第60話 小さな勝利
まだ空が白む前から、外営の杭が一本ずつ抜かれていった。
縄を外された道へ、先に旗が入り、次に歩兵、その後ろへ荷車。どの列も動いているように見えるのに、僕たちの六台はなかなか前へ出られなかった。
「一台目、進め!」
前から声が届き、トマが轅の脇を叩く。
「ゆっくりだぞ! 三台目、前へ詰めるな!」
「まだ動いてません!」
「分かってるよ!」
返事の間にも、一台目の車輪が深い轍へ落ちた。荷台が傾き、積んだ袋がずれる。慌てた左右から手が伸び、押し戻す。
ミケルの持つ青い布は、朝の弱い風ではほとんど垂れたままだ。それでも前にいる者が一度振り返り、その位置へ合わせて歩幅を変えた。
「二台目、出して!」
ノエルは帳面を脇へ挟み、列の横で人数を追っている。
「人足、十名。予備兵、二十名。一般兵、六十七名。全員います」
「荷車も六台!」
トマの声が後ろから重なる。
「そっちは数えなくても見えるよ」
「三台目が置いていかれたらどうすんだ!」
昨日見た北方軍のようにはいかない。
誰かが動けば隣も動く、というほど滑らかではなく、前から順に名前を呼び、止まるたびに数え直す。それでも六台目が外営の杭を越えた時、列は切れていなかった。
後ろに残った天幕が、少しずつ遠くなる。
東南軍の旗が幾筋も北東へ向かい、そのさらに北、薄い朝靄の向こうには黒と鉄色の旗があった。けれど、僕が二度目に見た時にはもう、街道の曲がりへ消えている。
「早いね」
「昨日のうちに、出る順まで決めていたんでしょう」
ノエルは歩きながら帳面を開き直した。
「僕たちも決めてたよね」
「だから、まだ列としていられるんです」
褒められた感じはしなかった。
前方でまた停止の声。
今度はヴェルナー軍全体が止まり、少し遅れて僕たちも足を止める。荷車の轍へ靴が入り、後ろの者が前の背へぶつかった。
「詰めるな!」
ガレスの声が飛ぶ。
「前が動くまで、その場で待て! 座るな。荷車にもたれるな!」
「まだ一刻も歩いてませんよ!」
「いいから立っていろ!」
文句は出たけれど、列から離れる者はいない。
やがて前の旗が動き、また歩く。
それを何度か繰り返しているうち、空は明るくなっていた。
*
昼前、焦げた木の匂いが風に混じった。
最初に見えたのは、街道脇へ倒れた柵だった。先を削った丸太が何本も折れ、踏まれた縄と灰色の布が泥の上へ重なっている。
古い監視所らしい。
土を盛った低い囲いの内側では、帝国直属軍の兵が武器を集めていた。槍、短い弓、農具の刃を柄へ縛ったもの。捕らえられた者たちは壁際へ座らされ、二人ずつ手を結ばれている。
北方軍の兵も何人か残っていた。
肩へ布を巻いた者。額から血を流しながら、倒れた仲間を荷車へ乗せている者。けれど、大半はもう見えない。黒と鉄色の旗は、監視所よりずっと先にあった。
「あれ、もう次へ行ったのか」
ブルーノが歩きながら、壊れた柵を見る。
「ここにいる必要がないからだろう」
「俺たち、まだ着いたばかりだぞ」
「先鋒と同じ速さで進むと思うな」
ガレスは捕虜より、街道の幅と帝国兵の配置を見ていた。
道の中央では、帝国の書記が倉の戸口に立ち、中から運び出される袋を一つずつ札へ書きつけている。別の兵は消え残った火へ土をかけ、その脇を東南軍の列が抜けていった。
昨日、あの人は北方軍が道を開くと言った。
本当に、もう開けている。
「アズール殿、前を見ろ」
ロイター殿の声で顔を戻す。
左腕は身体の脇へ寄せたまま。馬には乗らず、ヴェルナー軍の兵と一緒に歩いていた。
「ここから東南軍は少し南へ振れる。主街道の南に、水路沿いの道があるそうだ」
「そちらを進むんですか?」
