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エルダニア大戦記  作者: 志摩 伊純
第1章:黒棘野盗団討伐戦

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第10話 寄せ集めの旗


 荷車は、思っていたよりも音がする。


 木の車輪が石畳を噛む音、積まれた樽が揺れる音、縛りの甘い槍束が、がちゃがちゃと互いを叩く音。


 そのどれもが、ヴェルカの西門へ向かっていた。


 討伐作戦は、明日に控えている。


 近隣の小都市から集められた衛兵たちは、朝から次々にヴェルカへ入り始めていた。



「なんか思っていたよりも、結構違うもんですね」


 ヴェルカに入ってくる近隣都市の衛兵隊の一部をニルスが眺めている。


「そうだね、槍の長さとか、防具の仕様とかが、それぞれ個性というか違う感じあるよね」


 僕もニルスと同じように眺めながらそう思った。


 おそらく、それぞれの街の特性に合わせた装備なのだろうと思うのだけれど、討伐部隊として編成するとなると、少し不揃いになりそうなのが気になるところだ。


「ほら、こんなところで油を売っていると、スタッツ副隊長に怒られちゃうよ」


 かじりつくように眺めているニルスの肩を叩いて、作業に戻るように促す。


「あ、はい! 戻りましょう!!」


 ニルスは慌てたように荷車に戻り、僕と一緒に目的地へ向かった。


 なぜ、荷車を押しているかというと、スタッツ副隊長に指示されたからだ……。


 というと少し雑すぎるけれど、この短い間に兵站を整えなければならないということで、スタッツ副隊長は大忙しだ。


 そんな中、臨時衛兵部隊の一部が呼び出され力仕事の手伝いを行う運びとなった……という感じで、僕とニルスは荷車を運んでいる。


「よし、ここを曲がった先だよ」


 荷車を押しながら、後ろのニルスに伝える。


 角を曲がると、そこには数台の荷車が待機しており、荷の積み下ろしの順番を待っている。


 最後尾につけて、一息つくと、荷車の列の脇で、見覚えのある背中が肩をいからせていた。


「だから、それは矢じゃなくて水袋を積む車ですって。矢を積むなら、あっちの軽い車にしてくださいよ。森道で重くしたら、車軸が死にますよ」


 聞き覚えのある、逃げ腰なのに妙に通る声だった。


「……トマ?」


 振り返った荷運び人足は、僕の顔を見るなり、心底嫌そうな顔をした。


「……あ、どうも」


 トマは渋々といった感じで、こちらを向く。


「手伝わされてるの?」


「手伝うっていうか、逃げそこねたっていうか。荷車の扱いを知ってるやつが少なすぎるんですよ」


 とほほ、といった感じでトマは続ける。


「正直、荷だけ運んで帰りたいんですけどね」


 トマは衛兵ではなく、荷運び人足の一般市民だ。


「帰れそう?」


「……帰れるなら、とっくに帰ってますよ」


 そうなのだ、急な出兵となり、兵站の準備が衛兵だけでは足りず、一般市民も駆り出されて、ヴェルカ中がてんやわんやしている。


 荷車は足りているようで、少しも足りていない。


 どこかの荷をこちらへ回せば、別の荷が止まる。


 そんな押し合いを、朝からずっと続けているようだった。


「あー……そうなんだね。 明日は無理せず、危なくなったら逃げてね」


 トマは複雑な表情で僕たちを見る。


「俺らは街道の荷置き場までです。森の中まで行けって言われたら、さすがに逃げますよ」


 畳みかけるようにトマは続ける。


「黒棘野盗団は、本当に怖いんです。 俺の心配より自分の心配してください!」


 そう言い残すと、荷車の方へ駆けて行った。


「トマさん、何か黒棘とあったのかもしれないですね」


 ニルスが走り去るトマの背中を見つめていた。


「そうかもしれないね」


 もしかしたら、僕たちと関わると何かまずいことがあるとかで、近寄りがたくなっているのかもしれない。


 荷車へ駆け寄り、新たな荷について担当者と会話しているトマを見つめながら、そんなことを考えていた。



「矢は……なんとかなりそうか」


 スタッツは、続々と更新される物資の情報に目を通しながら、次に足りないものは……と頭を働かせ続けていた。


「衛兵の調整はヘンドリック殿の許す限りはなんとかした……」


 頭を整理するためにあえて口に出しているが、周りの事務方はそれどころではなく、目が回る忙しさだ。


