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エルダニア大戦記〜敗残兵に飯と役目を与えていたら、乱世の国づくりが始まりました〜  作者: 志摩 伊純
第3章:灰衣大乱

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第68話 落ちる門


 斧が門板へ食い込み、抜けなくなった。工兵は柄を捻り、片足を門に当てる。黒ずんだ木の表面が裂け、欠けた木片が盾兵の肩を越えて落ちた。穴と呼ぶにはまだ浅い。だが、その傷へ次の斧が振り下ろされる前に、門の向こうから槌の音が返ってきた。


 灰衣も、内側から板を打ちつけている。


「同じ場所だ! 継ぎ目を広げろ!」


 工兵隊の指揮官が、大盾の間から腕を伸ばす。斧を持つ者が二人に増え、一人が門板を削り、もう一人が裂け目へ鉄の楔を差し込む。門上から落ちた石が大盾を叩き、受けた兵の膝が沈んだ。後ろにいた盾兵が肩を入れ、倒れる前に支える。


 門前の帝国兵は、ほとんど動けない。壕と門扉の間に作った足場は狭く、正面には灰衣の盾兵、頭上には門上の弓兵がいる。その間で工兵だけが斧を振らなければならなかった。


「右、下がるぞ!」


 壕の向こうから声が飛んだ。額から血を流す槍兵が板へ戻ろうとする。だが、一枚きりの板には新しい大盾兵が足を載せており、二人とも止まった。


「前に進むのを止めて!」


 僕が腕を横へ出す。


「今は戻る人が先! 盾の人は、板の手前で待って!」


「前から早く寄越せと言われている!」


「板の上でぶつかったら、どっちも落ちます!」


 大盾兵は門前を見てから、足を板の外へ戻した。負傷した槍兵がこちら側へ渡りきる。ニルスがその腕を受け取り、青い布の右へ引いた。


「次、行ってください!」


 僕が手を下ろすと、大盾兵が板へ乗る。青い布の左では、新しい板が人足の肩に載せられている。壕へ落とした木束の上へ、もう一本の道を作るつもりらしい。


「それ、そのまま載せる気か?」


 トマが板の端を叩いた。


「先に枝を足せ。今の束は真ん中が沈んでる。横へ載せたら板同士が寄るぞ」


「門前から、もっと兵を寄越せと来ている!」


「だから道を増やすんだろうが。急いで二本とも壊したらどうする!」


 工兵が壕の底を覗き込む。


 トマは壊れた荷車の車台を指した。


「こちら側は、あの車台の枠に一本。向こう側は新しい杭に一本だ。板の真ん中じゃなく、端を留めろ。人が乗れば勝手に中央へ沈む」


 工兵は後ろの指揮官を見た。


「やれ! 枝を足せ!」


 人足が細い枝を抱えて壕際へ出る。


 その頭上へ矢が落ちた。ガレスが盾を差し入れ、矢を受ける。革紐の切れた盾は腕に固定できず、衝撃のたびに縁を握る手が下がった。それでも人足が枝を投げ終えるまで、盾を退かさない。


「ガレス、交代して!」


「まだ持てる」


「盾の方が持たないだろ」


 ブルーノが横から口を出した。


 ガレスは盾に刺さった矢を一瞥した。


「お前と代われば、板ごと前へ出る」


「俺を何だと思ってやがる」


「考えなしの乱暴者だ」


「ひでえ言いざまだぜ」


「だから渡せんな」


 二人の横で、新しい板が壕へ出された。板の先を受け取るため、対岸の兵が盾列から一人だけ下がる。人足が押し、こちら側の工兵が縄を引く。板の腹が木束へ載ったところで泥水が跳ね、最初の板へぶつかった。


「離せ! 間を作れ!」


 トマが縄を引く者の間へ入り、板の端を蹴った。


 人の腕一本ほどの隙間が開く。


「これ以上は広げるな。足を落とすぞ。前へ行く方を左、戻る方を右だ!」


 青い布で分けていた流れが、壕の上でも二つになった。板は細く、どちらも一人ずつしか渡れない。それでも、戻る負傷者を待たずに次の兵を送れる。門前の盾列へ大盾兵が加わり、倒れた者が反対の板から戻ってくる。