「進めるかを確かめる」
監視所を過ぎた先で、道が二つに分かれている。
北東へ続く主街道と、その南側へ落ちていく細い道。低い畑の間を抜け、遠くに水面が光っていた。
「荷車が通れる幅か。橋が残っているか。水を使えるか。ヴェルナー軍はこの辺りを調べる」
「僕たちは?」
「作業する者の周囲を見ろ。勝手に木を切ったり、橋を直したりするなよ」
「できません」
「知っている」
ロイター殿は右手だけで外套を直し、道の先へ顎を向けた。
「斥候は十人ずつ。戻ったら次と交代だ。敵を見つけても追うな。数と場所を持ち帰れ」
「はい」
「返事は一度でいい」
今のは一度だったと思う。
*
水路沿いの道は、見た目より狭かった。
右手に浅い畑。左手には、大人が一人で飛び越えるには少し広すぎる水路が流れている。岸には葦が伸び、ところどころ、泥へ沈みかけた石が並ぶ。
ヴェルナー軍の人足たちは、最初の小橋で止まった。
橋板を棒で叩く者。下へ潜って支えを見る者。荷車の車輪と板の幅を見比べ、縄へ印をつける者。僕たちの人足も荷車を止めるまでは手伝ったが、そこから先は見ているだけだった。
「直さなくていいの?」
「俺に橋を任せる気か?」
「荷車には詳しいでしょ」
「橋から落ちた荷車の対応なら詳しい」
それは任せない方がよさそうだ。
青い布を橋の少し手前へ立て、六台の荷車を道の右へ寄せる。
予備兵の二十人は、ルッツの指示で荷車の間に入った。水桶を運ぶ者、布と薬草を一つの箱へまとめる者、人足の代わりに馬の鼻先を押さえる者。武器を持つ者もいるが、ガレスは前へ出さない。
最初の斥候十名が道の先へ消えた。
しばらく、ここで待つ。
橋板を叩く音。水路を水が流れる音。遠くで斧が木へ入る音もした。
「どれくらいまで行かせたの?」
「見える範囲を越えて、二度道が曲がるところまでだ」
エルヴィンは葦の向こうを見たまま答えた。
「近くない?」
「何かあった時に戻れない距離まで出す方がまずい」
「それもそうか」
「斥候は敵を倒すために出すものじゃない」
少しして、一組目が戻ってきた。
道の先に放棄された小屋が一つ。人影なし。水路へ下りる狭い坂がある。足跡は多いが、新しいものかは分からない。
セオが聞き取った内容を帳面へ書く。
「足跡多数。新旧、不明」
「人がいた、とは書かないんだな」
「見てませんから」
ブルーノが帳面をのぞき込み、すぐに飽きた。
二組目は、道端で灰色の布切れを拾って戻った。泥に濡れ、端が裂けている。
「いつ落ちた物だ?」
「分かりません」
「なら、古いか新しいかは書くな」
エルヴィンが布を指で挟み、鼻先へ寄せる。すぐセオへ返した。
「濡れてるのは泥だけだ。血はついてない」
布は木箱へ入れられた。
三組目が出ている間に、小橋へ空の荷車を一台だけ通すことになった。
板が大きく軋み、橋の下にいた人足たちが一斉に顔を上げる。車輪が中央を越えたところで片側が沈み、トマが何か叫んだ。
「止めろ! 止めろって!」
「渡れるんじゃなかったのか!」
「一台ずつならだ! 二台目を入れるな!」
後ろで待っていた荷車が慌てて止まり、轅が横へ振れた。そばにいた二人が避け、別の一人が尻餅をつく。
三組目の斥候は、その騒ぎの最中に戻ってきた。
「異常なし!」
「本当に見てきたのか?」
ガレスが聞く。
「道の曲がりまで行きました!」
「何を見た」
「水路と……小屋と、畑です」
「次からは戻るまでに伝える内容の順番を決めておけ。何もなかった、だけでは分からん」
四組目を出す前に、エルヴィンが七人を選び直した。
「ニルス、ついてこい。セオもだ。見たものだけ書け。残りは槍を持て」
「俺も行くんですか」
