第86話 無し崩される人
帝都を発つ日が決まるまでに、それほど時間はかからなかった。
ジーモンは一度トロッタ家の屋敷へ戻り、持っていく荷物をまとめてから、約束した日の朝に僕たちの宿へ来た。帝都まで一緒だった十二人も馬と荷を整え、来た時とほとんど同じ顔ぶれで街道へ出る。
違うのは、帰りには一人増えていたことくらいだ。
「話には聞いていましたが、本当に遠いですね」
帝都を出て何日目だったか。宿を発ってしばらく進んだところで、ジーモンが馬上から道の先を見ながら言った。
「まだ半分より先だと思うよ」
「その言い方をされると、余計に遠く感じます」
「僕も来る時そう思ったから。途中で、帝都って本当にあるのかなって思ったくらい」
「あなたは実際に招請状を持って向かっていたんですよね?」
「持ってたけど、道が長いのとは別でしょう」
少し前を進んでいたガレスが振り返った。
「無駄話をしている余裕があるなら、まだ疲れてないな。次の宿まではこのまま進むぞ」
「別に休みたいって言ってないよ」
「お前は言い出す前に顔に出る」
「それはガレスが勝手に決めてるだけでしょう」
ジーモンが僕とガレスを見比べて、何か言おうとしてやめた。
帰り道では、それくらいしか変わったことは起きなかった。
宿へ泊まり、馬を休ませ、食べるものを買い足しながら、僕たちは来た道を東南へ戻った。十二人は宿に着けば馬具を外し、朝には荷を確かめ、街道では前後に分かれて進む。カインは相変わらず僕の近くにいて、ジーモンは道中でザクセンのことをいくつか聞いたけれど、僕が答えられる範囲には限りがあった。
土地の広さを聞かれても、十村あるとしか言えない。どの村に何人いるのかと聞かれれば、ノエルの帳面を見た方が早い。水路の細かなところは、実際に見てもらうしかない。
そんな話をしているうちに、数十日の道程は少しずつ終わっていった。
*
ザクセンへ入った時、最初に目についたのは、道の端に寄せられた荷車だった。
片方の車輪が外され、その下に木を噛ませてある。二人がかりで車軸のあたりを覗き込んでいて、その横では別の男が新しい木材を削っていた。
僕たちの馬が近づくと、一人が顔を上げた。
「あ、領主様。お帰りなさい」
「ただいま。車輪、壊れたの?」
「軸の方です。トマさんに見てもらって、こっちは先に外しておけって言われました。あと、ノエル様が戻られたら領主館へ来てほしいって」
「うん。分かった」
「それと、トルネから朝に人が来てました。何の話かは聞いてないですけど」
「……それも領主館?」
「たぶん。書記の人が連れていきました」
男はそこまで言うと、もう車軸の方へ戻っていった。
僕は後ろにいるジーモンを振り返る。
「こんな感じです」
「帰ってこられた領主への出迎えが、壊れた荷車と仕事の伝言なんですね」
「前はもう少し暇だったんだけどなあ」
「暇だったというより、今より人が少なかったんじゃないですか?」
「それはそうかも」
道を進むと、似たようなことが何度かあった。
倉の前では袋を運んでいた男が僕を見つけて頭を下げ、その直後に「あとでこの荷の行き先も見てください」と言った。少し先では、見回りから戻ったらしい二人が武器を持ったまま別の男から何か頼まれ、そのまま家の屋根に使う板を運び始めている。
畑へ向かう人もいたし、道端で子供を叱っている母親もいた。
帝都と比べれば、何もかも小さい。それでも、僕が出ていった時よりザクセンの中を人が行き来しているように見えた。
「聞いていたより、ずっと普通に暮らしていますね」
ジーモンが荷車を避けながら言った。
「普通にって?」
「もっと、戦の後に人を集めて、まだ大きな受け入れ場所みたいになっているのかと思っていました。家を直している人もいますけど、畑へ行く人もいるし、荷も動いています。少なくとも、ここで暮らす前提で人が動いているように見えます」
「移ってからもう何か月も経ってるからね。僕も帝都へ行く前には、もうこんな感じだったよ」
「では、その間に、土地や家の整理もかなり進んでいるんですか?」
「そこは……」
僕は少し考えた。
「ノエルに聞いた方がいいと思う」
「今の間は何ですか」
「聞けば分かるよ」
