった。
「え?そんなものまで見るのですか?」
「ええ。美術品は高額なものが多いですから。購入経路と支出の妥当性を確認するのも、管理課の仕事です」
少し間を置いて、私は首をかしげた。
「それとも、何か不都合でも?」
「い、いや。そういうわけではない」
子爵はそう言って、執事に帳簿を持ってこさせた。
私は美術品を見て回り、リナリアは帳簿を見る。
一見すると、どちらも申し分がない。
飾られている美術品は本物ばかり。
購入記録も、不自然なほど整っていた。
不自然なほどに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜。
「今日はここまでとさせていただきます。素晴らしい美術品ばかりですので、もう少し時間がかかりそうですわ。私どもは町の宿におりますので、何かあればそちらへ」
そう告げて、私たちは子爵家を辞した。
その足で、魔法騎士団の野営地へ向かう。
天幕の中で、リナリアがため息をついた。
「ダメね。帳簿は完璧だった。そんなはずないのに」
「そんなはずない、というのは?」
「屋敷の中、見たでしょう?贅沢品ばっかり。美術品だけじゃない。食器も調度品も、ぜんぶ高級品よ」
「でもこの町は、特別豊かなわけじゃない。あの規模の子爵家が、急にあそこまで豪奢になるのはおかしいの」
魔法騎士団の騎士も眉をひそめる。
「ですが、帳簿まで問題がないとなると・・・・やはり本当に補給資金が足りないだけなのでしょうか」
「いいえ」
私は首を振った。
「帳簿が綺麗すぎる」
「え?」
「正確な帳簿と、不自然な豊かさ。この二つが並んでいるときは、大抵、どこかに“歪み”が存在するはずだわ」
自分でも、まだ確信はなかった。
でも、引っかかる。
屋敷の贅沢が始まった時期。
帳簿が完璧になった時期。
話ができすぎている。
「明日、もう一度町を回るわ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日。
私はリナリアとともに、街をぶらぶら歩いていた。
商店街まで来ると、肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。
「お腹空いたわね。ちょっと食べない?」
「もう、またあ?ミントったら、エリカお姉様と同じくらい食い意地張ってるわね」
「ええ、そりゃもう。親友同士だもの」
「もう」
そんな他愛もない会話をしながら歩いていると、リナリアが周囲を見回して言った。
「私、あっちを見てくるわ。女性同士の会話って、情報の宝庫なのよね」
店先で主婦たちが立ち話をしている。
リナリアは実に自然に距離を詰め、会話の輪に混ざっていった。
ほええ・・・・。
あの入り方は見事ね。
私には真似できそうもない。
私は私で、できることをすることにした。
昨日の古道具屋兼修復工房へ、もう一度足を向ける。
「こんにちは」
帳場にいたあの若い女性が、びくりとして顔を上げた。
「い、いらっしゃいませ」
やっぱり接客に慣れていない。
けれど、今日は店先に並んだ品の位置が少し変わっていた。
額縁の歪みも直されている。
細かなところによく気がつく人だ。
「ここの修復、丁寧なのね」
「え・・・・あ、いえ、その、私は少し手伝っているだけで・・・・」
奥から店主が顔を出した。
「謙遜しなさんな。この子の目は確かだよ。金具の歪みも、顔料の変質も、私より先に気づくことがあるんだから」
「最近じゃあ、この子に帳場だけじゃなくて、材料の仕分けや修復記録の整理まで手伝ってもらってるんだよ」
若い女性は、困ったように目を伏せた。
「私はただ、この店にお役に立てばと・・・・」
私は店に並ぶ品と、棚の奥に見える素材箱へ視線を向けた。
「ここの魔道具、質がいいわね・・・・あら、これ、全部錬金術で補修しているのかしら」