ニルスは自分を指さす。
「足が速いからな」
「嫌な理由ですね」
「何かあった時のためだ」
エルヴィンを先頭に、十人が水路沿いの道を進む。
葦の間へ背中が隠れ、最後にニルスの槍先だけが見えなくなった。
*
四組目が出てから、橋板を二枚外すことになった。
腐りかけた板をそのまま使うより、ヴェルナー軍の荷車から替えの板を下ろした方が早いらしい。人足たちが縄を回し、掛け声を合わせる。
「一、二――」
板は動かない。
「もう一度! 一、二!」
泥だけが剥がれ、下にいた者の顔へ落ちた。
トマは笑い、次の瞬間には泥の塊を投げ返されている。
「遊ぶな!」
ロイター殿の声が橋の向こうから飛んだ。
「そっちが先に!」
「黙って引け!」
僕たちは橋の手前で周囲を見ていた。
斥候が戻るには、少し遅い。
ガレスも何度か道の先へ目を向けている。けれど、まだ誰も走らない。
「時間は?」
ノエルが聞く。
「前の組よりはかかっている」
エルヴィンが決めた距離を考えれば、戻り始めていてもいい頃だ。
僕が道へ出ようとした時、葦の奥で何かが揺れた。
最初は鳥かと思った。
次に、土を蹴る音。
「来ます!」
見張りの一人が槍を上げる。
ニルスが曲がり角から飛び出した。
槍は持っている。兜もある。血は見えない。ただ、息が続かず、こちらへ来る途中で一度足をもつれさせた。
「水路沿い!」
橋まで来る前に叫ぶ。
「灰衣、およそ二十! エルヴィンたち九人が、下がりながら戦っています!」
ガレスはもう槍を持つ者たちを立たせていた。
「マルク、前へ出せる者を集めろ。槍を先に!」
「はい! 槍持ち、こっちへ!」
人が荷車の間から出てくる。
「ニルス、距離は?」
「半里もありません。道の二つ目の曲がりより向こうで接触しました!」
「弓は?」
「見てません! 剣と短槍、あと棒です!」
「エルヴィンたちは?」
「九人、全員います。三人、傷を――でも歩いてます!」
ニルスの声が途中で咳に変わる。
「ガレス、ここは十人で足りる?」
槍を手にしたまま、ガレスは荷車と橋を見る。
「ヴェルナー兵も近い。荷車を寄せ、予備兵を内へ入れれば足りる」
「分かった」
一般兵、六十七名。
斥候へ出た十名のうち、ニルスが戻った。今、ここにいる一般兵は五十八名。
「ニルスはここに残って。ベルント、十人で荷車と人足を守って。ルッツは二十人を内側へ」
「任せろ」
「残りは、エルヴィンを迎えに行く」
大棍棒を肩へ担いだブルーノが、こちらを見た。
「四十七人もいらねえだろ。二十人だぞ」
「いるかどうかじゃないよ。出せるなら出す」
「大げさだな」
「怪我人が少ない方がいいでしょ」
「そりゃそうだ」
それ以上は言わず、列の前へ出ていく。
ガレスはもう配置を進めている。
「マルク、槍を持つ者を前へ。走らせるな。道が狭い。三列にはするな!」
「前二列! 後ろは間を空けて!」
「ミケル、青い布を持って来い。高く上げすぎるな、葦に取られる!」
青い一条が荷車の脇から動く。
カインが僕の左へ入り、剣の柄へ手を置いた。
「アズール様、中央から離れないでください」
「うん」
「返事だけで終わらせないように」
「ロイター殿みたいなことを言うね」
「必要だからです」
四十七人が、水路沿いの道へ入った。
*
走れば早かったと思う。けれど、ガレスは走らせなかった。
道は濡れている。片側は水路で、反対側は足を取られる畑。前の者が転べば、後ろが詰まる。
「間を空けろ!」
マルクの声が後ろへ渡る。
「前だけ見るな! 足元も見ろ!」
槍先が上下し、青い布が葦の上へ出たり隠れたりする。
最初の曲がりを越えたところで、音が聞こえた。
