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エルダニア大戦記〜敗残兵に飯と役目を与えていたら、乱世の国づくりが始まりました〜  作者: 志摩 伊純
第3章:灰衣大乱

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第76話 途方に暮れる夜


「さっきまで?」


 オルステッド殿は、僕が指した先を見た。


 そこには畑の縁と、その向こうへ続く人の列しかない。ハーゲンが立っていた場所も、もう誰かが通り過ぎた後で、踏まれた土の色が少し違うくらいだった。


「……はい。オルステッド殿が来る少し前まで、あそこにいました」


「それで、ハーゲンはどこへ行った」


「分かりません。行き先は聞いてません」


 オルステッド殿の視線が僕へ戻る。


「聞かなかったのか。それとも、聞いても答えなかったのか」


「聞かない方がいいと言われて……僕も、その方がいいと思いました」


 言ってから、自分でまずい答えだと思った。


 オルステッド殿はすぐには何も言わず、僕の後ろにいるガレスやエルヴィン、それから武器置き場の方まで見た。


「逃げるための馬は渡したのか」


「馬は渡してません。歩いて出ていきました」


「武器は返していないだろうな」


「置いていきました。剣もあそこにあります」


「食料は出したか。護衛を付けたか。道を教えたか」


「どれもしてません。ハーゲンさんは、自分の分は持ってると言ってました。僕たちからは何も渡してません」


「それで、灰衣の首魁の一人だと分かった上で、歩いていくのを止めなかった」


「……そういう言い方をすると、かなりまずいですね」


「言い方を変えてもまずい」


 オルステッド殿は額を押さえもしなかった。ただ、もう一度、ハーゲンが消えた畑の向こうを見た。


「そこまで分かっていて、なぜ止めなかった」


 今度は、ごまかせる聞き方ではなかった。


「止めようとは思いました。でも――」


「オルステッド殿。その件ですが」


 ガレスが一歩出た。


「判断したのはアズールですが、俺も今ここでハーゲンを拘束することには反対しました」


 オルステッド殿がガレスへ向きを変える。


「なら、止めるべきではないと考えた理由を聞こう」


「武器を置いた灰衣兵が多すぎます。あれはハーゲンの命令で武器を置き、ここへ座っています。本人を皆の前で縛れば、自分たちも次だと思う者が出る。騙されたと考える者もいるでしょう」


「武器はもう置かせている」


「置いてありますが……すぐそこです」


 ガレスは武器置き場を見た。


 板の向こうに槍と剣が積まれ、その外側ではマルクが新しく来た者を止めている。少し離れた畑には、武器を置いた男たちが組ごとに座っていた。


「一人があそこへ走れば、こちらは止めるために槍を向けます。そこで誰かが倒れれば、残りがどう動くかは読めません。今ならハーゲンの命令がまだ効いていますが、それもどこまで持つか分かりません」


 オルステッド殿は答えず、灰衣の兵をしばらく見た。


 ちょうどその時、溝の方から新しい組が上がってきた。先頭の男が武器を掲げて見せ、マルクに止められる。後ろの者は前が動くまでその場で待っている。


「……五十ずつ動かしているのか」


「ハーゲンがいる間に、そういう形になりました」


 ガレスが続ける。


「ただ、首魁を逃がしてよい権限が我々にあるとは思っていません。拘束するなら、武器をもっと遠ざけ、こちらの人数を増やし、元兵の組と家族側の区画を、さらに離してからだと考えただけです」


「そこは分けて考えるべきだな」


 オルステッド殿は視線を僕へ戻した。


「今ここで縛らなかったことと、そのままいなくなるまで見送ったことは同じではない。後で子爵殿にも話してもらう」


「……分かりました。子爵殿にも同じように話します」


「それと、まだ捕まえないと決めたわけでもない」


 オルステッド殿は連れてきた兵の一人を呼び、城壁沿いの道と畑の外へ目を向けた。


「南門まわりの持ち場へ、ローデリヒ・ハーゲンの名を回せ。灰衣側の指揮官で、今は武器を持っていない。特徴は、このザイデルという男とエルヴィンに聞け。見つけても勝手に斬るな。こちらへ知らせろ」


