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エルダニア大戦記  作者: 志摩 伊純
第1章:黒棘野盗団討伐戦

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第11話 湖畔の森


 街道の端に茂っている雑草は朝露に濡れ、行軍の振動のせいか、そよ風によるものかゆらゆらと揺れながら、日の光を照り返しきらきらと輝いている。


 列の中に入ると、旗は思っていたよりも頼りなく見えた。


 遠くから見れば、ヴェルカの旗も、近隣都市の旗も、同じ風を受けて同じ方角へ進んでいるように見える。


 けれど、その下を歩く者たちは違った。


 歩幅が違う。


 槍の持ち方が違う。


 荷車を急かす声も、前の隊を待つ声も、どこか噛み合っていない。


 前が詰まれば、後ろが押す。


 後ろが遅れれば、前だけが進む。


 伝令が何度も駆けていくのに、誰の命令がどこへ届いているのか、僕にはよく分からなかった。


 それでも、討伐隊は進んでいた。


 エルネ湖畔へ続く道を、黒棘野盗団を討つために。



 街道沿いの荷置き場へ近づくころ、荷車の列がまた止まった。


「今日何回目なんでしょうね……」


 ニルスはうんざりといった表情で荷車を見つめている。


「うん、ちょっと多すぎるね」


 南の旧道は、旧道というだけあって、整備が行き届いてはおらず、轍に車輪を取られたり、荷車が接触したりで、そのたびに進行が止まっていた。


「前が詰まっているのに、後ろが押している」


 ガレスは、目を細めながら隊列の先を見つめている。


「伝令も多い。だが、命令が通っているように見えん」


 確かに……先ほどから伝令担当が街道横を隊列の邪魔をしないように何回も往復しているのを見かけている。


「後ろのヘンドリック衛兵隊長が、”なぜ止まる!”ってお怒りなのかもですね」


 やれやれという風にニルスが首を振った。


 僕たちはヴェルカの本部付として、隊列の中では比較的後方に位置して進行しているのもあり、どこかが止まると、僕たちも止まるということが頻発していた。


「荷車が止まるだけならよいがな」


 ガレスが何か気になるようなそぶりを見せる。


「どういうこと?」


 僕は素直に聞き返す。


「先行している近隣都市兵が、そのまま進行し続けてなければよいのだが」


 あー、なるほど。


 足並みがそろっていないと、進行中に強襲でも受ければ厄介なことになるかもしれない。


「足並みが乱れてるところを待ち伏せされたらまずいね」


 僕は思ったことをそのまま告げた。


「それもあるが……行軍すら揃っていないようではな」


 半分あっていて、半分足りない、みたいな顔だ。


「ああ、さらにここから先は、湖畔沿いに道が細くなる」


 エルヴィンが街道の先を見ながら指摘し、続ける。


「荷車を入れれば、戻る時に詰まる」


 それを聞いた皆は、黙って頷いた。


 僕にも、それが良くないことなのは分かった。


 でも、良くないことが分かることと、止められることは違う。


 そんなことを話していると、荷車が動き出し、行軍もゆっくり再開された。



 エルネ湖畔へ向かう道中の街道沿いに臨時で設けられた荷置き場では、スタッツ副隊長が声を張り上げながら指示を出していた。


「水袋は、その奥に! 矢の束は右の手前に!!」


 次々に入ってくる荷車、そして搬入される物資。


 ばたばたと走り回る兵站担当の衛兵たち。


「うわー、既に戦場ですね……」


 ニルスが慌ただしく動き回る現場を見て目を見開いている。


 ようやく荷置き場にたどり着いたものの、どこで何を受け取ればいいのか、すぐには分からなかった。


「どうしよう、いろいろ受け取らないとなんだけれど……」


 僕は忙しそうに走り回る人たちを眺めながらひとりごちる。


「あ、あれってトマさんじゃないですか?」


 途方に暮れていると、見知った背中をニルスが見つけたようで、僕に向き直る。


 トマは、荷車を止めて、積んでいた荷を下ろしているようだった。


「ほんとだね、トマに聞いてみよう」


 ちょっと忙しそうにしているけれど、知り合いなので声をかけやすい。


 僕は駆け寄って、トマに話しかけた。


「トマ、ちょっといいかな?」


 忙しそうに荷を下ろしていた、トマは億劫そうに顔をあげる。


「なんですか? って、アズールさんか」


 まだちょっと嫌そうな顔はするけれど、先日ほどではない。


 単に忙しいだけかもしれないが。


「トマも結局、ここまで駆り出されちゃったんだね……」


 トマは一般市民だ。


