第80話 準男爵
翌朝、宿を出る時になっても、僕は何から話すか決めきれないままだった。
昨夜のうちにガレスに何度か聞いたけれど、「聞かれたことに答えればいい」としか言わない。カインも似たようなもので、今は僕の外套の襟が曲がっていることの方を気にしている。
「アズール様、もう少しこちらへ寄せてください。子爵殿へお会いするのですから、せめて最初くらいは整えておきましょう」
「途中で崩れると思うよ」
「それでも、最初から崩れているよりはよろしいでしょう」
カインに襟元を直されながら、僕は隣に立つガレスを見た。
「やっぱり、南門のところからでいいかな」
「昨日ロイター殿にも言われただろう。子爵殿は報告書を読んでいる。最初から全部話せと言われたら、その時に話せばいい」
「それが一番困るんだけど」
「なら、忘れたところは俺が補う」
「忘れる前提なんだね」
「お前も昨日そう言っていただろう」
宿の前では、ロイター殿がもう待っていた。
「朝から何を揉めている」
「報告をどこから始めるかです」
「まだ決めていなかったのか」
「ガレスが、聞かれたところからでいいって」
「それでいい。子爵殿は長い話を最初から聞き直すほど暇ではない」
ロイター殿は僕たちが揃っているのを確かめると、そのまま歩き出した。左腕は昨日と同じように身体の脇へ寄せているが、歩く速さは僕たちと変わらない。
昨日、遠くから見ただけだった子爵家の館は、朝のうちから人の出入りが多かった。
正門から入る荷車は端へ寄せられ、荷を下ろす者と帳面を持つ者が場所を分けて動いている。僕たちはその横を通り、ロイター殿に続いて奥へ入った。
港都ルミナの沿海伯館ほど大きくはない。
けれど、廊下を二つ曲がってもまだ使用人や家臣とすれ違い、そのたびにロイター殿が短く声をかけられている。ノイティスの大きさを昨日見た時にも思ったけれど、ヴェルナー子爵家は僕が以前考えていたより、ずっと大きな家なのかもしれない。
通された部屋には、大きな机が一つあった。
その向こうにヴェルナー子爵が座り、脇には年嵩の家臣が二人いる。どちらも以前どこかで顔を見た気がした。第三集結場で子爵殿と会った時だったかもしれない。
机の端には何枚かの紙が重ねて置かれていた。
「来たか」
ヴェルナー子爵は僕たちを順に見て、最後にロイター殿へ視線を移した。
「昨日のうちに着きました。宿まで案内しております」
「そうか。座れ。立ったまま話すほど短くはならんだろう」
「ありがとうございます」
僕とガレスが机の前の椅子に座り、カインは少し後ろへ立った。ロイター殿も子爵の脇へ回る。
前に会った時と同じような顔だった。ただ、あの時は僕たちがこの家に預かってもらえるかどうかを聞きに来た。今日は、その後に何をしてきたかを話しに来ている。
ヴェルナー子爵が机の紙を一枚持ち上げた。
「九十七名、だったな」
「草地を出る時点では、全員の所在は確認できていました」
「前に見た時は、五十にも届いていなかったはずだ」
「増えました」
「それは見れば分かる」
子爵殿の横で、ロイター殿が少しだけ口元を動かした。
僕は咳払いをして、膝の上で手を揃えた。
「それでは、今回の経緯をご報告します。まず――」
「待て」
いきなり止められた。
ヴェルナー子爵は手にした紙を僕の方へ少し上げた。
「戦の経過なら読んだ。東門を開けたことも、その後に南門側へ回ったことも、オルステッドから上がっている。南門外で武器を置いた者が出たことも、後送を始めたこともな」
「そこまで書いてあるんですか」
「報告書だからな」
「じゃあ、僕から話すことはあまりないような……」
「ある。だから呼んだ」
昨日、ロイター殿にも同じことを言われた気がする。
ヴェルナー子爵は机に戻し、何枚かめくった。
「ここには、起きたことが順番に書いてある。門外へ出た者に武器を捨てさせた。組を崩さずまとめた。家族が加わった。後から来る者も増えた。最終的に、こちらへ後送する話になった」
「はい」
「なぜそうなった」
僕は隣のガレスを見た。
「俺を見るな。まずお前が話せ」
「うん……」
何から、と考えたところで、子爵殿の指が報告書の一か所を押さえた。