「周りへ人を出しますか」


「今ここにいる者は割くな。持ち場にいる者へ伝えるだけでいい。一人を追うために、こっちを空けるな」


 兵がザイデルの方へ向かう。

 僕は少しだけ安心して、それから、安心していい話ではないと思い直した。


「……追わないんですか」


「追うと言っている。今ここにいる兵を使わないだけだ」


 オルステッド殿が僕を見る。


「お前は、このよく分からん状況の場所から兵を抜いて、一人を追わせたいのか」


「それは困ります。ここから兵を減らす余裕はありません」


「なら、まずこっちだ」


 オルステッド殿の手が、青い布の周囲をまとめて指した。


「もう一度聞く。今、何人いる」


 さっきも聞かれた気がしたが、ノエルが板札を持ったままこちらへ来ていた。


「正確な数は、まだ出せません」


 オルステッド殿の目が細くなる。


 ノエルは構わず続けた。


「二百を越えた段階までは追えていました。その後に元兵の組が何度も来ています。到着した人から名前を取って、家族を合わせ、武器を置いた人を分けていますから、数えている間にも増えています。今ここで数字を出しても、すぐ古くなります。」


「さっき言った三千というのは、街から出せると見込んでいた数だったな」


 今度はザイデルが答える。


「そうです。最大に近い数です。家族、歩ける負傷者、戦える者を合わせて、です。ただ、林に残った者もいますし、別の道へ向かった者もいます」


「つまり、ここに三千いるわけではないということか」


「違います。今ここに何人いるかは、まだ確認している途中です」


 オルステッド殿は少し黙った後、ザイデルの濡れた帳面を見た。


「お前は、さっき名乗ったな。エーミール・ザイデルだったか」


「そうです。街では家族の組分けと、負傷者、食料、水、移動できる者の帳面を扱っていました。短剣は置いてあります」


「正式な処遇は決まっていない」


「正式な扱いが未定なのは承知しています」


「それでも働いているのはなぜだ」


 ザイデルは、すぐ後ろで札を持って待っている女を見た。


「私がやめると、あの人が誰を探しているのか、こちらの帳面だけでは分からなくなるからです。街で使っていた組と、こちらで付けた札の分け方が違います。合わせ終わるまでは、両方を見られる者がいた方が早い」


「終わったらどうする」


「それは、私が決めることではないと思います」


 オルステッド殿は、それ以上ザイデルへ聞かなかった。


「なら、今は続けろ。勝手にどこかへ行くな」


「帳面を持って動く必要がある時は、ノエル殿かアズール殿へ伝えます」


「それでいい。今は帳面を続けろ」


 正式に何かを任せたような言い方ではなかった。

 ただ、ザイデルはそのまま帳面へ戻った。


 オルステッド殿は次に武器置き場へ行った。


 僕も付いていく。


 槍はもう最初に板を置いた場所からはみ出し、マルクが畑側へ少しずつ広げている。短剣や斧は別にまとめられ、家族が持っていた生活用の小刃は札と照らして分けていた。


「この分け方は、誰が決めたものだ」


「特には……決めた人はいないです」


「その割には、種類ごとに分けられているが?」


「人が増えるたびに、必要な場所を足しました。武器を持ってる人が来たからここへ置いて、家族が増えたから畑側へ広げて、負傷者は荷車の間にして……」


 ノエルが僕の説明に重ねる。


「最初からこの人数を受ける予定はありませんでした。今動いている手順も、必要になった順に増えただけです」


「元兵の組は誰がまとめている」


「ハーゲンが呼んだ各組のまとめ役が残っています。本人がいなくなった後も、今のところ命令は届いています」


 ガレスの答えを聞いて、オルステッド殿は今度は畑側へ歩いた。


 元兵の一組が立ち上がりかけたが、まとめ役らしい男が手を出して止める。家族の場所では、ザイデルの補助に入った者が板札を持って走り、別の場所から子供を連れた女を連れてきた。水桶の前では、ブルーノが空の器を持っていない男を列から戻している。


