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第2話  子爵家の家宝を調べたら、使用人扱いの少女が本当の相続人でした

馬車に揺られ、私が目指すのは、プラチナ帝国内務省に所属する美術品管理課――私の本来の職場だ。


帝都プラチナムの石畳を進み、見慣れた庁舎の前で馬車を降りる。


扉をくぐった瞬間、いつもの空気が私を迎えた。


少し埃っぽくて、墨と古紙の匂いがする。


人によっては地味で退屈な場所と思うのだろうけれど、私にとっては落ち着く匂いだ。


美術品管理課の扉を開けると、私はそのまま明るく声をかけた。


「課長、おはようございます。早速仕事はありませんか?」


書類に目を落としていた課長が、勢いよく顔を上げる。


「ぶふっ・・・・ミント君!?」


白髪混じりの老紳士は、目を丸くしたまま私を見た。


「あれ、君、新婚さんじゃなかったっけ?というか、休みに入ったんじゃなかったっけ?」


「そのつもりだったんですが、夫となる人に昨夜『愛することはない』と言われまして。さっさと家を出てきました」


私がさらりと言うと、課長の目がすっと細くなった。


一瞬、怒りにも似たものがそこをよぎった気がした。


でも、それもすぐに消える。


「ああ・・・・でも気にしないでください。私、結婚にはまったく乗り気ではなかったので」


私は肩をすくめて笑った。


「なので、早速仕事に復帰します。早く仕事をください」


課長はしばらく私の顔を見ていたが、やがて深いため息をついた。


「・・・・まあ、君は優秀だから、こちらとしては助かるけどな」


そう言いながら、机の上の書類を一枚抜き取って差し出してくる。


私はそれを受け取り、目を走らせた。


――プラチナ帝国領内の貴族家に保管されている絵画の調査。


――魔力を帯びている可能性あり。


――危険物指定の判断が急務である。


私は小さく頷いた。


私は貴族令嬢でありながら、美術品を鑑賞するだけの側ではない。


探し、調べ、記録し、必要なら保管し、国の管理に戻す。


それが私の役目であり、誇りだった。


管理課の倉庫には、国宝級の美術品がいくつも眠っている。


私にとってここは、紛れもなく天国だ。


「では、行ってきます」


書類を胸に抱え、私は課長に軽く頭を下げた。


背後で課長が何かを呟いていたけれど、もう聞いていない。


私の心はすでに、次の美しいものへ向かっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


私は伯爵令嬢という立場上、男爵家や子爵家に赴くことが多い。


そこには、貴族のたしなみとして集められた美術品が、たいてい保管されているからだ。


プラチナ帝国では、美術品を持つことそのものが教養であり、財力であり、家格の証でもある。


だからこそ、多くの貴族家が何らかの品を抱えている。


そして、美術品の中には稀に魔力を帯びたものが存在する。


そういう品は単なる装飾品では済まない。


時に危険物となり得るため、国が厳しく管理しているのだ。


私の仕事は、その調査も兼ねている。


馬車に揺られながら、私は窓の外へ目をやった。


夫の顔など、もう思い浮かばない。


胸の奥に残っていたわずかな棘も、仕事への期待で塗りつぶされていく。


美しい絵画が待っている。


それだけで十分だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


最初に向かったのは、帝都近郊の小さな男爵家だった。


通された応接間には風格のある風景画が飾られており、案内された保管室には、それなりに手入れの行き届いた品が並んでいる。


私はひとつひとつ確認し、保存状態と登録記録を照合していった。


そこにあったのは、由緒も保存状態も申し分ない正当な美術品だった。


私は記録用紙に所見を書き込み、管理印を押す。


偽物なら容赦なく報告する。


けれど正当な品であれば、適切な保管を続けるよう伝えて終わりだ。


それもまた、美術品管理官の大事な役目である。


男爵家を出た私は、そのまま次の目的地へ向かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


次は子爵家だった。


屋敷は先ほどの男爵家より立派だ。


けれど、どこか妙だった。


門扉の装飾は豪華なのに、庭木の手入れが少し雑。


玄関先の敷石には細かなひびがある。


見栄えのする部分だけ取り繕って、目立たないところの管理が甘い――そんな印象を受ける。


中へ入ると、子爵家当主とその妻、そして娘が出迎えた。


「ようこそ、お待ちしていました。我が家が誇る家宝の美術品、どうぞゆっくりと調査をしていただきたい」


当主はにこやかに笑った。


その隣で夫人も上品そうに微笑む。


けれど、その笑顔はどこか表面だけのものに見えた。


目だけが、ちっとも笑っていない。


「さあ、こちらへ。使用人に案内をさせますゆえ。おい!早くしろ!このグズが!」


怒鳴り声とともに、一人の少女が慌てて頭を下げて現れた。


私は思わず目を瞬いた。


年の頃は、当主の娘とそう変わらない。


着ている服は地味で、袖口にはうっすらと汚れが残っている。


けれど、使用人にしては妙に所作がきれいだった。


「こちらです」


少女は小さな声で言って、私を美術品保管室へ案内した。


部屋の扉には、魔法紋による封印が施されていた。


それ自体は珍しくない。価値ある品を保管する部屋では、よくある仕掛けだ。


少女が何気なく手をかざす。


すると魔法紋が淡く光り、するりと封印が解けた。


――あれ?