「ただ、今の状況だと荷車が足りないか」


 スタッツは、荷車の数を確認する。


「ええ、荷車が微妙に足らない可能性が高いです」


 近くにいた事務方の青年が疲れた顔をしながらスタッツへ反応を返す。


「しかし、既に市民からも徴用している状態だ。 今ある荷車でなんとかやりくりするしかあるまい」


 周りの事務方が頷く中、廊下から数人の足音が近づいてきて、戸口の前から中を覗いていた。


「スタッツ、物資の状況はどうだ?」


 今日もでっぷりと太ったヘンドリック衛兵隊長は、護衛の衛兵を伴い、部屋に入ってきた。


「はい、概ねなんとかなりそうな状況ではあります」


 スタッツは疲れを出しつつも、ヘンドリックへ向き直る。


「そうか。 近隣都市の衛兵隊もほぼ集結し、明日の出兵には大きな問題はなさそうであるな」


 ヘンドリックは、満足そうに頷き、続ける。


「五百名の衛兵に、兵站も整ったとあれば、負ける要素はあるまい。 明日は一気に賊どもを討伐し、港都の連中に戦果を見せつけねばな」


 そう告げると、ご機嫌な様子でヘンドリックは部屋をあとにし、笑いながら中庭の方へ消えていった。


「はぁ、皆さん、もう少しです。 もうひと踏ん張りがんばりましょう」


 ため息交じりにスタッツは周囲を励まし、残りの作業を進めるのであった。



 南潟詰所でも、明日の討伐作戦に向けて準備が進められていた。


「ユルゲン所長、概ね準備が整いました。 午後には近隣都市の衛兵も交え決起集会が行われる予定です」


 副官の若い衛兵が手元の資料を見ながら眼鏡の位置を正す。


「ああ、そうか。 ご苦労さん」


 ユルゲンは、特に気負うでもなく、いつものように卓に足を投げ出して天井を見つめていた。


「集合場所へ向かう前に、皆へ何か声がけでもされますか?」


 ユルゲンは話しかけてくる副官へ目を向け口の端を少し歪ませた。


「いや、不要だ。 お前から伝えてくれ。 明日は無理に前へ出るな。言われた通りにしていればいい、ってな」


 副官は言われた言葉の意味を考えこむしぐさを見せたが、言葉通り受け取って頷く。


「承知しました。 この後、伝えておきます」


 副官は敬礼し、奥へ下がっていった。


「明日は、面倒な日になりそうだねえ」


 ユルゲンは再び天井を見つめながら瞳を閉じた。



 午後も少し過ぎた頃、ヴェルカの郊外には、明日の討伐作戦に参加する全衛兵が集結していた。


 ヴェルカ衛兵隊、約三百。


 近隣都市混成衛兵隊、約二百。


 合わせて五百を少し超える衛兵が一堂に会している。


 しかし、同じ討伐隊として戦うはずなのに、ヴェルカ衛兵隊、近隣都市の衛兵たちは、それぞれ自分たちの旗の下に固まっていた。


 肩を並べるというより、隣に別の隊が置かれているだけに見える。


 そんな状態のまま、決起集会の開始までは少しだけ時間があり、各々は周りの同僚と会話しながら始まりを待っていた。


「数はいるが、規律が弱いな……」


 ガレスは集まった一同に厳しい視線を向ける。


「ああ、多少、姿勢を崩す程度ならわかるが、少々緩みすぎだ」


 エルヴィンも同じく厳しい目を向けている。


 そう言われれば、確かに明日は戦いだというのに、集まった皆は、あまり緊張しているようにも見えない。


「そういうものですか? 始まる前からがちがちに固まってても駄目な気がするんですけど」


 それを聞いたニルスは首を傾けながら思ったことを口にした。


「それはそうだが、適度な緊張は必要だ。 そして、その緊張に規律が整ってさえいればむしろ良い場合がある」


 ガレスが何かを考えこむように目をつぶる。


「はぁ、そういうものなんですね!」


 ニルスはわかったのか、わかってないのか、とりあえず、うんうんと頷いた。


 そうこうしていると、ヴェルカの方からヘンドリック衛兵隊長、スタッツ副隊長、あと見知らぬ顔の少し偉そうな人たちがやってきた。


 おそらく、近隣都市のお偉い方なのだろう。


「ヴェルカおよび近隣都市の衛兵隊の皆さま、今回は急な招集にもかかわらず、集まっていただき感謝いたします」


 先だって、スタッツ副隊長が壇下から皆へ告げる。


「今回の討伐作戦においては、ヴェルカのヘンドリック衛兵隊長が総指揮官となります。 近隣都市の各衛兵隊の指揮権を取り上げるものではありませんが、各衛兵隊長殿は基本的にヘンドリック衛兵隊長の指示を優先していただければと思っております」