「器を持ってから来いって何度言わせるんだ。口だけ持ってきても水は渡せねえぞ」


「うちの器は子供が――」


「なら、その子供ごと連れてこい。人数が分からねえまま何杯も出す方が後で揉める」


 オルステッド殿が立ち止まった。


「水はどれくらい持つ」


「このまま人数が増えるなら、夜までは持たねえ」


 ブルーノは桶の底を覗き、柄杓を戻した。


「今すぐ空になるってほどじゃねえが、この人数で夜までやるなら足りねえ。持ってる奴には自分の分を飲ませてる。それでも空の奴が次々来る」


「分かった。こちらから桶と運ぶ人間を足す」


「ついでに水そのものも頼む。桶だけ増えても飲めねえからな」


「それも手配する。水だけ先に運ぶようにしよう」


 ブルーノは満足したように次の器へ水を入れた。


 オルステッド殿は僕へ顔を向けた。


「今の分け方を変えるな」


「このままでいいんですか」


「いいとは言っていない」


 返事は早かった。


「今ここで全部変える方がまずい。ハーゲンが消えた直後で、まだ後ろから来ているんだろう。新しいやり方を一から聞かせて、全員を動かし直す方が崩れる」


「じゃあ、僕たちが今まで通りやります」


「中はな。外はこっちで足す」


 オルステッド殿は連れてきた兵へ、武器置き場の外側と城壁沿いへ立つよう命じた。もう一人には南門側へ戻り、水桶と運べる者、それから夜の見張りに回せる兵をこちらへ寄せるよう伝える。


「灰衣の列の中へは入れるな。外から見ろ。武器置き場へ近づく者だけ止めればいい」


「元兵の組はどうします」


「今までまとめていた者を使う。こちらがいきなり中へ入って、全員へ同じ命令を聞かせ直す必要はない」


 僕は、さっきまでハーゲンがいたことを思い出した。


 この場が動いている理由の一つが消えたのに、オルステッド殿は残っているものをそのまま使おうとしていた。


「アズール、ひとつ確認する」


「何を確認すればいいですか」


「お前たちは、ここを預かる条件として何を言った」


「武器を置いて、名を告げて、僕たちのところへ降伏する人は、上の判断が来るまで預かると。赦免も自由も約束できないことも言いました。家族はなるべく離さず、負傷者は先に休ませています」


「それ以上は言っていないな」


「言ってません。僕には決められないので」


「なら、そのままにしろ。今から話を大きくするな」


 そこまで言ったところで、畑側からノエルが呼んだ。


「兄上、場所が足りません。次の組が来る前に、家族の列をもう少し奥へ動かしたいです」


 オルステッド殿も一緒にそちらへ向かう。


 日がかなり落ちていた。城壁の影は畑の半分以上を覆い、青い布も少し暗く見える。それでも溝の方から上がってくる者には、まだ目印になっているらしい。


「ここから別の場所へ移した方がいいんじゃないか」


 オルステッド殿が畑の奥を見た。


「このまま夜を越すには、広すぎる」


「今から全員を動かすんですか」


 ノエルが聞き返した。


「ヴェルナー家の陣へ寄せるか、少なくとももう少し守りやすい場所へ集めたい」


「今から全員を動かすのは難しいと思います」


「動かせない理由を聞こう」


「負傷者が動けません。家族も、今やっと合わせ始めたところです。移動させれば登録済みと未登録が混ざります。それに、まだ来る人がいます」


 ザイデルも帳面を抱えたまま加わった。


「林から出た者には、南へ下りて青い布を探せと伝わっています。今ここを動かすと、後から来た者がどこへ行けばいいか分からなくなります」


「青い布を移せばいいだろう」


「布だけ動いても、道の途中にいる者には伝わりません。日が落ちれば、なおさらです」


 オルステッド殿は城壁の方を見た。


 市街の中から、まだ遠く戦う声が聞こえている。けれど、さっきより間が長い気がした。


「……今夜はここで止めるか」


 ノエルはもう次の話へ移っていた。


「そうするなら、暗くなる前に場所を決めます。家族と元兵はもう少し離したいです。負傷者は荷車の間を使います。火を焚く場所も限った方がいいです」


「食料の方は、今夜を越せそうか」


「持っている家族が多いです。固いパンや豆を、少しずつ持たされています。二、三日をしのぐつもりだったと聞いています。ただ、全員が同じ量ではありませんし、持っていない人もいます」


