第4話 呪われた宝石を奪った嫌味な男、悪夢に喰われて自滅しました
勝負に勝った私は、そのままアプリコット公爵家の屋敷にある保管庫へ案内された。
さすがは五大公爵家の一角。
並んでいる美術品は、どれも一級品ばかりだった。
古い宗教画。
繊細な細工の施された装飾具。
年代物の彫像に、魔力を帯びた工芸品。
どれも保存状態が良い。
しかも偽物らしきものがほとんど見当たらない。
「・・・・すごい」
思わず声が漏れた。
私は早速、登録記帳と現物を照らし合わせながら、一つずつ確認していく。
本物。
これも本物。
こっちも間違いなく真作。
うっとりしそうになるのをこらえながら記録を書きつけていると、背後からキャロット様が静かな声で言った。
「実は、あなたを呼んだ理由はこれだけじゃないの」
振り向くと、キャロット様は神妙な顔で、小さな箱を持っていた。
「これは、公爵家秘蔵の宝の一部よ」
差し出された箱を、私はそっと受け取る。
中に入っていたのは、小ぶりの宝石だった。
深い色合いを湛えた、美しい石。
けれど、その輝きにはどこか言い知れぬ不気味さがあった。
「これは、その美術品についていた額縁から外された宝石よ」
「額縁・・・・?」
「ええ」
キャロット様はわずかに目を伏せた。
「公爵家秘蔵の宝、と言えば聞こえはいいわ。でも本当は、50年ほど前に皇帝から下賜された、いわくつきの美術品なの」
私は無言で続きを待った。
「呪いがかかっていると言われているのよ。あまりにも強い魅力を持っていて、ひと目見れば誰もが心を奪われる。けれど、その品に近づきすぎた者は、夜ごと悪夢を見るようになるとも言われているわ」
「悪夢・・・・?」
「ええ。眠るたびに、心の奥に沈めていた恐れや罪や執着を、何倍にも膨らませた夢を見せられるそうよ。だから怖くて、誰もまともに見ようとしないの」
なるほど。
たしかに、それは素人の手に負えるものではない。
呪いかどうかはともかく、いわくつきの品であることは間違いなさそうだった。
しかも、持ち主に悪夢を見せるとなれば、ただの迷信では済まない。
精神に干渉する魔法がかけられている可能性が高い。
「依頼したいのは、これに関してよ」
キャロット様は私をまっすぐ見た。
「この美術品の呪いを解く方法を探ること。あるいは、せめてこの美術品がどういう来歴を持つものなのか、その手がかりを見つけてほしいの」
私は小さく頷いた。
「承知しました」
これは、まぎれもなく美術品管理課の職員としての職務だ。
そして何より、私自身が知りたかった。
どれほど人を惹きつけ、どれほど恐れられてきた美術品なのか。
その正体を。
私はその宝石を預かり、帝都プラチナムへ戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
帝都の大通りを歩いていると、向こうから見覚えのある女性が歩いてくるのが見えた。
「あら?」
私は目を細める。
「エリカじゃない」
声をかけると、彼女はこちらに気づいてふっと笑った。
「あら、ミント。久しぶりね」
エリカ。
以前、卑劣な男の罠で危うい目に遭った私を助けてくれた恩人だ。
それ以来、彼女は私にとって特別な人だった。
彼女もまた、私と仲良くしてくれている。
お互い女性の身で役所に身を置いているという共通点があるからかもしれない。
一緒にいると、妙に落ち着くのだ。
しかも彼女は、今や皇太子補佐官という超エリートの地位に就いている。
身分も立場も、私とは雲泥の差だ。
それなのに、こんな私と変わらず接してくれる。
とても珍しくて、ありがたい人だった。
「あら、ミント。相変わらず美術品を追いかけ回しているの?」
「まあ、そんなところね」
当たらずとも遠からず、である。
せっかくだから、私はキャロット様から預かった宝石を見せてみることにした。
実はエリカは、ある亡国の公爵家に連なる血筋の出身で、歴史や古い造形にとても詳しい。
もしかしたら何かわかるかもしれないと思ったのだ。
「これなんだけど」
宝石を見せ、私は簡単な事情を説明した。
すると、エリカはすぐに表情を引き締めた。
「・・・・なるほど。事情はともかく、また厄介ごとに巻き込まれたのね」
「うるさいわね。それより、この宝石で何かわかったことはある?」
「これは古い型の宝石ね。50年から60年くらい前に流行ったデザインだと思うわ」
さすがエリカ。
博識だわ。
でも、それだけではまだ足りない。
そこから先が知りたいのに。
と、その時だった。
「これはこれは、世にも珍しい、平民出身の皇太子補佐官殿ではありませんか」
ねっとりとした嫌味っぽい声が割り込んできた。
振り向くと、身なりのいい貴族風の男が立っている。
何、この嫌味な人。
エリカの表情がわずかに曇る。
彼女は小声で囁いた。
「この人。私の補佐官の座を狙っていた人なの」
「で、私の方が選ばれたんだけど、それからは会うたびに嫌味を言ってくるのよ。後ろ盾のある高位貴族がついていて、厄介なの」
なるほど。
面倒そうだ。
「何をごちゃごちゃと。・・・・おや、その宝石」
男の視線が、私の手元に落ちた。
嫌な予感がした。
「あなたのような小娘には、もったいない品ですな」
そう言った次の瞬間だった。
男は目にも止まらぬ速さで、私の手から宝石をひったくった。
「ちょっ――!」
私は息を呑む。