「お前たちは、南門外へ出てきた連中を最初から集めるつもりだったのか」
「それはありません。最初は、門の前に出てきた人たちをどうするかだけでした」
「武器を置かせたのは?」
「持ったままだと危ないので。出てきた人たちの中には、戦うつもりがない人もいました。でも、槍や剣を持ったままなら、こちらも区別がつきません」
ヴェルナー子爵は何も挟まず、先を待っている。
「それで武器を置いてもらいました。ただ、そのまま好きに歩かせるわけにもいかないので、元から一緒だった人たちはなるべく離さないようにしました。誰が誰と一緒なのか、あとで分からなくなると困るから」
「そこから札と帳面が始まったのか」
「僕が始めたわけじゃないです。ノエルとザイデルがやりました。もともと門の外へ出てくる前から、向こうでも組ごとに分けていたみたいで、その番号をなるべくそのまま使った方がいいって」
「ザイデルというのは、向こうの帳面を見ていた男だったな」
「はい。まだ正式にどういう扱いになるかは決まってません」
「それも報告にある」
僕は続きを考えた。
「それから、家族を探して出てくる人が増えて……負傷している人もいて。追い返しても、また市内へ戻るだけなので」
「だから置いた」
「置いたというか、その時は他に行くところもなかったので」
「そのうち青い布が目印になった」
「それは……たまたまです」
ヴェルナー子爵の横にいる年嵩の家臣が、初めて少し顔を上げた。
「たまたまで、あれだけの人間が一つの布を目印に集まったのか」
「最初は荷車を見つけるためだったんです。僕たちも人数が増えて、どこに誰がいるか分からなくなりそうだったので。それを低いところに結んでおいたら、組頭の人たちもそこへ来るようになって……」
話しながら、自分でもあまり立派な説明になっていないと思う。ヴェルナー子爵は呆れた顔をするでもなく、一度だけガレスへ視線を向けた。
「ガレス。お前から見ても同じか」
「大筋では」
ガレスは椅子の背に身体を預けず、まっすぐ座ったまま続けた。
「アズールが灰衣側の者を集めて兵にしようとしたことはありません。武器を捨てて門外へ出た者を、その場で殺す理由がなくなった。かといって放せば、周囲の村や街道へ散ります。市内へ押し戻すこともできませんでした」
「討伐軍の中へ入れるわけにもいかん」
「はい。だから一時的に南門外でまとめました。人数が増えた後も、元の組を崩すより、そのまま使った方が混乱が少なかった。アズールが何か特別な集め方をしたわけではありません」
「では、なぜ出てきた者がアズールのところへ行った」
「それは、私にも分かりません」
ガレスがはっきり言った。
僕も横でうなずく。
「僕にも分かりません」
「二人揃って分からんのか」
「南門の前に僕たちがいたから、というのはあると思います。あと、先に出た人たちがそこにいたので、後から来た人も同じところへ来たんじゃないかと」
「それで人が増え、後送が必要になった」
「そこは、オルステッド殿たちにも相談しました。僕たちだけではどうにもできない人数でしたし」
ヴェルナー子爵は机の報告書をもう一度見た。
「どうにもできないと思った割には、こちらへ着くまで連れてきたようだが」
「ノエルとか、ブルーノとか、オルステッド殿とか、みんながやってくれたので……」
「またそれか」
「でも、本当にそうなんです」
子爵殿は返事をせず、僕の顔をしばらく見た。何か変なことを言ったかと思って続きを待っていると、視線はすぐに報告書へ戻った。
「まあいい。だいたい分かった。最初から三千人を南門外へ集めるつもりだったわけではないらしいな」
「それだけは絶対にありません」
「そこまで強く言わなくても分かる」
ロイター殿が横から紙を一枚抜き、子爵殿の前へ置いた。
「ハーゲンの件も聞かれますか」
「ああ。そこは本人から聞いておこう」
やっぱり来た。
ヴェルナー子爵が僕を見る。
「ローデリヒ・ハーゲンを行かせたな」
「はい」
「止めなかった理由は?」
「剣は置いていきました。食料も渡してません。道案内も付けていません。本人が一人で行くと言って……あの場で止めるなら、たぶん力ずくになりました」
「勝てないと思ったか」
僕が答える前に、ガレスが口を開いた。