領主館まで来ると、往路から一緒だった十二人が馬や荷を扱い始めた。ガレスもそのまま残って何か確認するらしく、僕には先に中へ行けと言う。
カインは当然のようについてきた。
ジーモンと三人で扉を開けたところで、中から声が飛んできた。
「その板は南の小村へ回す分です。倉の前に置いたら、数をもう一度書いてください。あと、車輪の金具はトマが戻るまで使わないで」
ノエルだった。
僕たちが帝都へ出る前と同じ部屋なのに、机の上は前より狭くなっていた。
帳面が何冊か開いたまま重なり、その横に木札と紙の束が置かれている。奥の机にも別の帳面が広げられ、書記らしい若い男が一人、ノエルの言葉を聞きながら何かを書いていた。
ちょうど出ていこうとしていた男と入れ違いになる。
「ノエル、ただいま」
弟は顔を上げ、僕の後ろまで一度見た。
「兄上、帰ったんですね。おかえりなさい。怪我はないですか?」
「ないよ。ガレスもカインも大丈夫」
「それなら帝都の話はあとで聞きます。今、トルネから来た人を待たせてるので」
「そうなんだ。あと、人を連れてきたんだけど」
「それも少し待ってください」
ノエルは言いながら、開いていた帳面の端に木札を一枚置いた。
「今朝、西側の小村へ送った板の数が合わなくて、さっき確認に行かせました。それとは別に、トルネから水路の脇にある畑のことで人が来ています。昨日は空き家を使っていた家族のところへ、元の住人の親類だという人が戻ってきました。そっちは今日中に決めなくてもいいので待ってもらってます」
「……忙しそうだね」
「そう見えるなら、その通りです」
僕はジーモンの方を見た。ジーモンも机を見ていた。その間にも、奥にいた書記が紙を一枚持ってノエルのところへ来る。
「ノエル様、昨日の三組のうち一組だけ、移った先が帳面と違っています。聞き直した方がいいでしょうか」
「誰の帳面?」
「倉の方でつけたものです」
「じゃあ、先にこっちの居住の帳面と照らして。それでも違っていたら本人に聞いてください。今すぐ人を走らせなくていいです」
書記が戻っていったところで、ノエルはようやく僕の後ろへ視線を向けた。
「それで、その方は?」
「ジーモン・トロッタさん。帝都で会った人。土地とか水路とか、村の昔の決まりとかに詳しいんだって」
「詳しいというほどではありません。少し扱ったことがある程度です」
ジーモンはそう言ってから、ノエルへ頭を下げた。
「ジーモン・トロッタと申します。まだこちらへ仕えると決めたわけではなく、まずは十村を見せていただくという話で――」
「トロッタ家?」
ノエルが途中で聞いた。
「一応、子爵家です。私は八男ですので、家の中では大した立場ではありませんが」
「こういう仕事を、どこかでやったことがある方ですか?」
「灰衣大乱の後方で、補給に使う村の復旧を少し」
そこまで言ったところで、外からまた別の男が入ってきた。
「ノエル様、北の村から戻りました。道の崩れは荷車一台なら通せます。ただ、雨が降ったらまた落ちると思います」
「分かりました。今日は荷を増やさないでください。明日、エルヴィンが近くへ行くなら一度見てもらいます。今のところ通れたことと、雨だと危ないことを両方残しておいて」
男を送り出したあと、ノエルは一度机の上を見回した。
「……どこまで話しましたっけ」
「僕がジーモンさんを連れてきたところ」
「そこは分かってます」
ジーモンが少し笑った。
「かなりお忙しそうですね」
「忙しいのは前からなんですが、最近は何でも僕のところへ来るんです」
ノエルは積まれている紙のうち、端に寄せてあった何枚かを引っ張り出した。
「人数と食料なら分かります。荷をどこへ回すかも、その日の在庫と必要数を見れば決められます。でも、今住んでる家に前の住人の親類が戻ったとか、畑の境が昔どこだったとか、水路の順番を来年どうするかとか、それまで全部こっちへ来るようになって」
「ノエル一人で見てるの?」
「見られてないから積んでるんですよ」
弟はそう言って、紙を机に戻した。
「本当は今のうちに整理したいんです。税はまだ取らないから、今すぐ徴税の帳面が必要なわけじゃない。でも、誰がどこに住んで、どの畑を使ってるかくらい残しておかないと、あとで絶対に分からなくなるでしょう」
