第73話 門の外へ
門上で名前を呼ぶ声は、僕たちのところまで来る前に一度止まった。
階段を上がってきた帝国兵が、壁の内側へ盾を立て、先に残っていた兵と持ち場を確かめている。反対側の門塔を監視する者、市街側の階段を押さえる者、門裏へ声を返す者。僕たちが立っていた場所へ、赤い印のついた盾が一枚ずつ増えていった。
下では工兵が門扉に新しい縄を掛けている。片側の扉が引かれるたび、人の列が少し乱れ、怒鳴り声と木の軋む音が門楼の石壁を伝ってきた。
「エスター隊の者は、下りる支度をしておけ。ただし、階段へ一度に集まるな」
オルステッド殿が門裏から上がってきた。肩に付いた埃を払う間もなく、門上の帝国兵へ指を向ける。
「こちら側の壁は、そのまま引き継げ。反対の塔へ近づく時は二人ずつだ。矢が来なくても、角から身体を出しすぎるな」
帝国兵が配置へ散ると、オルステッド殿は僕たちのところまで歩いてきた。
「南へ出した伝令が戻った。板路と後送路は、ルミナ側の兵へ引き継がれたそうだ。お前たちの後ろに残した者も、荷車をまとめて南門外の後送場へ移っている」
「では、僕たちもそちらへ戻ればいいのですか」
「門楼は帝国兵へ渡す。ここにいるエスター隊は全員、東門から外へ出て南へ回れ。自隊をまとめ、人数と傷、武器を確認しろ。次の命令が届くまでは後送場で待機だ」
ブルーノが壁に載せていた棍棒を下ろした。
「ここまできて、俺たちは外へ戻るのか。街の真ん中には、まだ大勢残ってるんだろ」
「敵はまだ残っている。だが、街の中央を押すのは、後ろに何百、何千と兵を連ねた本隊の仕事だ。お前たちの役目は、もう果たした」
オルステッド殿は門外から続く帝国兵の列を顎で示した。
「お前たちは門を開ける道を作り、階段も門楼も押さえた。十分働いている。散らした自分の隊をまとめず、さらに奥へ行って何をするつもりだ」
「敵がいるなら、殴る仕事くらいはある」
「お前一人ならな。だが、エスター隊はお前一人ではないだろう」
ブルーノは棍棒の柄を握り直したが、それ以上は言い返さなかった。
ガレスが市街側の階段から視線を戻す。
「後方組と別れてから時間が経っている。負傷者も、南門へ残した者もいる。隊をまとめ直す方が先だ」
「お前まで外へ戻りたそうな顔をするな。俺たちは、やっと中へ入ったんだぞ」
「戻りたいわけではない。命令と役目の順番を言っている」
「結局、外へ戻るんじゃねえか」
「そうだ。お前も一緒に戻るぞ」
オルステッド殿は二人のやり取りを聞き流し、門裏の左壁側へ目を向けた。逃げ込んできた灰衣の者たちは、武器を離したまま壁沿いに座っている。戸板の上の若者へ水を飲ませていた女も、その場から動いていなかった。
「オルステッド殿。あちらの人たちは、僕たちが下がったあともここへ残すのですか」
「こちらの兵へ引き継ぐ。まだ捕虜として帳面へ載せるか、負傷者として別へ移すかも決まっていない。勝手に門外へ出すわけにもいかん」
「水を渡したことは、伝えておいた方がよいでしょうか」
「門上に残っていた水を下ろしたことも伝えてある。お前たちが持ち込んだ水まで、こちらで数え直す必要はない。自分の隊の水袋を先に確かめろ」
命令はそれで終わった。
マルクが立て掛けていた裂けた盾を背負おうとしたが、割れた縁が肩に引っ掛かり、結局、腕に抱え直した。
「これ、持って帰ったら直せると思いますかね。盾というより、板が二枚になりかけてますけど」
「私の盾だ。捨てるな」
「だから持ってるんですよ。ガレスさんが両手で槍を振れるように、ずっと私が面倒を見てるんですからね」
「口を動かす前に、階段へ下ろす順を見ろ。帝国兵とぶつかれば、お前の盾だけでなく人も割れる」
「それは笑えませんね。先に二人下ろして、間を空けます」
マルクは近くの兵へ声を掛け、帝国兵が上がってくる合間を見て、二人ずつ階段へ送っていった。
僕も門上に残り続けるつもりはなかったが、下りる前にもう一度だけ市街を見た。
大通りの奥には、家並みと煙しか見えない。白い椀の旗も、中央の広場も、ここからでは屋根に隠れていた。門裏では赤い旗の下に兵が集まり、さらに奥へ進む列を組み始めている。
僕たちは、もうあの列には入らない。そう思うと、肩から力が抜けるより先に、何かを置き忘れたような感じがした。
*
東門を外へ抜ける方が、入った時より時間がかかった。
正面から帝国兵が入り続けているため、僕たちは門扉の脇へ寄り、列が途切れるたびに数人ずつ外へ出なければならない。盾を正面へ構えた兵、矢束を抱えた兵、戸板を運ぶ者が通り、その後ろからまた槍の列が続々と入ってくる。