 人の流れが少し速くなると、門を叩く音も増えた。


 一度、二度、三度。途中から数えられなくなった。

 門の内側でも槌が鳴っている。外から裂けば、内から板を当てる。帝国工兵が楔を深く打ち込むと、灰衣側の槍が門の隙間から突き出し、斧を持つ男の脇を掠めた。


「隙間へ盾を入れろ!」


 小盾が門板に押し当てられる。その陰から工兵が楔を打つ。

 木が軋む。裂け目の奥に、暗い隙間ができる。


「開いたぞ!」


 工兵が楔を捨て、鉄の鉤を押し込んだ。門の向こうから手が伸びる。鉤の柄を掴もうとした指へ、盾兵の槍が突き込まれた。灰色の袖が引っ込み、代わりに別の槍が穴から出る。


 見えない相手と、門板一枚を挟んで槍がぶつかった。


「縄を寄越せ!」


 鉤に縄が結ばれる。


 壕のこちら側まで伸びてきた縄を、十人ほどの帝国兵が掴んだ。僕たちの前進路を横切っている。


「そのまま引いたら、左が全部止まります!」


「門を剥がす!」


「先に人を下げて!」


 僕が叫ぶと、近くにいた帝国兵が縄の周りから人足を退かせた。

 ミケルは青い布を一歩後ろへ移す。前進する兵の列が、縄を避けて外側へ膨らんだ。


「今だ、引け!」


 門前と壕外の兵が同時に縄を引く。鉤が木へ食い込み、門板が外へ膨らむ。内側から槌が鳴り、誰かが押し返している。縄を持つ兵の足が泥を滑った。


「ブルーノ!」


「待ってたぞ!」


 ブルーノが縄の最後尾へ入り、両腕で巻き取った。


「走るなよ!」


 ガレスが盾の向こうから怒鳴る。


「どこへ走るんだよ!」


「門までだ!」


「縄が切れなきゃな!」


 ブルーノが後ろへ体重を掛ける。門板の裂け目が広がった。打ちつけられていた内側の板が一本、釘を残したまま外へめくれる。穴の向こうで灰衣の顔が見え、すぐ盾の陰へ消えた。


 次の瞬間、鉤が外れた。縄を持っていた兵が何人も後ろへ倒れ、ブルーノも片足を滑らせたが、すぐに踏みとどまった。


「もう一度だ!」


 工兵隊の指揮官が叫ぶ。別の鉤が穴へ入った。

 門扉はまだ立っていた。


*


 南門の内側には、割れた板の隙間から細い光が差し込んでいた。


 その前へ新しい板を運ぼうとした男が、横から押されて転ぶ。別の者が板を拾い、門へ立てかけるが、釘を持つ者が来ない。槌を持つ者はいる。横木を押している者もいる。誰もが目の前の穴を塞ごうとして、互いの場所を奪っていた。


「板を立てるな! 横木を先に入れろ!」


 ハーゲンの声が門下へ落ちる。


 聞こえた者が繰り返し、二人がかりで横木を運ぶ。だが、門扉の前には盾兵と負傷者が詰まり、一本の木を真っ直ぐ通す道さえ残っていなかった。


 門外で縄を引く掛け声がそろう。

 扉が軋みながら門外側へ撓み、横木を押していた者たちが一斉に肩を入れた。


「押せ! 押し戻せ!」


 マルタの声が下から上がった。

 待っていた者たちが門へ寄ろうとする。


「寄せるな!」


 ハーゲンは石段を下り、門下の人波へ入った。


「前にいる者だけで押せ! 後ろは道を空けろ!」


「人がいれば、まだ持ちます!」


「立てない人間を増やしてどうする!」


 マルタは口を開いたが、東側から走ってきた伝令が二人の間へ割り込んだ。


「東門、帝国軍の弓が前へ出ました!」


「いつもの射撃か」


「違います。大盾が動いています。木束も、旗の後ろではなく門へ向けて運ばれています!」


 ハーゲンは伝令の背後を見た。東へ続く道には、南門へ石を運ぼうとする者と、東門へ戻ろうとする灰衣がぶつかっている。


「東の予備を南へ回すな。向こうは向こうで持たせろ」


「ですが、南門が――」


「東が開けば、南を守った意味がなくなる」


 門扉がまた鳴った。今度は、板の一部が内側へ折れた。裂けた穴から帝国兵の槍が入り、横木を押していた男の肩を突く。男が倒れると、その場所へ次の者が入ろうとして、後ろの板とぶつかった。