 戦いに巻き込まれたらさすがに可哀想ではすまない。


「俺らはここまでですからね。森の中までは行きませんよ」


 トマは手を止めることもなく、僕に答えてくれた。


「あー、ちょっと聞きたいことがあるんだけれど……」


 僕がそう口にしたところで、スタッツ副隊長が僕たちを見つけ、こちらに寄ってきた。


「アズールくん、本部付の荷車だけは、森の入口近くまで回す手筈になっていてな。扱える者を一人つけるのだが……」


 スタッツ副隊長の言葉に周りの人足たちは目を逸らす。


 トマも目を逸らす。


「ふむ、そこの彼とは知り合いかね?」


 あ、まずい、トマが巻き込まれそうだ。


 トマもまずいと思ったのか、スタッツ副隊長に向き直る。


「……いや、待ってください。俺、荷車は分かりますけど、賊は分かりませんよ」


「賊と戦えとは言ってはいない。荷を動かして欲しいと思ってはいる」


「それが嫌なんですけど……」


 トマの肩ががくりと下がる。


「名は何と言ったかな。 あとで手当てを多めにつけるので、確認させてもらっておこう」


 スタッツ副隊長は、近くの部下を呼び、名簿帳を持って来させ、トマの名前を確認したうえで「よろしくたのむよ」と、去っていった。


 僕が何も言う間もなく決まってしまい、なんだか気まずい。


「トマ、無理はしないで。危なくなったら逃げていいからね」


 せめて、これくらいは言わないと……。


「アズールさん、それ、昨日も言ってましたよね。たぶん、逃げていい場所なら、俺はもう逃げてます」


 納得はしていなさそうだけれど、トマの目は据わっていた。


「あそこにある荷車がアズールさんたちの物資らしいので、ちょっと引いてきますね」


 しぶしぶ、といった様子で荷車へ向かうトマ。


「トマも、災難だねえ。 さすがに可哀想だ、見えるところにいれば、何とかしてやるかねえ」


 さすがのブルーノも思うところがあるようで、トマに優しい。


 荷車を引いて、トマが戻ってきて一度止まる。


 念のために各所を点検するようだ。


「この車なら、平道はまだ動きます。でも森道で急がせたら、車軸が死にます」


 トマは車軸や車輪、荷台、手押し部分などを軽く叩いたり、押したりし、問題ないと、頷いた。


「人を乗せることはできる?」


 いざ、戦いになったら、歩けないけが人が出るかもしれないと思い、念のために聞いてみる。


「荷を諦めれば、できると思いますよ。荷も人も、は無理ですけど」


 なるほど、いざとなれば、荷を捨てるか、けが人を乗せるか。


 僕は何事も起きないことを願いながら、その言葉を心にしまった。



 アズールたちが、荷車を率いて、荷置き場を出発した後――


「スタッツ! 何をもたもたしておる!!」


 ヘンドリック衛兵隊長が荷置き場へ現れ、スタッツ副隊長へ怒鳴り上げる。


「はい、申し訳ございません。 荷分けに少々時間が掛かっており――」


 すべてを言い終える前に、ヘンドリック衛兵隊長が遮る。


「賊に時間を与えるな!」


「そうはおっしゃいますが……退路を空けることも考えませんと」


 スタッツ副隊長が反論しかけるのだが、ヘンドリック衛兵隊長は許さない。


「ここまで来て、足を止めるつもりか!!」


 そのまま畳みかけるように続ける。


「日が高いうちに根城を押さえるのだ」


 そう言い残すと、肩をいからせ、本体の方へ歩き去っていった。


「はぁ、皆さん、物資をできるだけ端に寄せてください。 必要なものを取りやすい位置に置くことだけは注意して」


 スタッツ副隊長は、さらに疲れた顔で周囲へ告げた。



 ユルゲン率いる、南潟詰所の衛兵隊は、今回の討伐隊の最右翼に位置取りすることになっていた。


「所長、後続の他部隊はまだ向かっている最中ですが、我々の配置はおおむね完了しております」


 副官が眼鏡の位置を整えながら書面を渡してくる。


「ああ、ごくろうさん。 しばし休憩とでも伝えておいてくれ」


 副官は頷き、まだ何かあるのかユルゲンへ問いかけた。


「賊の拠点は、まだ少し先なようですが、さすがに緊張しますね」


 衛兵といえども、事件等の小規模な暴力沙汰には関わったことはあれど、戦いというものに慣れたものはほとんどいない。


 まだ若い副官の手は震えている。


「あんまり気負うなよ。 無理に前へ出なくていい。言われた通りに動くことだ」


 ユルゲンは、いつにもなく優し気な雰囲気で副官に目を向ける。


「は、はい! では、皆へしばし休憩の旨を伝えてきます」


 そう告げると副官は衛兵のもとへ下がっていった。


「さあて、本日はどうなることやら……」


