第88話 訪れる者
「見慣れない男が一人、昨日から村にいます」
ベルントがそう言った時、僕は机の端に寄せていた紙から顔を上げた。
窓際ではカインがいつものように立っていて、僕の机の前にはノエルが持ってきた配給用の帳面が開いたままになっている。準男爵になってから、だいたい一年になるらしい。
その間にザクセンへ来る人がまったくいなかったわけではない。近くの村から荷を運ぶ者も来るし、ヴェルナー領との行き来もある。
でも、知らない旅人がふらりと泊まりに来るような場所ではまだなかった。
「その人は何かやらかしたの?」
「今のところは何も。昨日の夕方に入ってきて、飯を買って、寝る場所を聞いただけです。ただ、今朝になって村のことを少し聞いて回っているようで」
「村のことって?」
「どれくらい人がいるのかとか、元からいた人と後から来た人が一緒に暮らしているのかとか、その程度です。聞かれた方が珍しがって、こっちに話を持ってきました」
ベルントは手にしていた紙を裏返した。
「旅人が珍しいだけかもしれません。捕まえる理由はありませんが、一応、何者なのか話だけ聞いてきます」
「それならお願い。別に怪しくないなら、あんまり怖がらせないでね」
「そのつもりです。隊長も連れていきます」
「ブルーノも?」
「本人が行くと言って聞きませんので」
ベルントの言い方で、だいたい様子は想像できた。
「何もしてない人に対して、最初から囲んだりしないでね」
「そこも言ってあります。人数も増やしません」
ベルントが部屋を出ていくと、ノエルが帳面をこちらへ押し戻した。
「兄上、そっちも大事ですけど、こっちの板材も決めてください。南の二村へ回す分です」
「分かってるよ」
見慣れない旅人の話は、それでいったん僕の机から離れた。
*
昼を少し過ぎた頃、その旅人はブルーノに連れられて領主館へ来た。
先に廊下からブルーノの声がして、それから扉を叩く音がする。
「領主様、ちょっといいですか。客、連れてきました」
「入っていいよ」
扉が開き、最初にブルーノ、その後ろからベルントが入ってくる。最後の男を見たところで、僕は椅子から半分立ちかけた。
腰に剣はない。粗末というほどではないが、長く旅をしてきたらしい服を着て、小さな荷物だけを肩に掛けている。
顔を見間違えるほど長く会っていたわけじゃない。それでも、あの時のことは忘れにくかった。
「……ハーゲンさん?」
僕の少し後ろで、カインの立つ位置が変わった。
前へ出たわけではない。ただ、いつでも僕と男の間へ入れるくらいのところへ、半歩だけ寄っている。
男は僕を見て、それからカインにも目を向けた。
「久しぶりだな。今は、その名前では通していない」
「そうなの?」
「ローレンツ・ハイデル。ここへ来るまで、その名を使ってきた」
ブルーノが横から口を挟んだ。
「俺が顔見てハーゲンって呼んだら、こいつ真顔でそれ言いやがったんですよ」
「お前が村の真ん中で昔の名を叫ぶからだ」
「知らねえよ、そんなの」
「今は知っただろ」
「何か腹立つな、お前」
「隊長、領主様の前です」
ベルントに言われて、ブルーノは口を閉じた。
僕は立ちかけていた椅子へ座り直したが、どう話を始めればいいのか少し迷った。最後に会った時、ハーゲンさんは剣を置いたまま一人でいなくなった。
三千人を頼む、と言って。あの時の三千人全部が僕たちのところへ来たわけじゃないし、その後、帰れる場所が見つかって帰った人も大勢いる。
それでも、今この領地で暮らしている人たちの中には、あの時ハーゲンさんが外へ出した人たちがたくさんいた。
「とりあえず、座る?」
「構わん」
ハーゲンさん――今はハイデルさんと呼んだ方がいいのだろう――が空いている椅子に座る。
ブルーノとベルントはそのまま残った。カインも僕の後ろから動かない。
「それで、どうしてここに?」
「お前が準男爵になったと聞いた」
「僕?」
「ああ。東南へ流れてきた荷の話を聞いていれば、嫌でも少しは耳に入る。アズール・エスターという男が、灰衣の騒ぎで荒れた土地を預かっているとも聞いた」
