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エルダニア大戦記  作者: 志摩 伊純
第1章:黒棘野盗団討伐戦

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第9話 待てぬ者たち


 エルダニア大陸を統べるセントリア帝国は、長く、この大陸に秩序を与えてきた。


 帝都セントリアを中心に、法と官僚と軍が敷かれ、各地の大貴族たちは帝国の名のもとに領地を治める。北には辺境伯が、南には穀倉を抱く諸侯が、西には鉱山の家々があり、東南の海と河口には、ルミナ沿海伯家があった。


 だが、その秩序はすでに、見えないところから軋み始めていた。


 港の片隅で起きた放火未遂。地方都市ヴェルカの荷消え。南の旧道に残された黒い棘の印。


 どれも、大陸の歴史を揺らすには小さすぎる出来事に見えた。


 少なくとも、その時の僕には、そう見えていた。



 ヴェルカ庁舎の中庭には、南の旧道の巡回任務を行っていた各所の衛兵隊の選抜隊員が集められていた。


 クラウスさんが亡くなってから十日。


 あの後も厳戒態勢の中、巡回は続けられていたものの、今のところ新たな襲撃事件は発生していなかった。


「ヘンドリック衛兵隊長に敬礼!」


 壇上にはヘンドリックさんが立ち、新たに副隊長になったスタッツさんが敬礼の号令をかける。


「うむ、本日もご苦労である」


 ヘンドリックさんは、でっぷりと太ったお腹を突き出すように反り気味で告げる。


「先日、伝えた通り、ルミナ沿海伯オーレリアン様の命で、黒棘野盗団の討伐命令が出された」


 ドレイク商会や小商隊の襲撃が立て続けに発生している中、とどめのようなヴェルカ衛兵隊副隊長クラウスさんの死。


 これに業を煮やしたオーレリアン様は、黒棘野盗団討伐の命をヴェルカおよびその周辺小都市へ命じていた。


「ヴェルカの各詰所および、近隣小都市には部隊の編成を急がせておる」


 ヘンドリックさんは、号令が出てすぐに各詰所へ部隊編成の命令を出しているのだが、僕たちはまだ帰還することは許されずに、南の旧道の巡回を継続していた。


「港都の本隊を待つだけでは、ヴェルカ衛兵隊の名が立たん」


 少し芝居がかったようにヘンドリックさんがこぶしを握る。


「そこで本日、諸君らに新たな辞令を言い渡す」


 僕たちは、少し背を正し続きを待つ。


「本日付で、諸君らを本部付の臨時衛兵部隊として一時預かりとする。 きたる討伐隊における、ヴェルカ衛兵隊側の主力となるので、そのつもりで準備に励むように」


 なるほど……。


 ヴェルカ中央の本部は事務機能が中心で、まとまった戦力らしいものがない。


 だから、僕たちを接収して、ということか。


「以上である」



 集会が終わり、僕たちは昼休憩を迎えていた。


「賊討伐の主力かぁ……」


 庁舎の食堂には、ガレス、ブルーノ、エルヴィン、ニルスと、いつもの皆で集まって食事を取っている。


「ああ、頑張らねばな」


 ガレスは、南潟詰所に戻らなくてよくなって、ちょっと嬉しそうだ。


「聞いた話なんですけど、近隣小都市の兵も加えて、おおよそ五百人くらいになるみたいですよ」


 ニルスが少し声を抑えながら伝えてくる。


 五百人って……。


 追加で港都からの本隊も来るって話だし、賊討伐の規模じゃないような……。


「肝心の黒棘の居場所はまだ掴めてはいないがな」


 エルヴィンが苦い顔をしながら黒パンをスープに浸している。


「んなもん、その辺の怪しいやつをしょっ引いて、吐かせればいいんじゃねえのか?」


 ブルーノが腕を組み、神妙な顔でガレスの食べかけの昼食を眺めながら言っている。