「穴へ寄るな! 盾を前へ!」


 ハーゲンが門前盾兵へ叫ぶ。


 盾兵が三列に分かれ、第一列が裂け目へ盾を向ける。第二列はその後ろから槍を出し、第三列が負傷者を引いた。


 まだ形は残っている。だが、外から聞こえる斧の音は、朝より近い。

 板札を持った兵が石段を駆け下りてきた。


「クラマー殿からです! 南門へ兵を集め、開いたところで押し潰すべきだと!」


「東門から動かすな」


「北からも回せると――」


「北も動かすな」


「南門が落ちます!」


「分かっている!」


 ハーゲンが声を張ると、門下の者たちまで一瞬だけ手を止めた。


 その間にも、穴から鉤が入る。盾兵が槍で叩き落とし、外から別の鉤が伸びた。


 ハーゲンは板札を兵へ押し返した。


「クラマーへ返せ。南へ集めれば、東と北が開く。門一つを守るために、町を三つに裂く気か、と」


「北方軍は、まだ外柵を取っていません」


「取らないから、南へ回せると思うのか」


 兵は答えない。


「南が開けば、あの男は来る。東の帝国軍も同じだ。各門の兵を動かすな」


 ザイデルが空の水桶を二つ持った者を連れ、門下へ来た。人の壁を見て立ち止まり、脇の細道へ桶を回す。


「負傷者の道が消えています」


「広げろ」


「人を下げなければ無理です」


 マルタが門扉を見た。


「今、下げれば、逃げたと思われます」


「逃げ道がなければ、退ける者まで死にますよ」


 ザイデルは門下の広場を指した。


「門へ来られない者は、第一の柵へ回してください。屋根へ上がれる者には石を。ここへ増やしても、槌を振る場所もありません」


「まだ門は立っています」


「立っているうちに、次を作るのです」


 門外から、低い掛け声が聞こえた。


 縄を引いている。


 ハーゲンは門前の三列を見た。第一列の盾は欠け、第二列の槍は穴へ向いている。第三列は負傷者を抱えたまま、下がる先を失いかけていた。


「門前は、合図で第一の柵まで下げる」


 マルタが振り向く。


「まだ戦えます」


「ここで死ぬことと、戦うことは違う」


「退けば、帝国兵が入ります」


「入らせろ」


 門下の何人かが、ハーゲンを見た。


「入ったところを止める。門前へ全部詰めれば、帝国の矢と槍へ人を積むだけだ。第一列から順に下げろ。左右の路地へ兵を分けろ。屋根の者は、門をくぐった先を狙え」


 ザイデルはすでに、負傷者を奥へ運ぶ者を集めている。


 マルタはしばらく門を見ていたが、石を抱えた者たちへ向き直った。


「門へ行けない者は、柵へ。若い者は屋根へ上がって。石を一度に投げないで、下の合図を見なさい!」


 声が門下から街路へ広がっていく。荷車が横向きに倒され、木材が車輪の間へ差し込まれる。樽と屋台が運ばれ、人一人が通れる隙間だけを残して積まれた。


 南門の内側に、もう一つの壁が作られ始めた。


 東から、帝国軍の太鼓が聞こえる。それまで一定だった音が速くなり、地面の下から響くように続く。伝令がもう一人、東の道から駆けてくる。


「工兵が外柵へ着きました!」


 ハーゲンは南門を振り返った。


 扉の片側が、大きく門外側へ撓んでいた。


「門前、下がれ!」


 角笛が鳴った。


 第一列が盾を向けたまま一歩下がる。第二列は槍を出し、第三列が負傷者を引く。門へしがみついていた者の中には、聞かずに横木を押し続ける者もいた。


「下がれ! もう門は持たん!」


 ハーゲンの声より先に、門板が裂けた。


*


 南門の報告を受けた本営の伝令は、馬の腹まで泥を跳ね上げて北方軍へ入った。


 ヴァルグラムは、新しい寄子隊が黒い旗の下へ並ぶところを見ていた。若い隊長は、先ほど戻した兵の盾を替えさせながら、次に出る隊へ杭の位置を説明している。


「南門、扉の一部が破断! 帝国兵が門内への通路を開きます!」


 伝令が馬を止める。