門外へ出ても、すぐには足を止められるような場所はなかった。工兵の材木と、門内へ送る水桶が道の両側に積まれている。僕たちは壁沿いに進み、東門前を離れてから南へ向かった。
ブルーノは歩きながらも何度か後ろを振り返った。
「角笛が鳴ったら、呼び戻されることもあるんだろうな」
「呼び戻すなら、伝令が来る。音を聞いて勝手に門へ戻るなよ」
ガレスは槍を肩に担がず、石突きを地面から少し浮かせたまま歩いている。盾がないため、いつもより身体の前が空いて見えた。
「俺は、呼び戻されるか聞いただけだ。勝手に戻るとは言ってねえ」
「お前は、戻りたそうな顔をしている」
「お前に顔のことを言われたくねえな。ずっと葬式みてえな顔をしてるだろ」
「二人とも、歩きながら揉めるのはやめよう。後ろの人が抜けなくなるよ」
僕が間に入ると、ブルーノは不満そうに鼻を鳴らした。
「アズールは、外へ戻れて嬉しそうだな」
「嬉しいというより、少し安心してる。ノエルたちがどうなったのか、まだちゃんと聞いてないから」
「伝令は戻ってきたし、荷車も移したと言ってはいた」
エルヴィンが城壁から離れた道を見ながら答えた。
「だが、引き継ぎが済んだことと、全員が同じ場所へ着いたことは別だ。向こうへ行ってみなければ分からん」
「そういう言い方をされると、余計に気になるよ」
「安心させる材料がない時に、いい加減なことは言えん」
エルヴィンはそれだけ言うと、道の先へ目を戻した。
城壁の外を南へ回る道には、東門へ向かう兵と、南門側から負傷者を運ぶ者が混ざっていた。僕たちは邪魔にならないよう壁から少し離れ、車輪の跡が固まった場所を選んで歩く。
しばらく進むと、南の方から長い角笛が聞こえた。
続いて、間を置いて北側から太鼓の音が返る。城壁の上で旗が動き、東門へ入る兵の歩みが速くなった。
ブルーノが足を止めかけた。
「始まったな。三方から中央へ出る合図だろ」
「たぶん、そうだと思う。でも、僕たちへ戻れという合図ではないよ」
「分かってる。そこまで子供みてえに扱うな」
そう言いながらも、ブルーノはしばらく城壁の方を見ていた。
街の中で何が始まったのか、外からは見えない。角笛と太鼓の後、門へ向かう荷の列が増え、少し遅れて血のついた戸板が外へ運ばれてくる。それだけだった。
僕たちは、その流れから外れて南門外の後送場へ向かった。
*
青い布が見えた時、最初に声を上げたのはマルクだった。
「ありましたよ。あれなら、まだ勝手に旗にはなってませんよね」
南門から少し離れた低い場所に、荷車が六台並べられている。そのうち一台の竿へ、青い布が結び直されていた。南門壕の外側へ置いていた時より低く、近づかなければ見落としそうな位置だった。
「位置を知らせるために付けただけです。正式な旗にした覚えはありません」
青い布のところまでたどり着くと、荷車の脇で帳面を開いていたノエルが、顔も上げずに答えた。けれど、僕が近くまで寄ると、頁を押さえていた指が止まった。
「兄上。戻ったなら、そこへ立っていないで列へ入ってください。今から名前と怪我を確認します」
「ただいま、くらい先に言ってもよくないかな」
「顔を見ただけでは帳面に戻ったとは書けません。兄上が歩いてきたことは分かりますが、誰が一緒で、誰が門へ残っているのかまでは分からないでしょう」
ノエルは帳面の横へ置いていた細い木札を取り、僕の名前がある行へ印を付けた。
「それに、戻ってきてくれてよかったと思っているからこそ、先に確認しています。そこで話をしている間に別の人が列を離れたら、また最初から数え直しです」
「分かったよ。僕はここへ並ぶ。怪我は、たぶん大きいものはない」
「たぶんでは困ります。ニルスに見せてから、もう一度答えてください」
荷車の反対側で布を畳んでいたニルスがこちらを向いた。
「アズールさん、こちらへ来てください。服の上からでは分からないので、腕と脇だけでも見せてもらいます」
「僕より先に、傷のある人を見た方がいいんじゃないかな」
「自分を後へ回す人から確認しろと、ノエルさんに言われています。アズールさんを先に見れば、他の方も列へ並んでくれるでしょうから」
逃げ道を塞がれ、僕はニルスのところへ向かった。
その後ろでは、ブルーノが名簿の列を横切ろうとしてノエルに止められていた。
「ブルーノさんも、棍棒を置く前にこちらへ来てください。血が自分のものではないと言って終わらせないでくださいね」
「俺の身体は俺が一番分かってる。動けるなら問題ねえだろ」
「大丈夫と言った人が、あとから倒れられるのが一番困るんです。食事を出した後に寝込まれれば、次からどれだけ回すべきか分からなくなります」