「今夜は、持っている食料を取り上げるな。足りない者だけ分かるようにしておけ。こちらから出す分は、数が分からぬうちに一斉に配るな」


「その方が助かります」


 ノエルは札の束を持ち直した。


「それから、人が入らない場所を二か所ほど決めたいです」


「人が入らない場所って、何に使うの?」


 僕が聞くと、ノエルが一度だけ僕を見た。


「兄上。この人数が一晩ここにいるんですよ」


「……ああ、そういう場所か」


 ようやく分かった。


 オルステッド殿も少しだけ顔をそらした。


「城壁沿いは使うな。見張りの動線と重なる。畑の外側で、水を汚さない場所をザイデルと決めろ」


「分かりました。トマさんにも掘れる場所を見てもらいます」


 話しているうちにも、次の元兵の組が来た。


 武器を置いた後、まとめ役の男がどこへ座るか分からず立っている。オルステッド殿が連れてきた兵の一人が、畑の奥へ動くよう手で示した。


「武器置き場から離れろ。あちらへ――」


 男は動かなかった。命令が聞こえなかったわけではない。こちらを見て、それから僕を見る。

 後ろの者も、その男が動かないので止まっていた。


 オルステッド殿が横から僕を見る。


「……アズール、お前から言ってみろ」


「僕から言うんですか?」


「あの組は、今お前の方を見て止まっている」


 仕方なく、僕は男の方へ声を掛けた。


「ガレスの指示に従ってください。今夜はここで休むことになりました。武器から離して場所を作るので、組を崩さず畑側へ動いてください」


 男はすぐ隣の者へ声を回した。


 列が動く。先頭が歩き始めると、後ろも同じように付いていった。

 オルステッド殿はその様子を最後まで見ていた。


「本当に、お前の言葉を聞くんだな」


「僕の言うことを聞いてるというより、ハーゲンさんの命令を守ってるんだと思います」


「ハーゲンは、ほかに何と命じていった」


「自分がいない間は、僕の指示に従えって。家族のことはザイデルさんへ、武器は取るなとも言ってました」


「誰に降れ、と言った」


 少し離れたところにいた組頭が、その言葉を聞いてこちらへ顔を向けた。


 オルステッド殿がその男を呼ぶ。


「お前たちは、誰の命令で武器を置いた」


「ハーゲン様の命令です」


「誰に降れと言われた」


 男は僕を見た。


「アズール・エスター殿のところへ降れ、と。武器を置いて、名を告げろと言われました」


「僕に、というより、この場所で武器を置けという意味だと思うんですけど」


 思わず口を挟むと、ザイデルが帳面から顔を上げた。


「ハーゲン殿は、アズール・エスター隊へ降伏すると伝えろ、と命じています。言葉だけなら、今の男が間違っているとは言えません」


「ザイデルさんまで、そこをはっきりさせなくていいですよ」


「帳面に書くことなので、曖昧にはできません」


 オルステッド殿は何も言わなかった。

 ただ、僕と灰衣の男たちを交互に見てから、連れてきた兵へ配置の続きを命じた。


「今夜は、このままアズールたちの指示で動かす。外側はこちらが受け持つ。武器置き場、水、街道側の見張りを増やせ。夜中に勝手に動く者が出ても、いきなり中へ踏み込むな。まず組頭を呼べ」


 それから僕へ向き直る。


「今夜だけ、お前がこのまま預かれ」


「僕たちが、このまま預かるんですか」


「ほかへ替えて崩れたら、もっと面倒だ。お前たちは中を動かせ。こちらは外を押さえる」


「でも、僕たちは百人にも満たないんですよ」


「だから兵を足している。全部やれとは言っていない」


「……今夜だけ、ですよね」


「朝になれば、子爵殿にも通して、改めて扱いを決める」


 それで話は決まった。


 僕たちは、また人を動かし始めた。


 ガレスとマルクが武器置き場をさらに遠ざけ、ヴェルナー兵がその外へ立つ。トマとミケルは畑側へ通す道を広げ、ニルスは増えた負傷者の中から横にする者を選んだ。ブルーノの水桶には新しい桶が足され、しばらくすると水を運ぶ者も増えた。