「止めるだけなら人数を出せました。ただし、そのために南門外から人を割く必要がありました。あの時点では、ハーゲン一人を捕らえることより、門外に出ている者たちを崩さない方を優先しました」
「追手を出す選択もあった」
「ありました。ですが、市内の戦闘も終わっていませんでした。こちらの手勢だけで林へ人を出し、追跡を続けるべきではないと判断しました」
「アズールも同じ判断か」
「僕は……ハーゲン殿が、誰も連れていかなかったのが大きかったです。剣も置いて、一人で行くなら、その場で斬り合ってまで止めなくてもいいと思いました」
「甘いとは思わなかったか」
「思いました。でも、あそこで無理に捕まえて、また周りの人が動き始める方が怖かったです」
少し間が空いた。子爵殿は隣の年嵩の家臣へ何か確認するでもなく、報告書の端を指で揃えた。
「分かった。その場の判断として聞いておく。今さらここで捕まえ直せとも言えん」
「ありがとうございます」
「礼を言うところではない。見つかれば、また話は別だ」
「その時は報告します」
「勝手に始末するな。それだけは現場にも伝えておけ」
「分かりました」
そこで一度、話が切れた。朝から考えていた報告は、思っていたより短かった。僕が何をしたかを話したはずなのに、結局、ノエルやガレスやオルステッド殿の話ばかりしていた気がする。
ヴェルナー子爵は報告書をまとめ、ロイター殿へ渡した。
「戦の経緯はこれでいい。書面で分からなかったところも、おおよそ繋がった」
「それなら、僕たちは草地へ戻っても?」
「まだ話は終わっていない」
「あ、そうなんですね」
「むしろ、ここからの方がお前には関係がある」
子爵殿の横にいた家臣の一人が、机の脇に置かれていた別の書状を前へ出した。さっきまでの報告書より紙が厚く、封を切った跡がある。
「草地にいる者たちを、いつまでもあそこへ置くわけにはいかん」
「それはノエルも言ってました。水も食料も、今の場所でずっと、というのは無理です」
「沿海伯家も同じ結論だ」
ヴェルナー子爵が書状を開いた。
「今回の騒乱で荒れた土地は一つや二つではない。村が減ったところもあれば、耕す者が逃げて戻っていないところもある。逆に、行く場所を失った者は多い」
「草地にいる人たちも、そうですね」
「全員ではない。元の村へ戻れる者もいるだろう。家族が別の場所にいる者もいる。そこはこれから分ける」
それなら、今までの話の続きだった。僕はてっきり、草地の人たちをどこへ送るかという話だけだと思って聞いていた。
「そのうち、戻る先のない者については、荒れた土地へ移す案が出ている」
「新しい村を作るんですか?」
「新しく作るというより、残っているものを使う。沿海伯家の直轄領に、わが領と境を接する小領がある。今回の騒乱でかなり傷んだ」
子爵殿が机の書状を指で叩いた。
「そこへ人を入れて、立て直す」
「なるほど」
土地が荒れていて、人が余っているなら、そこへ移す。僕にもそこまでは分かる。
「ただ、誰かがまとめないといけませんね」
「その通りだ」
「ヴェルナー子爵家から人を出すんですか?」
ロイター殿が僕を見た。ガレスも、なぜかこちらを見た。
嫌な感じがした。
「……違うんですか?」
ヴェルナー子爵は書状を僕の方へ向けた。
「アズール・エスター。沿海伯家は、お前への準男爵位の授与を裁可した」
言われた意味が、すぐには頭へ入らなかった。
「僕を、ですか?」
「他にアズール・エスターがいるなら別だがな」
「いませんけど……準男爵って、あの準男爵ですよね」
「どういう準男爵を想像しているか知らんが、一代限りで男爵に準じる領主位だ。世襲男爵家を新しく立てるわけではない。お前が死ねば、その爵位と領地は一度沿海伯家へ戻る。後に誰かに継がせるなら、その時また承認が要る」
そのくらいは僕も知っている。知っているからこそ、余計に意味が分からなかった。
「僕、何かそんなに大きな戦功を立てました?」
「褒賞の名目なら、今回の働きで十分書ける」
「名目なら?」
「戦後処理でもある、ということだ」
ヴェルナー子爵は隠す気もないらしい。横の家臣が、書状の別の箇所へ指を置いた。