私は思わずその手元を見た。


魔法紋の種類にもよるけれど、今の式はたしか、当主一族の血を引く者にしか反応しないはずだ。


この少女、もしかして・・・・。


しかし、その場では何も言わず、私は室内へ足を踏み入れた。


そこには、一枚の絵画が大事そうに飾られていた。


柔らかな光を受けるように描かれた人物画。


筆致は繊細で、保存状態も悪くない。


だが、ただ美しいだけではない何かがあった。


私は静かに近寄る。


額縁の細工。


裏板の留め具。


画布の張り。


そして題名の銘板。


『光よ。正当な持ち主へ』


私は目を細めた。


なるほど。


しばらくして一通りの調査を終えた私は、応接間へ戻った。


「おお、長くかかりましたな。お疲れではございませんか?」


当主がいかにも親しげに笑う。


私は丁寧に一礼した。


「お気遣い、ありがとうございます。この子爵家が保有する美術品は、Aランクにも相当する非常に価値の高いものでした」


当主が満足げに胸を張る。


「それはそれは。やはり我が家の家宝ですからな」


「ええ。なにしろ、家督相続に関わる証拠品ですから」


その瞬間、当主の顔から笑みが消えた。


隣の夫人も、娘も、ぴたりと動きを止める。


「・・・・どういう意味でしょうかな?」


「そのままの意味です」


私は静かに答えた。


「正式には、あなたは当主代理、ではありませんか?」


空気が一気に張り詰めた。


「何を馬鹿なことを。私がこの家の当主です」


「いいえ。帝国への届け出を確認しました。亡くなった前当主――つまり、あなたの先妻が遺した書類には、こう記されています」


私は持参した控えを開く。


「『家宝に施した仕掛けを解いた者を正式な後継者とする。それが叶わぬ場合に限り、夫が当主代理を務めることを認める』」


当主の顔がひきつった。


「そ、それがどうした!暗号は解けなかったのだ!だから私が代理として家を預かっている!正式な遺書にもそう書かれている!」


「ええ。そこまでは、その通りです」


私は一歩横へずれた。


「ですが、暗号は解けました」


「・・・・何?」


私は先ほどの少女を前へ招いた。


びくりと肩を震わせながらも、少女は私の隣へ来る。


「正確には、この子が絵に触れたことで、隠されていた仕掛けが発動したのです」


「ば、馬鹿な・・・・!」


「部屋の封印をこの子が解除した時点で、違和感はありました。あの魔法紋は、当主一族の血を引く者にしか反応しない型でしたから」


少女が怯えた目で当主を見ている。


私は落ち着いた声で続けた。


「そして、絵の題名は『光よ。正当な持ち主へ』。ただの飾り文句ではありませんでした」


私は少女に向き直る。


「もう一度、あの絵に触れてもらえる?」


少女はおそるおそる頷いた。


その場に運ばれてきた絵画へ、少女がそっと指先を触れる。


次の瞬間、画面の下部に淡い光が走った。


金色の細かな文字が、隠し文字のように浮かび上がっていく。


応接間に、息を呑む音が広がった。


「こ、こんな・・・・」


当主代理だった男の声が震える。


私は浮かび上がった文字列に目を走らせ、静かに読み上げた。


「『光を継ぐ者に家督を託す。わが娘こそ、正統なる相続人である』」


少女が目を見開いた。


夫人と娘は真っ青になっている。


「すでに内務省にも通知してあります」


私は書類を閉じた。


「この家の正式な当主は、この子です」


「そ、そんなばかな・・・・!」


当主代理の男と、その妻、そして娘は顔色を失っていた。


国に報告が行っている以上、もう言い逃れはできない。


それが分かっているのだろう。


少女はしばらく呆然としていたが、やがて私のほうを見て、深々と頭を下げた。


「・・・・ありがとうございました」


その声は震えていた。


「母が亡くなってから、すぐにあの人は後妻を迎えました。私は屋敷の隅へ追いやられて、使用人みたいに働かされて・・・・」


小さな手が、きゅっと握られる。


「でも、あの遺書の通りなら仕方ないと思っていたんです。私が家宝の意味を見つけられなかったから・・・・」


私は首を横に振った。


「あなたが気づけなかったんじゃないわ。誰も、あなたに気づく機会を与えなかっただけよ」


少女の目に、じわりと涙がにじんだ。


「ミント様。あなたのおかげで、あの暗号を見つけることができました」


「半分は絵のおかげよ」


私は軽く肩をすくめた。


「題名が教えてくれていたもの。『光よ。正当な持ち主へ』って」


それから、少しだけ笑う。


「それに、あなたの身体に流れる魔力が光魔法だって、見れば分かったし」


少女は目を丸くして、それから泣き笑いのような顔になった。


私はその姿を見届けると、一礼してその場を辞した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


屋敷を出て、馬車に乗り込む。


背を預けた私は、ふうとひとつ息をついた。


今日もいい仕事をしたわ。


素晴らしい絵を見ることができた。


しかも感謝までされた。


やっぱりこの仕事、ほんとうに私の天職だ。


窓の外へ目を向けながら、私は小さく笑った。


さて、次はどんな美しいものに出会えるのかしら。


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