 ノエルとザイデルは、暗くなる前に家族の場所をもう一度分け直した。


 僕もその間を歩いた。


 ハーゲンがいなくなったと知って、何度もこちらへ確認に来る者がいた。


「本当に戻ると言っていたのですか」


「戻るつもりだと言っていました。ただ、いつとは言ってません」


「捕まったわけではないんですね」


「少なくとも、ここを出た時は一人で歩いていきました」


 それ以上は僕にも言えない。


 できない約束をするなと言われたわけではないのに、ハーゲンと話した後だと、余計なことを言うのが怖かった。


 日が落ちる頃には、小さな火がいくつか作られた。


 どこでも好きに焚かせると危ないので、家族の場所ごとに火を寄せる。元兵の側には必要以上に薪を渡さず、食べ物を温める者だけ順番に使わせた。


 街から聞こえる音は、少しずつ減っていた。


 さっきまでは遠くで何度も重なっていた喊声が、今は間を置いて聞こえる。角笛も、同じ場所から続けて鳴ることが少なくなった。


「静かになってきたね」


 武器置き場の近くでガレスへ言うと、彼は城壁の向こうを見た。


「報告が来るまでは、勝ったとも終わったとも言えん」


「街の中では、まだ戦ってるのかな」


「戦っているところはあるだろう。街の全部がここから見えるわけじゃない」


 その通りだった。南門外だけでも、僕には全部が見えていない。

 何人いるのか分からない。どこから来る者が最後なのかも分からない。

 街の中のことまで分かるはずがなかった。


 夜が深くなる前に、南門側から一人の兵が走ってきた。


 オルステッド殿が先に呼び止める。


「本営からの伝令で間違いないか」


「本営を経由しています。旧官庁前は討伐軍が押さえました。白い椀の大旗も倒れています。市街中央の主だった抵抗は崩れ、残る区画を確認中とのことです」


 周囲にいた者の手が少し止まった。


 僕も、何を聞けばいいのか分からなかった。


「完全に終わったのか」


「まだ確認中です。逃げた者、武器を捨てた者、建物に残った者がいるため、夜間の捜索と見張りを続けると」


 オルステッド殿が伝令を下がらせる。


 僕は城壁の向こうを見た。


「……じゃあ、勝ったんですよね」


「大勢は決まったと見ていいだろう」


 オルステッド殿は短く言い、すぐ別の兵へ伝令内容を伝え始めた。


 僕の方は、その場から動けなかった。


 勝った。……たぶん。

 なのに、青い布の周りには、まだこんなに人がいる。


「オルステッド殿、ひとつ聞いていいですか」


「今度は何を聞きたい」


「戦いが終わるなら、この人たちは街へ戻れるんですか」


 オルステッド殿の返事は早かった。


「今すぐ街へ戻すことはできない」


「でも、街が取れたなら――」


「まだ掃討中だ。武器を置いた兵をそのまま街へ戻すわけにもいかない。住民と兵の区別も、こちらではまだ終わっていない」


 畑側で子供が泣き、誰かが火のそばへ連れていく。

 その向こうでは、元兵の組が地面へ座ったままだった。


「じゃあ、この人たちはどうするんです?」


「それを朝から決める」


「じゃあ、今夜の間はどうするんですか」


「今夜は、さっき決めた通りだ」


 オルステッド殿は、もう次の見張り場所を見ていた。


「お前たちのやり方を変えるな。夜中に後続が来たら、今までと同じ条件で止めろ。武器を置かせ、名を取る。こちらの兵だけで勝手に処分を変えるな」


「分かりました。後続も同じ条件で受けます」


 その後も、人は来た。数は少しずつ減っていたが、溝の向こうから途切れたわけではない。

 夜の中で青い布は見えにくくなり、ミケルが火を一つ近くへ寄せた。旗にするためではなく、来る者が場所を見失わないためだった。


 ノエルとザイデルの手も止まらない。


 僕が一度、荷車の端へ座ろうとすると、ノエルが札の束を抱えたまま近づいてきた。


「兄上、少し休むなら今のうちにしてください。夜中にも人が来る可能性があります」


「ノエルも休んだ方がいいよ」


「ザイデルさんと交代します。全部一人で見るつもりはありません」


 その答えを聞いて少し安心した。


 ノエルは僕の隣には座らず、畑の方を見た。


 火が点々と続いている。


 家族は身を寄せ、負傷者は荷車の近くで寝かされ、元兵は組ごとに固まっている。その外側をヴェルナー兵が歩き、武器の山だけが少し離れたところで暗く盛り上がっていた。


「兄上、ひとついいですか」


「今度は何の話をするの?」


「朝になったら、この人たちをどうするか決めてもらわないといけません」


「オルステッド殿には、今夜だけって言われたんだけど」


「朝になれば、全員いなくなるわけではありません」


 僕は返事をしなかった。

 街からは、もうほとんど戦いの音が聞こえない。

 勝ったはずなのに、目の前に残った人の数だけは、少しも減っていなかった。


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