「飯の話まで持ち出すのかよ」
「ブルーノさんを動かすには、その方が早いでしょう。確認が終われば、残っている分を先に渡します」
「最初からそう言え。どこへ並べばいい」
「こちらです。ただし、前の人を押さないでください」
ブルーノは文句を続けながらも、ニルスの前へ腕を出した。
トマは一台目の荷車の下へ潜り、車軸の泥を掻き出していた。僕が覗き込むと、寝たまま片手を上げる。
「板路は、ルミナ側の人たちへ渡しました。こちらの板を持っていかれないよう、数だけは見てきましたよ。青い布もミケルが最後に外してくれました」
荷車の向こうから、ミケルが竿を押さえたまま答えた。
「置いてくると、戻る場所までなくなるように思ったので。荷車へ結び直しておきました」
「二人とも、ありがとう。南門へ残った人はいない?」
「引き継ぎの最中に、ヴェルナー家の兵と一緒に残った者が何人かいます。勝手に戻すわけにもいかなかったので、名前はノエルさんに伝えました」
トマは車軸から身体を抜き、手についた泥を布に擦りつけた。
「それと、水路側からまだ来ていない人もいます。だから、六台がここへ来たから全員戻った、とは言えません」
「分かった。ノエルが確認しているのは、その人たちも含めてなんだね」
「兄上、聞こえているなら、こちらへ来てください」
帳面の前から声が飛んできた。
「僕はニルスに見てもらったよ」
「なら、次は持ち物です。門へ入る前と同じものを持っているか、失ったものがあるかを確認します」
ノエルの前へ戻ると、マルクが裂けた盾を抱えて立っていた。
「こちら、ガレスさんの盾です。見てのとおり、元の数え方で一枚にするか、二枚に増えたことにするか迷う状態ですが」
「損耗した装備として、盾一枚と書きます。割れた二枚を新しい盾として数えたいくらいには、こちらの備品は豊かではありませんが」
「それは残念です。増えたことにできれば、少し得した気分になれたんですがね」
「盾が割れて得をする人はいません。ガレスさんは、代わりの盾を受け取っていますか」
「いや、受け取ってはいないな」
ガレスが答え、槍を横へ置いた。
「門上では両手で槍を使った。次の命令までに代わりが出るなら受け取る。ないなら、このままでも構わない」
「構わなくはありません。次に同じ使い方をするかどうかも決まっていないんですから。ヴェルナー家側へ申告します」
「正式な支給を求めるほどの損耗か?」
「盾がここまで裂けたのに、損耗ではないと言うつもりですか」
ノエルは帳面へ書き込み、そのまま次の者を呼んだ。
列はなかなか終わらなかった。名前を答える者。腕を見せる者。槍の穂先が曲がったと申し出る者。自分は無傷だと言いながら、歩き方をニルスに止められる者。
僕たちは、街から戻っただけでは一つの隊に戻れなかった。誰がここにいて、誰が別の場所に残り、何を失い、どれだけ動けるのか。それを一つずつ確かめて、ようやく同じ場所へ戻っていく。
点呼が半分を過ぎた頃、城壁の向こうから大きな音が響いた。
何かが崩れたのか、それとも一斉に盾を打ったのか、外からでは分からない。南門の上にいた兵が身を乗り出し、すぐに後ろから引き戻された。
街へ入る兵の列は止まらなかった。僕たちの名前を読むノエルの声も止まらなかった。
*
西へ出した男は、上着の背中を灰で白くして戻った。
もう一人は少し遅れ、靴へ濡れた泥を厚く付けている。二人とも旧官庁の正面からは入らず、裏の物置を抜けてハーゲンのところへ来た。
「見つけました。西北の壁際に、荷を外へ出していた小さな通用口が残っています」
先に戻った男が、机へ手をついた。走ってきた息を整えながら、指で壁の位置を示す。
「外側は土で半分埋まっていますが、人ひとりなら通れます。内側の戸を外せば、荷を背負った者も抜けられるでしょう」
「担架は通せるのか」
「そのままでは無理です。戸板を立て、先に負傷者を抱えて出すなら何とかなるかもしれません。荷車は通りません」
「外へ出た先に敵はいたか」
「旗は見えませんでした。北の軍は門の側へ寄っています。西側には、まだ大きな隊は回っていません。ただ、壁沿いの道を北へ行けば、すぐ見つかると思います」
泥のついた男が続ける。
「南へ下る細い溝があります。今は水が少なく、葦の陰を歩けます。その先に使われていない畑と低い林がありました。最初の者は、そこまで行かせた方がいいでしょう」
「壁を出たところで待たせれば、次の者が詰まるということか」
「それもありますが、通用口が見つかれば一度に捕まります。外へ出た者は、溝を南へ下らせて林の裏へ回すべきです」
ハーゲンは机の上に残っていた木札を退け、空いた場所へ指で道を引いた。