「そんなことまでわかるんですか?」
店主が目を丸くする。
「いやあ、そこまで見抜く人は滅多にいませんよ」
すると、帳場の女性が思わず口を挟んだ。
「・・・・付与魔法だけだと、少し歪みが残ることがあるんです」
さっきまでのおどおどした様子が、そこで少しだけ薄れた。
「でも、錬金術だと魔力制御は難しいぶん、仕上がりはきれいになります。古い素材にも、無理が出にくいので・・・・」
そこまで言って、彼女ははっとしたように口をつぐんだ。
私は小さく笑う。
「詳しいのね」
「少しだけ、勉強したことがあるんです」
その声には、誇らしさよりも、隠すことに慣れた響きがあった。
気になってもう少し話を向けてみると、彼女は思いのほか素直に応じた。
気づけば、私たちはかなり長いこと話し込んでいた。
「・・・・で、ようやくクレマチス侯爵家から、錬金術素材になる魔力草の図鑑を借りることができたんですよ」
と、彼女が言った。
「あの家は貴族には珍しく錬金術を研究していて、高価な図鑑なんかも揃っているので・・・・あっ、すみません。私、自分の話ばっかりで」
「いいえ。とても面白かったわ」
「それと、あの・・・・ずっと気になっていたんですが、その宝石・・・・」
女性は、私が身に付けているあの小ぶりの宝石を指さした。
「そのデザイン、どこかで見たことがある気がするんです」
「どこで?」
「最近、図鑑に挟まっていた古い手紙を読んだんですけど・・・・そこに、似た意匠の宝石の記述があったような・・・・」
私は思わず身を乗り出した。
「詳しく聞かせてちょうだい」
「ご、ごめんなさい。うろ覚えなんですけど、その手紙には、クレマチス侯爵家が保有していたある絵画と、その絵画にまつわる額縁や、額縁にはめこまれた宝石のことが書かれていたんです」
絵画。
額縁。
そして宝石。
思わぬところから、この宝石の手がかりが見つかった。
「手紙は、いまも?」
「いえ、図鑑ごと返却してしまって」
それなら話は早い。
私が直接、クレマチス侯爵家へ行けばいい。
次の行き先が、少しだけ見えた気がした。
そして、もう一つ。
昨日ここで覚えた違和感が、ここで確信に変わった。
「ねえ、ポーションは扱っていないの?」
女性の肩がびくりと揺れた。
「え・・・・」
「修復工房なのに、棚の奥に魔力草の匂いが残っているわ。工房で扱う素材だけにしては、少し濃い気がしたの」
女性は青ざめ、店主も目を丸くした。
「・・・・知りません。私は、ただ受け取りをしているだけです」
声は震えていた。
ここで追い詰めても、口は閉ざされるだけだわ。
私は、それ以上追及せず、礼を言って店を離れた。
その少し後、リナリアと合流する。
彼女は、いかにも何かつかみましたという顔をしていた。
「ふふ~ん。かなり情報集まりましたよお。あの子爵家、やっぱりヤバいみたいです」
「聞かせて」
「まず、あそこの帳簿が“正確”だって評判になったの、三年前からなんですって」
「三年前・・・・」
「そう。そして同じ頃、子息がある男爵令嬢と婚約した。ところがその婚約者は“欠陥がある”とか言われて、社交の場にはほとんど出てこない」
「欠陥?」
リナリアは、わざとらしく肩をすくめた。
「その“欠陥”っていうのがね。令嬢のくせに錬金術なんかに興味を持って、社交より研究ばっかりしてる、ってことらしいわ」
ふ~ん、なるほど。
錬金術ね。
「でも、その婚約後から急に帳簿や実務が正確になった。それで評価が上がって、今回、補給担当の家に選ばれたらしいの」
「そこから屋敷が豪華になっていったのね」
「そう。高級商会が出入りするようになって、美術品も買い集め始めた」
「それに、町の人が出してる食料の件だけど・・・・あれ、ほぼ自腹らしいわ」
「自腹!?」