「それはそうですね」
ジーモンが答える。
「以前の利用者が分かっている土地と、分からない土地も分けておいた方がいいと思います。戻ってくる可能性がある人まで今の利用者と一緒にしてしまうと、後でどこから確認すればいいのか分からなくなりますから」
ノエルがジーモンを見た。
「……そこまで。ジーモンさんは、こういう対応の経験はあります?」
「似たようなことなら。戦の後に空いている家や倉を使った時、後から元の持ち主や親類が戻ってくることがありましたので」
ノエルが紙に目を落とした。
「でも、十村全部を今から調べるのは無理ですよね。僕はそれを考え始めて、何から手を付けるかで止まってるんです」
「全部を調べようとするからではありませんか?」
ノエルの手が、次の紙へ伸びる途中で止まった。ジーモンは机の端に置かれていた帳面を指す。
「今分かっているものだけでも、村ごとに分けることはできます。今住んでいる人、使われている家、耕している畑。以前の利用者が分かるなら名前を残す。分からなければ、分からないと書いておけばいいでしょう」
「水路は?」
「昔の順番が分かる村なら、それも一緒に聞いておく。ただ、今の順番と昔からの取り決めは分けた方がいいです。今年だけそうしているものが、何年か後に昔からの決まりだったように見えると困ります」
ノエルは何も言わず、机の横に積んでいた紙を一枚抜いた。
「これ、トルネで前に聞いた水路の順番です」
ジーモンが受け取る。
「誰から聞いたものですか?」
「村に昔からいる人です。名前は裏にあります」
「では、まずこれは残せます。隣の村にも同じ話を知っている人がいるなら、別に聞いて比べた方がいいですね」
「それを僕が聞きに行く時間がないんですよ」
「ノエル殿が行く必要はないと思います」
ノエルが少し眉を寄せた。
「誰に行かせるんです?」
「聞くことを決めておけば、村へ行く方に頼めます。見回りの方でも、書記の方でも、現地にいる事情を知った方でもいいです。全部を判断してもらう必要はありません。誰が使っているか、昔の順番を知っている人が誰か、それだけ確認して戻ってもらえば、こちらで整理できます」
「……確認だけ切り分けるんですか」
「私はそうしていました。自分で全部見に行っていたら、複数の村は回せませんから」
ノエルは紙を一枚、もう一枚と引き寄せた。
「今ある帳面から、それできます?」
「見せていただければ、何を追加で確認する必要があるかは分けられると思います」
「じゃあ、お願いします」
「……今ですか?」
「今です」
ジーモンが僕を見た。僕もノエルを見る。
「ノエル。ジーモンさん、まだ見に来ただけなんだけど」
「見ながらやってもらえばいいでしょう。今ちょうど見たんだから」
「そういう見学だったかな」
「兄上は政務が分かる人が必要だから連れてきたんでしょう?」
「そうだけど」
「だったら、政務が分かるか見ればいいじゃないですか」
ジーモンが紙を持ったまま、少し困った顔で口を挟んだ。
「私の意思はどこへ行ったんでしょう」
「嫌なら断っていいよ」
僕が言うと、ノエルもさすがに顔を上げた。
「無理にとは言いません。ただ、始め方だけでも教えていただけると本当に助かります」
その言い方は、さっきまでより少しだけ真面目だった。ジーモンは手元の紙をもう一度見たあと、机の向こうにある空いた椅子へ目をやった。
「……では、今日だけ。今あるものを見て、どう分けるか考えるところまでなら」
「ありがとうございます。そこに座ってください」
「ノエル、ちょっと嬉しそうだね」
「兄上は荷物を片づけてきてください」
「僕の机なんだけど」
「今は使ってませんよね」
帝都から数十日かけて帰ってきたのに、僕の席はもう空いていなかった。
*
翌朝、僕が領主館へ入ると、ジーモンが昨日と同じ椅子に座っていた。
「おはようございます」
「おはよう。今日も来たんだ」
「昨日の途中だったものだけ終わらせようと思いまして」
その横でノエルが帳面を開いた。
「昨日分けた確認項目を、書記に渡せる形にしてもらってます。あと、トルネの件も少し見てもらいたくて」