 各衛兵隊長と思われる方たちは、小さく頷いている。


「それでは、総指揮官となるヘンドリック衛兵隊長から激励の一言をいただきます」


 そうスタッツ副隊長が告げると、ヘンドリック衛兵隊長は大きなおなかを揺らしながら壇上へ立った。


「僭越ながら、総指揮をとらせていただく、ヘンドリックである」


 いつにも増して芝居がかった風に、一同を見回している。


「諸君らのような、勇猛な衛兵が集まったことに感謝を申し上げたい。 明日、我らが対する黒棘野盗団はヴェルカのみならず、近隣都市へも大なり小なり被害を出していると聞き及んでいる」


 こぶしを握りながらヘンドリック衛兵隊長は続ける。


「今回、この地域の総力を結集して、これに当たることができるのは、まさに好機ともいえる。 悲しい襲撃事件も起きておるが、明日でこれに終止符を打つ!」


 ヘンドリック衛兵隊長は、皆を見回し、少し間を置いた。


「ぜひ、皆の力を貸してほしい。 明日は全力をもって賊を討とうぞ!!」



 集会が終わり、各々の部隊が与えられた待機場所へはけていく中、僕たちも庁舎へ戻るべく、歩き出していた。


「ヘンドリック殿が総指揮官だが、全指揮権を持たぬとはどういうことだ。 命令伝達の線が見えんな」


 ガレスが訝しむように口にした。


「確かに」


 エルヴィンが短く答える。


「いざというときに、指揮が混乱すると勝てる戦いも勝てんぞ」


 ガレスは不安そうに、先行している近隣都市衛兵隊を見つめている。


「ああ、あと森に入るには荷が多い」


 エルヴィンは荷の量が気になるのか準備された荷車の集団を見つめている。


「でも、兵站は大切なんじゃないですか?」


 ニルスは首をかしげる。


「ああ、通常ならそうだ」


 エルヴィンはニルスに顔を向け頷いた。


「だが、今回の戦場は森林地帯だ。 荷車での輸送には向いていない」


 ニルスは”なるほど”といった風に聞いている。


「なにより、ヴェルカから戦場までは、そう離れておらず、最悪、隊を街道あたりまで下げ、必要に応じて街からの輸送でも十分なはずだ」


 僕も”なるほど”となった。


 勉強になる。


「難しい話すんなよぉ」


 ブルーノが空を見上げながら、つまらなそうに声をあげる。


「でも……変な匂いがするな」


 僕は、すんすんと匂いを嗅いでみるが、特に変な匂いは感じない。


「何の匂い?」


 わからなかったので、素直に聞いてみた。


「殴る前の匂いだ」


 よくわからない……。


 ブルーノは、僕の方を向いて、ニッと笑って頭をなでてきた。


「心配すんなって。 アズールは俺がちゃんと見ててやるからよぉ」


 久しぶりに弟分扱いだ。


 それに、いつもと逆なことを言われて僕もちょっと照れる。


「うん、僕は荒事は得意じゃないから、そこはブルーノに期待してる」


 僕はブルーノを見つめて、素直に告げた。


「おう、任せておけって!」


 ブルーノは笑いながら前を向く。


 すると、それを聞いていたニルスが笑いながら入ってきた。


「ブルーノさん! 僕もよろしくお願いします!」


 手をあげながら”はい!はい!”とアピールしている。


「お? おー……見えるところにいたらな!」


 ニルスは「そんなー」って言いつつ笑っている。


「なるべく、ブルーノさんの近くにいるようにします」


 ふんす、と鼻息を荒くするニルス。


「ふふふ、僕の近くにいるといいよ。 ブルーノが見ててくれるからね」


 それだー!とニルスの目が輝く。


「おう、それなら見られるぜ!」


 ニルスもだいぶブルーノと打ち解けてきたようで、怖がっていたのが懐かしい。


「お前たちも気が緩みすぎだぞ」


 ガレスとエルヴィンが冷ややかな目で僕たちを見つめている。


「……すみません」


「ごめんなさい」


 僕とニルスは素直に謝った。


 ブルーノはどこ吹く風だ。


 明日、戦いだと思うと、ニルスも僕もたぶんふざけていないと落ち着かないのかもしれない。


 ヴェルカへ向かう隊列は、夕日を浴びて長く伸びていた。



 討伐作戦の朝が来た。


 港都の本隊は、まだ来ていない。


 それでも、ヴェルカの旗は畳まれなかった。近隣都市の旗も、その後ろに並んだ。


 荷車が軋み、槍が鳴り、誰かが勝てるさと笑った。


 僕は、その声を聞きながら、エルネ湖畔へ続く道を見ていた。


 早ければ昼前には戦いが始まる。


 僕は強くこぶしを握り、不安を振り払うように、その列の中へ足を踏み出した。


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