金属がぶつかる音ではない。棒と槍の柄が噛み合う、鈍い音。誰かが叫び、そのすぐ後に短い号令が続く。
「止めろ!」
エルヴィンの声だ。
道の先で、三人が横に並んでいた。一人が盾を構え、二人が槍を突き出している。その後ろでは別の三人が数歩下がり、次の場所へ並び直していた。
「前、下がれ!」
最初の三人が一度だけ敵を押し返し、後ろの列へ向かって退く。
走らない。
背を向けない。
額から血を流している者が一人。もう一人は左腕を身体へ寄せていた。それでも九人とも立っている。
追ってくる灰衣は、ニルスの言った通り二十人ほど。
揃った装備ではない。剣、短槍、棍棒。灰色の布も、外套にしている者と腕へ巻いただけの者が混ざる。監視所から逃げてきたのか、泥と煤で顔が黒い。
こちらはまだ葦の陰にいる。
「中央を開けろ」
ガレスの声が低く落ちた。
前二列の間に、人一人が通れる隙間ができる。
「エルヴィン!」
僕が呼ぶと、九人のうち何人かがこちらを見た。
「そのまま下がれ! 間を開けてある!」
エルヴィンは返事をしなかった。
前の三人へ合図し、また一度敵を止める。次に後ろの三人が下がり、今度は全員が少しずつ速くなった。
灰衣たちは追ってくる。
「逃がすな!」
「十人しかいねえ!」
声が届いた。
青い布は、まだ葦に隠れている。
向こうからは、僕たちの数が見えていない。
エルヴィンの先頭がこちらへ入った。
「通せ!」
一人、二人。
傷を負った者は中央へ押し込まれ、最後にエルヴィンと盾持ちが退く。
「閉じろ!」
槍列が戻る。
そこで灰衣の先頭が曲がり角を越えた。
足が止まった。
十人を追ってきた先に、槍を揃えた四十人以上がいる。後ろから来た者が前の背へぶつかり、短槍の先が横へ流れた。
「武器を捨てろ!」
ガレスが一歩出る。
「捨てれば殺さない!」
「帝国の犬が!」
灰衣の一人が槍を投げた。
しかし、届く前に地面へ刺さる。
ガレスの槍が前へ向く。
「ブルーノ!」
大棍棒を両手で持ち直す音。
「行って」
「待ってたぜ」
槍列の右が開き、ブルーノが飛び出した。
最初の一人は、剣を振り上げる途中だった。
大棍棒が横から入り、剣ごと身体を押し流す。隣にいた男へぶつかり、二人まとめて水路の岸へ転がった。
「前へ! 詰めすぎるな!」
ガレスの槍列も動く。
僕はカインと並び、その後ろを進んだ。目の前で何が起きているのか、全部は見えない。槍の柄、背中、泥を蹴る足。右からブルーノの怒鳴り声がして、誰かが水へ落ちた。
「左へ二人回る!」
エルヴィンの声だ。
額の血を袖で拭う暇もなく、戻った九人のうち動ける者を連れて水路側へ寄っていく。
「追わせるな! 葦へ入る前に止めろ!」
マルクが同じ言葉を後ろへ渡す。
灰衣たちは、もう一つの集団ではなかった。
前はブルーノに崩され、中央は槍列に押され、後ろの者は狭い道で向きを変えられない。武器を捨てて両手を上げる者が出る。その横で、まだ棒を振り回す者。
「下がれ!」
カインが僕の前へ入った。棒が槍列の隙間から伸びてくる。カインの剣がそれを受け、横へ払った。
僕も剣を抜いたけれど、振る前に、ガレスの槍が男の肩へ当たった。男は泥へ落ちる。
「もういい! 捨てろ!」
誰かが叫ぶ。短槍が一本、二本と道へ転がった。
それでも水路側へ逃げた二人は止まらない。葦へ飛び込み、腰まで水へ沈みながら向こう岸を目指す。
ブルーノが追おうとする。
「ブルーノ!」
「あ?」
「水路へは入らないで!」
「逃げるぞ!」
「追わない!」
大棍棒が止まった。
水をかき分ける音は遠ざかる。ブルーノは不満そうに鼻を鳴らし、代わりに足元の剣を蹴り飛ばした。
その頃には、立って武器を持っている灰衣はいなかった。