「通用口まで、何本の道が使える」
「広場を避ければ三本です。ただし、二本は途中で細くなります。白い椀の旗が大通りへ出れば、人の流れで塞がれるかもしれません」
「見張りは置けるか」
「外側に二人、内側に四人なら。大勢を立たせれば、かえって目につきます」
「それでいい。外へ出た者は止めず、溝を下らせろ。林の裏まで行ったら、次の組を待たせる。ただし、火は使わせるな。煙が上がれば終わりだ」
男たちは命令を聞きながら、互いの報告に食い違いがないか確かめていた。
「ハーゲン殿。あの口から、何人出すおつもりですか」
灰を被った男が尋ねた。
「歩ける者は、できるだけだ」
「数百なら通せます。ですが、千を越えれば時間がかかります。帝国軍が西へ回る方が早いかもしれません」
「だから、敵を中央へ引きつける。南と東から来る兵は白い椀へ向かう。北の軍が西へ広がるのを、残った兵で遅らせる」
「戦える者を、町へ残すのですか」
「最初は残す。最後まで残せばすべて失う。退かせる道を作りながら、地区ごとに西へ下げる」
ハーゲンは壁際に積んでいた板札から、各地区の報告を拾った。
「今すぐ集め直せる槍持ちは、千前後になる。ザイデルが札にまとめた歩ける者は、家族を含めて二千ほどだ。全員が通れるとは思わん。だが、初めから千人しか出さなければ、千人しか残らん」
「三千人を、あの口から……」
「三千人を一度に通すとは言っていない。十人、二十人に分ける。通した者を外でまとめ、残った者は敵を遅らせながら次へ回す」
「最後の組まで道が残るでしょうか」
「残すために、今から動く」
ハーゲンは二人へ、もう一度通用口へ戻るよう命じた。
「内側の戸を音が出ないよう外せ。土は全部どけるな。外から見て使われていると分からぬ程度に残しておけ。外へ出た者が林を越えたら、一人だけ戻して知らせろ」
「通用口を守る兵は、どこから出しますか」
「最初の護衛から残せ。十二人出して、六人を外へ、六人を内へ置く。次の組が来たら交代だ。守り続けようとするな」
二人が出ていくと、ハーゲンはザイデルを呼ぶ伝令を出した。
旧官庁の正面から、白い椀の下で人々が唱える声が聞こえている。先ほどより人数が増えたのか、石壁を隔てても言葉が分かった。
誰も置いていかない。
その声が続く間に、ハーゲンは最初に置いていく場所を決めていた。
*
ザイデルは、子供を連れた十組の札を、いったん右へ分けた。
そのうち三組を、すぐに左へ戻す。
「この子は熱があります。母親だけで抱いて歩かせれば、通用口へ着く前に座り込むでしょう」
札を渡していた女が困った顔をした。
「では、その親子は後へ回すのですか」
「後へ回すのではありません。抱える人を一人つけます。その人をどこから出すか決めるまで、ここへ置いてください」
「歩ける人なら、広場にいくらでもいますが」
「広場にいる人を一人連れてくれば、その人が担っていた役目はどうなりますか。誰でもよいように見えて、今は誰も余っていないんです」
ザイデルは次の札へ指を移した。
自力で歩ける負傷者。支えが必要な者。子供を抱く者。水差しを持つ者。手当てを知る者。広場から抜けても不自然に見えない理由がある者。
名を並べるだけでは列にならない。一人を動かせば、その者がしていた仕事に穴が空く。穴を埋める者を選べば、今度は別の場所が止まる。
濡れた帳面の上で、木札は右へ左へ何度も移った。
ハーゲンが施療所へ入ってきた時、最初の組に入る者たちはまだ呼ばれていなかった。
「道は見つかった。人ひとりずつなら通せる。最初の組をすぐ出したい」
「こちらも、すぐ出したいとは思っています。ただ、歩ける者を呼んで並ばせれば済む話ではありません」
ザイデルは右側の札を示した。
「子供を連れた者が十組。自力で歩ける負傷者が二十人あまり。井戸や水場を知る者を二人、手当てを知る者を三人、案内役と護衛を加えれば、最初は六十人に届かないくらいです」
「最初に出す人数としては、思ったより少ないな」
「通用口が狭いのでしょう。最初から百人を呼んで広場へ気づかれれば、一人も出せません。それに、こちらへ残す人も必要です」
「手当てを知る者は、もっと出せないか」
「出せます。ただし、次の組を作っている間に、ここで出血した者を誰が見るのですか。井戸や水場を知る者も同じです。全員を先へ出せば、後ろの者が通用口へ着く前に渇きます」
ハーゲンは札を見たまま、すぐには答えなかった。
「戦える者は十二人つける。半分は通用口に残し、次の組と交代させる」
「十二人も護衛へ回せば、その分だけ非戦闘員が遅れます」
「外へ出たところで襲われれば、出した意味がない」