「本営より、北方軍は本攻撃へ移れとのことです!」


 ヴァルグラムは南を見なかった。


「若い連中を下げろ」


 若い隊長が顔を上げる。


「次は、我々ではないのですか」


「水を飲ませろと言った」


「まだ動けます」


「動けることは分かった」


 ヴァルグラムは黒い旗の後ろへ目を移した。古参歩兵が盾を持ち、弓兵は矢筒を前へ回している。工兵は斧と縄を確かめ、誰も杭の位置を尋ねない。


「稽古は終わりだ。次は取る」


 若い隊長は自分の兵を見た。


「我々は、後ろで待つだけですか」


「見て覚えろ。さっき、お前たちがどこで止まったかを見ておけ」


 ヴァルグラムが手を上げる。


 先ほどまで前にいた寄子隊が左右へ割れ、その間を古参兵が通った。走らない。盾の高さも歩幅も変わらず、黒い旗が列の中央で進む。


「弓は柵の上だけを射ろ。外へ出た灰色は盾兵が受ける。工兵は右の柵を倒せ」


「北門まで押しますか」


「外営を取る。門前へ道を作れ」


「中へ入る者が出た場合は」


「戻せ。南から入る軍の背を、北から押すな」


 角笛が一度、長く鳴った。


 北方軍の弓が上がる。矢は新兵隊の頭上を越え、外柵の向こうへ落ちた。灰衣の弓兵が身を伏せたところへ盾列が杭を越える。先ほどは足元を探りながら進んだ場所を、古参兵は止まらず通った。


 北外営の柵が開き、灰衣が出る。盾列の中央は動かない。左右の兵だけが半歩前へ出て、外へ広がろうとした灰衣を押し返した。


「追うな! 柵へ寄せろ!」


 古参の隊長の声が列を走る。工兵が外柵へ縄を掛けた。斧が杭の根元へ入り、別の兵が盾で頭上を覆う。灰衣の石が落ち、一人が倒れる。後ろの兵がその盾を拾い、空いた場所へ入った。


 若い隊長は、自分の兵の前で立ったまま見ていた。古参兵は、杭を越える時も列を乱さない。倒れた者へ全員が寄らず、後列の二人だけが引く。柵から出てきた灰衣を追わず、工兵の前だけを空ける。


 縄が引かれた。

 外柵の一角が、北方軍側へ倒れる。


「前へ」


 ヴァルグラムの一言で、黒い旗が進んだ。

 灰衣が外営の小屋の間へ下がる。古参兵は追い散らさず、小屋と柵の間を一つずつ埋めていく。

 やがて、先ほどは杭の手前に止まっていた黒い旗が、北外営の中へ立った。


 若い隊長が、その位置を見上げる。


「……あそこまで、こんなに違うのですか」


「違うところを見つけろ」


 ヴァルグラムは北門へ続く道を見た。


「見つけられなければ、次も同じ場所で止まる」


 北門上で、灰衣の鐘が鳴り始めた。


*


 南門の片側が倒れた時、僕は縄を避けて戻る負傷者を右へ通していた。

 最初は、門板がさらに裂けた音だと思った。次に、門前の帝国兵が一斉に声を上げる。壕の向こうで黒い扉が傾き、内側へ積まれていた木材と一緒に崩れた。


 土煙の中から灰衣が下がっていく。


「開いたぞ!」


 誰かが叫んだ。

 前進路にいた兵が板へ殺到しかける。


「一人ずつだ!」


 トマと僕の声が重なった。


「板は広くなってない! 押すな!」


 先頭の兵が止まる。後ろから押され、また板へ足を出す。

 ミケルが青い布を高く上げた。


「左からです! 前へ行く人は左! 戻る人は右!」


「門が開いたんだぞ!」


「板は開いてません!」


 ミケルの返事に、近くの人足が一瞬だけ笑った。

 すぐ頭上を矢が通り、全員が身を低くする。門上の灰衣はまだ残っている。石も矢も落ち続け、門前の盾兵は崩れた門板を越えて中へ入ろうとしていた。


「走るな!」


 壕の向こうで、帝国の指揮官が声を張る。


「盾を前へ! 門の中で止まるな! 左右へ開け!」


 最初の兵が、崩れた木材を跨いで門内へ消える。次の兵は右へ、三人目は左へ。門扉の片側がなくなっても、広い入口にはならなかった。折れた横木と荷車が道を塞ぎ、人が二列で通れる場所だけが残っている。