*
橋の手前へ戻った時、板は一枚だけ外れていた。
「遅え!」
トマが外した板を抱えたまま怒鳴る。
「こっちはずっと待ってたんだぞ!」
「戦ってたんだよ」
「見りゃ分かる!」
軽傷者から先に、荷車の間へ入れられる。
予備兵二十人のうち、布と水を持った者たちが集まった。傷口を洗い、細く裂いた布を巻く。巻き方が緩いとルッツが外し、もう一度締め直した。
「痛え!」
「緩いとまた血が出る」
「締めすぎだ!」
「指が動くなら平気だ」
額を割った者は、布を巻かれたままセオの帳面をのぞき込んでいる。
「俺、敵を二人倒したって書いとけ」
「見てません」
「隣にいただろ!」
「顔から血が出ていて、そちらを見てませんでした」
セオは自分の袖についた血を避けながら、確認できた数だけを書いていた。
ノエルが一人ずつ名前を呼ぶ。
返事。
次の名前。
また返事。
「九十七名。全員います」
帳面へ線が引かれる。
「怪我人は?」
「八名。全員歩けます。深く切った者はいません。手の腫れが二人、額が一人、残りは浅い傷と打ち身です」
「次も戦える?」
「今日は前へ出さない方がいい者が二人。明日は朝に見ます」
捕らえた灰衣たちは、ヴェルナー軍の兵へ引き渡された。
倒れた灰衣も荷車へ乗せられる。死んでいる者と、まだ息のある者を分けるのに時間がかかった。
ロイター殿が遅れて戻ってきた。
「残党が出たと聞いた」
「二十人ほどです。二人、水路へ逃げました。残りは倒すか、捕らえました」
「こちらの損害は」
「軽傷八名。死者と重傷者はいません」
ロイター殿の目が、僕からガレス、エルヴィンへ移る。
「他の隊の支援は受けたのか?」
「いいえ」
「そうか」
それだけだった。
捕虜を数えている兵へ向かい、残った武器と逃げた方向を確認し始める。
「……僕たちだけで、勝ったんだね」
口に出してから、少し遅かった気がした。
ブルーノは水路で洗った大棍棒を振り、先についた泥を落とす。
「二十人だぞ。倍以上もいて負けてみろ。俺が殴る」
「最初は九人でしたよ」
ノエルが帳面を閉じる。
ブルーノの目が、手当てを受けているエルヴィンの組へ向いた。
「なら、あいつらがよく持たせた」
「お前が言うと珍しいな」
ガレスは捕らえた武器を足で一か所へ寄せている。
「本当のことだろ。俺なら戻らずに全部ぶっ潰すが」
「だから斥候には出せない」
「勝てるだろ」
「戻ってこない」
二人の話は、そこでいつもの方へ流れていった。
エルヴィンは額へ布を巻かれながら、逃げた二人の方向を見ている。
「まだ近くにいると思う?」
「二人だけなら、こちらへは戻らないだろう。だが別の残党と合流するかもしれない」
「次も十人で見る?」
「十人でいい。距離を伸ばすな。今度は、曲がりの手前で一度止まらせろ」
「分かった」
橋の方から、板を打つ音が再び始まる。
戦いが終わっても、ヴェルナー軍の作業は止まったままではなかった。外した板の代わりが渡され、空の荷車がもう一度、ゆっくり橋へ入る。
一台目が渡り切る。
二台目はまだ止められていた。
「青一条、次の斥候を出せ!」
ロイター殿の声が飛ぶ。
ガレスが振り返る。
「前から十人!」
九人がすぐ列を離れた。
十人目に出た男は、さっき腕へ布を巻かれたばかりだった。ルッツが襟をつかみ、荷車の間へ引き戻す。
「お前は残れ」
「歩けます!」
「斥候は歩ければいい仕事じゃない」
「じゃあ誰が――」
「俺が行く!」
後ろから一人が走り出す。
十人目が列へ入る前に、橋の向こうでトマがまた怒鳴った。
「二台目はまだ出すなって言ってんだろ!」
車輪が一度軋み、前の九人が振り返った。