「分かっています。ですが、護衛する者にも、水と食料が必要です。槍だけ持たせて、家族の歩幅へ合わせられない者をつけても列が崩れます」
「では、誰をつける」
ザイデルは護衛候補の札を数枚抜いた。
「門から退いてきた者の中に、家族を探している者がいます。白い椀の下で待たせるより、その家族と一緒に外へ出す方が従うでしょう。あとは、負傷していても短い槍なら使える者。走る兵より、歩く人と合わせられる者が必要です」
「それで十二人選べるか」
「選びます。選べないと言って、何もしないわけにはいきませんから」
ザイデルは帳面の端へ、新しい印を書き込んだ。
「ただし、最初の組を出した後、動かせない者へ話をする時間をください。何も知らせず、周りだけ消えていけば、施療所の中で騒ぎになります」
「動かせない者には、俺が一人ずつ話す」
「一人ずつ話してください。広場へ向けるような言葉ではなく、その人が何を失うのかを分かった上で話していただきます」
「分かっている」
「昨日から、分かっているという言葉だけは何度も聞きました。実際に横になっている人へ、あなたの口で伝えてください」
ハーゲンは反論せず、戸口の近くに横たわる者たちへ目を向けた。
その間に、ザイデルは最初の札を女へ渡した。
「この名の者を、一度に呼ばないでください。水差しを運ぶ人は井戸へ。子供連れは裏の建物へ移すと言ってください。負傷者は担架道を空けるためと伝えます」
「外へ逃がすとは、まだ言わないのですか」
「通用口へ着く前に広場で止められれば、逃がすこともできません。呼んだ人が揃ったところで、初めて伝えます」
「嫌だと言う者がいたら、どうしますか」
「無理に連れてはいけません。ただ、残れば安全だとは言わないでください。自分で決めてもらうためにも、嘘だけは使わないで」
女は札を服の内側へ隠し、裏口から出ていった。
ザイデルは次の札を取った。
最初の列を作るだけで、まだ一人も街の外へ出ていなかった。
*
白い椀の旗の周りから子供が減ったことに、マルタは最初から気づいたわけではなかった。
負傷者を載せた戸板が入り、門から退いた兵が加わり、広場の人の並びは絶えず変わっている。空桶を持つ者へ場所を空けさせ、石段の下へ座る家族を移しているうちに、先ほどまで前列にいた母親が見えなくなっていた。
「北側の施療所へ移したのですか」
マルタが近くの女へ尋ねると、女は周囲を気にしながら答えた。
「水を取りに行くよう言われたそうです。でも、子供まで一緒に連れていきました。裏の道へ入った者もいます」
「誰が、そのように命じたのでしょう」
「ハーゲンのところから札を持った人が来ています。担架を移すと言って、歩ける人を呼んでいるようです」
石段の下では、白い椀を支える棒へ縄を巻き直している。旗を前へ出す準備をしていた男が、二人の会話へ顔を向けた。
「逃げる道が見つかったという話もあります。歩ける者だけ、先に出すつもりではないでしょうか」
その言葉を聞いた周囲の者たちが、互いの顔を見た。
マルタは石段を一段下りた。
「歩ける者だけが去れば、ここに残る人々はどうなるのでしょう」
誰に向けた問いか分からないまま、近くの者たちが黙った。
「帝国の兵は、槍を持つ者だけを討つために街へ入っているのではありません。門を破り、道を押さえ、その後ろにいる者まで一つの反乱として扱うでしょう」
「だから、逃げられる者は逃がした方がよいのではありませんか」
子供を抱いた女が、広場の端から声を上げた。
「私は、この子だけでも外へ出せるなら出したいです。ここに残って、帝国の兵を待つよりは……」
「あなたがこの子を守りたい気持ちを、責めるつもりはありません」
マルタは女の方へ身体を向けた。
「ですが、あなたが去った後、他の歩けない子と、その母親は誰が守るのでしょう。水を運べない老人は、誰の手から飲むのでしょう」
「私一人が残れば、皆を守れるのですか」
「一人では守れません。だから、私たちは同じ椀の下へ集まったのです」
女は子供を抱き直したが、返事をしなかった。
マルタは広場を見渡した。門から戻った兵。負傷者の家族。水を持つ者。石や布を運ぶ者。恐れている者たちが、誰かの言葉を待っている。
「街を失うことと、私たちまで失われることは同じではありません」
声を張ると、白い椀の近くにいた者たちが顔を上げた。
「けれど、逃げられる者から別々に逃げ、灰衣を脱ぎ、自分だけの名へ戻れば、帝国は私たちを再び追われた農民、捨てられた病人、行き場のない子供として扱います」
広場の後ろから、誰かが「誰も置いていかない」と声を返した。