「そんなところまで話が行くんだね」
「お前が思っているより、人は話す」
ハイデルさんはそこで一度言葉を切った。
「それと、あの時の連中が、その土地で暮らしているらしいとも聞いた」
僕は少しだけ姿勢を直した。
「それを確かめに来たの?」
「一度は見ておこうと思った。あれだけ預けて、後は知らんというのも気分が悪い」
「帰れる人はかなり帰ったよ。残った人たちのうち、千六百八十四人が今もこの辺りで暮らしてる。元兵だった人も、かなりいる」
「千六百八十四か」
「最初に残るって言った人数と、実際に残った人は少し違うけどね。途中で家族が見つかった人もいたし、逆に帰るところがなくなってた人もいたから」
「そうか」
ハイデルさんは、それ以上すぐには聞かなかった。喜んだ顔をしたわけでもないし、安心したと言ったわけでもない。ただ、さっきより椅子に深く座った。
「ずっと隠れてたの?」
「ずっと同じ場所にいたわけじゃない。東では俺の名を知っている者が多い。軍にいた連中なら、顔まで覚えている者もいる」
「だからハイデルさん?」
「そうだ。こっちへ来るまで、その名で通してきた。東南まで来れば、俺の顔を知る者はそう多くない」
カインが僕の後ろから静かに聞いた。
「名前だけではなく、顔をご存じの方がこちらへ来る可能性は?」
「ないとは言わん。だが、東にいるよりはずっと少ない。それに、鋼守のハーゲンが一人で村を歩いていると思って見る者も少ないだろう」
「それでも、昔の名は出さない方がよろしいでしょうね」
「そのための偽名だ」
僕はブルーノを見た。
「じゃあ、さっき村で大きな声で呼んだの、やっぱりまずかったんじゃない?」
「だから知らなかったんですって」
「今から気をつけてね」
「分かってますよ」
ブルーノは少し不満そうだったけれど、さすがにここは逆らわなかった。
「ところで、ブルーノたちはどうして一緒に?」
「見慣れない奴がいるって話だったんで、確認しに行ったんですよ。そしたらこいつで」
「話を聞くだけのつもりでした」
ベルントが補う。
「ただ、隊長と私、それから二人ほど連れて出たら、ハイデルさんから『一人を見るのにずいぶん人を出すんだな』と言われまして」
「事実だろう」
「四人くらい普通だろ」
「隊長と副隊長が一緒に出る必要はない。お前が外で揉めたら、残った者は誰へ話を上げる」
ブルーノの眉が寄った。
「俺が揉める前提で話すなよ」
「会って半刻も経っていないが、揉めない前提にする方が難しい」
「お前やっぱり気に食わねえな」
ベルントが止めるより先に、僕は笑ってしまった。
ハイデルさんはブルーノを怒らせようとしているわけではなさそうだった。たぶん、本当に思ったことをそのまま言っている。
「それで、これからどうするつもりなの?」
僕が聞くと、ハイデルさんはブルーノから視線を戻した。
「まだ決めていない。ここまで来ることは決めたが、その先まではな」
「東に戻る?」
「戻って何をする。俺を探している者がまだいるかもしれんし、昔の兵を集める気もない」
「じゃあ、ここにいる?」
ブルーノが僕を見る。ベルントも少しだけ顔を動かした。ハイデルさんだけは、しばらく僕を見たままだった。
「お前は前も、似たようなことを言ったな」
「そうだっけ?」
「俺が覚えているだけかもしれん」
「でも、仕事はあるよ。人も足りてないし」
「準男爵家に、ローデリヒ・ハーゲンを置くつもりか?」
「それはまずいんでしょう?」
「まずいな」
「じゃあ、ローレンツ・ハイデルでいればいいんじゃない?」
ハイデルさんが少し黙った。
「そんな決め方でいいのか」
「もうその名前で暮らしてたんでしょう? 僕が別の名前を考える方が変じゃない?」
「……それもそうか」
ブルーノが横から、
「もっと強そうな名前にすりゃよかったのにな」
と言った。
「目立たないための名前だ」
「強そうだと目立つのかよ」
「お前みたいな名を選ぶつもりはない」
「俺の名前の何が悪いんだよ」
「ブルーノ、今は名前の話じゃないから」