「そう。子爵家はほとんど払ってないんですって。魔物から守ってもらってるんだから、食料くらい出して当然だろう、って」
私は思わず眉をひそめた。
「じゃあ、補給資金も何もかも、子爵家が使いこんでいるってこと?」
「そうとしか思えない。でも帳簿は綺麗。だから、見えるところとは別の流れがあるんじゃないかと思うの」
別の流れ。
その言葉を聞いた瞬間、さっきの工房で交わした会話が頭の中でつながった。
錬金術。
魔力草。
ポーション。
そして――。
「・・・・リナリア。あの帳簿、美術品の購入記録は完璧だったのよね」
「ええ」
「じゃあ、魔力草や錬金素材の記録は?」
リナリアが、はっと目を見開く。
「そこ、細かくは見せてもらってない」
「でしょうね。美術品の帳簿を綺麗に見せることには気を配っても、錬金術関連までは気が回っていないはず」
私は足を止めた。
「婚約者令嬢は、帳簿も補給計算も全部やらされていたんだわ」
「え?」
「それだけじゃない。回復薬のポーションまで作らされていた可能性が高い」
魔法騎士団は今、魔物討伐の最中。
食料だけじゃなく、ポーションの需要だって大きいはずだ。
「もし子爵家が彼女に錬金術でポーションを作らせ、それを補給費として計上しながら、実際には軍へ十分に回していないのだとしたら・・・・帳簿の数字だけは整えられる」
「しかも実務はぜんぶ婚約者任せ。なのに表には出さない」
「ええ。成果だけ奪って、“欠陥令嬢”として屋敷の奥に隠しておく。ずいぶん都合のいい話だわ」
リナリアの顔から笑みが消えた。
「ひどい・・・・」
「行きましょう。証拠を取りに」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の午後、私たちは再び子爵家を訪れた。
「昨日の続きで参りました。早速ですが追加で確認したいものがございますの」
「高額美術品の管理状況と、関連記録の再確認から始めたいと思いますわ」
子爵は露骨に嫌そうな顔をしたが、断れなかった。
私たちが町で探っていることが知られたのかもしれない。
だが、管理課の調査は、そう簡単にはねのけられるものではない。
私は美術品を見て回るふりをしながら、倉庫や保管室の位置を確認する。
リナリアは執事たちから、補給関連の書類を追加で出させた。
そして、見つけた。
錬金素材の搬入記録。魔力草、触媒、結晶粉末。
そして別帳面に記されたポーションの製造数と納入数。
それらが、まったく合っていない。
多すぎるのだ。
しかも、素材の質が妙にいい。
安価な兵站用ではなく、高級品寄り。
これなら性能の高い薬が作れる。
でも、その量に見合うポーションは、騎士団には届いていない。
さらに決定打になったのは、小さな記録簿だった。
使用人部屋の奥、ほとんど物置のような部屋に隠されていたものだ。
そこには、細かな補給計算、材料配分、ポーションの調合手順、納品予定数がびっしりと書かれていた。
筆跡は美しい。
無駄がなく、正確で、実務に慣れた者の字。
そして決定的だったのは、最後のページに挟まれていた一通の手紙だった。
婚約者に宛てたものらしい。
そこには、弱々しい文字でこう書かれていた。
――これ以上は無理です。
――材料も足りません。
――どうか、もう騎士団の方々に嘘をつかないでください。
私は静かに目を閉じた。
「やっぱりね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして冒頭へ戻る。
「これは間違いなく正当な美術品ですわ。しかも、かなり価値が高い」
「そうだろうそうだろう。かなり値が張ったからなあ」
「ええ。本物です。だからよくわかりましたの」
私は美術品の額にそっと触れた。
「この美術品は、あなたが横流しした補給資金で買ったものです」
「な、何を根拠に――」