「沿海伯家としては、荒廃した小領の復旧、後送者の処遇、アズール隊の今後。この三つを別々に扱うより、まとめた方が都合がよいのでしょう」
「まとめるって……」
僕は嫌な予感の続きを聞いた。
「準男爵位と一緒に、その荒れた土地を僕へ預けるんですか?」
「そういうことだ」
「僕、領地を治めたことなんてないですよ」
「最初から治めたことのある領主がどこにいる」
「でも、僕は家でも領地の仕事なんてほとんど――」
「だから一人でやれとは言っていない」
ヴェルナー子爵は僕の言葉を途中で止めた。
「お前のところには帳面を見る者がいる。水を見る者も、兵を見る者も、怪我人を見る者もいる。荷車を扱える者もいるだろう」
「いますけど、それと領地を治めるのは、かなり違うと思います」
「違う。だから覚えろ」
「簡単に言いますね」
「難しく言っても土地は直らん」
ガレスが隣で、少し下を向いた。笑っているような気がする。
「ガレス、今笑った?」
「笑っていない。子爵殿の言う通りだと思っただけだ」
「それ、ほとんど同じじゃない?」
「少なくとも、俺が領主になる話ではない」
「そこは羨ましくないんだね」
「荒れた土地を渡されて羨ましいと思う理由があるなら教えてくれ」
ヴェルナー子爵の前で言い合っていることに気づき、僕は口を閉じた。でも子爵殿は怒っていなかった。
「話はまだある」
「やっぱりですか」
「領地だけ渡して終わりなら、わざわざお前を呼ばん」
嫌な予感が、まだ残っていた。ヴェルナー子爵は書状を一枚めくった。
「草地にいる後送者のうち、元へ戻せない者、帰る先のない者、当面こちらで面倒を見る必要のある者については、その小領へ順次移す」
「……あの人たちもですか?」
「だから土地を渡す」
「どのくらいです?」
「まだ分からん」
「分からないんですか」
「お前が草地を出た時点でも、数は締まっていなかっただろう」
「そうでしたけど」
「戻せる者まで全部押し込むつもりはない。家族の所在も調べる。元の村が残っていて帰れるなら戻せばいい。だが、戻る場所そのものがなくなった者もいる。そういう者を、いつまでも草地に置いてはおけん」
それは分かる。分かるけれど、僕の領地になる場所へ送ると言われると、急に話が違って聞こえる。
「その人たちは、僕の領民になるんですか?」
「すぐ全員をそう扱うわけではない。身元も元の土地もばらばらだ。そこは移して終わりではない」
「じゃあ、僕が決めるんですか?」
「沿海伯家の決めることもある。こちらで確認することもある。お前が決めなければならんことも出る」
「増えましたね……」
「何がだ」
「僕が考えないといけないことが」
「領地を持つとはそういうものだ」
ヴェルナー子爵は平然としている。
僕は机の書状を見た。つい数日前まで、僕たちが考えていたのは草地の水と食料と人数だった。それだって、ノエルが一日ずつ見なければ分からないと言っていたのに、今度はその人たちをどこへ住ませて、何を食べてもらうかまで考えなければいけないらしい。
「元から住んでいる人もいるんですよね」
「いる。全員が逃げたわけではない。だから、空いた土地へ好きに入れればいいという話でもない」
「ですよね」
そこが一番怖かった。何もない土地なら、まだ皆で一から考えればいい。でも、先に住んでいる人がいるなら、その人たちにはその人たちの畑や家がある。
「土地の状態は、行けば分かりますか?」
「見なければ分からんことの方が多い。こちらにも報告は来ているが、騒乱の途中で数字が古くなっている」
「食料は?」
「最初から自分たちだけで全部賄えとは言わん」
そこで初めて、僕は顔を上げた。
ヴェルナー子爵は書状とは別の紙を取り、僕の前へ置いた。
「その小領は、わが領に接している。当面の後援は、ヴェルナー家が担うことになった」
「子爵殿が?」
「家としてだ。何をどこまで出すかは、現地を見てから決める。食料も、種も、人手も、必要になるだろう。だが、ずっとこちらが食わせる話ではないぞ」
「それでも、すごく助かります」
「まだ何も出していない」
「出してもらえるかもしれないだけで助かります」
子爵殿は少し黙った。僕が変なことを言ったのかと思っていると、また一瞬だけ顔を見られた。