「領主様まで言うんですか」
僕はノエルを呼んでもらうことにした。ハイデルさんを残すなら、どこで何をしてもらうかまで決めないと、また僕が勝手に人を拾っただけになってしまう。
カインが近くにいた親衛隊の若い兵へ声をかけ、ノエルを呼びに行かせる。その間に、ベルントからハイデルさんを見つけた場所や、村で何を聞いていたかをもう少し確認した。
聞いていたのは、本当に暮らしのことばかりだったらしい。誰が領兵になっているか。後から来た者はどの村に住んでいるか。元からの住民と揉めていないか。昔の灰衣兵が集まって暮らしている場所はあるのか。
「最後のは、何で聞いたの?」
「まとまって残っているなら、俺が顔を出した時に余計な騒ぎになると思った」
「なるほど」
「散っているなら、それでいい」
ほどなくノエルが来た。
「兄上、急ぎって――」
部屋に入ってハイデルさんを見ると、さすがにそこで言葉が止まった。
「えーっと……失礼ですがどなたですか?」
「ローデリヒ・ハーゲンという名前で呼ばれていた人で、今はローレンツ・ハイデルだそうだよ」
「え? 鋼守のハーゲン!? また、兄上が何か拾ったんですか?」
「まだ拾ってないよ。今から相談するところ」
「それ、だいたい拾う前の言い方ですよね」
ノエルは隣に座り、事情を一通り聞いた。途中からは驚くより先に、いつものように仕事の方へ頭が切り替わっていた。
「ハイデルさんは、今後もここにいること自体には問題ないんですか?」
「仕事があるならな。ただし、昔の名を外へ出すつもりはない」
「それは出さない方がいいでしょうね」
ノエルが少し思案顔で言葉を続ける。
「兄上、ハーゲンさんを見つけたら報告する話、残ってますよ」
「うん」
「報告しますか?」
「……したら、連れていかれるよね」
「そうなると思います。少なくとも、ここへ戻してはもらえないでしょうね」
「じゃあ、今は言わないでおこう」
ノエルは少し考え、ブルーノとベルントを見る。
「旧灰衣の元兵って、今も治安維持隊で扱うことありますよね」
「あります」
ベルントが先に答えた。
「以前ほどではありませんが、酒が入った時の揉め事や、昔の組同士で余計に張り合うことはあります。普通の村人より、腕っ節で片付けようとする者が多いのは確かです」
「おい、普通の領兵も似たようなもんだぞ」
「だから両方見ているんです、隊長」
「分かってるよ」
ノエルは今度はハイデルさんへ向いた。
「元灰衣兵の人たちは、ハイデルさんの言うことなら聞きますか?」
「昔の兵なら、少なくとも俺を知っている者は聞くだろう」
「それなら、治安維持隊がいいんじゃないかな」
僕が言うと、ブルーノが自分を指した。
「こっちですか?」
「だって、一番困るのそこなんでしょう?」
「まあ、助かるか助からないかで言えば、助かりますけど」
ベルントも否定しなかった。
「旧灰衣兵への対応だけでも助かります。それに、隊の動かし方を見ていただけるなら、それ以上にありがたいです」
「俺はもう大軍を動かすつもりはないぞ」
「治安維持隊は大軍じゃありません」
「見れば分かる」
「何だよ、その言い方」
「隊長」
「分かってるって」
ただ、一つ問題があった。治安維持隊に入れるとしても、ハイデルさんを普通の隊員としてベルントの下に置くのは、僕でも少し変だと思う。
ブルーノは隊長で、その下にベルントが副隊長としている。ハイデルさんは昔、僕らが相手をしていた灰衣側で、何万人という兵を動かしていた人だ。
その人へ、今日からベルントの下で巡回してください、と言うのもおかしい。
ノエルも同じことを考えたらしい。
「顧問、でどうですか」
「顧問?」
ブルーノが嫌そうな顔をする。
「隊長と副隊長の命令系統には入れない。必要な時に隊の運用や旧灰衣兵の扱いについて意見をもらう役です。隊長はブルーノのままです」
ハイデルさんがブルーノを見る。
「隊長はお前か」
「そうだよ。文句あんのか」
「ない。誰の命令を聞けばいいか分かれば、それでいい」
ブルーノの方が少し拍子抜けしたようだった。