「あ、それなんですけど、昨日、黒棘の関係者と思われる荷消え関連の容疑者の数人が捕まったそうですよ」


 ニルスは情報通だ。その愛嬌で広い人脈を築いている。


「あ、北潟詰所の話だよね? 僕もちらっと噂で聞いたよ」


 昨日の夜明け前くらいの時間に、倉庫街で怪しい人物を捕まえたとかってのは、ちらっと聞き及んでいる。


「そうなんです。 さらに聞いた話では、ヴェルカ内で活動する黒棘の幹部が含まれていたらしくて、今、アジトなどを割らせてるみたいです」


 ニルスは本当に情報通だ。


「このタイミングでか。 何か怪しいな」


 エルヴィンが腕を組み思案している。


「ん-むしろ、討伐令の件が漏れて、慌ててたってだけかも?」


 ここ最近は特に巡回や監視が強まっている。


 いったんヴェルカ内の拠点などを引き上げる途中だったのかもしれない。


「その線は、ありえるな」


 そう告げると、ガレスは、残っていた最後のスープを飲み干した。


「まあ、いずれにしても不確定情報しか持ち合わせない僕らが何か考えてもだね」


 皆が頷く。


「よし、午後は、ヴェルカの討伐隊の初めての全体集合だし、行くよ」



 ヴェルカの西の郊外には、通常勤務以外の全衛兵が集められていた。


 よく見知った、ユルゲン所長以下の南潟詰所の衛兵たちも参加しているのが確認できる。


 まだ、ヘンドリック衛兵隊長は姿を見せず、集まった一同は少々がやがやと落ち着きがなかった。


「人数はいる。だが、隊ではないな」


 ガレスが、見回しながら誰に言うでもなく小さくこぼす。


「ああ、これだけ集めても、誰がどこを見ているのか分からない」


 エルヴィンは、聞こえたのかガレスを見つめ、そう返した。


 僕も何とも言えない、嫌な感じはした。


 でも、それをどう言葉にすればいいのか、分からなかった。


 まして、ヘンドリック隊長に進言できる立場でもない。


「あ、ヘンドリック衛兵隊長が来られましたよ」


 ニルスがヴェルカ方面からやってくる一団を見つめている。


 しばらく待つと、ヘンドリック衛兵隊長とスタッツ副隊長、あと事務方の数名が用意されたお立ち台へ向かい、まずはスタッツ副隊長が壇上へ上がった。


「皆さま、本日は急な招集でしたが、参加ご苦労さまです」


 スタッツ副隊長は事務方上がりで、物腰が柔らかい。


 挨拶のあと、南の旧道の巡回班が本部付の一時預かりになったこと。改めて黒棘野盗団の討伐命令が出されていること。


 近隣小都市も討伐には参加すること。港都ルミナから討伐部隊の本隊がやってくること。


 それらの説明が副隊長から告げられた。


「続いて、ヘンドリック衛兵隊長からお言葉があるので、傾聴するように」


 実直そうなスタッツ副隊長が壇上から降りて、ヘンドリック衛兵隊長が上る。


「敬礼はよい」


 ヘンドリック衛兵隊長が芝居がかった風に、手を振り、敬礼を号しようとしていたスタッツ副隊長を止めて続ける。


「知っておるものもおるかもしれぬが、先日、賊の一部と思われる輩たちを拘束した」


 昼食時にしていた話の件だ。


「そやつらを尋問した結果、黒棘野盗団の活動本拠点の情報が割れた」


 それを聞いた衛兵たちがざわざわとしだす。


「うむ、わかる。 わかるぞ」


 ヘンドリック衛兵隊長が深くうなずきながら続ける。


「先ほど、スタッツ副隊長からの説明もあったが、近隣小都市および、港都からも増援が来る手筈とはなっておる」


 ヘンドリック衛兵隊長がぐっとこぶしを握り、突き出した。


「だがしかし、クラウスの無念を晴らすのに、誰かの手を借りるなど、ヴェルカ衛兵隊の恥とは思わんか!!!」


 ヘンドリック衛兵隊長の突然の喉を張り裂けんばかりの演説にざわついていた衛兵たちが静まり返る。