それは、アプリコット公爵家から預かった大事なものなのに。
ところが男は、私の焦りなどまるで意に介さず、さっさと踵を返した。
「こんな汚らしい小娘ごときに、このようなものは過ぎた品だ。私が預かって差し上げましょう」
「待ちなさい!」
エリカが鋭く声を飛ばす。
けれど男は、ふふんと笑いながら振り返りもせず、群衆の中へ消えてしまった。
私は顔が真っ青になった。
エリカも同じだった。
どうしよう・・・・。
あの宝石は、ただ高価なだけの石ではない。
持った者に悪夢を見せるかもしれない、呪われた品なのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私は前途有望な貴族として、ずっとエリート街道を歩いてきた。
家族も、寄り親の貴族も、皆が私に期待していた。
才能豊かで、将来有望。
そう言われて育ってきたのだ。
それなのに。
先日の皇太子補佐官の選抜で、私は漏れた。
しかも、私を押しのけて選ばれたのが、あの平民上がりの小娘だというではないか。
おかげで、周囲からは散々な言われようだった。
「どうした、あれほど自信満々だったのに」
「平民に負けるとは」
「口ばかりで実力がないのでは」
笑いものだ。
私が。
この私が。
絶対に許さん。
あの、エリカという女。
そんなある日、上役が慌ただしくやって来た。
「おい、聞いたか。皇太子殿下がお前を補佐官に任命するかもしれんぞ」
私は思わず顔を上げた。
「本当ですか!」
「あのエリカとかいう女、大事な品を失ったらしい。そんな失態を犯した者に補佐官は務まらない、ということだそうだ」
――天佑だ。
これこそ天の助けに違いない。
さすがは皇太子殿下。
よく見ておられる。
ほんの一時の気の迷いで、あんな小娘を補佐官にしたのだろう。
だが、本来あるべき形に戻るのだ。
ここからが、私の真の栄達の始まりだ。
だが、あの宝石を見咎められた。
「おい、お前、その手に持っているのは何だ?」
遊びに来ていた友人が、私の懐の宝石に気づいた。
「それは、皇太子補佐官殿が探していた宝石ではないのか」
「・・・・は?」
「エリカ殿が失ったものだぞ。まさか、お前が奪ったのか?」
何を言う。
違う。
私は奪ってなどいない。
ただ、あの小娘にはもったいないから預かってやっただけだ。
そう言い訳しようとした瞬間だった。
「能力もないくせに嫉妬して、宝石まで奪うとは。この家の恥さらしめ」
低い声が響いた。
そこにいたのは、父だった。
「ち、父上・・・・!」
「皇太子補佐官の座も逃し、功績もなく、その上、高位の方の預かり物に手を出すとは何事だ」
さらに背後から、婚約者だった女が冷ややかに言い放つ。
「あなたみたいな人と婚約なんて、真っ平ですわ」
「な・・・・」
「ご高談はいつも立派でしたけれど、何一つ功績を持たないじゃありませんの。私、もう別の方と関係を持っていますの。子もいるのです。あなたは、もういりませんわ」
なんだと。
なんだと、なんだと、なんだと。
「くそ・・・・くそっ・・・・!」
私の人生はどうなってしまうんだ。
「ああ、頭がいたいぃ。割れるようだ。ぐあああ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エリカは青ざめた顔で、何度も私に頭を下げていた。
「ごめんなさい。私のせいで、あなたの持ち物を奪われてしまったわ」
「エリカのせいじゃないわ」
「でも、あの男は明らかに私に絡んできていたもの。本当にごめんなさい」
彼女は唇を噛みしめ、それからまっすぐ私を見た。
「皇太子殿下にお願いして、必ず返してもらうようにするから。どうか待ってちょうだいね」
私は頷いた。
けれど、心のどこかで別のことを考えていた。
たしか、あの宝石は持った者に悪夢を見せるかもしれない、と言われていた。
でも、私には何も起こらなかった。
・・・・ということは。
「あの持っていった男には、出ているかもしれないわね」
私がぽつりと呟くと、エリカは不思議そうに首を傾げていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後。
エリカが、少し疲れた顔で私のもとを訪ねてきた。
「宝石、戻ってきたわ」
差し出されたそれを見て、私はほっと息を吐く。
「ありがとう」
「皇太子殿下にお願いしたら、すぐに動いてくださったの」
「そう」
エリカは少しだけ声を落とした。
「なんでも、あの男・・・・夜ごとひどい悪夢を見るようになって、ほとんど眠れなくなっていたらしいの」
私は宝石を見つめた。
「悪夢?」
「ええ。最初はただ顔色が悪いだけだったらしいけれど、そのうち昼間でも幻が見えるのか怯えてしまって」
「・・・・最後は取り乱して、自分が奪ったことを喋ってしまったそうよ」
私は小さく息を呑んだ。
やっぱり。
「まあ、天罰よね」
エリカが肩をすくめる。
私は宝石をそっと掌の中に包んだ。
相変わらず美しい。
ひと目見れば、目を奪われるような輝きだ。
けれど、その奥にあるのは、やはり普通の美しさではない。
持ち主に悪夢を見せる宝石。
しかも、その悪夢はただ怖いだけじゃない。
その人がいちばん触れられたくない恐れを、何倍にもして突きつけるのだ。
まさか。
やっぱり、これが呪いなのかしら――。