「もっと何か言うかと思った」
「言ってほしいのか?」
「別に言ってほしくはねえよ」
「なら問題ない」
「……やっぱ気に食わねえな」
「それも仕事には関係ない」
僕は二人を見てから、ノエルに聞いた。
「顧問って、ちゃんと役職になる?」
「うちでそう決めればいいでしょう。細かい仕事と給金は後で詰めますけど、治安維持隊顧問として置くこと自体はできます」
「じゃあ、それでどう?」
ハイデルさんは少しだけ考えた。
「ローレンツ・ハイデルとしてなら受ける。昔の名を、必要もない者へ広げないこと。それだけだ」
「分かった。じゃあ、これからよろしく、ハイデルさん」
「ああ。世話になる」
それで決まった。ブルーノだけが、まだ「顧問ってどこまで口出してくるんだ」とベルントに小声で聞いていた。
*
ハイデルさんが家中へ加わったからといって、その日のうちに何か大きく変わったわけではなかった。寝る場所を決め、治安維持隊の詰所を見せ、ベルントから普段の巡回や揉め事の処理について説明を受ける。
翌日からは、もうブルーノたちと領内を歩いていた。
最初に昔の名前を呼ばれたのは、その二日後だった。僕はカインと一緒に倉の方へ行く途中で、向こうからブルーノ、ベルント、ハイデルさんが歩いてくるのを見つけた。
ちょうどその横を、二人で麻袋を担いだ男たちが通りかかる。片方の男がハイデルさんを見て、足を止めた。
「……ハーゲン殿?」
麻袋の反対側を持っていた男が、一歩だけ遅れて止まる。荷が傾き、二人とも慌てて持ち直した。ハイデルさんは男の顔をしばらく見ていた。
「生きていたか」
「そっちこそ……。いや、あの、どうしてここに」
「今はローレンツ・ハイデルだ」
男は周りを見て、僕たちにも気づいたらしい。
「ああ……ハイデルさん、ですか」
「そう呼べ。今は何をしている」
「畑です。忙しい時は荷も運んでます。領兵にも時々呼ばれますけど、普段は畑の方です」
「家族は?」
「女房と子供が一人います。あの時、一緒に出られたんで」
「そうか。なら、荷を落とす前に運べ」
男は一瞬だけ何か言いたそうにして、それから相方と一緒に麻袋を持ち直した。
「また、どこかで話せますか」
「仕事の邪魔にならん時にな」
「分かりました。じゃあ、また」
二人が倉へ向かう。ブルーノがその背中を見送ってから、ハイデルさんへ向いた。
「お前、あいつも知ってんのか」
「顔は覚えている。名前はすぐには出てこない」
「向こうは一発だったぞ」
「俺は一人だ。向こうは何万人もいた」
「そう言われるとそうだけどよ」
その日の夕方には、別の元兵が「ハーゲン」と言いかけたらしい。次の日にも一人。何日かすると、昔の名を呼びかけて途中で言い直す声が、領主館の近くでもたまに聞こえるようになった。
ハイデルさんは、その度に怒ったり、口止めを大げさに命じたりはしなかった。
「今はハイデルだ」
とだけ言って、それから相手が何をして暮らしているのかを聞いた。領兵に入った者もいれば、畑へ戻った者もいる。荷車を引いている者、家の修繕をしている者、家族と別の村に住んでいる者もいた。
ハイデルさんは、相手が今どこで何をしているのかを聞くと、それ以上昔の話を引き延ばさなかった。
*
一方、治安維持隊では、もっと早くから役に立ち始めていた。
数日後、僕がカインと村の中を歩いていると、酒を売る家の前で声が上がっていた。二人の男が店先で言い合っていて、その間にベルントが立っている。ブルーノも少し離れたところにいたが、片方の男はまだ何か言い続けていた。
「だから俺は、こいつが先に――」
「それは中で聞きます。ここで続けても話が増えるだけです」
「でもよ、ベルントさん、俺らの時は――」
そこまで言った男が、僕たちとは別の方を見て急に口を閉じた。ハイデルさんが歩いてきたところだった。
「何をしている」
「いや、ハー……ハイデルさん。こいつが昨日の――」
「話はベルントにしろ。お前がここで声を張れば、余計な奴が寄ってくる」
「……分かりました」