「昨日だけって言ってなかった?」
「私もそう思っていました」
ジーモンはそう言ったのに、帰る様子はなかった。
その日、午前中には村ごとの紙を分け、午後には書記に何を確認してもらうかを話していた。
次の日になると、前日に頼んだ分の一つが戻ってきた。
「ジーモン殿、こっちの畑は昔の利用者が分からないそうです。村の人も二人に聞きましたが、どちらも同じでした」
書記がそう報告すると、ジーモンは紙の端を確かめた。
「では、今は不明のままにしてください。今使っている方の名前だけ残して、昔の利用者が確定したようには書かないで」
「分かりました。水路の方は、昔の順番を知っている方が一人いるそうです」
「その方の名前も一緒に。あとで話を聞く時に探せなくなります」
僕が横で見ている間に、書記は普通に頭を下げて出ていった。
「……もうジーモンさんに聞くようになってるね」
「私も今、そう思ったところです」
それでもジーモンは帰らなかった。
数日後には、紙の上だけでは分からないと言ってトルネへ行った。僕も一緒に行こうとしたけれど、別の村から来た人につかまったので、結局ノエルが出した書記とジーモンだけで向かった。戻ってきた時には、水路そのものを直す話ではなく、誰が昔の順番を知っているのか、今年だけ続けている処置がどれなのかを確認してきたらしい。
その後も、書記や見回りに合わせて他の村を見て回った。全部を細かく調べたわけではないけれど、十村それぞれの様子は一通り見たらしい。
その翌日は、空き家の扱い。
さらに次の日は、畑を使い始めた人と、戻ってきた親類の話。
何でもその場で決めるのではなく、決めなくていいものを先に分けるだけでも、ノエルの机から紙が少しずつ減っていった。
代わりに、ジーモンの前に置かれる紙が増えた。
*
ジーモンがザクセンへ来て、一週間ほど経った。
その日の昼前、僕は領主館の奥で帝都から持ち帰ったものを整理していた。
式典でもらった小さな記念章は、なくしたら再発行されないと言われたので、さすがに机に放り出す気にはならない。布に包んでしまおうとしていると、隣の机からジーモンの声がした。
「ノエル殿、一つ確認してもよろしいですか」
「その畑の件なら、昨日の返事がまだ戻ってません」
「いえ、その件ではなくて、もっと根本的な話です」
僕も手を止めた。ジーモンは開いていた帳面から手を離し、向かいにいるノエルを見ていた。
「私は、ザクセンを見に来ただけだったはずですよね?」
「そう聞いています」
「この一週間、毎朝ここへ来ています」
「来てますね」
「帳面を分けて、書記の方へ確認を頼んで、トルネまで行きました。今朝は、私が来る前にこの紙が机に置かれていました」
ジーモンが一枚持ち上げる。
「これ、もう働いてませんか?」
ノエルが一度だけ紙を見て、それからジーモンへ視線を戻した。
「そうですね。かなり働いてもらってます」
「そうですね、ではないと思うんですが」
「でも、もう逃がしませんよ」
ジーモンが少し黙った。
「そこは私が決めるところでは?」
「もちろん最後はジーモンさんが決めます。でも、今帰られたら僕が困ります」
ノエルは机の上に残っている紙を何枚かまとめた。
「この一週間で、今まで手を付けられなかったところがやっと動き始めたんです。人数と食料と荷を見ながら、これまでの土地や水路まで全部僕がやるのは無理でした。分かってはいたんですけど、誰に渡せばいいか分からなかった」
「私一人で全部できるとも思っていませんよ」
「それも分かりました」
「そこは分かったんですか」
「だって、もうジーモンさんの机にも紙が溜まってますから」
言われて見ると、本当に溜まっていた。
僕は布に包みかけていた記念章をいったん机に置いた。
「じゃあ、ジーモンさん。頑張ってみる?」
「……どうして正式に誘う時まで、その言い方なんですか」
「帝都でもちゃんと誘ったでしょう」
「あの時も『うちに来ませんか』くらいでしたよ」
「でも意味は同じでしょう?」
「もう少し、条件を整えてから言うものだと思います」
ノエルがそこへ割って入った。