「……そうか」
短くそれだけ言い、視線はすぐ紙へ戻る。横にいる年嵩の家臣の一人が、そのやり取りを聞いていたが、何も言わなかった。僕には、なぜ少し空気が変わったのか分からなかった。
「沿海伯家からの命令は、すぐに全員を移せというものではない」
ロイター殿が話を戻した。
「まず草地側の人数と帰還先を整理する。その間に、お前たちは一度土地を見た方がいい。向こうの状態を知らずに移す人数は決められん」
「ロイター殿も来てくれるんですか?」
「まだ決まっていない。俺にも仕事がある」
「そうですよね」
「なぜ当然のように俺を連れていこうとした」
「知ってる人がいた方が安心するので」
「お前は領主になるんだろう」
「今聞いたばかりです」
ロイター殿は右手で額の辺りを押さえた。ヴェルナー子爵は僕たちのやり取りを止めず、机の上の書類を揃えている。
「正式にいつから準男爵なんですか?」
「書状上は裁可済みだ。ただし、細かな登録と引き渡しはこれからだ。今日ここで突然、お前が全部を動かせるわけではない」
「よかった……」
「何がよかった」
「今すぐ『領地へ行って全部やれ』って言われたら、何を持っていけばいいかも分からないので」
「まず草地へ戻れ。お前のところの者にも話せ」
「ノエルには絶対相談します」
「それがいい」
ヴェルナー子爵は迷わず言った。
「ノエルに相談してから決めてもいいんですね」
「こちらで決まっていることを、お前の弟が変えられるわけではないぞ」
「そうじゃなくて、どうやったらできるかを聞きます」
「なら聞け。お前一人で全部分かると思われる方が困る」
ガレスが今度こそはっきり笑った。
「だから言っただろう。聞かれたことに答えればいいと」
「朝の話と今の話、全然関係ないよね」
「お前が一人で考え込む必要はないというところは同じだ」
「後からなら何とでも言えるよ」
カインが僕の後ろから静かに割って入った。
「アズール様。まずは皆へ持ち帰ってからでよろしいでしょう。草地の状態も、私どもが離れてから数日経っています」
「そうだね」
そう言われると、急に戻らなければいけない気がしてきた。ノエルは今ごろ、今日の水と食料を数えているはずだ。ブルーノは水場にいるだろうし、マルクは元兵側を見ている。僕がいない間に何人増えたかも分からない。
そこへ帰って、
準男爵になりました。
土地をもらうことになりました。
草地の人たちも、たぶん一緒です。
と伝えなければいけない。どこから話せばいいんだろう。
「子爵殿」
「今度は何だ」
「この書状、ノエルに見せてもいいですか?」
ヴェルナー子爵は横の家臣へ目をやった。
「写しを持たせろ。原本をこの男に渡すな」
「僕だってなくしませんよ」
「昨日まで領地を持っていなかった男に、今日いきなり原本管理まで任せる必要はない」
「それは……そうかもしれません」
年嵩の家臣が、すでに用意してあったらしい写しを机の脇から取り出した。
僕は両手で受け取る。紙の上には、まだ僕にはよく分からないことがたくさん書いてあった。
「まず戻って、皆に話します」
「それから一度、現地を見ろ。人を動かすのはその後だ」
「分かりました。勝手に草地から連れていったりはしません」
「それでいい」
会談はそこで終わった。戦の報告をしに来たはずだったのに、部屋を出る時には、僕の手に沿海伯家の書状の写しが増えていた。
廊下へ出てから、僕はそれをもう一度開いた。
「ガレス」
「何だ」
「草地へ戻ったら、やっぱり最初から説明した方がいいかな」
「今度はそうしろ」
カインも後ろから書状を覗き込み、それから僕の顔を見た。
「少なくとも、準男爵のところだけ先に言うのはお勧めしません。皆さん、その後の話を聞かなくなるかもしれません」
「じゃあ、土地のところから?」
「それも同じでしょう」
「難しいね」
前を歩いていたロイター殿が振り返った。
「全部まとめて言え。お前が困っているところまで含めてな」
「それで大丈夫ですか?」
「昨日から、それしか言っていない」
そうだった。
僕は写しを折らないように持ち直し、ロイター殿の後を追った。草地へ戻ったら、まずノエルを捕まえよう。それだけは、もう決めていた。