「わしは恥ずかしい。 このまま座して増援を待ち、その力を借りて事に及ぶでよいのか?」


 首を振りながら続ける。


「否である! 我らヴェルカ衛兵隊の誇りと意地を見せるのは今この時ぞ!!」


 ぽかーん、としていた衛兵隊一同もようやく内容が理解できてきたようで、頷いている者もいる。


「ついては、今日より三日後の早朝、ヴェルカ全衛兵を中核とし、黒棘野盗団の討伐作戦を実施する!」


 衛兵たちは、吞まれたように「うおおー」と雄たけびを上げ、副隊長のスタッツさんは「そんなの聞いていない」といった表情で頭を抱えている。


「大変なことになったね……」


 僕がこぼした独り言は、誰に聞かれることもなく、衛兵たちの喧騒にかき消えていった。



 ヴェルカの南西、その奥まった一角に、黒棘野盗団の根城はあった。


 その拠点には、出払った者も含め、荒事を中心に行う者、それとは別に生活を回す者や、老人、女子供たちなどの一団が活動し、ちょっとした大きな村といった様相だ。


「おい、例の件は上手くいったんだろうな?」


 熊のように大柄で、荒くれどもの前に立つことに慣れた男――黒棘野盗団の団長、ドランが、隣の痩せた男へ問いかけた。


「ええ、万事つつがなく」


 副団長のピリムは、神経質そうに目を細めて頷いた。


「泳がせておいた餌に、ヴェルカはまんまと食いついたようです」


 顎をなでながらピリムはにやりと笑う。


「そうか。 じゃぁ、あいつらは例の地点へ出向いてくるな?」


「おそらくそうなるかと。 内からもそのような報告が上がっております」


 ピリムの報告を聞き、深く頷くドラン。


「俺たちも大きくなりすぎた」


 頷くピリム。


「ここいらで、でかく勝負に出て、ヴェルカを裏からではなく、堂々と制圧してやろうじゃねえか」


 黒棘野盗団の規模は大きく膨れ上がり、細々とした荷のちょろまかし程度では、すべての人員の腹を満たすことが難しくなってきている。


「ええ、どうやら三日後に、エルネ湖畔沿いの森林地帯へ出兵とのこと。 ヴェルカはそれなりに数をそろえておるようですが、森林では数の有利だけでは勝てぬでしょうなぁ」


 ピリムは口元を歪める。


「難しいことは、お前に任せる。 戦いは俺に任せておけ!」


 ドランは鋭く厳めしい視線の中に信頼を寄せて、そうピリムへ告げた。


「ええ、ええ、万事、これまで通り、武はドラン殿、知は私に……」


 二人はそのままアジトを見回し、大きく頷きながら館の中へ消えていった。



 庁舎の衛兵隊隊長室は、混乱した空気が広がっていた。


「ヘンドリック衛兵隊長、我々だけで賊討伐を行うなど聞いておりません!」


 普段温和なスタッツ副隊長が、ヘンドリック衛兵隊長へ詰め寄るように問い詰めている。


「ああ、言っておらんからな」


 ヘンドリックは”それがどうした?”とも言わんばかりの態度で、スタッツの言葉に返す。


「これは命令違反です。 港都の本隊を待つようにとの命が出されております」


 スタッツは手に持った書面を振り回さんばかりの勢いだ。


「ふむ、それは承知しておるとも」


「ならなぜ!!」


 スタッツは事務方だ。


 しかも、真面目にこなしてきた少々固い頭の持ち主でもある。


 ヘンドリックの突然の命令無視の行動に、混乱と憤りを覚えていた。


「難しいことではない」


 ヘンドリックは、窓の外を眺めながら口を開いた。


「このまま港都本隊を待ち、何事もなく賊討伐が終了したらどうなる?」


 スタッツは、黙ったまま続きを待った。


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