 去っていく副官を眺めながら、ユルゲンは森の方へ目を細めた。



 僕たちは、集合場所へ向かって改めて移動していた。


 街道横に広がるエルネ湖は静かに佇んでおり、反対側の森は葉が生い茂り、日の光が届きにくいのか奥は暗く見通せない。


「何度も通った道だけど、さすがにこの人数だと、幅が狭いね」


 巡回で慣れた道ではあるのだが、今日はいつもと違う印象で目に映っていた。


「ああ、あれを見ろ」


 隣のエルヴィンが前を歩く衛兵たちを顎で指す。


 荷車に立ててある旗が低い枝にひっかかり、同じように森沿いを歩いている者は、槍を枝にぶつけ、こんこん、とときおり音が鳴っていた。


「この街道や、森を知る者が少ない」


 エルヴィンは冷めた目でそれを見ている。


 そうしていると、前をいく本部付の荷車が轍にはまったようで、また隊列が止まる。


「はぁ、ブルーノ、一緒にいくぞ」


 後ろにいたガレスがため息を吐きながら、荷車の助けに向かうべく、ブルーノに声をかけた。


「あ? おー、仕方ねえなあ」


 ブルーノは特に嫌がるでもなく、腕をまくり歩いていく。


「なんだか、落ち着かない感じですね」


 いつの間にか横にいたニルスが少し不安げに僕を見つめている。


「そうだね。 エルヴィンの言う通り、慣れてない人が多い感じだからね……」


 僕も巡回任務があったからこそ、今では慣れた道だけれど、それがなければ彼らと同じだったかもしれない。


 荷車が動き出し、改めて隊列が前へ進む。


 目的地は、もう少しだった。



 そこは、森の手前に開けた、ちょっとした草原といえそうな場所だった。


 各隊がようやく揃い、今は隊列を整えているところだ。


 今回は、前へ押し込むための楔形の隊列で臨むらしい。


 近隣都市側の顔を立てたのか、それとも露払いのつもりなのか、先頭には近隣都市衛兵部隊が置かれていた。


 続いてヴェルカ西潟隊、東潟隊がその後ろに続き、さらにその後ろに南潟隊、北潟隊、そして本部が最後尾中央といった具合だ。


 ちなみに僕たちは本部付なのだが、どちらかというとほぼ左翼といってもいい、北潟隊と隣している位置だ。


 森に入るなら、もっと細く進むものなのではないかと思った。


 もちろん、僕のような素人が考えることなので、正しいかは分からない。


「森林戦で密集した陣形を選ぶなど、正気か?」


 ガレスは声を落とし、信じられないといった表情で首を振った。


「ああ、潜んだ賊に矢を掛けられたらひとたまりもない」


 エルヴィンも苦い顔をしている。


 やはり、あまり良くないようだ。


 ニルスは何かを言おうとして、何も言えず口をつぐんでいる。


 僕は気を紛らわすように、前にいるブルーノに声をかけてみた。


「今日も変な匂いとか、感じる?」


 ブルーノは、特に気負った様子ではないけれど、森の奥を見つめたまま、目をそらさない。


「ああ、ぷんぷん、匂ってやがるぜ」


 そうこうしているうちに、隊列が整い、進軍の合図の旗が振られ、全軍が森へ侵入していく。


「アズールは、俺から離れるな」


 ガレスが僕の前に寄り、ブルーノも隣へ並ぶ。


「森が静かすぎる」


 エルヴィンは何かに気づき、ニルスは僕の後ろを恐々とついてきている。


 街道沿いの荷置き場から、さらに森の手前まで、本部付の荷車だけが回され、トマもその荷車について、ここまで来ている。


 でも、トマはここで待機だ。


 さすがに戦場までは連れていけないし、そもそも荷車が入れるような足場ではない。


 預けていた、いくつかの荷は既に受け取っている。


 目の前に広がる森の中は暗い。


 真っ暗というわけではない、目の前は見える。


 でも、奥まったところまでは見通せない。


 木々の間に賊が潜んでいれば気づけないかもしれない。


 僕は、油断しないようにと思いながら、何度も周囲へ目を向けつつ、一歩一歩前へ進んだ。



 森へ侵入し、二十分ほど過ぎただろうか。


 足元も悪く、木々も生い茂り、早くも隊列は乱れ始めていた。


 誰もが緊張しているのか、無駄話をしている者はさすがにいない。


 今のところまだ賊たちの姿は見えないが、事前の説明ではもう十分ほど進んだ先とのことだ。


 そんなとき、森の奥で、何かが鳴った。


 鳥の声ではなく、枝の折れる音でもない。


 何かが空気を裂く、細い音だった。


 僕がはっとして顔を上げかけた時、ガレスが低く声をあげ、僕の頭を押さえつける。


「伏せろ」


 その直後、僕の頭上を矢がかすめていった。


 今、この時、戦いが始まったのだ。


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