「給金と住む場所は決めます。仕事内容も、今みたいに何でも見てもらうままにはしません。兄上が先に誘ってしまったので順番がおかしくなりましたけど、働いていただくならそこはちゃんとします」
「ノエル、僕のせいみたいに言わないでよ」
「兄上のせいです」
ジーモンは僕たちのやり取りを聞きながら、机の上の紙へ目を落とした。
すぐには返事をしなかった。その間に、外から誰かが入ってきて、書記へ何かを渡している。奥の机では紙をめくる音がしていた。
しばらくして、ジーモンが言った。
「少なくとも、ここで私にできる仕事があることは分かりました」
「うん」
「それに、何を任されるのかも、この一週間でかなり見えました。条件をきちんと決めていただけるなら……お世話になろうと思います」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「そのくらいでいいんですか?」
「もっと何か言った方がいい?」
「いえ。たぶん、今さら長く言われても困ります」
ノエルはもう次の紙を手に取っていた。
「では、これでジーモンさんにも正式に手伝ってもらえるとして――」
「待ってください」
「まだ何かあります?」
「あります。今の話をしたばかりでしょう」
ジーモンは自分の前に積まれた紙を軽く押さえた。
「私が一人増えれば何とかなると思っていましたが、たぶん無理です。このままだと、少ししたら今度は私とノエル殿の二人で同じ状態になります」
「僕もそれは思ってました」
「思ってたんですか」
「だから人が欲しいんです」
ジーモンは少し考えてから、椅子に座り直した。
「二人ほど、声をかけられる者がいます」
今度はノエルだけでなく、僕もジーモンを見る。
「トロッタ家の人?」
「正確には、家に仕えている者たちの家の者です。一人は次男で、もう一人は三男だったと思います。二人とも家で読み書きや帳面仕事を覚えていますし、頼まれたことを普通にこなすくらいはできます」
「今、仕事してないの?」
「家の手伝いはしています。ただ、どちらも家職を継ぐ立場ではありません。トロッタ家の方でも、若い者を何人も抱えて役目を作れるほど席が空いているわけではないので」
ジーモンは言葉を選びながら続けた。
「特別に優秀というわけではありません。ですが、確認する内容を渡せば村へ行って聞いて戻れますし、帳面を写したり、分けたりすることはできます。私が十村全部を自分で回るよりは、かなり違うと思います」
「呼べますか?」
ノエルがすぐに聞いた。
「まだ本人たちに何も話していません」
「じゃあ、聞いてみてもらえませんか」
「断るかもしれませんよ。帝都からここまで遠いですし」
「その時は仕方ありません。でも、話だけでもお願いします」
僕も頷いた。
「仕事ならいっぱいあるよ」
「それは、この一週間で十分すぎるほど分かりました」
ジーモンの返事が少し早かった。
「では、書状を出してみます。私がこちらで働くことにしたと伝えた上で、二人にも興味があるか聞いてみます」
「お願いします。来るって決まる前に役目まで作らなくていいからね」
「兄上、それは僕に言ってます?」
「一応」
「分かってます。まだ二人とも来るって言ってないんですから」
そこまで話したところで、外からまた書記が入ってきた。
「ノエル様。さっきの確認ですが、北の村の分だけ戻りました」
ノエルは受け取った紙を一度見て、そのままジーモンへ差し出した。
「ではジーモンさん、さっきの続きなんですが」
ジーモンは紙とノエルを交互に見た。
「仕官が決まってから、一息つく時間もないんですか?」
「今ここで休むと、その間にまた増えます」
「それは、もう少し人を増やした方がいいですね」
「だから二人に声をかけてもらうんでしょう」
「もう私が来る前提で話が進んでますね」
「さっき決まりましたから」
ジーモンは何か言おうとして、結局その紙を受け取った。
僕は包みかけだった記念章をしまいながら、その様子を見ていた。帝都へ行く前は、ノエルの机の前に知らない人が座っているなんて想像していなかった。
今はもう、書記が入ってきても誰も気にしない。
ジーモンも紙を開きながら、そこに書かれている村の名前をノエルに確かめていた。