さっきまで食い下がっていた男が、急におとなしく店の中へ入っていく。もう一人も、その後を追った。ブルーノが何とも言えない顔でハイデルさんを見る。
「俺がさっきから入れって言っても聞かなかったんだけど」
「言い方が悪かったんじゃないか」
「殴るぞ」
「会ってから何度目だ、それは」
「まだ殴ってねえだけ偉いだろ」
ベルントは二人をそのままにして、店の中へ入っていった。ハイデルさんも後へ続こうとしたが、ブルーノがその肩を呼び止める。
「なあ。あいつら、お前が言えばずっとあんな感じなのか?」
「俺を知っている奴なら、しばらくはな」
「便利じゃねえか」
「便利だからって、いつまでも俺に止めさせるな」
「何でだよ」
「今の隊長はお前だろう」
ブルーノが黙った。
ハイデルさんは店の中を見た。
「あいつらがここで暮らすなら、俺の昔の命令じゃなく、今いる場所の決まりで止まるようにした方がいい。俺がいなければ揉め事を止められない隊にするつもりか?」
「……そんなつもりはねえよ」
「なら、それでいい」
そう言って中へ入っていく。ブルーノはしばらく入口を見ていたけれど、僕に気づくと、急に少し困った顔をした。
「領主様、今の聞いてました?」
「聞いてたよ」
「何か、腹立つでしょう」
「でも、言ってることは分かるよ」
「領主様までそっちですか」
カインが隣で、
「顧問ですから」
と静かに言った。
「カインまで言うのかよ」
ブルーノはぶつぶつ言いながら店へ入っていった。
*
さらに数日すると、ハイデルさんはベルントが使っている巡回の表にも口を出し始めた。
僕が治安維持隊の詰所へ行った時、壁際の板には木札が何枚も掛けられていて、ベルントがそれを紙へ写していた。
ブルーノは椅子に座り、ハイデルさんは板の前に立っている。
「ここ、同じ二人が続いている」
「そこは夜に揉め事が増えるので、慣れている二人を置いています」
「慣れているから続けるのは分かる。だが、三日目には昼の巡回まで鈍る。夜へ置くなら、その前の日の夕方を外せ」
ベルントが紙を見直す。
「代わりはどこから回します?」
「西の組は夕方が一人多い。そっちから一人。あと、この二人は分けろ」
「何でだよ」
ブルーノが口を挟んだ。
「仲悪くねえぞ、そいつら」
「仲が良すぎる。二人で行かせると、話が長くなる」
ベルントが少し考えて、
「確かに、戻りが遅いことがあります」
と言った。
「だろう。巡回は遊びに出すんじゃない。片方を別の組へ入れれば、両方使える」
「お前、来て何日目だよ」
「日数は関係ない。表を見れば分かる」
「それが気に食わねえんだよ」
「顧問なんだろう。嫌なら聞かなければいい」
ブルーノは板を見て、ベルントの紙を見て、それからもう一度ハイデルさんを見る。
「聞かねえとは言ってねえだろ」
「なら、この二人も入れ替えろ。次の夜番までに一度休ませる」
「分かったよ。ベルント、そこ直しとけ」
「もう直しています」
「早えな、お前」
「隊長が揉めている間に終わりました」
「お前も最近、言い方きつくなってねえか?」
僕が入ってきたことには、三人とも少し遅れて気づいた。
「何してるの?」
「顧問に俺の隊を好き勝手いじられてるところです」
「好き勝手ではない。聞かれたから答えている」
「俺は聞いてねえよ」
「ベルントが聞いた」
「副隊長が聞いたなら、隊の話だろ」
「それは……そうだけどよ」
ブルーノはまた板を見る。文句は言っているけれど、さっきハイデルさんが動かした木札を元へ戻す気はないらしい。
外から誰かが詰所の戸を叩いた。
「ハーゲ……ハイデルさん、少しいいですか。東の組で確認したいことがあって」
ブルーノが天井を見上げた。
「またお前かよ。ほんとにどんだけ知り合いいるんだ」
「俺が知っているより、向こうが俺を知っている方が多い」
ハイデルさんは戸の方へ向かった。
「それで、東の組は誰が残ってる」
戸の向こうの男が答え始める。
ベルントは直した巡回表へ次の印を書き込み、ブルーノはまだ不満そうな顔で、その紙を横から覗いていた。