「三年前から、あなたの屋敷の帳簿は急に完璧になった。美術品の購入記録も、財務処理も、見事なものです。でも、それを作っていたのはあなたではない」
私は連れてこられた工房の帳場の女性――すなわち、子爵家子息の婚約者である令嬢を見た。
「彼女でしょう?」
令嬢の肩が、びくりと震えた。
「補給計算も、帳簿も、ポーションの調合管理も、全部この方にやらせていた。あなたはその成果を自分の手柄にし、彼女を“欠陥令嬢”として人前から遠ざけていた」
「ち、違う!」
「違いませんわ。錬金素材の流れが証拠です。美術品の帳簿は完璧でも、魔力草や触媒の使用量までは隠しきれていませんでしたもの」
私はリナリアから受け取った書類を掲げた。
「高品質の魔力草と触媒が、大量に搬入されている。なのに、それだけの量を使って作ったポーションが、騎士団には届いていない」
「つまり、あなた方は補給を偽り、補給資金も素材も好き勝手に使っていた」
「そ、それは・・・・!」
「しかも町の人々には、自腹で食料を出させていたそうですね。守ってもらっているのだから当然だ、などと言って」
魔法騎士団の気配が、さらに険しくなる。
「ふざけるな・・・・」
「我々の仲間が、どれだけ切り詰めて戦ったと思っている」
子爵は青ざめ、何か言い訳しようと口をぱくぱくさせた。
でも、もう遅い。
私は静かに告げた。
「入ってきてちょうだい」
扉が開き、魔法騎士団が部屋へ踏み込む。
「何をする!!」
「何って、犯罪者を捕まえに来たのよ」
子爵は取り押さえられ、床に押さえつけられた。
私は婚約者令嬢の前まで歩み寄る。
「この方は、保護していただけるのよね?」
魔法騎士団の隊長が、彼女に向かって一礼した。
「ご安心ください。事情を確認したうえで、保護いたします」
令嬢はしばらく呆然としていたが、やがて、かすかに唇を震わせた。
「・・・・私、ただ・・・・役に立ちたかっただけ、なのに」
その一言が、胸に刺さった。
私はしゃがみこんで、彼女と目線を合わせた。
「役に立っていたわ。むしろ、役に立ちすぎたのよ」
彼女の目から、ぽろりと涙が落ちる。
「あなたがいなければ、あの帳簿も、補給も、ポーションも成り立たなかった。あなたは欠陥なんかじゃない。ただ、周りがあなたを都合よく使っただけ」
「あの人に、この家の役に立てないなら婚約も取りやめだって言われて、それで私・・・・」
彼女は堰を切ったように泣き出した。
私はその背をさすりながら、内心で小さく息をついた。
あの人、とは令嬢の婚約者である子爵家の子息のことだろう。
当然、そちらにも手を回している。
リナリアの情報収集のおかげで、愛人の家に入り浸っていることは掴めていた。
子爵を捕えた時点で、子息の身柄確保にも人を回している。
当然、婚約も破棄だ。
「あの工房で覚えた違和感は、匂いだけじゃなかったのよ」
私は令嬢に向かって静かに言った。
「あなたの知識、やつれ方、材料の扱い、そして魔力草の残り香。あれだけ揃っていれば、ただの帳場手伝いじゃないって分かるわ」
「私、この家をいつ追い出されるかわからなかったから、少しでも外に出られる口実が欲しくて・・・・屋敷の者に命じられた材料の受け取りや、質流れ品の確認を引き受けていたんです」
まったく。
無知で傲慢なくせに、有能な人間の成果だけはきっちり奪う。
こういう連中は、本当に救いようがない。
そのあと、押収された美術品はすべて正式な調査対象となった。
子爵家の資産も、補給資金横流しの証拠として徹底的に洗われることになるだろう。
そして私は、あの本物の美術品をもう一度見上げた。
美しいものそのものに罪はない。
けれど、ときに美術品は、その持ち主の醜さまで映してしまう。
・・・・この件はこれで決着したわ。
次は、私の用。
クレマチス侯爵家ね。