「逃げられない者を残していく道を、生きる道とは呼べません。ここにいる者を守るため、白い椀を中央の道へ進めます」
旗の縄を持っていた男が、少し迷ってから尋ねた。
「旗を大通りへ出せば、帝国軍と正面からぶつかります。兵だけではありません。槍を持たない者まで、旗を追って戦場へ出てくるかもしれません」
「槍を持つ者だけが、灰衣を守るのではありません。負傷者を運ぶ者、水を渡す者、石を動かす者も、同じ場所を支えています」
「では、広場にいる者は全員、中央へ移すのでしょうか」
「動けない者まで無理に運べとは言いません。ですが、自分だけ先に去るような呼び掛けを、白い椀の下では認めません」
その言葉が周囲へ伝わると、裏道へ向かおうとしていた数人が足を止め、子供を連れた女は、しばらく石段と裏道を見比べていたが、広場へ戻った。
白い椀の大旗が、旧官庁前から持ち上げられる。重い布が一度垂れ、数人が棒を支えて中央の大通りへ向けた。
人を集めた旗は、今度は集めた人を連れて進み始めた。
*
三つの門から討伐軍が動いたという報告は、ほとんど同時にハーゲンへ届いた。
南では角笛の後に槍列が進み、北では内側の柵が破られた。東からは赤い旗が二本目の交差路へ向かっているという。
報告を聞いた兵たちは、旧官庁の壁際に置かれた槍を取った。
「中央を守るのですか」
一人が尋ねる。
「中央へ敵を寄せる。守り切る必要はない」
「白い椀の旗が、中央の道へ出るそうです。このままでは旗の周りにいる者たちが帝国軍に囲まれます」
「俺が旗を下ろせと命じても、マルタは従わん。ここであの周りと争えば、逃がす道まで塞がる」
「では、旗の下へ残った者は……」
「連れ出せる者は連れ出す。だが、旗へ戻ると決めた者を、槍で外へ追うことはできん」
ハーゲンは地区ごとの札を三つへ分けた。
「南の大通りへ二百。最初の角で槍を出し、盾が揃う前に次へ退け。東から来る兵には百五十。屋根へ上がる者を減らせ。北は五百を越えさせるな。残りは通用口へ向かう道を守る」
「北へ五百では、黒い旗を止められません」
「止めるな。歩く速さを落とせ。前へ出た隊を一度止め、次の角へ退け。追ってくるなら、また止めろ」
「退くたびに、町を渡すことになります」
「町はもう守れん。今守るのは、外へ出る時間だ」
兵は槍を握ったまま、なお迷っていた。
「最後まで残れという命令ではないのですね」
「一度当たったら退け。次の道が塞がる前に、さらに西へ下がれ。挟まれたなら武器を捨てろ。白い椀の旗と一緒に死ぬことを、俺は命じん」
「ハーゲン殿は、どこまで残るおつもりですか」
「各地区の兵が西へ下がるまでだ。通用口へ千人すべてを一度に寄せれば、民を踏み潰す。先に二千を出す。その後で戦える者を分けて通す」
「二千人が出るまで、道を持たせられるでしょうか」
「持たせる。持たなくなれば、別の道を探す。それでも無理なら、出せた者だけでも外へ残す」
完全な答えではなかった。
兵たちは顔を見合わせたが、誰も勝てるのかとは尋ねなかった。勝てないことは、もう全員が分かっている。
「鐘は使うな。地区ごとの伝令で下げろ。白い椀へ集まれという声と混ぜるな。退く場所と、次に立つ角を一つずつ伝えろ」
ハーゲンが命じると、兵たちは三方向へ分かれていった。
そのうち一人が戸口で振り返った。
「通用口へ向かった最初の組が、外へ出始めたそうです」
「林まで行った知らせは来ているか」
「まだ戻っていません。ですが、最初の子供は壁を越えました」
「なら、次を出せ。知らせを待って列を止めるな」
兵が走り去る。
旧官庁の正面では、白い椀の旗が動き始めていた。
裏手では、名を呼ばれた者たちが声を出さず、西へ向かっていた。
*
最初の組は、通用口の手前で二つに分けられた。
子供を抱いた者と、自力で歩ける負傷者を先に通す。支えが必要な者は、内側で待っている間に布を結び直し、外へ出た護衛が受け取る。
「戸板は立ててください。先に脚を通し、外の人が肩を持って。急いで落とせば、ここまで運んだ意味がありません」
ザイデルは通用口まで来ていた。
施療所へ残るつもりだったが、最初の組が戸板を通せず止まったと聞き、帳面を抱えて走ってきた。
土に埋まっていた小さな戸は外され、人ひとりが屈んで通れる穴になっている。外から朝の光が細く入り、壁の向こうで護衛が手を伸ばしていた。
母親が子供を先に渡そうとしたが、子供は灰衣の袖を掴んで離さない。
「一緒に通れませんか。この子だけ先へ出したら、泣いて暴れます」
「子供を抱いたままでは、あなたの肩が引っ掛かります。外へいる人に顔が見えるよう渡してください。あなたはすぐ後ろから出られます」