 門の中から石が飛んだ。先頭の盾へ当たり、帝国兵が押し戻される。屋根の上にも灰色の人影が見えた。


「門の向こうにもいるぞ!」


 ブルーノが棍棒を拾い直す。


「当たり前だ」


 ガレスは壕の向こうを見たまま答えた。


「開いたのは門だ。町ではない」


「なら、今度こそ俺の出番だろ」


「命令が来てからだ」


「門が開いたのが命令みたいなもんだろうが」


「違う」


「じゃあ聞いてこい!」


「お前が待てば、そのうち来る」


「俺が待たなきゃ来ねえみたいに言うな!」


 東の方角から、太鼓の音が響いた。南門前の喧騒を越えて聞こえるほど、続けて鳴っている。何が始まったのか、僕には見えない。ただ、門上にいた灰衣の何人かが東を振り返り、伝令らしい男が壁の上を走っていった。


 北からも、遠く鐘の音が重なる。


「青い布の隊!」


 壕の向こうから帝国兵が呼んだ。


「前へ出られる者を寄越せ! 門内の左側を押さえる!」


 ブルーノがすぐ板へ向かう。

 ガレスが外套を掴んだ。


「まあ、待て」


「命令が来ただろうが!」


「前へ出られる者だ。お前一人ではない」


「俺は出られるぞ!」


「知っている!」


 僕は板の固定縄を見た。泥に打ち込んだ杭は傾いているが、まだ抜けていない。新しく掛けた板も、人が一人ずつなら動いている。


「トマ、あとどれくらい持つ?」


「歩兵なら持たせる。荷車も馬も乗せるな。縄が緩んだら、前を止めろ」


「ミケルはここに残って。布を動かす時は、トマと一緒に」


「はい!」


「ニルスは戻る人を見て。担架が詰まったら、前を止めていい」


「分かりました。アズールさんたちは?」


「先に行く」


 ニルスは壕の向こうを見た。


「戻ってくる道は、空けておきます」


「お願い」


 マルクが隊の残りを寄せてくる。


「何人、前へ出しますか」


 僕は門内で広がろうとしている帝国兵を見た。見えるのは入口だけで、その先の人数も道も分からない。


「ガレス、どれくらい必要?」


「狭い。多く入れれば詰まる。まず前にいる者だけでいい」


「エルヴィンは?」


「左右から来る」


 エルヴィンは屋根と門脇の建物を見ていた。


「正面だけ見て入ると、上と路地から挟まれる。マルクの隊から半分。残りはここを守れ」


 僕はうなずいた。


「マルク、半分だけ連れてきて。残りはミケルとトマの周りを。ガレス、ブルーノ、エルヴィン、あとカインは僕と前へ」


「俺が先だな」


「俺たちは盾兵の後ろからだ」


 ガレスが言う。


「またそれかよ」


「門の中でも同じだ、いい加減覚えろ」


 帝国兵の列へ入り、僕たちは板を渡った。足を置くたび、板の下から泥水が上がる。すぐ横の板では、肩を支えられた兵がこちらへ戻ってくる。互いに顔を向ける余裕もなく、肩が触れないよう身体を捻って進んだ。


 対岸へ着くと、門扉を壊した斧が泥の上に落ちていた。切れた縄、外れた鉤、割れた大盾。灰衣の盾も一枚、補強材の下に挟まっている。


 門をくぐった先では、帝国兵が左右へ分かれていた。


 だが、その先に道はなかった。横倒しにした荷車と木材が街路を塞ぎ、樽と屋台が隙間へ積まれている。人一人か二人が通れる場所だけが残され、その後ろに灰衣の盾が並んでいた。


 屋根の上で、石を抱えた人影が動く。


「上!」


 エルヴィンが叫ぶ。


 ガレスの盾が僕の前へ入った。


 石が盾を叩き、割れた縁から木片が飛んだ。ブルーノが門脇の壁へ身を寄せ、棍棒を上へ向ける。


「届かねえぞ!」


「登るな!」


 ガレスが止める。


「分かってる! 言ってみただけだ!」


 正面の防柵から槍が伸び、帝国盾兵が受け止めた。左右の路地にも灰色の人影が集まり始める。


 僕たちの後ろでは、まだ兵が南門をくぐっている。東では帝国軍の太鼓が鳴り、北から届く鐘の音は途切れなかった。


 南門は開いていた。

 それでも、門の向こうに立つ灰衣の列は、まだ道を譲らなかった。


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