「本当に、すぐでしょうか。後ろの兵が先に来ることはありませんか」
「ここへ呼ばれた順は変えません。あなたの札は、子供と同じです。外で離すつもりなら、最初から一緒に書いていません」
母親は何度も子供へ声を掛け、ようやく外の護衛へ渡した。
子供の泣き声が壁の向こうへ移る。母親が続き、その後ろから片腕を布で吊った男が屈んで通った。
十人、二十人と進むうち、穴の内側へ人が詰まり始めた。
「前へ押さないでください。外へ出た人が立ち止まると、こちらが詰まります。案内役は、溝を下って林まで歩かせてください」
外にいた男が声を返す。
「最初の者は、もう溝へ入っています。林まで行けば、一人戻します」
「戻る人は、次の組とぶつからないよう外側を通ってください。通用口の前へ戻れば、余計に詰まります」
ザイデルは帳面へ通過した札の印を付けていった。
途中で、一人の老人が穴の前から動かなくなった。
「私は残ります。孫だけを連れていってください」
「その孫は、あなたと同じ札にあります。外で見る人がいません」
「歩くのが遅い。私がいれば、後ろの者まで遅れる」
「だから、あなたを支える者を一人つけました。ここで残れば、その人も役目を失います」
「若い者を、私一人に使わせるのですか」
「あなた一人ではありません。その人は、同じ速さの者を三人見ます。途中で歩けなくなった時だけ支えてもらいます」
老人は壁へ手をついたまま、外の光を見た。
「歩けなくなったら、置いていかれますか」
ザイデルは帳面から顔を上げた。
「置いていかないとは言えません。道が閉じれば、戻って助けることもできません」
老人の表情が固まる。
「それでも、今ここへ残れば、何もできぬまま帝国側に捕らえられるだけになるでしょう。外へ出てください。どこまで行けるかは、その後で考えます」
老人はしばらく黙っていたが、付き添いの肩を借りて穴を抜けた。
最初の組の最後に、護衛が六人通る。残った六人は内側へ槍を立て、次の組を待った。
ザイデルは、印を付けた札を別の袋へ移した。六十人にも届かない列だった。
それでも、最初の子供はもう街の外にいた。
*
点呼が終わらないまま、ほぼ真上まで昇った太陽が、荷車の影を短くしていた。
ノエルの帳面には、まだ印の付かない名が残っている。オルステッド隊と一緒に門内へ残った者、水路側の後送へ回った者、別の施療所にいる者。伝令を出し、戻った返事を待たなければ埋められない欄だった。
「全員戻ったとは、まだ書けません」
ノエルは同じ行を指で確かめた。
「ですが、ここへ戻るよう命じられた人の大半は確認できました。すぐ動けない人も、荷車の側へ分けています」
「僕たちの仕事は、ひとまず終わったと思っていいのかな」
「東門を開ける仕事は終わったのでしょう。次の命令が来れば、別の仕事が始まります」
「少しくらい、休めると言ってくれてもいいんじゃないかな」
「休んでください。だから点呼と手当てをしているんです。休めと言われなければ休まない人が、兄上の周りには多すぎます」
ノエルの視線が、荷車の陰で棍棒を抱えたまま城壁を見ているブルーノへ向いた。
「本人に聞こえるように言った方がいいよ」
「聞こえても、自分のことだと思わないでしょう」
「聞こえてるぞ。誰が休まないって言ってるんだ」
ブルーノが振り向いた。
「棍棒を抱えて門を見張ることを、休んでいるとは言いません」
「座ってるだろ。立って門を見てるより、ずっと休んでる」
「比較の話ではありません。せめて武器を地面へ置いて、水を飲んでください」
「地面へ置いたら泥がつく」
「門の上で何人も殴った棍棒が、今さら泥を嫌がるんですか」
ブルーノは返す言葉を探したが、結局、棍棒を荷車に立て掛けた。
僕は配られた水を少し飲み、荷車の車輪へ背を預けた。街の中から響く音は、少しずつ遠くなっているようにも、近づいているようにも聞こえた。実際に戦場が動いているのか、僕たちが音に慣れただけなのかは分からない。
大きな仕事が終わった。そうは言っても、戦いが終わったわけではないのだが、ひとまず、今の僕たちにできることは、もうないのかもしれない。
「外周の溝に、人がいます!」
見張りに立っていたマルクの声で、荷車の周りが動いた。
ガレスは地面へ置いていた槍を取り、ブルーノも棍棒を掴む。エルヴィンは城壁側ではなく、外側の畑へ続く低い溝を見た。
枯れた葦の向こうから、灰色の布をまとった者たちが歩いてくる。
一列ではない。子供を抱いた者、肩を貸し合う者、荷を背負った者が、間を空けながら続いている。先頭には槍を持つ男がいたが、穂先は布で包まれていた。
「そこで止まれ! 戦う意思がないのなら、武器を持っている者は見える場所へ武器を置け!」
ガレスが声を掛けると、先頭の男は足を止めた。
「分かりました。武器はここへ置きます。ですが、後ろの者へ兵を向けないでいただきたい」
「武器を置いたことを確認してから話を聞く。後ろの者も、急に近づかないよう伝えろ」
男は槍を地面へ置き、腰の短い刃も外した。続く五人も同じように武器を並べる。
マルクが数人を連れて前へ出た。
「武器はこちらでまとめます。踏みつけられないよう、道の右へ寄せてください。子供と負傷者は、その場で座り込まず、こちらの荷車までゆっくり進んでください」
灰衣の者たちは、互いを確かめながら動き始めた。
僕は先頭近くにいた女へ近づいた。水差しを両手で抱え、片側の袖には乾いた血がついている。
「街から出てきたのですか? 正門からはとても出られると思えないのですが」
「壁の小さな口から出されました。外の溝を下り、林を越えるよう言われたのですが、負傷者が遅れて、この道へ出ました」
「ここへ来るよう、誰かに言われていたのですか」
「決められた場所は、もう少し先です。でも、こちらに荷車と水が見えました。子供が歩けなくなったので、少し休ませてほしいのです」
女の後ろでは、ニルスが片脚を引きずる男を荷車の陰へ座らせている。トマは積み荷を寄せ、横になれる場所を作っていた。
ノエルが帳面を持って僕の横へ来た。
「今いる人だけで、五十人を少し越えています。武器を持っていた人は六人。水を分けて休ませるだけなら何とかなりますが、後ろから同じ人数が続けば、この場所もすぐ埋まります」
「後ろから、まだ来るんですか」
僕が女へ尋ねると、女は街の方を振り返った。
「最初の組だけでも、何人かに分かれました。私たちの後にも、子供と負傷者が来ます。その後は、もっと多く出すと言っていました」
「誰が、皆を外へ出しているのですか」
「ハーゲン様という方です。町はもう守れないから、道が残っている間に出られる者を出すと……。戦える人たちは、まだ街の中で帝国軍を止めています」
僕には、その名に覚えがなかった。
ガレスもエルヴィンも、何も言わず女の話を聞いている。
「ハーゲン……。鋼守のハーゲンか」
エルヴィンが何か気づいたように呟く。
「エルヴィンは、その者を知ってるの?」
「知っているというほどではない。昔、東部の街を大規模な野盗襲撃から、わずかな手勢で守り切った男だと聞いたことがある」
エルヴィンは、思案するように目を細めながら言葉を続ける。
「灰衣に参加したという噂も聞いていたが、本当だったか」
その言葉に、僕たちが黙り込んでいると、ノエルは街から続く溝と、荷車の周りへ座り始めた者たちを交互に見て口を開く。
「兄上。この中には、負傷者も子供もいます。追い返せば、道の途中で動けなくなる者が出ます。ただ、こちらへ入れるなら、武器を分け、人数を取り、負傷者と子供の場所を作らなければ……」
「僕たちだけで、正式に受け入れることはできないよね」
「できません。ヴェルナー子爵家預かりの隊ですし、灰衣の人々を赦免する権限もありません。上へ報告する必要があります」
「報告するまで、ここにいる人たちはどうすればいい?」
「座らせる場所なら作れます。水も一度は分けられます。ですが、後から何人来るのか分からないまま食料まで配れば、こちらの分が持ちません」
ノエルは、受け入れるなとは言わなかった。
それでも、今できることと、できないことを分けている。
「まず、ここまで来た人たちは休ませよう。武器を持っていた人は別に座ってもらう。次の人が着く前に、オルステッド殿かヴェルナー子爵家へ伝令を出そう」
「それなら、僕が人数を確認します。兄上は、これ以上、勝手に増やさないでください。話を聞く前に全員こちらへ呼び込めば、収拾がつかなくなります」
「分かった。こちらから呼びには行かない。でも、ここまで歩いてきた人を追い返すこともしない」
「兄上なら、そう言うと思っていました」
ノエルは新しい板札を取り出し、最初の一人の名を尋ねに向かった。
マルクたちは地面へ置かれた槍をまとめ、ガレスは武器を持つ者と家族の間へ立つ。ブルーノは荷車の横を空け、トマと一緒に積み荷を動かし始めた。
最初に来た者たちを座らせ終える前に、枯れた葦の向こうで次の人影が動いた。子供を背負った男と、二人に支えられた女。その後ろにも、灰色の布が続いている。
「後から、まだ来ます」
水差しを抱えた女が、もう一度言った。
「ハーゲン様が、道を残してくださいました」
僕は、その名を今日まで知らなかった。
けれど、街の外へ続く溝からは、次の灰衣がこちらへ歩いてきていた。




